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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第219話 民の心

「元の場所に戻してくるんだアルバ」


「ハイ」


「いやハイじゃない! おいそこのゴツイ男! ちょっとジョワユーズを持ってるからって調子に乗るなよ! あたし神だからな! 犬猫と同じような扱いをするな!」


「そうよ陛下! 仮にも十二神の一人であるアルテミスに向かって失礼よ!」


「そうだぞ陛下。アルテミスは熊みたいなものだから犬猫よりは丁寧に扱うべきだ」


「なんかその扱いもシャクに障るな! ちょっと黙ってろヘルメース!」


「……全員黙っていろ。いいな?」


 ピリピリとしたシルヴェールの声と同時にその場に居る全員が押し黙り、ただ彼の発する溜息だけがその場に留まる。



 と言うわけで。


 シルヴェールと合流したアルバトールは、アルテミスの件で怒られていた。



「まぁ今回はアルバが目的では無い訳だが、それでもアデライードやアリアは面白くあるまい。更にフォルセールにエルザ司祭ある限り、どんな顛末が待ち受けるやら」


 シルヴェールは頭を抱え、アルテミスを半眼で見た後に毛皮を脱ぐように言う。


「人前で顔を隠したりなどの、自らの氏素性を隠すような真似は止めた方がいい。何かやましいことがあるのではないかと勘繰られてしまうぞ」


「脱げ……だと……? お前、まさかこのアルテミスに欲情したんじゃないだろうな」


「欲情するかどうかは、貴女が毛皮を脱いでから判断する。それとも素顔を人に見せるのは恥ずかしいか? オリュンポス十二神が一人、狩猟の女神アルテミスよ」


 アルテミスは激情家だった。


 よって彼女は即座にその挑発に乗る。


「なぁんだってえ! 人間風情がこのアルテミスを侮辱するとかアタマに来たぞ! 呪いをかけてや……かけ……ちょっとジョワユーズ外して貰ってもいい?」


「早く脱げ」


「ハイ」



 だがアルテミスは引き際を心得た女神でもあるようだった。


 彼女が呪いをかけると言った途端に目を光らせたアルバトールだけではない。


 聖なる血を受けた聖槍の一部が組み込まれているジョワユーズの所有者、シルヴェールの忠告を無視して不興を買うデメリットを考慮したアルテミスは、渋々と全身を覆っていた熊の毛皮を脱ぎ始める。



「ぶぇっくしょい!」


「……なんで冬なのに丈の短い服なの?」


「アテーナーお姉様みたいに丈が長いと狩りの邪魔になっちゃうだろ! 察しろよ!」


「飛べばいいのでは」


「お前いやな奴だな」


 熊の毛皮の下から現れたのは、明るいオレンジ色の髪を短く切りそろえ、くるくると快活そうな明るい緑色の目を持つ少女。


 服は白無地のシャツと下着の上から丈の短い衣を着ており、それらが包む体のラインは残念ながらアデライード寄りと言ったところだった。


「おい天使! あたしを残念そうな目で見るなよ!」


「では少々涙を浮かべて悔やむ様子を見せておきましょう」


「お前本当にいやな奴だな! おいシルヴェールとか言ったか! 脱いでやったぞ!」


「ふむ、大丈夫そうだな」


 シルヴェールはアルバトールと同じ箇所を見た後、軽く頷いて安堵の表情を見せる。


「お前らなんていやな奴らなんだ! あたし神なんだからちょっとは敬えよ!」


「嫌なら来てもらわなくて結構。と言うより今フォルセールは客人を迎えるほどの余裕は無いに等しい。物見遊山の気分で来るのであればご遠慮いただきたいほどだ」


「気にしなくていいぞ、自分の食い扶持くらいは狩猟で……」


 アルテミスの答えに対し、シルヴェールは沈痛な面持ちで首を振ると、ジョワユーズの鞘を力強く握った。


「テイレシアは今戦乱の真っただ中だとゼウスに聞いていなかったのか、旧神アルテミスよ。もし貴女が魔族との戦いに巻き込まれても、こちらには庇う余裕が無い。だがあなたが戦いで傷つけば、我々としてはその責任を取らざるを得ないのだ」


「う……」


 アルテミスはシルヴェールの舌鋒に太刀打ちできず、そのまま後ずさる。


「我々の苦しい立場、そして貴女のオリュンポス十二神と言う立場をもう一度考えて頂きたい。それでもなお来ると言うのであれば、ゼウスに断って援軍として来ることだ」


「え、そんなのでいいなら断る必要もないぞ」


「……何? ゼウスの決定に逆らうつもりか?」


 アルテミスの意外な返答に、シルヴェールは眉をピクリと動かす。


「気に入らないならぶちのめせ。あたしたち十二神は力がすべてだぞ。お姉様と敵対している魔族がいるなら、あたしが狩っても問題は無いだろう」


 そのアルテミスの言葉に、しばしシルヴェールは考え込む。


「確かに事あるごとに身内で揉めているな。それでもすぐに元のさやに戻るのは……」


「主神ゼウスの懐の深さによる物、だな」


「あ! 何あたしのセリフ取ってんだヘルメース! まぁそう言うことだ! もしあたしのやり方が気に入らないなら、父様がとっちめに来るから心配しなくていいぞ!」


 胸板を張って威張るアルテミスを見て、シルヴェールは何かを思いついたように顎に手を当てた。


「仕方あるまい。アルバ、確か同盟はゼウスに承知してもらえなかったと言ったな」


「残念ながら」


「ではアルテミスの気が済むまでフォルセールにいてもらおう。苦労をかけてすまんなアルバ」


「え」


 アルテミスの世話は任せたぞと言わんばかりのシルヴェールの謝罪に、アルバトールは顔を強張らせてシルヴェールを見る。


「何か知らんがすまんなアルバ!」


「エェー……」


 行った先での世話は任せたぞと言わんばかりのアルテミスの謝罪に、アルバトールは何かを諦めるように天井を見つめた。


「では出立するとしよう。冬とは言え、あまり長く国を空ける訳にもいかんしな」


 そのシルヴェールの言葉を合図として、彼らは帰国の準備に取り掛かっていった。



 今回も色々と予定外の出来事があったにせよ、アルバトールたちは外遊でそれなりの成果を得て帰国の途へとつく。


 意気揚々と歩くシルヴェールと、意気消沈してうつむくアルバトール。


 その二人を先頭とした集団が門から出ると同時に、すぐに一人の守備兵が門の影から飛び出して大聖堂へと走り始めていた。


 教皇グレゴリウスと枢機卿マザランへ情報を届けるために。




「シルヴェール殿たちはお帰りになりましたか? マザラン枢機卿」


「今しがた正門の守備兵から彼らが通ったとの連絡がありました。どうやら天使様がお連れになった少女も一緒のようです」


「おやおや、噂と違ってなかなか俗世に塗れているのですかね。それだとこちらもやりやすいのですが……それにしても渡りに船でした。まさか十二神のディオニューソスが作ったワインが無償で手に入るとは」


 大聖堂の一室。


 その中で教皇グレゴリウスと枢機卿マザランの二人は、シルヴェールとの会見さながらと言った感じで話し合っていた。


「しかし聖下、ワインはミサに使用する分を提供するとしか言ってなかったような」


「構いません。ミサはこの大聖堂でしか行われていない訳ではありませんからね。他の教会のミサでも使用する判断を下すために、試飲用のワインを次々と供させればいいのです。それよりヘプルクロシアでの布教活動はどうなっていますか?」


「順調に進んでいるとの由。天使様が向こうで威をお示しになったことが、余程の後押しとなったようです」


「それは何より」


 グレゴリウスは太めの体を背もたれに預け、耳障りな軋みを部屋中に響かせる。


「我々に残された道は、教会の拡大を続けるのみですからね」


 そして柔和な笑顔を浮かべたまま、グレゴリウスは言った。


「労働には内容に見合った対価が必要です。それなのに天の御使いたちは我々をお見捨てになり、報酬をお与えにならなくなった。過去の所業に対する因果応報と言えばそれまでですが、それでは現在懸命に教えを広めている我々が可哀想ではありませんか」


 法術と言う、本来であれば人には扱えない奇跡を使える法外な報酬。


 それを使い続ける許しを得ていることを忘れたかのように、それによって膨大な利益を得ていることを忘れているかのように、グレゴリウスは怨嗟の声を上げると卓上へ視線を移す。


 そこには一本のワインが置かれていた。


 それを愛おしそうな目で見つめると、グレゴリウスはマザランにヘプルクロシアでの布教活動に一番貢献したものにヘプルクロシア教区の司教の座、次点の者にディオニューソスの作ったワインを褒美として与えるとの指示を出すように伝える。


「労働には対価を。ですが対価を与えるにも地位や名誉には限りがあります。対価を与えるために必要な、新しい土地を手に入れてくれるような能力のある者の働きは、きちんと遇したいものですね」


「その人材を得るために多くの人々が必要となり、その者たちに報酬を与える為に新しい土地を手に入れる必要が出てくる……ですか」


「生きながら地獄に落ちたとまでは言いませんが、終わりの見えない行進はなかなかの苦行でしたよ。ですがそれもこのワインがあれば少しは改善するはずです。さて」


 柔和な笑顔を崩さぬまま、グレゴリウスはマザランへ向き直る。


「新しい土地を手に入れる以外にも、既に地位や名誉を手に入れている者たちを追い落とせば財や名誉を新しく得ることが出来ます。各国における民衆の不安はどうなっていますか? マザラン枢機卿」


「各国ともテイレシア王都陥落のショックより立ち直りつつありますが、やはり魔族が攻め入ってくるかどうかが一番の関心事のようです」


「では穏健派に噂を流すように通達を。そうですね……内容は各国の王家が力づくで魔族を押さえつけ、粗末に扱うからこんなことになったのだ、とでもしましょうか。それに加え、この状況を打破できるのは魔族を保護してきた我々のみだとも」


 マザランは即座に頷き、しかる後に一つ疑問があると口を開く。


「それが成功した場合、穏健派が力を持って聖下のお足元を脅かす恐れがあるのではありませんか? 我々は表向き、魔族と人間とは相容れぬ存在と教えておりますし」


「構いません。それまでには魔族がどのような存在か、愚劣な民衆も身に染みて判っているでしょう。そしてあのシルヴェールを始めとする王と称する愚かな輩たちも、この教会の存在の大きさを新たに心に刻み付けるのです。民衆の心は教会にあり、とね」


「聖下におかれましてはそこまでお考えでしたか。この愚かなマザランが忠告することもありませんでした。差し出口をきいた無礼をお許しください」


 頭を下げて謝罪をするマザランに向けてグレゴリウスは手を上げ、気にしないように言うとその重そうな体を懸命に揺らし、やっとと言った感じで椅子から引き剥がす。


「王家の意思がどうあれ、その伝達方法は立て札などの文字に書いた物。字が読めぬ民衆には何の価値も無いもので、そしてその内容をわざわざ詰所や兵士などに聞きに行こうとはしない。多くは普段より親しくしている教会へ聞きに来るものです」


「さようでございます聖下」


「尊い主の教えを広め、守る教会であれば、立て札に書いてある通りの真実を話すに違いないとの思い込み。その決めつけ、長年を掛けて得た信用こそが我らが武器よ」


 そう言い残すと、グレゴリウスはたるんだ体を揺らしながら応接室を出て行った。



「国家は民衆に一度知らせた内容を、わざわざ何度も噛み砕いて教えようとはしない。しかし我々教会は判る判らないに関わらず、自ら民衆の間を回って教え込む」


 そして廊下を歩くグレゴリウスは、誰に言うでもない独白を始めていた。


「民衆の心がどちらに染まりやすいかは、火を見るよりも明らか……グフフ、私の思うがままに動く民衆や王侯貴族たちのなんと滑稽なことよ。これでこそあらゆる手段を尽くし、教皇になった甲斐があったと言うもの」



 その下劣な顔に浮かんだ醜悪な笑みを見る者は、誰もいない。

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