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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第236話 色濃く鮮やかに

[あ? 何もせずに帰るって、それでいいのかよジョーカー]


[何か出来ることがあるならやってくれ]


[ねえな。帰るか]


[待て待て待て二人とも! おいアスタロト! お前からも何とか言って……なぜ籠を持っている]


[いやせっかく来たんだし、キノコでも採ってリゾットの具材にしようと思ってさ]


[そんなことをしている場合か! もう少し真面目に考えろ貴様等!]


 静かな森に、野太い叫びが響き渡る。


 その発生源たる魔族の統率者、旧神モートは息を切らしながら、やる気の無さそうな発言ばかりする三人を捻じ曲がった草木の前で叱り付けたのだった。



[つーか下手に手を加えると時空が捻じ曲がるとか言って、真っ先に俺たちのやる気を削いだのお前だろモート]


[ぬぐっ……]


 だが残念なことに、上級魔神すら震えあがるその怒声はここに来ている面々にはあまり効果が無いらしく、彼は即座に上げ足を取られて押し黙る。


[それくらいにしておけバアル=ゼブル。モートの言う通り、この状態で下手に手を加えれば更に時空の歪みが進行するだけ。つまり天使どもも迂闊に手出しはできん。それに万が一歪みを断ち切ったとしても、中では不完全な停滞が道を塞いでいる]


 そこにジョーカーが歩み寄り、安心だと説明したのだが、全身鎧の上に律儀にマントまで羽織っている、少々暑苦しい格好のモートはそれだけでは安心できないのか、眉間にしわを寄せてぼそりと呟く。


[だが、それも解除したら後は王城へと一直線ではないのか?]


[心配性だな。前にも言った通り、あの状態を解除するには何日もかかる。それに隠し通路に王家の証を立てた者以外が入ると、罠が発動するとシルヴェールが言っていた]


 モートはジョーカーの説明を聞き、ふと頭に浮かんだ考えを口にする。


[……聖天術]



 術、術者の双方が物質界の特性たる固着、安定の影響を受けない状態に昇華する聖天術ならば、もしかすると不完全な停滞の解除に至るのではないか。


 だが、その案は意外な者によって却下された。



[聖天術じゃあ無理だと思うよ]


 堕天使を統率する長、アスタロト。


 かつて旧神から天使へと趣旨を変え、更にそこから堕天した彼女は、陽光を乱反射する煌びやかな服に相応しい、優雅な笑みを浮かべつつモートに答えた。


[聖天術は術者の身体に神気を降ろして、物質界に満ちる聖霊の影響下から脱するからこそ、あの威力を時間をかけずに撃ちだすことが出来るんだ。だから不完全な停滞と相殺できる程度に絞った威力を出すことは、まず不可能と言って良いだろうね]


[相殺などと言わず、威力に任せて打ち消せばいいだけではないのか?]


[通路が崩れちゃうよ。特にこの隠し通路は、使用者を短い時間で遠くへ逃がすために精神界を貫通して近道させてるんだ。聖天術の余波で聖霊の加護まで打ち消すと、精神界と中の通路が直結して次元間のバランスが崩れ、世界ごと崩壊するかもしれないよ]


 アスタロトの説明を聞いて納得したのか、ようやくモートは頷くも、それでもやはり不安が残るのか捻じれた草木を見つめる。


[……王城と違って、時空の捻じれが妙に落ち着いているのが気になるな]


[もしかすると、施術した者の性格が出るのかも知れんな]


 モートの独り言にジョーカーが反応し。


[……あれあれ? 何でキミタチ揃って俺の方を見てやがるのかな? 喧嘩したいなら買ってあげますよコノヤロウ共]


 二人の視線が自然に集中した先、つまりバアル=ゼブルが続いて反応をした。


[んじゃボクは帰るから君たちはゆっくりしていくといいよ。ジョーカー、本当にテイレシアは放置しておいていいのかい?]


[ヴェイラーグ帝国に入れ知恵をしておいた。ヴェイラーグの意見は纏まらないままに交渉が始まり、二転三転するヴェイラーグ側の要求にテイレシアの奴らはかかりきりになって、すぐに冬が来るだろう。そうなれば来年の春まで奴らは動けん]


[そして春にはエルフに頼んだボクたちの新しい装備が完成して、いよいよフォルセールに侵攻かい?]


[そう言うことだ……うおっ!? 何をするバアル=ゼブル!]


 アスタロトと話していたジョーカーが、いきなりマイムールの風に吹き飛ばされる。


[天使たちとの戦いが無いと判ればこっちのモンだ! 積もりに積もった日頃の恨み、今ここで晴らしてやるぜ!]


[恨みだと!? 数々の苦言は、お前が王に興味が湧いたようだから忠告を……ぐおッ!?]


 天空から落ちてきた雷に身体を貫かれたジョーカーが苦悶の叫びを上げ、その姿を見たアスタロトが呆れた顔で溜息をつく。


[ふぅ、時空振が起きて時空間の断層に巻き込まれても知らないよ君たち。モート、そうならないようにしっかり結界を張っておいてね]


 匂い立つ色香を発しつつ、男装の麗人アスタロトはふわりときびすを返す。


 そして背中を追いかけてくるモートの苦情を右から左へ聞き流し、彼女は一人で王都へと戻っていった。



 そして一時間が経過した頃。



 時空の歪みを背にしたモートが組んでいた腕を解き、不機嫌そうな顔を溜息一つと共に霧散させ、息を切らせて睨み合うバアル=ゼブルとジョーカーの二人に近づく。


[気が済んだな二人とも。それでは帰るぞ]


 そう言い残すとモートはアスタロトと同じように二人に背中を向け、テイレシアへと足を向けた。


(それにしても王城と言い、この森の草木と言い、なぜ八雲の術と聖霊は相容れぬ関係となっているのだ。そもそもこの物質界を満たす聖霊と拮抗し、反発するとは尋常ではない。一度であれば何かの間違いとも思えるが、二度目となるとな……)


 だが程なく彼は振り返り、時空の歪みへと視線を向け。


(天主……いや、三位一体たる存在は混合すれども、混乱する訳がないか)


 そう一人ごちるとモートは炎の柱と身を変じ、その場から掻き消えた。




 一週間後。


「久しぶり、ですかなジルベール殿」


「その感想を述べるには、やや中途半端な期間しか離れていませんよフィリップ候」


 ここ数日で、朝晩が急激に冷え込むようになったアルストリア領。


 城内のあちこちが焼かれ、破壊され、建物の壁についた染みの元が何であったのか容易に想像がつくアルストリア城の中で、交渉のために先行していた二人の男性が鎧を着たまま廊下を歩いている。


 そしてある部屋の前に着いた時。


「申し訳ありません。やはり久しぶり、ですね」


 先ほどフィリップが掛けた言葉を否定したジルベールが、扉の前に少し立ちすくんだ後で軽く頭を下げて謝罪を述べる。


「さて、私は少し城内を見回ってまいりましょう。人手が少ないフォルセールでは、城主たる者も時々建物の普請を見ることがあります故に」


「……私もすぐに参ります」


 張り詰めたその返答。


 加えて思い詰めたジルベールの顔。


 フィリップは少し何かを思案するような様子を見せるも、黙って一礼をした後に歩いてきた廊下を戻っていく。


 鎧が立てる耳障りな、だが懐かしい音が聞こえなくなった頃、ジルベールは父の思い出が詰まった執務室の扉を開けた。



(ああ……)



 執務室の中は、不自然なほどに整理されていた。


 目立つ調度品が持ち去られ、がらんどうと言って良いほどに整理された執務室。


 しかし虚ろとなった執務室にあって、精緻な蔓草つるくさの彫刻が掘り込まれた一つの棚。


 父の背中と共に思い出されるその棚だけは、なぜか持ち去られずにいた。


「……ここにも血か」


 ジルベールは棚に着いた染みを手でなぞり、そして多少の躊躇いを乗り越えて棚の扉を開ける。


 そこには開封され、空になった一本のワインの瓶と一枚のメッセージカード。


 そしてヴェイラーグ軍の指揮官からの、非礼を詫びる一通の手紙が残されていた。


 ジルベールは手紙に軽く目を通した後にそれを棚の中に戻し、代わりに一枚のメッセージカードを手に取る。


「成人をここに祝う、か。もう少し気の利いた言葉を残せなかったものかな、父上は」



――いや――



「それとも気の利いた言葉を、見える形で残したくなかったのかな……父上は」


 武骨な父の誕生日を祝う時。


 自分たちからのプレゼントを、いつも父は強面で受け取っていた。


 それからほんの少し努力をし、その成果である怖い笑顔から、ありがとうという感謝では無い、すまんな、という謝意を以って自分たちに答えていた父。


「母上も苦労されたことでしょうね……」


 ジルベールは空になったワインの瓶をくるりと回し、ラベルに書かれた生産者、シュヴァリエと言う名前を確認する。


「父上。エクトルが成人した時に、あらためて二人でこのワインを開けましょう」


 そしてジルベールは空の瓶を棚の中に戻し、知らないうちに頬を濡らしていた涙を拭き取ると扉の方へ戻っていった。  




「兄上!」


 弟であるエクトルの声に導かれてジルベールが庭へ出ると、そこにはエクトルと姉のジルダ、そして彼の後見人であるフィリップが待っていた。


「ジルベール殿。城内を見回った所、一見ひどい有様ですがそれほどひどく燃やされてはいませんので、おそらく中の基礎部分は蒸し焼きになってはいないと思われます。一段落ついたら専門家に見てもらい、今後の修復計画を立てましょう」


「ありがとうございますフィリップ候」


 ジルベールに続いてジルダとエクトルが頭を下げ、それにフィリップは謙遜を以って答えると、これからが本番だとジルベールたちを励ました。


「ヴェイラーグ帝国との交渉。領主となったばかりで大変でしょうが、これを乗り越えることができれば他の諸問題など恐れるに足りませんぞ」


「はい。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」


 フィリップに頭を下げ、ジルベールは再び執務室へ向かおうとした。


 その時。



 にゃー



 黒い物体を口に咥えた一匹のネコが、茂みから姿を現していた。


「タマか。まったくどこに行ってたんだ? 父上からお前のことを…………ッ!?」


 そしてジルベールは、その黒い毛玉を見て心臓が止まりそうになる。



「ヅラ……」



 全身から力が消え失せた。


 そう感じるほどに、ジルベールは前に進むことが出来なかった。


 痕跡を少しでも残すものはすべて手柄として敵に持ち去られ、形見の一つすら家族に残すことを許されなかった父。


 だが、一つだけ残されていたのだ。



 かつての父の姿を、もっとも色濃く鮮やかに残す形見が。



「さすが父上の側を片時も離れなかった第一の腹心だ。ああ、餌だな? きちんと用意するから待っててくれ」


 猫の口から、足元にぽとりと置かれたヅラを、ジルベールは慎重に持ち上げる。


「兄上……お似合いですよ」


「……そうしていると、本当に父上にそっくりだな。ジルベールは」



 途端にジルベールの頭の上に駆け上がったヅラの姿に、兄弟は三人で泣き。


 そして笑ったのだった。

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