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第24-1話 敗者の運命

 隠し通路から戻ったジョーカーと、広間で彼を待っていたモート。


 人では抗えない力を持つ魔族二人の話し合いは、遠巻きに彼らを見つめる人々の視線の中で粛々と進行していた。



[言われたとおり、ここにいる人間どもの名簿を作成しておいた。兵たちはフェルナンに降伏を勧告させ、閲兵場に集めて武装を解除させている」


[脱出者は?]


[上空から見張らせていたセーレ、アガレス、フェネクスによれば、王都から脱出した者はいないそうだ。ジョワユーズに関しては残念だが、まず上々の出来だろう]


[そうか]


 ジョーカーは頷くと、体の具合を確かめるように右手を握っては開き、そして負傷した体を法術によって癒し始める。


 しかし力が戻りきっていない以外にも何らかの理由があるのか、その傷の治りは遅いものだった。


(……ふむ、どうやらあの通路の仕掛けは聖霊によるものらしいな。となると、我らでは封ずることも破壊することも難しいか)


[どうしたジョーカー。上の空のようだが、今の説明をきちんと理解できたのか?]


[ああ、すまんなモート。少しそこの隠し通路について考えていた]


[何かあるのか?]


 床に座り込み、壁に体を預けているジョーカーにモートは顔を近づける。


[おそらくその通路は聖霊に守護されている。詳しくは後で話すが、入り口は物理的に……あけすけに言えば、板を張り付けて塗り込めるくらいしか出来ないだろう。だがそれだけでも、誰かがここに立て籠もるといった事態は防げるはずだ]


[そうか……出口はいいのか?]


[出口はいいだろう。不完全な停滞が中で成立してしまったからな。解除できるか試してみたが、何とか通れるようになる状態までは私でも二~三日はかかる。それにどこにあるか判らない出口を探し当て、封印をするほど我々の戦力に余裕はない]


 そこまで聞くと、モートはのそりと立ち上がった。


[判った。それでは閲兵場に集めた人間の処遇を聞こう。隠し通路に入る前のことは、また時間のある時に頼むぞ]


[そうしよう。アナトとアンドラスは今何処に?]


[閲兵場に既に向かっている]


[そうか。では閲兵場で話そう]



 謁見の間から二人の姿が消える。


 残された人々が息をつく中、代わりに入り口から薄い影が侵入して彼らを包み込み。


 代わり映えの無い彼らが、次々と出来上がっていった。




[ほう、意外と残ったものだな]


 感心するジョーカーが見下ろす先、テイレシア城の閲兵場は二千ほどの兵士や傭兵で埋まっていた。


 その内訳は王国騎士団が千人に満たない程度、神殿騎士団は討って出た際に七百人ほどまで減らされ、そして残りの三百人少々が傭兵や民兵の類だった。


 普段であれば、傭兵は敗北が濃厚になった時点で逃走するのが常であったが、今回ばかりは聖霊力の偏在によって戦況が把握できなかったこと、城内のあちこちに火が放たれて混乱していたことで城内に取り残されていた。


 また武装を解除すれば容易に街に戻れるはずの民兵は、上空で見張っている魔神に恐れをなし、降伏を勧めてきたフェルナンに素直にしたがい閲兵場に集まったのだった。


 そしてその集団の中央、一番前の列には、両手を失ったフェルナンが痛みに耐えつつも、鋭く揺らぎない視線を前方の魔物たちに注いでいる。



 しかし、その周囲にいる者たちは様々な感情に揺らいでいた。



 流石に騎士を中核とした従士たちからは目立った動揺は見られないが、民兵や傭兵と思われる集団の沈痛な面持ち、漏れ聞こえる会話からは、かなりの不安が感じられる。


 特に傭兵達はかなりの不平、不満を大声で漏らしており、すぐに周囲に止められはするものの、その振る舞いを見かねた騎士との小競り合いがあちこちで見られた。


 彼らの近くにいたアナトはその様子を目の当たりにし、敗者に対する侮蔑の視線を送りつつも、閲兵場に人間たちを集めた理由について色々と考えを巡らせていた。



 不満を持った者たちが集団となるだけで、それは危険な要素となる。


 武装解除はしているものの、人は集まるだけでいつ爆発するか分からない、不安定な脅威となりうるのだ。


 味方に目立った犠牲を出すことなく、王都を奪取したジョーカーの手腕は確かに見事であり、さしもの彼女ですら認めざるを得なかったが、閲兵場に城内に生き残っていた兵士たちを全員集めた理由は、いくら考えても判らなかった。



[アナト、こっちに来てくれ。アンドラスは引き続き人間の監視を頼む]


 そんな時、物思いに耽っていた彼女をモートが城の中から呼ぶ。


 彼女がそちらに赴けば、そこには物陰に潜むジョーカーもおり、訝しがる彼女に兵士たちに対する処遇の説明を始める。


[……気が向かん。そんなことはお前がやればいいだろう]


 アナトが如何にも不機嫌そうな顔をして答えると、ジョーカーは通路の罠で力が戻りきっていないこと、また負傷が癒えていないことを伝え、更にアナトに要請する。


[厳格なモートより、人間たちに恐れられているお前の方が適任なのだ]


[ふん、まるで私が理性を持たぬ、血に飢えた獣のように言うではないか]


 アナトは皮肉めいた笑みを浮かべて答えるが、ジョーカーはそれに構うこと無くアナトにとるべき行動を伝え、最後にこう付け加える。



[もし勝手な行動をとった場合は、お前の兄であるバアル=ゼブルにその責を問い、闇の風の座を解く]


[なっ!?]


 敬愛する兄であり、彼女の夫でもあるバアル=ゼブル。


 その名を出されたアナトは、誰の目にも明らかなほどに動揺する。


[いや、責ではないな。奴は以前から妙な戦いをするよりは気ままに旅をしたいと言っていたから、むしろ褒美と言えるか]


[い、いや……しかし]


[勝手な真似をしなければ良いだけだ]


[……判った]


 アナトは項垂れ、閲兵場に戻っていく。


 その悄然とした姿を目にしたモートは溜息をつき、ジョーカーを見つめた。


[一応だが、指導者は俺だ。地位の任免に関することは、俺を通してもらわねば困るな]


[すまんな。不快な思いをさせた]


[特に気にしてはいないが、念のためにな。それにむしろ不快な思いを引き受けるのは俺の役だ]


 モートはそう言うと、昏い目をしたアナトを見ながらジョーカーに耳打ちをする。


[お前はただでさえ汚れ役で嫌われやすい。進んで嫌われ役を引き受けてくれるのはありがたいが、それが重なればそのうち策に従わない奴らも増えてくるだろう。統率が大事と言っていたのはお前自身だぞ]


[……心しておこう。しかし不満がお前に集中するのも不味いのだがな]


[その時はバアル=ゼブルに多少の責任を押し付けてやるだけだ。あの放蕩者にも少しは仕事をしてもらわんとな]


[ククッ、確かに]


 ジョーカーは楽しそうに笑うと、バルコニーに向かうモートを見送った後、アナトの後を追うように閲兵場に歩き始めた。




――その密談が交わされる少し前の閲兵場――


(……今更何をしているのだ? 殺すならさっさと殺せばいいものを)


 大将軍フェルナンは口ひげをつまもうとしたが、肝心の両手が無くなっていることに気づいて代わりに口をひん曲げ、先ほど姿を消したアナトが向かった場所を伺う。


(見えんな。つまりは薄汚い魔族に相応しい、下劣な相談でもしておるのじゃろう)


 心のうちで罵声を浴びせたフェルナンは、再び視線を真っ直ぐなものとし、直立不動の姿勢で前方の魔族を睨み付け、敗戦の感傷に浸る。



 フェルナンがテイレシアに仕えて五十余年、人や魔との戦いに望むこと数十回。


 その間に彼は自らの友人を、自らの子供とそう変わらない年齢の兵士を、そして最近では子供どころか孫のような兵士すら前線に向かう姿を、その死を見送ってきた。


 そして遂に今日、若い頃より苦楽を共にした主君も。



(本来ならワシのような老いぼれのごく潰しが、若い者や王より先に死ぬのが当たり前であるものを……神が本当に居るのなら、なぜ必要とされている人たちを死なせ、生きる必要のない者を生かすのか)


 魔物が自分たちを集め、今から何をするつもりなのかは分からない。


 だが既に生きる意味を見出せなくなっていたフェルナンは、この場を生き延びてもリシャールの後を追うつもりだった。


 ジョーカーがジョワユーズを持ち帰っていない事から見ても、シルヴェールが逃げ延びたことは確実。


 しかし後日シルヴェールが魔物たちを討ち、王都に凱旋した時にフェルナンのような老骨が生きていても役には立てない。


 ベルナールやフェリクスのような後進が育っている以上、彼らに道を譲るべく勇退した方がいいだろう。


 自分の役目は、テイレシアが陥落した時に終わりを告げたのだ。



 首をゆっくりと振るフェルナン。


 その耳に、バルコニーから姿を見せたモートの演説が入ってくる。


[ここに諸君の奮戦を称えよう。此度の敗因は諸君らを率いた王や貴族が無能なばかりではなく、自ら可愛さに国を売った裏切り者がいたからである]


 その内容にフェルナンは無感動に相槌をうち、テオドールの死に様を思い出す。


(確かにテオドールは我が国随一の権勢を持ち、孫であるアデライード様を溺愛していた。しかしアデライード様を女王の地位に就けたい一心で、魔物に国を売るなどありえるはずがない)


[また敗戦の責は、既に先王が死を以ってとっているため、君たちがこれからの処遇に不安を感じる必要はない。確かに我らは魔物であり、人とは違う生を歩む者であるが、決して不要な殺生や暴力を振るう者ではないことをここに明言する]


 フェルナンは演説を聞きながら、今回のテオドールの裏切りについて考えていた。


(リシャール陛下が殺された時のあの取り乱しようから見ても、予想外の事態が起きていたことは間違いないのだが)



 その時。


 誰が叫んだか判らない怒声が、閲兵場に響き渡った。


「黙れ! 正々堂々と正面から挑まずにこそこそと逃げ回り、人の弱みに付け込むような戦いしか出来ない卑怯者が! 主は決して貴様等の様な闇の底にうごめく蛆虫どもを許しはせんぞ!」



 勝者である魔族を侮辱する内容を聞いたフェルナンは、即座に我に返り。


 そして漂ってきた殺気に戦慄した。

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