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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第183話 交渉における礼儀

「これは素晴らしい」


 晩餐会に出席したアルバトールが、そう感想を漏らしたのも無理は無かった。


 目の前には数々の趣向を凝らした肉料理や魚介料理が並び、それを飾る食器、テーブルは豪勢その物。


 天井にはシャンデリアが煌々と輝き、下からもその光を補佐するように銀の燭台がずらりと設置され、まるで昼間のような明るさを周囲にもたらしていた。


(……でも落ち着かないな)


 客をもてなすためと言うよりは、自分の力を誇示するための飾りつけ。


 アルバトールはそんな印象を持ちつつも、晩餐会のゲストとして隣にいるエドゥアール伯爵の話を聞こうと努力していた。


(まずい、なんか突きたくなってくるホッペだ)


 何故なら、調理や食材などについての細かい説明をしつつ、それでいて出てきた料理をすべて平らげていたエドゥアールの頬が脂ぎったものとなっており、それは周囲の灯りを反射してツヤツヤと光り輝くものとなっていたからだった。


 突けば肉汁が滲み出てきそうなその頬を、横目でチラチラと見ていたアルバトールはさすがに失礼かと思ったのか、そこで新しく出てきた料理に目を移す。


 と、いつの間にかそこにはワインの酒器が置かれており、アルバトールは横からそれを差し出してきた手の持ち主を見上げた。



「これはエルネスト殿、ご無沙汰しております」


「久しぶりですね、アルバトール殿。主賓とは言え、父にかまけてばかりでなかなか私の方に挨拶に来て下さらないので、いささか父に失礼とは思いましたが私の方から一献傾けに参りました」



 それはエドゥアールの長男、エルネストだった。


「こ、これは……気が回らず、申し訳ありません」


 エルネストの言葉は礼儀正しいものの、その声音は低く、冷たく、突き放した物であり、それに籠められた感情に心臓を鷲掴みにされたようになったアルバトールは、即座に立ち上がって頭を少し垂れたまま、エルネストがワインを注ぎ終わるまで待つ。


「これこれ、相変わらず愛想が悪いのうエルネスト。せっかく美味い料理、美味い酒で温まっていたアルバトール殿の心象が、一気に冷めきってしまったではないか」


「これは失礼しました。ですがアルバトール殿も成人し、公用で出歩くことが多くなった今、このような場での作法を知った方が後々役に立つかと思いましたもので」


 ワインを注ぎ終わったエルネストは、きっちりと油で固め、後ろへ流した頭を下げて自分の席へ戻っていく。


 その髪には、アルバトールが子供の頃にエルネストに会った時には無かった白髪が目立つようになっており、その一本一本にアルバトールは、二人の間に流れた年月の長さと溝の深さを思い知った。



(昔は優しかった……いや、今も優しい。ただ、感情を表に出していないだけだ)



 エドゥアールの彼に対する謝罪と、エルネストに対する叱責を聞き流しながら、アルバトールは感傷に浸る。


 感情を表に出すと、隠したいものまで表に出てしまう。


 それは良くある話で、彼にも身に覚えのある話でもあった。



(アリアがそうだったな)



 エルネストが隠しているものが何なのか気になる所ではあったが、今の彼にそれを詮索する時間も権利も無い。


 今の彼が考えるべきは、シルヴェールの協力要請を引き受ける代わりに、エドゥアールが出してきた条件だった。


(兵隊の訓練。確かに天魔大戦が起きた今、どこに魔物が大挙して現れるか判らない)


 エルネストが杯を傾けてから後、ホッとしたように次々に話しかけてくる列席者たちに笑顔を向けながら、エドゥアールから関所、及び諸税金に関する要請への返事を宴の前に貰っていたアルバトールは、その条件について考えていた。


(しかし、このベイルギュンティ領とて天魔大戦で何度も痛手を被っているのに、他領地のように専門の兵を置かなくなったのは何故だ? 確かに天魔大戦の時以外は、この領地は平和そのもので兵士は必要なくなるけど……)



 兵は他者を傷つける力であり、力を以って治とするは亡国の徒。



 エドゥアールが若い頃に、当時の領主であった父にそう献策し、元々他国に攻め込まれることが少なかったベイルギュンティ領を、壁を家名とするほどに隣国との争いが多かったアルストリア領と連携させ、相互扶助の関係にした。


 つまり連年の戦いで戦費がかさんでいたミュール家と、年ごとの報酬、また出兵時に臨時報酬を支払う契約を結び、領内の守備をしてもらうことで自領の兵を育てる手間暇と経費を削減し、生産に寄与しない兵士を働き盛りの労働力に転換させたのだ。


 そして数か所の重要拠点に、必要最小限の兵のみを置く……だがそれは同時に、多方面からの侵攻に対応できないことを意味していた。



(天魔大戦では王都から王国軍が出動してくるけど、到着するまでに民に少なからず犠牲が出てしまう。つまりその犠牲を覚悟してこの制度を導入したことになるけど、釈然としないなぁ)


 アルバトールは、目の前の豪華な料理を目にした後に内心で溜息をつき。


(この国の食料は、天魔大戦の勝敗を決める要因の一つなのに)


 そして横目で不愛想な表情をしたままのエルネストの方を盗み見ると、すぐに視線を戻した。


(ま、側近の噂が本当なら、天魔大戦すら穀物の値段を吊り上げる道具にしていてもおかしくないかな)


 人のいいエドゥアールを垂らし込み、私腹を肥やしているとの噂がある、先ほどのエルネストを含むエドゥアールの三人の側近。


 その三人のうちの筆頭と謳われる人物を横目で見ながら、アルバトールは今更のように、兵士を訓練させるとのエドゥアールの思惑について考え始めるのだった。


(建前は、王都が落ちたことで自前で領民の安全の確保をする必要が出てきたこと、か……今の時期になってようやく対策を立て始めるなんて、エドゥアール伯爵に対する不信感を顔と声に出さないようにするのが大変だったよ)


 そして周囲からの質問などを並行して行っていたアルバトールは、いつ晩餐会が終わったのか判らないほどに忙しい時間を過ごしていった。




「……で、お土産を持って帰るのを忘れたってわけ? まぁ遊びに来た訳でもないからくどくどとは言わないけど、ちょっと残念」


「すまない、ガビー」


「気にするなアルバトール。こちらはこちらで、なかなかの饗応を受けた所だ」


[で、なんじゃその黒焦げのモノは。いくらわらわでも神の黒焼きなど食わぬぞ]


「下の酒場で看板娘の仕事の邪魔してたから燃やしてきた」



 晩餐会が終わった後、宿に戻って来てから仲間への土産を忘れていたことに気付いたアルバトールは、ガビーの追及が思ったより軽かったことに驚きつつ、エドゥアールの返事について愚痴をこぼす。



「ただでは転ばない、と言うところだろう。渋い顔をした後に要請を引き受け、王家の顔を立てることで諸侯からの反感を上手く避けつつ自らも利益を得る。ここの領主はなかなかの商売人のようだ」


 そしてあっさり復活したヘルメースの助言を聞き、アルバトールは相槌を打って続きを促すが、彼の興味の対象は既に移動済みのようだった。


「ところで僕の身を焦がすほどに情熱の炎を燃やしてくれた娘は今どこに?」


「……下で仕事に燃えてるよ」


 自己陶酔の時間に入ったのか、ヘルメースが口にする言葉が意味不明なものに変化したためにアルバトールは他の者たちの考えを聞く。


 その内容は表現こそ違え、皆一様に同じもの。


 つまり相手の付けた条件の内容が気に入らない、だった。


「ま、伯爵のこの返答は想定済みだったし、とりあえずフォルセールに戻ろうか。皆の気持ちは分かるし、僕もそう思うけど、交渉相手が気に入らないって感じたからと言って、それだけで国の方針を決めることは出来ないからね」


「アルバはそれでいいの? どう見てもあんたたち舐められてるわよ? 王都が落とされた原因の一つは、シルヴェール陛下の献策によるもの。つまりあの腐れジジイの出した条件って、陛下の引け目に付け込むものじゃない?」


 不機嫌な感情を、絶妙な声の低さで表現したガビーを見て、アルバトールは感心したように頷き、微笑む。


「いいさ。この条件が出されるであろうことは、フォルセールを出る時に陛下やベルナール殿に聞いていた」


「だがろくに実戦経験も無い、新兵同然の役立たずを護衛に押し付けられてもこちらが困るだけだぞ、アルバトール」


「大丈夫ですよエレーヌ殿。おそらくは隊商の護衛に対する報酬も要求してくるでしょうが、それについても考えはあります」


 隊商ばかりか、護衛の護衛まですることになるのではないかと不安そうな顔をするエレーヌの心配を、アルバトールは笑い飛ばす。


[じゃが、フォルセールを出る時にこの条件が出されることが判っておったのなら、何故戻る? 明日にでも返答すれば良いではないか]


「そうもいかないのさ。相手の要望が、国王に相談するほどに重い価値のあるもので、更にそれをエドゥアール伯爵の顔を立てる形でこちらが飲んだ。と世間に知らしめることが大事なんだから」


[面倒なことをするものじゃの、人と言うものは]


「人によるけどね」


 アルバトールは澄ました顔で両手を上げ、ティアマトの閉ざされた目を見つめる。


「交渉は相手の顔を立てることが必要不可欠だよ。相手が出した、こちらが引くことの出来る条件を呑むことで、こちらが一歩も引けない条件を相手に呑ませる。詰まった条件を擦り合わせ、角を丸めて隙間を作り、相手のプライドを入れる余地を作るのさ」


 それを聞いたティアマトは複雑な表情になるが、アルバトールはそれに気づかず明日の予定を皆に伝える。


「それじゃあ明日の早朝に出発だ。こちらの顔を立てる為の条件についても話し合わないといけないから、少し道中は急がせてもらうので皆ゆっくり休んでくれ」



 そして三日後。


 アルバトールは再びマロールセリユに姿を現し、エドゥアールに承諾の意を表し、そして条件を書いた書簡を手渡す。



「さ、採用に試験を!? し、しかも……手数料が必要……とは……」


「それは当然でしょう。隊商の荷物のみならず命まで預かるのですから。腕前は当然のことながら、危険が訪れた時に逃げ出さないと確約できる、信用のおけるものでなければ務まりませぬ」


 エドゥアールの驚きようを見て、心外とばかりにアルバトールが仏頂面で答える。


「い、いや、そそそ、それは当然じゃが、問題なのはこの手数料じゃ! 金貨一枚分とは、法外過ぎる値段ではないか!? 平民に機会を与えるつもりは無いと言うことか!?」


「それについても記載してあるはずですが……国王の推薦状、または諸領地における騎士団で三年以上の実務経験があり、所属している騎士団の所属長の推薦状がある者については免除すると」


「ぬ、ぬ……じゃが、天魔大戦は既に始まっており、民を守る兵を……」


 アルバトールは広い執務室に響き渡るほどの溜息をつき、憐みの眼でエドゥアールを見つめた。


「その通り、既に天魔大戦は始まっております。今更素人同然の兵を鍛え上げても、無駄に命を散らすことにしかなりますまい……領主として、民を守る兵を育てて来なかったことを悔やむ気持ち、お察しいたします」


 エドゥアールは目を白黒させながら、書簡とアルバトールの顔とをせわしなく視線を移動させるが、その様子を見ても彼の隣にいる側近のエルネストは表情を微動だにせず、伯爵に進言をする様子も見せない。


「ではこちらも要請を。天魔大戦が起こった時の習いに従い、食料の援助を要請させていただきます」


「なわっ!? い、いや、いつもならそうするべきじゃろうが、今回の関所と、諸税金の軽減を受け入れた場合の、損害額を考えるとじゃな……」


「隊商の護衛の報酬で賄えるようにこちらも配慮いたします。また晩餐会で聞かせていただいた、こちらでお世話になっている王国軍の騎士たちにかかった経費ですが、これは護衛の報酬で返済させていただきます」



「アルバトール殿、それは少しおかしいのではないか? そもそも街道に魔物が出なくなり、安全が確保されたと聞いたから我々は護衛で兵を訓練させようと思い立ったのだ。野盗の類が相手なら我が兵たちでも対処できるし、護衛は我が兵のみ……」


「ではヘルマを破壊し、街道における安全の確保をした働きへの報酬。と言うことでも構いません」



 流石にこの辺りで一言いっておかねば、この先に何を言われるか分かったものでは無いとでも思ったのか、渋面でエルネストが抗弁するが、アルバトールのその答えを聞いて口をつぐんでしまう。


 何もしていない自分たちが、うまく立ち回って報酬だけを掠め取る。


 その後ろめたさをようやく理解したとでも言うように、エドゥアールが疲れた声で承諾の意を返し、それを聞いたアルバトールは頭を深々と下げて退出の挨拶をする。



「物が集まれば金が集まり、通行が楽になれば人の往来が増える。エドゥアール伯爵ほどの御方であれば、これを更なる飛躍の機と捉えておられるでしょう。我がフォルセールも伯にお世話してもらうばかりではなく、ご恩を返せるように精進いたします」


「……相分かった。フォルセールが恩返し、このエドゥアール=ノゥリチュア=ベイルギュンティが待ち望んでおると、陛下やフィリップ殿に伝えてくれ」


 笑顔でそう言うエドゥアールに再び一礼をし、アルバトールは執務室を出ると館の外で待ち受ける仲間の元へ向かったのだった。

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