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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第217話 オリュンポス神殿

 オリュンポス十二神の本拠地、オリュンポス山。


 その麓から頂上まで続く、常人には不可視の回廊を通った者のみ立ち入りが許されるオリュンポス神殿。


 その中に初めて入った天使であるアルバトールとガビー、彼らの運命や如何に。




「オリュンポス十二神のうち、今日は何人が集まってるんだ? ヘルメース」


「ゼウスとアポローン、それと先ほど言ったアルテミスだ。あまり大人数を集めても意志の統一が図れないからな。アテーナーの威光を少々借り受けさせてもらった」


「ねー、それって単にアテーナーと仲の悪い十二神を阻害しただけじゃないの?」


 何気なく放たれたガビーの指摘に、ヘルメースは軽く肩をすくめる。


「そんなことは無い。デーメーテールやヘスティアーも呼んでいないしな」


「その二人はオリュンポス山に居ないことの方が多いじゃない」


「そう言えばアルテミスも居ない方が多いって言ってなかったか? ヘルメース」


「それほど気にしなくていい。どうせ十二神の意思を決める最終決定権はゼウスにある。ゼウスが他の神の意見を聞かないと言うわけではないが、そもそも他の十二神はここに来ていない。つまりこの件に関して興味が無いから一任すると言うことだ」


 二人から責め立てられたヘルメースは、分が悪いと思ったのかゼウスの名を出し、神殿の案内をするために先頭に立って、会話を強制的に打ち切ろうとする。



 だが。



「あれ? そう言えばヘーラーの名前が出なかったな」


 ある女神のことを思い出したアルバトールに、ヘルメースはほんの少し動揺する。


「もう冬だし、キタイロ山に居るんじゃないの? そこでヘーラーの面倒を見たってアルバ言ってたじゃない」


 そうガビーが指摘すると同時に、場は妙な沈黙に包まれ。


「ふむ、ゼウスに聞いてみるか」


 と、わざとらしくヘルメースが顔を背ける。


 そんなヘルメースへアルバトールが詰め寄ろうとした瞬間。



 キュイィ……



「……私ヘーラー。今あなたの後ろにいるの」



 じっとりとした声が、そこに居る者たちの首筋を舐める。



 パタン



 そして扉が閉まる音にヘルメースが振り向けば、そこには誰も居なかった。



「しまったー。この僕としたことが、二人を攫われてしまうとはー」


 唇を噛み、白々しく悔やみ始めるヘルメースの耳に、今度はけたたましく開く扉の音が入ってくる。


「何や~ヘルメース今の声は~? なんぞあったんかいな~?」


 息を切らし、白々しくヘルメースに尋ねてきたのは十二神の長、ゼウスだった。


「大変だ父上ー。僕がアルバトールとガビーを案内してきたのだがー、いつの間にかヘーラーの部屋の前で行方不明になってしまったー」


「なんやて~? そら大変やがな~」


 紙に書いた文章を読み上げるような、もどかしさを感じる二人の口調。


 だがこのような時に即座にツッコミを入れ、周囲に漂うじれったい雰囲気を吹き飛ばすはずのアルバトールは今この場にいない。


「父上、この状況から考えるに、二人はヘーラーが一年の穢れを落とす神事に巻き込まれたのではないか?」


「ふむ……気は乗らんが、大事な客人の安否がかかっとる。ここはヘーラーの部屋を慎重に覗いてみるか」


 と言って、ゼウスはヘーラーの部屋に入って行かずに扉の外から中を覗き見る。


「三人とも仲良う宴会しとるで。問題ない」


 それが問題なのだが、ゼウスにとってそれは問題では無いようだった。

 

 ゼウスはとてもいい笑顔のまま、ビッと親指を立ててヘルメースへ答えるが、それを聞いたヘルメースの顔は浮かないものだった。


「二人とも大事な客人と、さっき御自分で仰られていたようだが」


「せやな。しかし今日は大事な客人に十二神の意思を告げる、重要な話し合いの日。それを機嫌の悪いヘーラーの顔でお出迎えさせるわけにもいかんやろ」


 まさに今、大事な客人である二人はその機嫌の悪い顔をしたヘーラーを直視している訳だが、さすがのゼウスもそこまでは考えが及ばなかったようだった。


 沈痛な面持ちのゼウスに、ヘルメースは否応なく同意する。


 なにせ十二神の長の言うことなのであるから、逆らえるはずが無いのだ。


「と言うことにして、僕は先に大広間に行って歓迎の準備をしてこよう」


「おう、あんじょう頼むで。ワシはここで少々中の時間を早めておくさかいな」



 アルバトールたちが出てきたのは二時間後。


 ヘーラーの部屋の中では二日ほどが経過していたようだったが、出てきたガビーとヘーラーの顔はツヤツヤに輝く晴れやかなものだった。


「………………」


 つまり、最後に出てきたアルバトールの顔は曇っている所ではなく。


「お、おう。久しぶりやなボン……」


 出てきた彼の顔を心配そうに覗き込んだゼウスが見たのは、世の中の闇をすべて背負ったような黒いものだった。




「これは見事な」


 ゼウスとヘーラーに連れられ、アルバトールたちはオリュンポス十二神が日ごと宴会をしている大広間に入る。


 そこには真っ白な大理石を、惜しみなく駆使して作られた荘厳な空間があり。


「少し離れた二時間ほどの間に、一体何があったのだアルバトール。凄く黒いぞ」


「…………君も真っ黒じゃないか。まるで消し炭のようだ」


 そしてアルバトールの視界に入ると同時に黒焦げになったヘルメースの姿が、その真っ白な空間と見事なコントラストを作り上げていた。



 だが、その場に居るのは彼らだけではなくもう一人。


「君がアルバトールか。あのヘルメースに申し開きをさせるいとまも与えずに焼却するとは、聞きしに勝る偉丈夫だな」


「貴方は?」


「十二神が一人、アポローンだ」 


「お噂はかねがね」


 微笑みを浮かべるアポローンと、アルバトールは固く握手を交わした。



 遠矢が得意であり、オリュンポス十二神の一人にして太陽神。


 芸術を守護するだけでなく、人に神託を授けることもある誇り高い神かと思えば、はたまた人間に疫病を広める恐ろしい神としても知られるアポローン。


 太陽神と言う繋がりがあるからか、どことなくヘプルクロシアのルーと似たような雰囲気を持つが、アポローンの容姿は数段若い青年のもので、髪もやや短い。


 ゼウスと同じく布を全身に纏わせたような服、トーガで全身を覆うその姿は、神々しくまた瑞々しいものだった。



「だがその本性は、木にも股はあるんだよなぁ、とばかりに女性が変身した月桂樹に興奮し、一心不乱に腰を振った変態だ」


「もう復活したのか。さすが君の本拠地だけあって早いな」


 アルバトールが初対面のアポローンと話をしていると、その横から馴染みのある声が掛けられる。


 そちらに顔を向ければ、いつの間に復活したのか、そこには傷一つないヘルメースが立っていた。


「いきなり燃やしてくるとは、何があったのだアルバトール」


「ヘーラーにいきなり部屋の中に引きずり込まれてまた愚痴に付き合わされて、その上にヘーラーとガビーに同盟を組まれてずっと説教されてた。二日が二年に感じられるほどの、地獄のような時間を過ごす羽目になったんだぞ」


「それは災難だったな。と言うか、ヘーラーが居るかも知れないこの季節のオリュンポス山に来るとは無防備すぎる。来年から気をつけた方がいい」


「分かってるなら先に言えよ!」


「言ったら君は来ないだろう」


「まぁまぁ、二人とも少し落ち着いた方がいい」


 見る間に険悪な雰囲気となる二人を見て、アポローンが仲介に入る。


「アルバトール君もヘルメースの悪戯には悩まされているようだね、同情するよ。ヘルメースもあまり若い者をからかって遊ぶものじゃないぞ」


 温和な笑みを浮かべ、ヘルメースの肩を叩くアポローン。


 その様子を見る限りでは、とても赤子のヘルメースに牛をすべて連れて行かれて激怒したようには見えない。


(ま、仲直りをしてからは物凄く親密な仲になったんだったか)


 アルバトールは談笑を始める二人を見て、ふとあることを思い出す。


「そう言えば、今日は女神アルテミスも来ていると先ほどヘルメースに聞いたのですが、彼女はどちらに?」


「ああ、アルテミスか……さて、言うべきか言わないべきか」


「何かあったのですか?」


「ヘルメースに聞いてくれ。おそらくそちらの方が正確な情報が得られるだろう」


 アルバトールが横を見れば、そこにはいつものヘルメースが居た。


 一言で言えば、虫も殺さぬ顔である。


 別の表現をするなら、何かを企み、何かを知っていながらも、知らぬ存ぜぬで通そうとする顔であった。


「じゃあアルテミスが来たらその相手は頼む」


 その顔を見て何もかもが面倒になったアルバトールはすべてをヘルメースに任せ、ゼウスの元へと向かったのだった。



「まぁ何回言うても無理やで。でけんモンはでけんのや」


「そこを何とか頼みたい。先ほどもヘーラーの機嫌取りを貴方の代わりにしたんだぞ。名前を貸してくれるだけでいい。いつ攻め込んでくるか判らない、ヴェイラーグ帝国への牽制になってくれるだけでいいんだ」


「そない言うてものう……ワシらにも色々と都合っちゅうもんが……なんやヘルメースごっつ暗い顔して。なんぞあったんかいな」


 ゼウスが自分の背中越しに話し始めたのを見て、アルバトールも後ろを振り向く。


 そこには確かに顔色を悪くしたヘルメースとアポローンが、二人並んで立っていた。


「実はここに来る前に、今回の話し合いでアルテミスの助力を得ようと思い、アテーナーが来ると伝言しておいたのだが、やはり来る直前に危険だと考えなおして連れて来なかったのだ」


「ああ、そりゃ不味いで……アルテミスめっちゃ楽しみにしとったのに、自分らの中にアテーナーの姿が見えなんだからさっきから気になっとったんや」


 ゼウスとヘルメースの真面目な顔に不穏な空気を感じたアルバトールは、話題を変えてその場を取り繕おうとする。


「まぁ二人の間にも色々とあるみたいだし、仕方が無いんじゃ? そう言えばアルテミスの姿が見えないけど、今回の話には不参加なのかい?」


「いや、自分の部屋で昨日から色々と準備をしているらしいから、さっき僕とアポローンで迎えに行ったんだが」


「そうか……ってちょっと待って? 昨日?」


「待っている暇は無いかも知れないぞアルバトール君」


 アポローンが警告する姿を見て、アルバトールはヘルメースに殺気を放つ。


「何をしたヘルメース」


「今日来ているメンバーを伝えただけだが」


 とぼけるヘルメース。


「それだけで地響きを発生させるのかアルテミスは」


 遠くから響いてくる振動を感じ取ったアルバトールは、ヘルメースを睨み付ける。


「いや、多分あれはアルテミスを乗せたカリストーが走る音だな」


「良かった。カリストーとアルテミスは仲直りをしたんだな……ってそうじゃない! なんで歩かずに走ってくるんだ!」


 ヘルメースの襟首をしっかりと握りしめながら、アルバトールは悲鳴を上げる。


「そう言えばエレーヌ姉が君に懸想していることをアルテミスに言ってしまった。賓客が来ている宴に遅刻させてはならないと動揺して言った。今では反省している」


「何をしとるんじゃお前はあぁぁあ! 反省で済んだら地獄はいらんわあぁぁぁああ!」


 気絶して泡を吹くヘルメース。


 反応が無くなったヘルメースを問い詰めるアルバトール。


 扉に詰め寄っていくカリストー。


 狩りの女神であり、処女神たるアルテミスの登場は近い。

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