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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第223話 運命の岐路

「一体なにがあったのですか天使殿! ノエルは……ノエルは一体どうしたのですか!」


 テスタ村から村民と共に転移した後、かつて彼ら――エカルラート・コミュヌ――と戦った平野と森の境目近くで、アルバトールは一人の男に詰め寄られる。


 それは村民たちの中でも、彼と特別な関りを持つ三人のうちの一人、スタニック。


 だが如何に熾天使となったとは言え、この世に起こるすべての出来事を彼が知っている訳では無い。


 アルバトールは知っている範囲でのみ説明を行い、それをエルザが補足し、そして。


[つまり、ノエルは何者かの力を借りてサンダルフォンを封じていたのだが、私がその封印を力づくでこじ開けたのだ]


 スタニックの視線を真正面から受け止めながら、アナトがノエルの内面で起こった出来事を説明した。


 一目見たその姿はノエルと瓜二つ。


 だが銀髪である彼女と違ってその髪は黒く、また王都やポセイドーンの祭壇近くで会った時とは、随分と内面から発する雰囲気が変わったようにアルバトールには見えた。


 先ほどバアル=ゼブルに逆らったことと言い、想いの核をサンダルフォンに傷つけられたことが、彼女に何らかの影響を及ぼしているのだろうか。


 その堂々と説明するアナトにスタニックが気圧された瞬間。



「理由は判ったけどさ、どう責任をとるつもりだい? お姉さん」


「綺麗な女性とどうのこうのするってのは男にとって夢の一つだが、こんな形じゃあ遠慮したい所……とも言ってられないねぇ」



 今度は十代半ばの少年の姿をしたエミリアン、そして二十歳を過ぎた青年のアルノーが、武器を持ち、暗い表情をしたままアナトに近づく。


 その他の村人は、手を出さないまでも二人を止める気配も無かった。


[やめときな兄ちゃんたち。ちょっとは出来るようだが、今のアナトでもお前さんたちを極微ごくみまで分解するくらいは朝飯前だ]


 よって彼らを止めたのはバアル=ゼブル。


「それにまず僕たちがやることは、ノエルを救う方法を見つけだすことだ。それにはノエルの中に入り込んでいた、このアナトが持っている情報が必要になるかもしれない」


 そしてアルバトールだった。


「天使様、それは正論だ。あんたはその正論を守る側だからあんたの言うことに従いたい。だがこいつらは、その正論を踏みにじる側だ」


 だが納得のいかないアルノーは剣を抜き、そしてその鋭い切っ先をアナトへ向ける。


「俺は絶対に許さねえ! 俺たちは静かに暮らしたかっただけなんだ! それなのに勝手にノエルの中に飛び込んできて、勝手に騒ぎを起こしたこいつを!」


 その鋭い口調の非難を聞いても、アナトは動じなかった。


[やれると思うなら刺してみるが良い、人間よ。そのナマクラがこのアナトに通じることを祈ってやるぞ]


 そしてアナトが返した挑発に、アルノーは無言で乗った。


 だがその剣はアナトの眼すら伏せられないまま、鞘の中に戻されることとなる。


「やめんかアルノー! お前も最後まで残って皆を避難させていたのなら、この女性の、あの叫びを聞いたはずじゃろうが!」


 一人の老人の鋭い言葉が、彼の心を先に切り伏せたが故に。



「お久しぶりで御座います天使様」


「ご無沙汰しております、確かノエルの親代わりを務めている……」


「テスタ村の村長、ジョルジュで御座います」


 アルバトールの目の前には、少し背が曲がったおきなが杖をついていた。


 喋る度に揺れる豊かな髭を持つその老人は、アナトに非礼を詫び、そしてノエルを救う方法に思い当たることが無いかを尋ねる。


[救う方法は簡単。だがその方法を実行できるかが問題だ。お前たちは自壊の螺旋と言う現象を知っているか? 正直、あの状態に陥ったノエルに近づいて無事に済むか、済んだとして、サンダルフォンの想いの核を消滅させられるかどうか……]


 アナトは正直に、ありのままにジョルジュに話す。


 神である自分にも出来るかどうか判らない。


 人間である彼に、神である彼女が弱音を隠さず、ありのままを話したのだ。


「判りました。ノエルを助けると言った、貴女を信じましょう。生真面目で、不器用な愛情を持つとノエルが言っていた貴女様を」


 ジョルジュはアナトへ頭を下げ、そして振り返ると村人たちにこれからどうするべきかを聞いていく。


「一応ワシは、このままアルストリア城へ向かおうと思っとる。他に意見があるものはおらんかの?」


 その意見に多くの村人が同意し、続いて少数の村人が家財道具や穀物などの財産を村に置いてきた不安を告げる。


 その不安を解消したのは、驚くことにバアル=ゼブルの一言だった。


[それなら向こうの藪に転移させて隠してあるから確認してきな。言っておくがノエルの件に対する罪滅ぼしってわけじゃあねえ。これも布教活動の一環だ。んじゃ俺たちは帰るから、きちんと礼の祈りを捧げておくんだぜ?]


 本気か冗談か。


 判別のつかぬ口調でバアル=ゼブルは彼らに言うと、ノエルの容姿をしたアナトを抱き寄せ、飛行術を発動させた。


[今日も痛み分けか。お前さんと戦う時はこんな結末ばっかりだな、アルバトール]


「君の転移術を必要とする、誰かさんがいたのかもね」


[なんだそりゃ。つーかお前さん、俺の転移術を見るのは初めてじゃねえだろ。そろそろメタトロンみたいに盗んでみやがれ]


 呆れたように言うバアル=ゼブルを見て、アルバトールは苦笑を浮かべる。


「見ただけで使いこなせれば世話ないよ。解読して、それでもなお今の僕には使えない術って言うのはやっぱり幾つかあるんだ」


[ああ、そういや奴も俺ほどの大規模な転移術は無理だっつってたな……おっと、長話は禁物か。じゃあな、次に会う時はきちんと決着がつくような状況を整えとけよ]


 そして青色の髪を持つ旧神と、黒髪の少女となった旧神がその場を飛び去って行く。


 その場に残された彼らもまた、テスタ村の人々はアルストリア城へ去り、アルバトールもフォルセールへ帰るべくエルザとアルテミスの姿を探す。


 だが、エルザは彼から少し離れた場所で熊の毛皮の上に寝かされており、その苦しそうな顔には大粒の汗が浮いていた。


 そしてその傍らでは、同じように額に汗を浮かべたアルテミスが、ぼんやりとした光を発する手をエルザへかざし、治療をしている。


 実は先ほどの会話に先立ち、アルバトールも一緒に治療しようとしたのだが、アルテミスに邪魔になるだけと言われて引き下がっていた。


 しかし蒼白なエルザの顔を見る限り、やはりこの状態はただ事では無い。


 心配になったアルバトールが再び二人に近づこうとした時、アルテミスの手から光が消え、エルザの口から長い吐息が発せられる。


「……流石は遠矢射る狩猟の女神、アルテミスの矢ですわね。この私ともあろうものが、あやうく転生の儀に望む所でしたわ」


「怖いこと言うなよ! 父様が激怒する姿を想像しちゃっただろ!」


 口に手を当て、あわあわするアルテミスに微笑み、冗談だと告げるとエルザは傍らに来たアルバトールを熊の毛皮に寝かされた状態のまま見上げる。


「何か言いたげですわね、天使アルバトール」


「それはこちらの言うことですよ、エルザ司祭。何か告解したいことがあるように見受けられますが、残念ながら僕は聖職者ではありません」


 疲れたように言うアルバトールに、エルザは寂しげな微笑みを向ける。


「私とアルテミスがこのテスタ村にいる理由。それはあのノエルを人知れず葬り去るためですわ」


 あっさりと白状するエルザ。


「メタトロンの指示、ですか?」


 そしてアルバトールの反応もまた、淡白なものだった。


「ええ。よくお判りになりましたわね」


「ヘプルクロシアで散々な目に遭いましたから」


 エルザは目を閉じる。


 アルバトールは口をつぐむ。


 横に座っているアルテミスは、そんな二人を不思議そうに見つめた後に口を開いた。


「怒ってないのか? アルバ」


「怒ってるよ。でも……それが今なんになるって言うんだ」


 悔やむアルバトールを、アルテミスが気づかわし気に見上げる。


「それは」


「お、おいエルザ。無理すんなよ」


 そんな時、上半身を起こして立ち上がろうとするエルザを見たアルテミスが慌てて近づき、そのふらつく体を支える。


「怒っているのではなく、やるせないと言うのですわ。助けたい者がすぐ近くにいるのに、何も出来ない自分が情けなくて。ただ遠くから見守るだけしか出来ない自分を許せなくて」


 そしてエルザは、未だ本調子ではない体で、それでも自らの二本の足のみで地面の上に立ち、そしてアルバトールの目をその力が戻りきっていない双眸そうぼうで見つめた。

 

「私はこのままアルストリアにテスタ村の者たちを送り届け、そして天使カマエルとイオフィエルに会って彼らのことを頼んできますわ」


「フォルセールの方はよろしいのですか?」


「ラファエラとガビー、それにベルトラムがいれば大丈夫でしょう。エルフの里に貴方と私が行った時も、多少森が騒がしくなった程度で済んだでしょう?」


「多少……ですか」


 ガビーとベルトラムの二人がバアル=ゼブルとぶつかった結果、森だった場所はただの焼け野原になったと聞いていたアルバトールは、そのエルザの言葉を聞いて考え込む仕草を見せ、だが同時にいつもの減らず口が戻ってきたエルザに安心する。


「ついでに久しぶりにガスパール坊やに会って、バヤールの泉を貸して頂きますわ。あの泉は神聖な力に満ちていますから、力を取り戻すためのみそぎに持って来いなのです」


「はぁ……坊やですか」


 茶目っ気を含んだエルザの口調を聞いた限りでは、とても想像の及ばない風体の持ち主であるガスパールを思い出し、アルバトールは首をひねる。


 それを見たエルザは、何かを思い出したように手を打ち。


「実は昔、禊をしていた私をガスパール坊やが……」


「だああああっ! もういいです!」


 ちなみにこの時、アルバトールが思い出したのはエルザではなくバヤールの裸である。


「覗きか! 覗きなのか!? よし判った! このアルテミスがそのガス爆発に呪いを……」


「絶対にやめろ」


「ハイ」


 光の剣の切っ先を向けられ、ガタガタと震えるアルテミス。


 元気を取り戻したように見えるアルバトールに安心したのだろうか。


「ではこれにて。そうそう、貴方もルルドの泉に行って療養しておくように」


 エルザはアルバトールにルルドの泉で療養するように指示をすると、彼らに別れを告げてテスタ村の村人たちの後を追った。


「で、あたしは?」


「客人なんだから好きにしたらいいんじゃない?」


 残されたのはアルバトールとアルテミスの二人。


「すっ……すすす、好き放題にされちゃえばいいんじゃないの、だとっ!?」


「言ってない。あまりふざけてると、飛行術で飛ばしてあげないよ」


「ゴメンナサイ」


 その二人もまた飛び去り、その場には誰もいなくなった。


 ただ、漠然な不安を感じさせる雰囲気だけを残して。

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