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第21-1話 天地創造

 アルバトールは困惑する。


 聖職者であるだけではなく、天使を産みだすことができ、人を超越した存在であり、この地上で神に最も近い存在であるはずのエルザ。


 そのエルザから、神と言う存在が"どんなものなのか"と聞かれるとは、実際に耳にした今ですら信じられなかった。


(確かに神学者の中には、そう言ったことを考える者もいるようだけど……)


 物語に神が登場する神話のみならず、多くの宗教では神と言う信仰を集めるシンボルが必須であり、神について議論されることも許されている。


 いや、それどころか推奨されていると言ってもいい。


 しかし、最後の一線を越えることだけは認められていない。


 人間と言う矛盾した存在によって産み出されたシンボルゆえに。


 その矛盾を解決するために、長年に渡って多くの人間が解釈と注釈という新たな矛盾をさらに加え続けた、矛盾の結晶とも言えるシンボルであるがゆえに。



 全知全能である神の否定。 



 その必ず行き着いてしまう解答を導き出すことは、このセテルニウスにおいても最大の禁忌であった。



「そこまで仰るのであれば、私の私見を言いましょう。神……主は全知全能であり、天地創造により、この世界をお造りになった唯一無二の存在」


「あらあら」


 アルバトールの返答を聞いたエルザは、歌うようにある例えをそらんじた。


「鶏が先か、卵が先か」


「誤魔化さないで下さい。そのジレンマと神の間に何の関係があるのですか」


「そうですわね。それでは、なぜ天地創造は行われたのだと思います?」


 アルバトールは即答できずに数分ほど考え、答えを導き出す。


「それは……人を作るため……?」


「なかなか自己愛に徹したいい解答ですわね。では何のために主は人をお作りになったのですか?」


「……愛を共有する相手、愛を注ぐ相手を必要としたために」


「わざわざ人を作ってまで愛を注ぐ必要があったのですか? 既に主のそばには、天使と言う存在があったのに」


「随分と意地悪ですねエルザ司祭。キリがありませんよ」


 呆れたように答えるアルバトールを、エルザは真っ直ぐに見つめた。


「そう思うのは、貴方が自分の意見を絶対的なものと思い込んでいるからですわ。人、時、場所が違えば、導き出される結論が違ってくるのは当然。宗教や、神の名前が世界のあちこちで違うように」


「まぁ、そうですが……」


 口を尖らせるアルバトールを見たエルザは、その頭を撫でて慰める。


 それは子ども扱いされることが多い彼にとってあまり良くない対応だったが、それを承知で行うのもエルザと言う女性だった。


「では天使アルバトール。私から尋ねますが、全知全能であるはずの主が、なぜ天地創造と言う大掛かりなことをしなければ人間を創れなかったのですか? なぜ愛を注ぐ対象を作らねば、愛を注ぐことができないのですか?」


 エルザは水桶を使わず、不可視の力で井戸から水を浮き上がらせ、周囲に振りまく。


「全知全能では無いから、天地創造をしなければ、人間を作らなければ、神は愛を注ぐことも出来ない。そうは思いませんか? そんな神が、なぜ全知全能と言えるのです」


 その問いに対してはアルバトールは即座に答えられた。


 今までにそのたぐいの質問は、自分で何度も考えた経験があったのだ。


「逆に言えば、全知全能であるからこそ天地創造を行うことが出来、全知全能であるが故に愛を注ぐ対象である人間を誕生させることが出来た。そう言えるのでは?」


「だからこそ、鶏が先か、卵が先かなのですわ。そこで私は貴方に問います」


「なんでしょう?」


「主は何が目的で人間に愛を注ぐのですか、と。そうすれば貴方はその答えを用意しなければなりません」


「僕の答える気を無くさせる、いい質問ですね」



 二人の乾いた笑い声がしばらくその場を包んだ後、再び話は続けられる。



「貴方がその答えを用意しても、私が更にその答えについての理由を問えば、またその答えを。貴方が答えを用意する限り、私が貴方の答えについて理由を問う限り、永遠にその問答は続く事になります」


「僕が主は全知全能では無い、としない限り続くというわけですか」


「その通りですわ。自分以外の存在を作った時点で、全知全能と言う存在は否定されます。自分以外の何かを作り、その力を借りなければ目的が達成されない。自分だけで解決出来ないから、他の者と協力して達成するために天地創造をしたのですわ」


 溜息をつきながら、アルバトールは首を振る。


「では貴女の今の目的は? 主が他の者の手助けが必要と言うのなら、貴女は何のために僕を天使に転生させたのですか」


 その答えを聞き、エルザは我が意を得たと言わんばかりに頷いた。


「とりあえず貴方に主が全知全能ではないと教えること。天使に転生させた目的はこれから話しますわ。貴方は魔王サタンルシフェルを知っていますか?」


 アルバトールはジョーカーと会った時の会話、そして教会に伝わる伝承を思い出す。


 主の最大の敵。


 人を堕落させ悪に誘う存在。


 堕天使や悪魔たちを統べる存在、魔王サタンルシフェル。


「知ってはいますが、一般に知られている情報以上のものは何も」


「ではルシフェルについて、貴方が知っていることを教えてください」


「神の隣に座することを許された、全ての天使たちの頂点に立つ……いや、かつて頂点に立っていた天使の名前ですね。持てる羽根は通常の熾天使の倍である十二枚にも達し、その光り輝く美貌は明けの明星とも呼ばれ、さらには絶大な力を誇ったとか」


 そこまで聞くと、エルザはゆっくりと東の空を見上げ、見えるはずのない星を見つめる仕草を見せた。



「かつて、このセテルニウスがまだ形を成していなかった頃、一つの仲の良い家族が存在していたと思ってください」



 唐突に話は始まる。


 突拍子もないその内容。



「一体なにを……」


 アルバトールは戸惑うが、これが彼を天使に転生させた理由なのかと思い、そのままエルザの話に耳を傾けた。


「家族は長い間、とても仲良く暮らしていました。しかし、ある時子供が両親に言ったのです。お友達が欲しい、と」


 そしてエルザはアルバトールの方を向き、彼の眼を見つめる。


 その顔はいつもに増して、神聖な雰囲気に満ちたものであった。


「その言葉を聞いた両親は、両神としての役目を果たす時が来たことを悟りました」



――今からそなたに、友達を作る力を与えよう――



「父は天空に姿を変じ、その内側に生きるもの全てを外の邪悪から守る存在となり、母は大地に姿を変じ、天の内側に生きるもの全てに体を休める場所を提供しました。二人の狭間には四大元素が生まれ、それは子が簡単に操れるものでした」


(……これは……天地創造、なのか?)


 エルザの語る物語に、アルバトールは引き込まれていく。


 知恵の実を食した人間のさがと言うべきか、未知なる知識への渇望かつぼうは彼にも多分にあったのだ。


「子は驚き、悲しみました。自分の軽はずみな一言によって、両親は物言わぬ存在となってしまったのです。子は友達が増えるどころか、世界に一人となってしまいました。その悲しみは水の精霊に影響を与え、海という巨大な水たまりを発生させます」



「その一人ぼっちになった子供が主……と言う訳ですか?」


「この世界では」


「他の世界では違うと?」


「かも知れませんわね。それでは話を続けましょうか」


 アルバトールは頷き、エルザは話の続きに入る。



「子供の嘆きを知った父と母は、残された力を振り絞って二人の御使い……天使を産み出しました。天空となった父が産み出した存在がルシフェル。そして大地となった母が産み出した存在がミカエルです」


「ミカエル……ルシフェルを天界から追い落としたと言う大天使ですか」


「そうですわね。さて、その二人の天使は子を手助けしてやってほしいと父母から頼まれていました。そこで二人の天使は、これから私たちはあなたの手助けをしますが、あなたは何をしたいのですか、と聞いたのです」


「子は何をしたいと言ったのですか?」


 アルバトールの問いに関し、エルザは彼の眼を優しく見つめながら答える。


「両親を元の姿に戻して、また頭を撫でてもらいたい、と」


「……そうですか」



 アルバトールはその話を聞き、先ほどエルザに撫でられた頭を触る。


 ひょっとすると、先ほどのエルザの行為には何か意味があったのだろうか。


 そんなアルバトールの仕草を、エルザは静かに微笑みながら見つめた。



「そこでルシフェルとミカエルは主の願いを聞くために天と地に伺いを立て、その答えを得ます。それは主の友達……つまり神を増やし、力を合わせて協力して戻すのだ、と言うものでした」


「協力と言われてもどのように? 曖昧すぎて意味不明ですが」


「ええ、その通りですわ。お二方ともその伺いを立てている最中に意識が不明瞭となり、元に戻す方法の詳細を聞けぬままに終わったのです」


「……手段が判らないままに天地創造を続けたと?」


「それしか方法はありませんでしたからね」


 アルバトールは首を傾げるが、とにかく話を聞き終われば何かが掴めるかもしれないと思い、エルザに続きを話すように伝える。


「彼らは四大元素を使い、様々な生命を産み出していきました。そして見る見る増えていく生命の管理役として、世界の調和と統制をとる役目として、暴走しやすいものの、魂の力である"火"から創造できる存在、天使を新たに創造します」


「なるほど」


「しかし、じきに行き詰ります。四大元素から産み出した生命は、肉体が変化、成長することはあっても、魂の成長が殆ど見られなかったのです」


「行き詰った……それを打開した方法は?」



「人と言う、神に似せた生物の創造」



 アルバトールはそれを聞き、しばらく考える様子を見せる。


「……神に似せた……人が、ですか?」


「そうです。貴方たちは神と言う存在の一部を大地に蒔いて生まれた生命。いわば神と神の間に生まれた神の子たちなのです。既にその時、大地母神は神であった存在、になってはいましたが」


 エルザが断言した内容を聞き、アルバトールは絶句した。

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