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第23-1話 逃走と追撃

 王族が住む城や宮殿などの重要な建築物には、避難用の隠し通路が存在する。


 守るべき民を放り出し、兵士や家臣を盾とし、逃げ延びた者の手に何が残るのかは判らないが、それでも隠し通路と言うものは存在する。


 その通路を通った者にまだ何らかの意味が残っている時の為に、いつ使うか判らない、使う時が来るかどうかも判らないその時の為に、隠し通路は存在する。



 魔術により、通路全体がぼんやりした薄い光で照らし出されている王城テイレシアの隠し通路。


 通るものが無いはずのその中を走る、一組の男女がいた。


 一人は聖テイレシア王国の王子、シルヴェール。


 そして服装を見た限りでは男に見えるもう一人は、王国の第一王妃リディアーヌ。


 二人は城の中に敵が入り込んだと言う知らせが入って間もなく、玉座の裏にある隠し通路より脱出する勅命をリシャールより受け、それを実行していた。



 先頭を走るシルヴェールは、短く切りそろえた鋼色の髪と、鋭い眼光を放つダークブラウンの瞳で油断なく周囲に気を配っている。


 自らの境遇を十分に承知しているが故の鍛え上げられた肉体には、胸や二の腕などの重要な部位のみではあったが退魔装備を身に着けており。


 その姿はテオドールが問題にしていた、二十代半ばと言う年齢には見えぬ威風を周囲に放っていた。


 その足取りは軽く、重量物を身に纏っているものとは思えないものであり、またお世辞にも歩きやすいとは言えない床を、問題にもしていない。



 対して第一王妃リディアーヌは、動きやすい服装であり、身分を隠すためでもある男装をしていたが、長いダークブロンドの髪を無理やり帽子の中に押し込んでいることに加え、武器を何も身に付けていない為に変装が変装になっていない状態であった。


 それに気付いたのか、先ほど万が一の事を考えたシルヴェールに押し付けられた短剣を思い出したように身につけ始め、そのために更に歩みは遅くなる。


 また女性と言うこと、四十歳を少し過ぎた年齢と言うこともあってか、足元のちょっとした段差やぬかるみに足を取られるなどしており、明らかにシルヴェールの足手まといとなっていた。



「義母上、少し休まれますか?」


 それを見かねたシルヴェールがリディアーヌに休憩を提案するが、彼女は即座に首を振った。


「お世継ぎであるお方の危険を増すようなことは出来ません。休むと言うのであれば、私をここに置いて行きなさい」


 その返答にシルヴェールは困ったような顔をすると、リディアーヌの手を取ってその背におぶい、すぐさま走り出す。


「リシャール三世陛下より、義母上のことを頼むと仰せつかっております。また幼き頃より継子ままこである私をアデライードと分け隔てなく愛してくれた貴女を、このような場所に置いていくようでは、とても国民を愛し、国を治めるなど出来ませぬ」


 そこでシルヴェールは自らの纏う鎧の立てる音に気付き、だが走る速度を弛めることを出来ない非礼を詫びる。 


「硬き鎧を纏う故に、とても馬車のような乗り心地とは言えませぬが、出口までしばし御辛抱を!」



 普段よりその身を鍛え上げているシルヴェールではあったが、女性とは言え流石に人一人を背負うとその動きは鈍る。


 しかし先ほどまでよりは通路を進む速度は早くなっており、順調に行けば後少しで出口につくはずだった。



「ありがとうシルヴェール。私も貴方を見習って日頃よりもう少し運動をしておくべきでしたね……重くありませんか?」


「大丈夫です。女性一人をおぶえないようでは、負傷者が山のように出る戦場に出陣するどころの話では有りませんから……む?」


 直後。


 二人は後方から何かが、凄まじい音を立てながら接近していることに気づく。


「強化をして走ります。義母上、口を開けぬように」


 リディアーヌが舌を噛まないようにそう言うと、シルヴェールは精神魔術によって身体強化を行おうとしたが、それは適わなかった。


 通路自体に強力な結界が張られているのか、発動をしようとした瞬間に力が霧散してしまったのだ。


 そうこうしている内に凄まじい音は近づき、とうとう二人の目に追手の姿が映る。



[残念だが、ジョワユーズを持ち出させるわけにはいかんな。王家の血筋を引く者とその縁者よ]


 それは、通路の罠に片っ端から引っかかってボロボロになったジョーカーであった。



「……その格好、堕天使で良いのか?」


 ジョーカーの格好はひどいものであった。


 全身のあちこちに焼け焦げた痕や、壁についている苔が、打撲による内出血と見られる紫色のアザの周辺についている。


 頭からは血が額を経由して顎のほうへ流れ出て、左腕は人間より関節の箇所が二つほど増えていた。


 それでも彼は礼儀正しく頭を下げ、シルヴェールとリディアーヌへ挨拶をする。


[如何にも。そちらは聖テイレシア第一王子、シルヴェール殿下とお見受けするが]


「その通りだ。貴様の名は?」


[堕天使ジョーカー。お初にお目にかかるシルヴェール殿下。それではそちらの御夫人はリディアーヌ第一王妃と言う事でよろしいのかな?]


「その通り。ジョーカーと言うたか? そなたがここに居ることで大体の想像はつくが、我が夫たるリシャール三世陛下はいかがなされた」


[我が右腕の露と消えた。ついでに言うならば、リディアーヌ王妃の父たるテオドール公爵も私に魂を捧げ、地獄の業火に焼かれているところだ]


 それを聞いたリディアーヌは血相を変え、シルヴェールの腕に押さえられる。


「なっ……! でたらめを申すな! 我が父テオドールは代々王国の忠臣であるアギルス家の当主! 貴様のような堕天使に魂を売り渡すような事があろうか!」


[事実だ。殿下達が生きて戻ることがあるとするなら、他の臣下たちから面白い話が聞けることになろう]


 ジョーカーが含み笑いをすると、それに応えるようにシルヴェールが腰から本物のジョワユーズを抜いた。


「死者に対する冒涜ぼうとくは許さぬ。テオドール公爵が本当に死んだかどうかは知らぬが、仮にも公爵と言う地位にある者が貴様のような堕天使に魂を売り渡すなどあり得ぬ」



 聖剣ジョワユーズ、別名王者の剣。


 その柄には、聖遺物の中でも他の追随を許さぬ至高の高みに位置すると言われる――ある尊き存在の血を受けた――聖槍の一部が埋め込まれている。


 その剣身からは絶えず色が変化する光が溢れ、物質界に属するモノはおろか、精神的な存在であるはずの霊魂、精霊すら切り裂き、滅する。


 デュランダルと並んで聖テイレシア王国に伝わる宝剣であり、王家の血筋を引く者のみが扱えるという、まさに切り札と言うべき剣である。



 しかし、シルヴェールが腰から抜いたジョワユーズを見た瞬間に、ジョーカーの口からは明らかな失望の声が漏れた。


[……ふむ、偽物と言うわけでも無さそうだが、過去に見たジョワユーズとは明らかに輝きが違う。思うように術が使えぬこの通路に関係があるのかな?]


「さて、貴様がこの剣を受けた時、その理由が判明するかも知れんな」


[おやおや、若いせいか、殿下は血気盛んなようだ。だがここまで来る間に通路の罠にしこたま身体をやられてね。加えて思うように身体の回復も出来ぬ今、正直ジョワユーズはおろか、通常の剣すら受けたくないところだ]


「それは気の毒な。実はこの隠し通路は術がかけられており、入り口で王家と認められ、登録をした者以外が入ると、罠が発動されるようになっているのだ」


 二人の距離が、喋るごとにじわじわと狭まっていく。


「……さて、そのボロボロの身体を見た時は見逃しても良いと思っていたが、我が父リシャール三世陛下を殺したと聞いた今ではそうはいかん。死んでもらうぞ」


 そう言うや否や、シルヴェールは気合と共に踏み込んで間合いを一気に詰めると、鋭い斬撃をジョーカーの左腕に入れようとする。


 その一撃をジョーカーは回転しながらしゃがんで交わすと、その回転を利用した低い回し蹴りをシルヴェールの足元に放った。


 シルヴェールが踏み込んだ右足の裏でそれを受け止めると、ジョーカーは今度は自らの右腕を支点として逆立ちをし、シルヴェールの脳天につま先を振り下ろす。


 しかしシルヴェールはそのつま先に対して退くどころか逆に踏み込み、両腕を交差した体勢で受け止め、ジョーカーの腹に膝蹴りを食らわせてジョーカーを吹き飛ばした。


 その立ち回りを一瞬にして終えると両者は再び間合いを取り、対峙する。


 通路の罠によりジョーカーの力がある程度封じられているとは言え、人間であるはずのシルヴェールが体術で堕天使と互角以上に渡り合っているのは、その右腕に握られたジョワユーズの力であったろうか。


[ふむ]


 しかし吹き飛ばされたジョーカーには、まだ余裕があった。


 虚勢にも、自信にも受け取れる感嘆の声を上げ、彼は口の辺りに手を当てる。


[シルヴェール殿下に一つ質問がある]


「堕天使に応える義務はない。残念だがこのまま死んでもらおう」


 問いを無下にし、切りかかってくるシルヴェールよりジョーカーは飛び下がり、さらに間合いを取る。


 そして考え込む様子を見せながら、シルヴェールに反撃代わりの言葉を放った。


[殿下は王者たりうるか?]


 その短い言葉は、一人の若者に短くない沈黙をもたらすこととなった。

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