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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
ヘプルクロシア王国編

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第169話 帰国

 戦いは終わり、戦いの落としどころを探すべき時が来る。


 本来であればテイレシアから使者が到着し、賠償の条件を提示するのであろうが、まだこの時、この場にそんな物が望めるはずもない。


 とりあえずアルバトールは王都ベイキングダムへ向かうことを決め、出立の準備のために周囲の神々に同意を求めていった。


「しかし体のほうは大丈夫ですか? エンツォ殿」


「ハッハハ! もちろんですわい若様! ちょっと昏睡状態の重篤になったくらいで大袈裟な! 多少首のすわりが悪いですが、それ以外は普通に動くので大丈夫でしょう!」


 そう言う割には、カクカクとぎこちない歩き方で遠ざかるエンツォを見てアルバトールは冷や汗を垂らすが、すぐにその傍にエステルが寄り添い、甲斐甲斐しく歩く手助けをする姿を見て、二人が仲直りしたのだろうと安心し、胸をなでおろす。


「エンツォ殿がアテーナーに意識不明にさせられたために、一時的にカラドボルグのマスター契約があやふやになり、そこにメタトロンが神殿の中で剣に触った僕の匂いを嗅がせた……か」


 顎に手を当て、独り言を呟きつつ歩き出したアルバトールは、ルーとの戦いで負傷したベルトラムが寝かせられている場所へ足を向け、ちょっと焦げたガビーが彼を治療している姿を見る。


「……随分と健康的な肌になったね」


「大人に戻ってからやってくれた方が、悪い虫を焼き払えて良かったんだけどねー」


 ガビーの余裕たっぷりな返事を聞いて多少鼻白むも、アルバトールは地面に寝かされたベルトラムを法術で解析し、峠を越していることを確認して安堵のため息をつく。


 しかし容態が安定したとはいえ、ベルトラムをテイレシアまで連れ帰ることは困難と見たアルバトールは、このまましばらくヘプルクロシアで静養させることに決め、反対されることを承知でガビーに相談する。


「ベルトラムのことだけど、なるべく安静にしておきたいし、ディアン・ケヒトに治療を任せてもいいかなガビー。流石にこの状態で帰国させるのは厳しいだろう」


「いいんじゃないかなむしろ是非そうして」


「確かに君が反対する気持ちも判る。だがベルトラムがこのまま戻っても戦力には……いいの?」


「うん」


 しかし反対するとばかり思っていたガビーが、あっさりと賛成する姿を見たアルバトールは、何があったのかと怪しんで彼女の顔をじっと見つめる。


 だがガビーは視線をアルバトールだけではなくベルトラムの顔からも外し、更に今の表情を見られたくないとばかりに下を向いてしまっていた。


 チェレスタから出陣する時に別れて以来、彼女に何があったのかは分からない。


 だが今のガビーは、出陣以前とはまるで別人のようにアルバトールには思えた。


 そんな時にベルトラムが意識を取り戻し、うっすらと眼を開けながら口を開く。


「ガ、ガビー……」


「ベルトラム!? 無理に喋ると君の体力が!」


 その懸命な姿を見たアルバトールは、こちらに何か伝えなければならないことがあるのだと直観し、すぐさま弱々しく動くベルトラムの口に耳を近づけた。


「貴女の……楽しみ……デザートを……オード……うぶっ」


 しかし、アルバトールが聞くことが出来たのはそこまでだった。


 何故ならベルトラムの口に耳を近づけ、その言葉を聞こうとしたアルバトールの後頭部側から手を伸ばし、こっそりとその口を塞いでいた少女がいたのだ。



 よってベルトラムは息が出来ずに失神した。



「ガビー! 何で口を塞いだ! ベルトラムがそのまま死んだらどうするつもりだったんだ!? テスタ村の一件で、君はベルトラムに返しきれない借りを作ったことを、申し訳なく思っていたんじゃなかったのか!?」


「ふっ危なかったわねアルバトール。今のベルトラムは花瓶の呪いにかかっているわ」


「……は? ちょっと意味わかんないんだけど!?」


 呪いにかかってるのは君の頭の中身じゃないのかな、と言いたくなる程に頭に血が上っていたアルバトールだったが、背伸びをして彼の肩を掴み、つま先立ちでぷるぷるしながらも、鬼気迫る表情で見つめてくるガビーを前にしてはそうも言えなかった。


「喋ってはいけない秘密を口にすると、どこからともなく花瓶が飛んできて後頭部に直撃し、そのまま血まみれで倒れることになる。ルーの聖域に仕掛けられた防犯設備の一つと言われているわ」


 地面に仰向けで寝ているなら、花瓶が後頭部に直撃することは無いんじゃないかと思いつつ、アルバトールは根本的な解決方法を模索する。


 そして誰でも思いつくであろう一つの案を実行した彼の姿を見て、途端にガビーの眼は点になり、その場で固まってしまっていた。


「そうなの? ルー」


「そんな訳が無かろう。神殿の花瓶を何個もバアル=ゼブルの後頭部に叩きつけて壊したのは君の所のお嬢さんたちで、その総額は小さい城なら建てられるほどの金額だ」


 それはダークマターに穢された身を祓われ、つい先ほど目が覚めたルー自身に詳細を聞くことだった。


「……そうなの? ルー」


「そうなんです」


 しかし余計な情報まで引き出すこととなったアルバトールは、先ほどのガビーに負けず劣らずの距離と表情で迫ってくるルーを見てその気迫に負け、とりあえず王都に行ってから詳細な話をしようと提案をし、その場から逃げ出す……と、その前に。


「とりあえずガビー。悪いことしたからお仕置きね」



 数秒後。



 頭を押さえて悲鳴を上げ、地面を転げまわるガビーに背を向けると、アルバトールはモリガン、アガートラーム、ヴァハ、ダグザなどのトゥアハ・デ・ダナーン神族が輪になって話し合っている場へ近づいていった。


「おう小僧、とりあえずは大団円ってところか? ガッハハハ!」


「それを決めるのは僕たちじゃなく、リチャード先王とクラレンス現王かな」


「お、おう……別にお主のつまらん一般論を聞くために尋ねた訳じゃないが」


 ダグザは素っ気ないアルバトールの返答を聞いて顔をしかめるものの、すぐに真面目な顔をして周囲を驚かせ、更には頭を深々と下げて礼の言葉を口にする。


「お主のお陰でトゥアハ・デ・ダナーンは瓦解の危機を免れた。この先、我々がどうなるかは判らんがな。よって今のうちに一族の長老として、我々の為に命を懸けてくれたお主に対する礼を言わねばならぬ。感謝する。我々はこの恩義、決して忘れはせぬ」


「顔を上げてくれダグザ。それに……別に忘れてくれても構わないよ」


 アルバトールの赦しを得てダグザは顔を上げ、しかし忘れてもいいと言うアルバトールの言葉に承服はしない。


 それを見たアルバトールは笑顔を作り、ダグザに手を差し伸べ、節くれだった武骨な手を取った。


「時々思い出してくれるだけでいい。決して忘れないなどという言葉は、今の僕にとっては重圧にしかならないよ。君たちの信仰を集めるには、まだこの身は非力すぎる」


 一瞬、アルバトールの顔に浮かんだように見えた感情は寂寥せきりょうだっただろうか。


 ダグザは無駄口を叩くこと無く、一言わかったと返し、離れた場所に一人で居るクラレンスの下へと歩いていく。


 それを見送ったアルバトールは、アガートラーム、ヴァハ、モリガンのこれからの予定を聞いた。


「ほほい、それなんじゃが……」


「あたしとハニーは、どうもそっち側に行くことになりそうなんだよねー。要は天使になるのよ」


 二人の思わぬ内容の返事を聞いたアルバトールは呆気にとられ、そうなった成り行きをオウム返しに聞く。


「ほいほい、ガブリエルが以前、東方に着任していたことは知っとるじゃろ? その時に何体かの天使がアスタロトに堕天、あるいは魔神に転生させられたらしいんじゃ」


 ダークマターに穢された時に何故か若返り、祓われた後もそのまま壮健な姿を保っているアガートラームに未だ慣れていないアルバトールは、口調が以前のままの彼であることによって余計に混乱し、目を白黒させる。


 そんなアルバトールを見たヴァハが気を利かせ、横から口を挟んでアガートラームから会話のバトンを受けて話を続けた。


「つまりそちらの王女様を誘拐し、色々と天軍の手を煩わせた賠償金を体で払ってもらおうってことみたいね。まぁメタトロンが転生する原因にもなっちゃったし、仕方が無いとは思うけどなんだかシャクだねー」


 その説明を聞き、顔をかげらすアルバトールを見たヴァハは丸まってしまった目の前の背中をばしばしと遠慮なく叩き、新人だから指導よろしくね! と挨拶をする。


「ほら、後輩の前で落ち込んだ顔見せない! しゃきっとする! アンタは先輩なんだからさ、後輩を不安がらせるような態度をとっちゃダメだよ! 嘘でもいいから笑いな!」


 さばさばした笑顔で励ましてくるヴァハを見て、アルバトールはなんとなく元気づけられ、ぎこちないながらも硬い表情から笑顔を作り出し、新しく天使となるアガートラームとヴァハに挨拶をする。


「そんじゃあたしは今日からイオフィエルね。ハニーはカマエルだからよろしく!」


 あっけらかんと言ってのけるヴァハにたじろぎつつ、アルバトールは横を向き、一人……いや、この場合は二人と言うべきであっただろうか。身の振り所を明らかにしていないモリガン、そしてゲイボルグに質問をした。


「私たちはヘプルクロシアに残り、いずれこの国に現れるかもしれない災厄からダグザと共に守って行こうと思います」


≪ベルトラムのことは任せておけ。少しでも早くそちらの戦線に復帰できるように、ディアン・ケヒトの尻を毎日ひっぱたいてやる≫


 明るい笑顔を見せるようになったモリガン、そして長年の煩悶はんもんから解き放たれたクー・フーリンの二人を見て、アルバトールは救われたような気分になり、先ほどのダグザのように思わず二人に向かって深々と頭を下げる。


 それを見たモリガンは少し考えるような仕草を見せ、そして彼女の持っている巨大な槍が意思を発し、悩める者を励ますために助言を送った。


≪顔を上げろアルバトール。下を向いてもその手から落とし、無くした物が元に戻る訳では無く、上を向いても目に見える物すべてにその手が届くわけでは無い≫


 アルバトールは思わず顔を上げ、思念の波動を発する槍に目を向ける。


≪前を向け。目に見える物に手を伸ばせ。手が届かないのならば前に進め。まず自分に出来ることを為し、成し遂げたならまた次に向かって進むのだ。それを重ね続ければ、気が付いた時には遥かなる高みへと昇っていることだろう≫



 アルバトールは納得をし、頭を下げ、肩の重荷を落とし、そして顔を上げる。


≪次に手を伸ばすものは見つかったか?≫


 無言で頷く若者へモリガンがゆっくりと近づき、その頬に守護の口づけをして静かに離れる。


「貴方の人生に勝利が訪れんことを」


「二人の絆が永遠に続かんことを」


 モリガンの励ましに、アルバトールは祝福の韻を返す。


 そして彼を待つバヤール、アデライード、アリア、そしてエレーヌの所へ向かった。


「エンツォ殿と共に囚われたと聞き、心配しておりましたよエレーヌ殿。今まで姿を見なかったのは、どちらかに身を隠していたのですか?」


「ん? そうだな、お前はまだ知らなかったか……それにしても」


 エレーヌはアルバトールの質問の内容が我が身を案ずるもの、つまりか弱い女性に対する内容であることに苦笑いをし、目の前の若者の成長を感じ取った後に、ゆっくりと首を振って答えた。


「私は姉上と根を共にしているからな。私が勝利の女神ニーケーの役割を受け持ち、姉上が戦神アテーナーの役割を受け持つ。そして二人が合わさった時、パラース・アテーナーとして本来の力を出せるようになるのだ。つまり私は姉上と同化していたのだよ」


「……なるほど」


「なんだその微妙な間は」


「いや、アテーナーとなったエステル殿の行動が、普段より血の気が多い……いや、冗談です本当にぃぃぃ!?」


 アリアからデュランダルを受け取り、切り付けてくるエレーヌから逃げながら、アルバトールは全員に王都への移動を指示する。


「クラレンス! ルー! ダグザ! 笑ってないで助けてくれ!」


 そして逃げるアルバトールの目に、肩を並べて笑う二人組の姿が留まった。


 その何のわだかまりもない笑顔を浮かべた親子、ルーとクラレンスを見つめたアルバトールは、次に手を伸ばして掴むべきものを決めたのだった。



「とりあえず真っ先に掴まなきゃいけないのは自分の命かなあぁぁぁ!? エレーヌ殿! この場で生じた誤解はベイキングダムにて釈明を!」


 そしてアデライード、アリアのことをバヤールに託し、アルバトールは飛行術でその場を逃亡した。




 三日後、王都ベイキングダムに集まったリチャードを中心とした面々により、今回の騒ぎに対する処遇、処罰が決定され、程なくアルバトールたちの帰国も決まる。


 戦線が膠着しているとは言え魔族が王都を占領している今、また同盟国であるとは言え他国のものであるアルバトールたちが、ルーたちに関する処罰に対して抗議をし、逗留期間を無駄に延ばす訳にはいかなかったのだ。



 そして帰国当日。


 ローレ・ライから出港するアルバトールたちを見送る人々の中に、トゥアハ・デ・ダナーンの面々もいた。



「でも本当に良かったのかいルー。アスタロトの暗躍が明らかになったことで死罪を免れたとはいえ、トゥアハ・デ・ダナーンの王位をダグザに譲り、ティル・ナ・ノーグの地にて蟄居ちっきょとは」


「構わんよ。元々望んで王位についた訳では無いし、そもそも私は神になるつもりすら無かった。日々漁に出て、のんびりと過ごす生をこそ望んでいたのだ。アガートラームに乞われ、仕方なくトゥアハ・デ・ダナーンの主神になってしまったがな」


 それを聞いたアガートラームは渋い顔になり、王であった自分の我儘で多くの人々を振り回したことを改めて詫びる。


「気にするなアガートラーム。これはこれでなかなかに楽しいものであったし、少し瞑想に耽ればまた自由な生活を取り戻せるのだからな」


 ルーはそう言ってアガートラームを慰め、遠い目で海の彼方を見つめた。


「そう考えれば、アスタロトに礼を言うべきなのかもしれん。我が人生の本道に立ち返れるという点だけで考えればな」


 晴れやかな顔をするルーをしばらく見つめた後、アルバトールは再会を誓う固い握手を交わし、ゲイボルグを携えるモリガンの手の平へ口づけをして船へ乗り込む。



「また会おう! 皆!」



 そのアルバトールの言葉に多くの見送りの者たちが応え、地響きのような歓声を受けながら、アルバトールたちはテイレシアへと帰還していった。

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