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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
王都争奪編

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第182話 明るい未来と不安な将来

 それはアルバトールたちが生きている時代より数百年の昔。


 東のヴィネットゥーリア共和国だけではなく、聖テイレシア王国を含むアルメトラ大陸の西側を、ほぼ制圧した大国がかつて存在した。


 その大国は驚くべきことに現在と変わらぬ、いや、それ以上の水準の文明、文化、知識を持っていたと言われている。




「その大国が行った事業の一つがこの街道、らしいよ」


 その昔――いや、街道の説明をした青年と、黒い肌を持つ女性を除く三人にとってはつい最近の出来事とも言えるのだが――作られた草原を貫く一本の街道を、子供を含めた五人の男女が歩きながら談笑している。


「知ってる」


「どうしたアルバトール。街の子供ですら知っている世間の一般常識を、今更のように話し始めるとは」


[わらわに対する説明じゃろ。まぁ知っとるが]


「……なぜ僕を睨む。都合の悪いことを何でもかんでも僕に振るな」



「ほう……では説明を求めたのがティアちゃんで、それを聞かれたのはヘルメースだったことについて今からじっくり聞かせて貰おうか」



 だが、次第にその雰囲気は悪化していき。


[わらわはヘルメースに説明を求めた]


「僕はそれを断った」


「つまりアルバに説明しろって誰も言ってないんじゃないの? 時々いるのよねー、誰も求めてないのに勝手にしゃしゃり出てくる奴。ホント空気読んで欲しいわー」



 そして五人のうちの金の巻き毛を持つ青年が、頭痛を堪えるように眉間に指を当て、噴き出す感情つまりは殺意をかろうじて震えた声にまで絞り込んで周囲に伝える。



「……そしてティアちゃんが説明しろと喚きだし、ヘルメースが僕に何とかしろ、と言ってきたんだよね?」


[優しさは、時に人を傷つけるものじゃの……]


「自立を促すために、あえて助けを求めてきた手を振り払う。世の中にはそんな人の育て方もある。先ほどの君は、それを選択することも出来たのだ」


「まぁアルバもこれで判ったんじゃない? 余計な口を挟む奴は嫌われるってね」



 ……。



 しばらく歩いた彼らが一体のヘルマを破壊した時、人数は四人へと減っていた。




「納得いかないわ! なんであたしだけ殴られるの!? ティアちゃんもヘルメースもあんたをウザがってたじゃない!」


「奇遇だねぇ……僕もまるで納得がいかなかったところだよガビー……助けを求められたからそれに応じただけの僕が、なぜウザがられてるとまで言われなきゃいけないのかとねぇ……」


「わきゃっ!?」


 アルバトールたちがヘルマを破壊した少し後、ようやく失踪していたガビーが追いついてくるが、彼女が口を開くや否や、無表情なアルバトールの持つ炎の剣の剣先がまるで彷徨う霊の如く、ガビーの喉元にゆらりと突き付けられる。


 天空から照りつける真夏の日差しなど、比べ物にならない程の至近距離から光と熱を発する剣はこの上なく美しく、目の前の少女を焼き尽くすことに少しの躊躇いすら感じさせない。


「ふ……」


 一つの選択ミスが即ち死。


 そう直感したガビーは短く息を吐いた後、聖職者が好む一説を引用してアルバトールに答えた。



「それが貴方に与えた、主の試練なのです」


「……」



――ギエエエエエエエェェェェェェ――



 遠くから響いてきた断末魔に恐怖し、野兎が逃げていくこの草原は、聖テイレシア王国の南東部に位置するベイルギュンティ領の一部。


 フォルセールに隣接し、温暖な気候と肥沃な大地によってテイレシア最大の穀倉地帯となったこの領地は、温厚と評判の高いエドゥアール伯爵が治めている。


 領境で起きる問題を巡って、フォルセールを治めるフィリップ侯爵とまれに口角泡を飛ばすことはあるものの、他の領地で起きている議論に比べれば子供の口喧嘩とも言える程度のものだった。



「あんた手加減ってものを知らないの!? 冗談じゃないわよこんな黒焦げの格好でエドゥアール伯爵の出してくれる料理を食べろってのそろそろあたしの実力を教えてあげる時が来たようね!」


「いつからガビーが晩餐会に呼ばれると思っていた? 出陣式を兼ねていたヘプルクロシアの時と違って今回は政治の話を絡めたものだから、いくら聖職者でも死霊、悪霊を祓うのが役目の祓魔師エクソシストである君は呼ばれてないよ」



 そのベイルギュンティ領の中心、マロールセリユの街の一角に、その日のヘルマの破壊ノルマを終えたアルバトールたちは姿を現していた。


 伯爵の住む広大な館の前には、数百人が集まれそうなほどの広場と街の南北を貫く広々とした道路が通っており、その道路に並行するようにして領地の各所や海に繋がる運河が広がっている。


 その広場の隅の方で、彼らは今後の予定を話し合っている最中だった。



 例えそれが、館の門を守る衛兵から見れば子供の口喧嘩にしか見えないものだったとしても、彼らは話し合っていたのだ。



「と言うわけで、申し訳ありませんが今回もエレーヌ殿には留守をお願いします……うん、ティアちゃんも留守番。ヘルメースは城の中に入ったら焼く。あだっ!?」


「待て、僕だけ扱いがひどくないか? 大体このように力の無い身では、城の貴婦人の方々に東の珍しい話をするのが精一杯だぞ」


「アーカイブ術でまとめておくから今話してくれ。ガビー、背中を叩くな」


「勝手に話を変えられたり、付け加えられたりする可能性があるからダメだ。やはり僕が直接お話を……」


「ではエレーヌ殿、ヘルメースを頼みます」


 うっとりとした表情で膝をつき、女性の手を取るような仕草をするヘルメースに、アルバトールは即座に背中を向ける。


「やれやれ、珍しくお前の方から任務に誘ってくれたと思ったら目的はこれか。まぁ構わぬが、この貸しは大きいぞ?」


 アルバトールから頼まれたエレーヌは、楽し気に含み笑いをすると片目をつぶり、ヘルメースの襟を掴んで、軽々と引きずっていく。


 アルバトールはそれを見て一安心すると、今度はもう一人の問題児、ガビーについての解決を図るべくティアマトへ泣きついた。


「ティアちゃん、ガビーの身体を見てやってくれないか? どうもこの前の叙階に見せかけた怪しい儀式から様子がおかしいんだ」


[うん? 今の方がまともに見えるがのう]


「確かに精神的に強くなったけど、その分を僕への悪口や減らず口の方に回すようになってるから、以前より数段ほど性質たちが悪くなってる。今回の伯との話し合いは無事に済ませたいから頼むよ」


 ヘプルクロシアでの出来事を思い出し、アルバトールは背中にいやな汗をかく。


 もしもあの時のようにガビーがエドゥアールに噛みついたら、如何に彼が温厚とは言っても交渉に支障が出ないとは限らない。


 自分に必死に頭を下げるアルバトールを見て、ティアマトは呆れた顔をしながらも承諾し、指をくわえて落ち込むガビーと共にエレーヌの後を追って宿へと向かった。


[まとも、と言ったのは、肉体的な方じゃがのう。ああ、何でもないぞよ、ガビー]


「うう……エドゥアール伯爵は美食家って聞いてたから、お呼ばれを楽しみにしてたのに……」


 自分に何と言ったのか聞いてくるガビーに、ティアマトは誤魔化すような返事をすると、晩餐会に呼ばれなかったことに落ち込むガビーを慰める。


 そして久しぶりに歩くマロールセリユの街並みと、運河の水と海の水が交わる汽水域――多種多様の生命を育んできた生命の園――の部分に、楽しそうに視線を送った。




「う~む……儂も確かに陛下への助力はしたい。じゃが関所の件はともかく、諸税金の方は承諾しかねるのう」


「僕も最初にこの話を聞いた時、そう思いました」


 マロールセリユを治めるエドゥアール伯爵の執務室。


 ちょっとした広間ほどもあるその部屋の窓際に置いてある、豪奢な机の向こうに居るエドゥアール伯爵へ、アルバトールは苦笑いを浮かべる。



 エドゥアールは、一言で言えば絵に描いたような王侯貴族だった。


 頭にはカールさせた白い髪のカツラを被り、油を塗ったような唇の周りには豊かな口ひげ、あごひげを生やしており、たるんだ皮で構成された顔を支える胴体の下半分は、見事なまでに半球状に盛り上がっている。



(相変わらずの体形だなぁ。六十になろうかと言う伯の年齢のせいもあるだろうけど、根本的には運動不足……アルストリア領へ食料や資金の援助をする代わりに、このベイルギュンティ領の防衛などを任せている弊害だろうな)



 領地の殆どが平地で構成されているベイルギュンティ領だが、中心地であるマロールセリユの周囲だけは三方を山地で囲まれており、囲まれていない一方だけは海に隣接と、天然の要塞とも言える立地になっている。


 また他国との国境付近も険しい山地が遮っているため、外敵に襲われる危険は非常に低いものとなっていた。



(さて、どうしようかな。ガスパール伯に協力を求めた時は書簡を届けただけ。その後の条件は向こうが整えてくれたようなものだったけど、今回は違う)


 アルバトールはエドゥアール伯爵に愛想笑いをする一方で、彼を説得するための材料を模索する。


(実際、今回の説得は難しいんだよなぁ。豊かな穀倉地帯が領地にあり、その輸送も運河や港湾から容易に行うことができるから、危険な陸路に頼らない構造が出来上がってる……つまり現状に満足している。不満点が無いんだ)


 タイミングよく問題が発生していたガスパールの時とは違い、ここベイルギュンティ領はフォルセールと同じくらい、いやそれ以上に戦乱とは無縁な土地柄だった。


(不思議だね。他国に隣接している地域は山地で、数少ない山道には堅牢な城を建設していると言っても、穀倉地帯と言えばどの国も喉から手が出るくらい欲しいはず。しかも拠点以外を守る兵は、隣接しているとは言え救援に数日はかかるアルストリア兵)


 いつもの悪い癖、考えが横道に逸れてしまっていたことに気付いたアルバトールは、自嘲しながらエドゥアールの顔を見つめ。


(さて現状に満足しているエドゥアール伯には、ラビカンの提案に基づいた不安な将来と、陛下の提案に基づいた明るい未来を提供するか)


 そしてシルヴェールの描く、これからのテイレシアの方針の説明を始めた。



「……なるほどのう。陸路と海路は兄弟同然。海路を優先すれば陸路が疎かになり、新しい時代の変化についていけぬ、か。しかしヘルマを破壊した途端に、街道の魔物が散って言ったというのは本当か? にわかには信じられぬ話じゃが」


「まことでございます。現にここへ来る途中に立ち寄ったヘルマを破壊した際にも、魔物の気配は四散していきました」


「と、魔物が見せかけているだけではないのか?」


「それを否定する材料も、肯定する材料にも欠けております。目に見える事象だけを捉えれば、現在の街道は魔物の居ない安全なものです」


「天使殿は、野盗の類は問題にせぬか」


「人の脅威は人で解決できますゆえ。現に陛下は施策の一つとして、騎士たちによる隊商の護衛任務を提唱されておられます。ただ、隊商を組む商人たちが警護に払う費用を捻出しやすくするために、諸税金軽減への協力が必要となりますが……」


 アルバトールの言葉を聞いたエドゥアールは、何かを考えるようにあごヒゲを手で撫で付ける。


「……一度に大量の輸送が出来るものの、確かに運河では速やかな移送は出来ぬ。それぞれの方法に、それぞれの役目を持たせるは至極当然か」


「このベイルギュンティ領でとれる、穀物類を加工した特産品も、鮮度が重要な魚介類も、今まで届けられなかった地域まで容易に届けられるでしょう。その逆も然り」


 アルバトールはそこで一度言葉を区切り、ニヤリと笑ってみせる。


「新鮮な鯉が命である我がフォルセールの鯉料理。ここベイルギュンティに居ながらにして味わいたくはありませぬか?」


 美食家を自称するエドゥアールの目に、その提案は魅力的に映ったようだった。


「判った、前向きに検討させてもらおう。側近たちと話すゆえ、アルバトール殿は結論が出るまでの間、ゆるりと街の見学でもして疲れを癒してくれ。晩餐会でまた会おう」


 エドゥアールの言葉に何か後ろ暗いものを感じたアルバトールは、探りを兼ねて反論を試みる。


「いえ、さほど疲れてはおりませぬ。速やかな結論を得たい問題でもありますし、このまま側近の方々と一緒に話し合いたいのですが」


「いやいや、事は我が領地の問題であるからの。あまり他の領地の者に聞かせたくない問題も、合わせて話す必要が出てくるかもしれん。その度にアルバトール殿に部屋の外に出てもらっては、速やかに結論を出すことなど到底望めまい」


 頑ななエドゥアールを見て、ここで食い下がっても無意味だと判断したアルバトールは、そのまま執務室を退く。



 そして程なく三名の男が執務室に姿を現し、エドゥアールにうやうやしく礼をした。



「と、言う訳での。まぁ悪くない提案じゃが、そのまま飲んでしまうにはちと惜しくてのう。お前たちの意見を聞きたい」


 そう話すエドゥアールの顔は、つい先ほどまでの、人の好さそうな笑顔とは打って変わり、街へ初めて訪れたオノボリさんを狙うスリのような邪悪な顔になっていた。


「要は王都を落とされたマヌケな王子が、何とかして諸領地から軍資金を掠め取ろう、と言う魂胆でしょう」


「我々が必死に集めた物を、ハイエナの如く横から掠め取ろうとは……王家も落ちぶれたものですな。どうせあの小癪な、フィリップの差し金でしょうが」


 フード付きのローブを目深にかぶった二人が、何の役にも立たない雑言だけを並べ立て、思わず殴りつけたくなるような不気味な笑い声を上げる。


「お前はどう思う、エルネスト」


「うまい汁を、陛下だけに吸わせる手はありますまい」


 その笑い声から逃げるように、エドゥアールはもう一人の男へ問いかけた。


 口ひげを生やし、かろうじて肥満とは呼べない体形をしたエルネストと呼ばれた中年の男は、エドゥアールの問いに面白くなさそうに簡潔に答えるが、即座に続きをエドゥアールに促され、渋々詳細を述べる。


「我が領地は、兵の数が少なく脆弱です。これを逆手にとり、兵の訓練をすると言う名目で隊商の護衛につかせてもらい、ついでに護衛料金も貰うのです。アルバトール殿の言う通り街道が安全になったのなら、我が兵たちでも任務をこなせるかと」


「なるほどのう、それでいくか。しかしこんな会話も人前でおちおち出来ぬとは、温厚、篤実と言う評判を守っていくのはなかなか苦労する物じゃわい」


「お陰で私の評判は下がる一方です」


「なーに、気にせんでええ。儂も領地を継ぐまではそんなもんじゃったわい。いつか来るであろう、儂の葬式の時にはせいぜいいい声で泣くことじゃの。領地を継いだ後は、こいつらに諭してもらった、で格好はつく」



 エドゥアールの言葉に、ローブを着込んだ男たちは再び不気味な笑い声を上げ、それを聞いた中年の男、エルネストは彼らを憎々し気に睨み付けると、この後に控えた晩餐会へ顔を出すべく執務室を出たのだった。

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