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第18ー1話 秘める母心

 王女アデライード、王都教会の司祭ダリウス、神殿騎士団の団長を務めるフェリクスらを迎え、フォルセール城では急いで宴の準備が進められていた。


 城に勤める料理人はもちろん、騎士団の家族も城に招集され、目まぐるしく入れ代わり立ち代わりする厨房は、さながら戦場の様相を呈していた。


 その中に、ちょこまかと動き回る一際小さい影。


 その影は懸命に食材や皿を持ち運び、出来た料理を会場へ持ちいれ、たまに料理の切れ端などを摘んでいる。


 それを見かねた料理長がアリアを呼ぶが、彼女が厨房に入って来た時には、いつの間にかその小さな影は消えていた。



「ぶー、きちんと手伝ってたのに何でアリアちゃん呼ぶのもう」


 先ほどの小さな影とは、フォルセール城のもう一人の主ジュリエンヌ。


 危険を素早く察知した彼女は厨房から姿を消した後、手を頭の後ろで組んだ格好で、口を尖らせながら廊下を歩いていた。


 おおよそ領主の妻とは思えない行動である。


(それにしてもアル君、立派に修行をやり終えたんだね。母親としては自分の子供が成長した事を喜ぶべきなんだろうけど、一人立ちしてあたしから離れていくのはやっぱり寂しいな)


 そして常に笑顔を絶やさずに他人と接するジュリエンヌにしては、珍しく寂しげな顔をして窓の外から城門を見る。


 その向こうにはフォルセールの町並みが広がっており、そこには姿は見えないものの、息子であるアルバトールが町の中に居るはずだった。




「では、これにて失礼します」


「あらあら、随分と急いでいますわね」


 そのアルバトールは、町に入るなり気忙きぜわしげに館へ戻ろうとしていた。


「先ほどフェリクス殿が色々と話を聞きたいと仰っておりましたので、お伺いした方がいいと思いまして」


 この聖テイレシア王国に従事する騎士ならば誰でも憧れる、若くして神殿騎士団の団長となったフェリクス。


 やはりアルバトールも例外では無いのか、彼は明るい顔でエルザに答えていた。


「そんなに急がなくても、宴で聞けばよろしいですわ。それにフェリクスは万が一の魔族の襲撃に備え、デュランダルの力を解放したはずですから、今は休ませておいた方がいいでしょう」


「所持者の精神力を常に削る代わりに、どんなものでも切ってしまうと噂されるあの聖剣デュランダルですか」


 アルバトールはそこで少し考える様子を見せ、先ほどから感じていた疑問点をエルザにぶつける。


「そこまでして、アデライード姫がフォルセールまでお越しになる必要があるのでしょうか?」


「あらあら、今更そんな事を言い出すだなんて……貴方の叙階ではありませんか」


「確かにそうです。しかし叙階を受けるだけなら私が王都へ行けば良いだけでは」


 直後にアルバトールは、その問いをしたことを後悔する。


「最初はそうだったのですが」


「あ、もういいです判りました!」


 耳を塞いだアルバトールの目の前には、エルザの物憂げな顔……と言うよりは、何故この程度のことで怒られるのかと言いたげな不満顔があった。


「叙階の立会人は私がする決まりなのですが、私が王都に行くとなぜか教皇様からお叱りを受ける事件が起きますので、こちらでやるようになったのですわ」


 エルザは移動する。


 耳を塞いだアルバトールの真正面へ。


 アルバトールは目を逸らす。


 顔を掴んで無理矢理に真正面を向かせたエルザから。



「あらあら、私を無視するなんていい度胸ですわね」



 エルザの前を歩いていたはずのアルバトールが、いつの間にか馬の荷物となっていたことに気づくのは、彼と馬が教会についてからしばらく経った後である。



 と言うわけで彼は気絶したままフォルセール教会に到着し、そこで困った顔のラファエラから出迎えを受けていた。


「……司祭様。私はアルバトール様を困らせないように、と言ったはずですが」


 馬の上には、干された洗濯物のようにぐってりしているアルバトール。


 その姿を見るなり、ラファエラはエルザに説教を始め。


 エルザは先ほどのアルバトールと立場が入れ替わったように耳を塞ぎ。


 そしてラファエラに正面に回り込まれていた。 


「……まぁ気絶してますし、困ると言う思考は出来ないと思いますが」


「アルバトール様がご自身で気絶させて欲しいと頼んできたのですか?」


「言ってませんわね」


 優しい笑顔を崩さぬまま、ぬけぬけと言ってのけるエルザ。


 同時にラファエラは、少女らしい可愛らしい笑みを浮かべる。


「実は以前より、ダリウス様から本格的に王都で学んでみないか、とお誘いを受けておりまして」


「あらあら、ダリウスも大胆ですわね」


「今回タイミング良くフォルセールにお見えになるようなので、直接会って話をしてみようかと思っております」


「あらあら」


「あ、そう言えば司祭様が赤ん坊を連れてお戻りになった時、自分で世話をしたいとおっしゃっておりましたね。あれから私がずっと世話をしていますけど」


「……あらあら。そう言えばダリウスが街で迷子になっていないか心配になってきましたわ。ちょっと迎えに行ってきますので、留守を頼みますわねラファエラ」


「今日の分の仕事があるのでダメです」


 しょんぼりとして教会の奥に入っていくエルザ。


 それを見届けると、ラファエラは馬上のアルバトールに向かって軽く指を振る。


「……あれ? なんで教会に」


 途端に目を覚ました馬上のアルバトールに、ラファエラはぺこりと頭を下げた。


「ウチの司祭様がいつも御迷惑をおかけして申し訳有りません。アルバトール様」


「あ、いや、僕が小さい頃からあんな風だし、もう慣れてるから気にしないでいいよ、ラファエラちゃ……侍祭」


「呼び捨てで構いません。実際、年齢に見合わない地位に就いているのですから」


 ともすれば自虐とも受け取れる言葉を、あっけらかんと言ってのけたラファエラを、アルバトールはじっと見つめる。


 碧眼、おかっぱ、金髪の頭には若草色の小さな帽子が乗っかっている。


 少し大きめの法衣をまとっている見た目は子供その物。


 だがその実、彼女はこのフォルセール教会における二番手の地位にいるのだ。


 不思議なことに、その人事に対してこの教会に勤める男性から悪評が出ることはなく、また男たちが不甲斐ないと他の教会から揶揄されることも無い。


 トップが女性のエルザと言うこともあるのだろうが、アルバトールの眼にはむしろ色んな意味で同情されているように見えた。


 それらは転じてエルザへの悪評とも取れなくは無いのだが。


 ラファエラは自分を値踏みしてくるようなアルバトールの視線を真っ向から受け止めた後に、にっこりと笑う。


「お願いがあります」


「お願い?」


「以前、ウチの司祭様が連れて戻られた赤ん坊は健やかに育っております。それで今度赤ん坊に名前を付けて頂きたいのです」


「僕に?」


「むしろアルバトール様に付けて頂かなくては困ります。貴方様に付けて頂かないと、ウチの司祭様が名付け親になってしまいますよ」


 そしてラファエラは教会の横にある宿舎をチラリと見る。


「修行に行かれていた間の仕事をある程度残しておいたので、二日ほど時間は取れると思います。その間にお願いします」


「う、うん……考えておくよ」


「それでは、私も司祭様に渡しそびれた仕事が残っておりますので、これで失礼いたします」


 そう言ってぺこりとお辞儀をし、教会に戻っていくラファエラを見送ると、アルバトールも帰途へ着く。


 後ろからエルザの叫び声が聞こえてきた気がしたが、彼が後ろを振り返る事は無かった。


 その帰り道。


「結婚もしていないのに名付け親かぁ……どうしよう」


 ふとアデライードの顔を思い出し、顔を赤らめて首を振るアルバトール。


 隣を歩く馬は、そんな彼を見つめて歯を剥き出し、いななくのであった。



 彼が戻った時、そこにはいつも通り執事であるベルトラムが迎えに出ていた。


 しかし彼と一緒に出迎えるはずのアリアは、宴の準備にでも駆り出されているのか姿が見えない。


(ん? 母上がまた何かしでかしたか?)


 そして程なく厨房の方から、誰かを探すような彼女の声を耳にしたアルバトールは、アリアに心の中で謝罪をしつつベルトラムに剣を渡した。


「お帰りなさいませアルバ様。修行はどうでございましたか?」


「うん、何と言うか……何も言いたくない……」


 ベルトラムの問いを聞いた途端、アルバトールの脳裏に修行中の様々な死因がよぎり、彼は大きく身を震わせる。


 その様子を見たベルトラムは、主人の疲れを癒すべく思考し、行動に移す。


「然様でございますか。お疲れなら後でお部屋へ甘いものでもお持ちしますが」


「いや、少し考えごとがあるから一人にしてもらっていいかな? 晩餐会まで誰も通さないでほしいんだけど」


「……しかし、ジュリエンヌ様が」


「うん。頭にしがみつかないでください母上」


「えー、せっかく久しぶりにアル君が帰ってきたんだから、ちょっとぐらい良いと思うんだよね」


 いつの間にかアルバトールの頭に、子供に見える女性がしがみついていた。


 それはアルバトールの母親ジュリエンヌ。


 見た目だけで言えばラファエラと同年齢のように見えるが、これでもれっきとした成人女性であり、その実年齢は三十半ばを超えている。



 外見、行動、態度、すべて子供そのものではあるが。



「お部屋まで届ければいいんですか? いつまで経っても子供なんだから」


 アルバトールが抵抗を諦め、ジュリエンヌをおぶったまま歩き始めた矢先に彼女は飛び降り、アルバトールの顔を見上げる。


「うん、いい顔になったよ。これならあたしが世話を焼く必要もなさそうだね」


「母上……」


 アルバトールの胸に複雑な感情が産まれる。


 彼はそれを整理して声を出すのにかなりの努力を要さねばならなかった。


「むしろ母上が私や周囲の手を焼かせていたように思えるのですが。どちらかと言えば、母上は私の反面教師でございます」


「はんめんきょうし? なにそれこの前ベル君が作ってくれたラーメンっておやつの仲間?」


 アルバトールは思わず目頭を押さえ、懐からそっと市中で買い求めたワッフルを取り出してジュリエンヌに手渡す。


 渡される前から喜色満面の笑みを開かせるジュリエンヌ。


 それを見て疲れた笑みを返し、アルバトールはそこから立ち去っていく。


「それでは母上、少し一人で考えたいことがありますので部屋に戻りますね」


「じゃあ、晩餐会でねー……あ」


 背後から聞こえてくるジュリエンヌの声。


「やっと見つけましたよジュリエンヌ様。晩餐会の前ですのでスウィーツは御遠慮くださいませ」


 それに続くはアリアのちょっと怒った声。


「え、だって、だってこれ、わざわざアル君が買ってきてくれたものだし、温かいうちに……」


 彼はその後の展開に思いをきたし、冷や汗を垂らした。



 びぃええええええんんんんん……



 そそくさと部屋に戻った彼を追うように、ドアから静かにノックの音が響く。


「アルバ様。お考え中のところ申し訳ございません。改めてワッフルをジュリエンヌ様にお渡し願えませんか……」


 そしてアリアの声がそれに加わるのに、そう時間はかからなかった。

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