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第27-1話 王侯貴族の義務

 何らかの目的を持った魔族によって、王都テイレシアは陥落した。


 それから数日が経ち、王都の住人たちが大きな混乱をあらかた脱した頃、魔族を率いている者たちは一人の使者をフォルセールに出す。


 その使者がもたらした信じられない情報、王都陥落と言う重大な知らせがフォルセールに入ってきた日、アルバトールは王女アデライードと共に街を散策していた。



――二人で街に出かけることになった前日――


「街の視察、ですか?」


「はい。フォルセールに来るのも久しぶりですし、この国を治める王族の一人として、今の街の様子を一通り見て歩きたいと思いまして……」


 中庭でベルトラムと汗を流していたアルバトールは、模擬の剣を握ったままアデライードの誘いを聞いていた。


「い、一応、ベルナール様やフェリクス様にガイドの人選をお願いしましたら、私の顔見知りで、街の地理に明るく、腕が立ち、なおかつ現在は特に請け負っている任務もない。などからアルバトール様が一番だと!」



 少し顔を赤らめ、妙に"一応"と言う単語を強調するアデライードの誘いを。



 「そうですね……おそらく大丈夫でしょう」


 アルバトールは明日の予定をベルトラムに聞き、また自らの記憶も辿って、知人と口約束をしていないかを確認した後に了承の旨を返す。


 それを聞いたアデライードは、彼女たちから少し離れていた所に控えているベルトラムから見ても判るほど、顔を明るいものへと変化させ。


「そ、それでは明日の九時にアルバトール様……あ、いえ、私の部屋に来ていただいてもよろしいでしょうか!」


 と約束を取り付けると、足元まで覆うドレスを着ているにも関わらず、一見するだけで軽やかになったと判る足取りでその場を離れていったのだった。



「明日の九時にアデライード様の部屋にお迎えか……王女さまの警護を兼ねたお付きになるんだし、何かあった時のために装備の手入れをしておかないといけないな」


 そのアデライードに対し、まったく変わった様子の見られないアルバトール。


「ん? どしたのベルトラム」


 そしてアルバトールが不思議そうに発した声を聞き、ベルトラムはついに短く切りそろえた銀髪の頭をがくりと下げ、静かに溜息をついたのだった。




「アルバ様、少しお話がございます」


 剣の稽古を終えた後、中庭にある井戸の水で汗を流したアルバトールが服を着ていると、既に服を着終わっていたベルトラムが珍しく話題を振ってくる。


 有能な執事であるベルトラムが、私事でアルバトールの時間をとることは殆ど無い。


 それを承知しているアルバトールは、水浴びの後で余計にくしゃくしゃになったクセのある金髪を撫で付け、大きな目をベルトラムへ向けた。


 それを見て、主より長身であるベルトラムは深く頭を垂れ、重々しく話し始める。


「アルバ様、先ほどの王女様のお申し出についてどう思われましたか?」


「そうだね。とりあえず視察中のアデライード様に危険が無い様に、細心の注意を払う必要がある。フォルセールに来ているテイレシア王都騎士団に助力をお願いして、影から周辺警備をしてもらうか……あれ? 体調でも悪くなったのベルトラム」


 アルバトールの一言一句ごとに、ベルトラムの頭は下がって行く。


 とうとう最後には首を振られてしまい、アルバトールは自分の回答が全否定されたことに衝撃を受けた。


「……良くお聞きくださいませ、アルバ様」


 ベルトラムは、何かをこらえるかのように声を押し殺す。


「う、うん」


「不肖、このベルトラムが先ほどのお二方の会話を聞いた限りでは、王女様はアルバ様と二人きりで出かけたい、と言っているように思えました。つまりデートです」


「えーと? でーと?」


「現実逃避せずに真面目に話を聞いてくださいませ。よろしいですね」


「はい」


 なぜか急に口調が険しくなったベルトラムの頭を見て、かしこまるアルバトール。


「私めが愚考するに視察と言うのは口実で、本音は束の間の休息の時期、つまり天魔大戦が始まる前にアルバ様と共に過ごした思い出を作っておきたい、と言うことでございましょう」



「……そうだろうね」



 少し間が開いた後、アルバトールは呟くように答えを返す。


 そのアルバトールの返答にベルトラムは狼狽し、思わず顔を上げてしまっていた。


「こ、これは失礼を」


「いや、いいんだ。僕と君は確かに主従の間柄だけど、友人であり、師弟の間柄でもある。無理に執事の作法に拘らなくてもいいよ」


「もったいないお言葉……して、アルバ様におかれましては、王女様の真意にお気づきになっていたと?」


 アルバトールはベルトラムに背を向け、ぽつりぽつりと話し始める。


「アデライード様とは、何も知らずに済んだ子供の頃に良く遊んだし、僕もその頃から憎からず思ってた」


「そうでございましたか。さすがアルバ様」


「それからお互いに成長して立場が変わって会う機会がずっと無かったから、アデライード様は僕のことなど忘れてしまっただろうと思っていたけど、表情や言葉から察するにそれは無かったみたいだね」


 アルバトールは軽く笑い声を上げ、ベルトラムもそれに釣られて笑みを浮かべる。


「そうそう、魔族に襲われたアデライード様を救出に向かった時、あまりにお美しくなっていたから、なかなか正面から顔を見ることが出来なかったよ。堕天使と相対してる最中なのに、戦闘に集中するのに一苦労だったなぁ」



 その情景だけを見れば、その話はのろけとしか聞こえなかっただろう。


 話す本人の表情と、声音を聞かなければ。



「僕は貴族とは言え、極小さな所領の領主の息子。更に言えば人間ですらない。対してアデライード様は王女で、近隣諸国との縁談話がひっきりなしに舞い込むお方だ」


「アルバ様、それはお父上を卑下することにも繋がりますぞ」


 やや厳しい声となったベルトラムに、アルバトールは首を振った。


「事実を飾り立ててもしょうがない。それに卑下するべきは、所領の大小によって価値を判断する世の中の風潮だし、このフォルセールの価値はそこには無いしね」


「失礼を申しました。お許しください」


 膝をつき、不敬を詫びようとするベルトラムを慌てて立ち上がらせ、アルバトールは微笑みを浮かべる。


「……個人的な思いを胸に抱く分には構わないけど、それを表に出して行動に移すことがあってはならない。僕は彼女と、彼女が居るこの国を守る一人の良き兵士、良き天使でなければならないんだ」


「王侯貴族は国家に対する一番忠実なしもべ、でございますか」


 アルバトールはその問いには答えず。


「それではアデライード様に失望されないように、部屋に戻って明日の視察デートの準備をしようか」


 自分の部屋に戻ることを宣言する。



(ふー危ない危ない、何とか誤魔化せたみたいで良かったよ。それにしても主人としての威厳を保つって大変だなぁ)


 などという情けないことを内心で考えながら。




「さて、デート……じゃなかった、視察の準備って何をしたらいいんだろう」


 視察の手筈を決める当事者のアデライードが居ない以上、彼に出来ることは少ない。


「やっぱり服装かな?」


 とりあえずはデートにおいて相手の攻撃――視線――を受け止める鎧がわり、つまりは服装について話し合いを行うことにする。


「左様でございますな。相手の心を射抜くためのトーク術も重要ではございましょうが、まずは身だしなみからいくとしましょう。攻撃は最大の防御などと言えるのは、一部の達人のみでございますからな」


 そこでベルトラムは一旦言葉を区切り、クローゼットの中を見て考え込む。 


「ですが視察に出る王女様の護衛を兼ねた案内役。と言う名目上、あまり選択肢がございません。せいぜいマントを羽織って、無骨な鎧姿の印象を和らげるくらいでしょう」


「儀礼用のサーコートで全身を覆って鎧を隠して、さらにマントを羽織ってもいいけど、この時期だと暑そうだなぁ。どうしよう」



 上衣サーコートは砂漠のような灼熱地帯では暑さ防止で役に立つが、聖テイレシア地方のような温暖な地方、かつ初夏の季節では逆に暑くなるばかりである。


 今回の場合は着飾って見栄えを良くするのが目的なので、暑さを我慢すればいいだけなのだが、うら若い王女のすぐ隣を汗だくの男性が歩くと言うのも、後々の評判を考えれば避けたい所であった。


 特にエルザだけには見られたくない、と言うのがアルバトールの本音である。



 ちなみにこの時、鎧がたてる音に関してはまったく彼らの頭の中にはない。


 鎧を着て女性と出かけるなどと言う、不測の事態が今まで無かったこと。


 またアデライードの身の安全を優先させていることもあっただろうが、やはりここはアリアも呼び、女性の繊細さを選択基準の一つに加えるべきであっただろう。



「もうお忘れですか? 貴方は既に精霊魔術を使えるようになっているのですから、魔術で鎧の中を冷やせばいいのですわ」


「なるほど……でもマントまで羽織ると、いざと言う時に動きにくくなるかもってうわあああああ!? 何でエルザ司祭がここに!?」


 ごく自然に、当たり前のような顔で会話に入ってきたエルザに気づき、アルバトールは悲鳴をあげる。


「では私はこれで」


 聞こえてきた声にアルバトールが扉の方を見れば、丁度アリアが頭を下げ、扉を閉めようとするところであったため、彼はそのままエルザへ苦情を申し立てる。


「部屋に入ってくる時にノックをしないなんて非常識ですよエルザ司祭!」


「あら、ちゃんと入る前にノックはしましたわ。大事な話を邪魔しないように、貴方たちに聞こえない程度の大きさで」


 間違った方向ではあるものの、女性の繊細さを感じさせるエルザの説明に答えたのはベルトラムであった。


「それではノックの意味がありませんな司祭様。いつもの通り冷やかしに来たのであれば、丁重にお引き取り願いますが」


 いきなり現れた、長くゆるやかな巻き毛の金髪を持つ女司祭に対し、ベルトラムはドアを指し示して退出を求める。


「あらあら、そんな物言いでは、私が天使アルバトールと王女様がデートする件について冷やかしにきたみたいではありませんか。せっかく年長者としての助言をしにきたと言うのに」


「やはり年長者との自覚が……じゃなかった、なぜそれを」


 アルバトールの問いかけに対し、エルザは眉をピクリと動かすもそれを目立ったものとはせず、呆れたように両手を上げて首を振り、アルバトールの疑問に答える。


「天使の叙階の日に言ったはずですよ。貴方は聖霊と常時接続されており、その意思は他の者にも伝わるようになっている、と」


 直後にアルバトールは膝から床に崩れ落ち、そのままの姿勢で嘆き始めた。


「何という不覚……一番知られてはいけない危険人物に知られてしまうとはッ! そう言えばエルザ司祭、溜まっていた仕事は片付いたので?」



 返答はない。


 ただエルザのひきつった顔だけが、雄弁にすべてを物語っていた。



「この前の任務で見つけた赤子の名づけの件やその他諸々で、ラファエラちゃ……侍祭様がかなり怒ってましたが大丈夫ですか?」


「大丈夫ですわ!」


 焦りを隠そうともせず、大丈夫と言い放つエルザ。


 アルバトールはそれを見ながら叙階の二日後のことを思い出していた。


 赤子に名前をつけるために教会に行った自分を出迎えたラファエラが、赤子の名前は既に決まり、洗礼の儀も済ませてしまった、と伝えてきたことを。

 今回のお話に出てくる「王侯貴族は国家に対する一番忠実な僕」のベースになったものは、現在のドイツの辺りにあったプロイセンと言う国の王、フリードリヒ2世が言った「国王は国家第一の下僕」です。


 本来の意味としてはノブレス・オブリージュに近いもので、国を富ませ、戦いに勝利し、国益を増大させるために“誰よりも努力する”(この部分が国家第一の下僕にあたる)のが、国家制度の頂点に立つ王の努め、と言う事だそうです。


 この人の人生は波乱に満ちたもので、まさに事実は小説より奇なり。

 wikiでさわりを知るだけでも心が躍りますよ。

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