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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
ヘプルクロシア王国編

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第166話 削られてきた力

(アルバトール)


(なんだい?)


 自分から呼びかけておきながら、メタトロンは少しの間だけためらいを見せる。


 それは明らかに彼らしくないことではあったが、あるいは今から話す内容について、それなりの覚悟をする時間をアルバトールに与えているようにも感じられた。


(色々と手立てを尽くして考えてみたが、どうやらあそこで伸びている戦女神を祓った時点で君は限界だ。かと言ってルーを先に祓おうにも、彼は他の二人とは比べ物にならないほど力を残している。おそらく今の君に祓うことはできまい)


(……今やれることをやる。ルーのことはそれから考えよう)


(今できる手立てをすべて尽くした結果だ。今少し魂の眠りで体力を回復することができていれば、我に加勢してくれている神を呼び起こすことも出来たであろうが)


 メタトロンは嘆息し、間を置かずにアルバトールに最終通達を出す。


(今から言うこれは、提案ではなく要請だ。もし王都テイレシアに行くまでの力が我に残されていれば、強制的に君を乗っ取ってでもやっただろう。つまりそれほどの重みを持つ内容だと、あらかじめ知っていてほしい)


(言わなくても判る。ルーを抑える後備えを残し、皆を取りまとめて退却せよ。どうせそんな内容だろう)


 メタトロンが重々しく頷く。


(アスタロトとバアル=ゼブルが消えた今なら、それほど被害を出さずに後退することが出来よう。意固地になってルーを助けようとしても、今となっては不可能。どう考えてもここは逃げの一手だ。どちらにしろ彼は死ぬべきさだめ……)


 その刹那、なにか固いものを噛み砕くような、鈍い音がメタトロンの言を妨げた。


(ルーには生き延びてもらう。今の状況で助けられないならば、これから助けられる状況を作り出す。君の考察に欠けている要素を見つけ出せ。きっと何かが……)



(あると思ったのかね)



 反論を諦めざるを得ないその言葉に、アルバトールはうつむく。


(あると思い込みたい。そうだな?)


 黙り込んだアルバトールを見たメタトロンは、その声に静かな怒りを込め、若干の軽蔑を交えて語りはじめる。


(今までどうにかなってきたから、今回もどうにかなるだろう。そんな考えを持つようになった者は死ぬ。君に着いてくる者を巻き添えに、君を守ろうとする者をすべて犠牲にし、その上で君も死ぬだろう。そうなる前に今回は退くのだ、アルバトール)


(……ヴァハを祓い終えるまでに答えは出す)


(判った。だが我は今から、より多くの者が逃げ延びれる手立てしか思案せぬ。君はこの場における総大将だ。全員の運命を決める権利を握っており、より多くの命を無事に連れて帰らねばならぬ立場。その君の手助けをしなければならないのだからな)


 メタトロンの冷めた物言いにアルバトールは少なからず衝撃を受け、王都においてベルナールがどれだけの重圧をその肩に背負っていたかを今更ながらに気付く。


(困難、かつ遠大な目標を気にするあまり、足元の小石につまづいては本末転倒。だが最初から無理だと諦めていては、何かを成しとげることはできない。僕は最後まで足掻いてみせ、表向きは皆を安心させるために平然とした態度をとってみせる)


 アルバトールは無言のメタトロンに答えた後、ヴァハに近づき、そしてアガートラームにやったように、六枚の羽根を浸透させていく。



 そして答えぬメタトロンは。


――せめて、もう少し時間があれば何とかなったものを……! 主よ、何故もう少しこの若者に時間を与えて下さらなかったのか――


 押し寄せる後悔に尽きぬ怨嗟を吐き、だがこれも試練と自らを丸め込み、それでも胸の内を突いてくる、力の消費原因となった些細な出来事たちに溜息をついていた。




「もう逃げないのですか? ルー」


[まったくしつこいな、モリガン。これだから女とは戦いたくないのだ。陰湿で粘着質なその性質は、相手に拒否されてもしつこく追い回し、配慮すると言うことがない]


 自らの聖域である森と神殿、そしてそれらを下敷きにしている小山を見下ろせる位置に浮かんだルーがうんざりした口調で答えると、モリガンはにっこりと笑いかける。


「それが一途な乙女と言うものです。クー・フーリンに貴方のことを頼まれたのですから、しつこくなるのは当然というものでしょう」


[私に助力と言うのであれば、アルバトールを殺せ]


「それが貴方の真意ならばそうしましょう」


 モリガンは槍を持つ両手をルーに向ける。


「ですが、アスタロトの罠にはめられた貴方の言うことを聞くわけにはまいりませんね。おゆきなさい、ブラッディ・ランサー」


 見る見るうちに槍は数を増やし、紅く染まり、そしてそれぞれが自らの意思を持つような不規則な軌道を描いて、ルーへ襲い掛かる。


[千手]


 対するルーも言葉を発し、その文言に応じて剣を持った腕が次々と姿を現し、周囲は金属同士が打ち合う耳障りな音が支配するものと化していた。


 その甲高い和音を聞かされたルーは顔をしかめ、対してモリガンとバヤールと言えば、どこか喜びに打ち震えているように見える。


[さすがは戦女神と神馬バヤールだな。この音で興奮を覚えるとは、いささか下品に過ぎるのではないかな]


「確かに歓喜は覚えますが、それはこの剣戟の音のせいではありませんよ」


≪私は好きだが。戦場に身を置くと、自らの存在意義をいやが上にも感じるのでな≫


「こうしている間にも、貴方を元に戻してくれるアルバトールが来る時間が近づいている。私はそれに喜びを感じているのです」


≪うむ、強敵にまみえ、強敵を倒した瞬間以上に喜びを感じることは無い≫


「ちょっと黙っててくださいバヤール」


 口を尖らせたモリガンの言葉を聞いたバヤールは途端に押し黙り、余計な口を挟まなくなる。



[私を元に戻すか]



 いや、バヤールはモリガンの剣幕に恐れを為してその口を閉じたわけでは無い。


 ルーの背後にストーンヘンジが現れ、その門の内にルーの威徳が宿り、光の塊となって彼の力を示し始めた為。


 その対応に集中しなくてはならなくなった為に口を閉じたのだ。


[叶わぬことを口にする。これを人は冗談と呼ぶ。さて、君たちはどちらかな]


 ルーがそう言って受肉した右手をモリガンへ差し伸べると、同時に異世界への門は開かれ、目が潰れんばかりの光で世界は満たされる。



 そしてその光を、地上から見上げる者たちが居た。



「あれはストーンヘンジだな。いよいよルー殿が本気を出したと見える。おい! ガビーとか言ったか! さっさと俺様の傷を治せ!」


「うるさいわね……アンタ敵なんでしょ? そのまま死ねばいいじゃない」


「俺様が死ぬと、この小娘二人をルー殿の信徒から守る者がいなくなるぞ? それでもいいのなら治さなくても……」


 ルーとモリガンの戦いを地上から見上げていた者たち。


 その内の二人がいがみあい始めた姿を見て、一人の覇気に満ちた若者が溜息をつく。


「すまないが治してやってくれないか? こんなナリをしているが、この者は間違いなく旧神ダグザだ。決して食い詰めた浮浪者などではない」


「まぁ王家の人間が言うなら信用するけど、この顔ってなんか気にいらないなー」


 その若者、クラレンスの擁護に不承不承と言った感じでガビーはダグザの治癒を行い、その横でアデライードとアリアが困ったような顔をしてガビーの法術を見守る。


「しかしルーはどうしたのだ。先ほどなぞ、ストーンヘンジにエスラスや巫女たちを巻き込む所だったぞ。話を聞くに、どうやらアルバトールが防いでくれたらしいが」


 しかし先ほどダグザの擁護をした時の姿とは打って変わり、今のクラレンスが発する声にははっきりとした不安が混ぜ込まれていた。


「アスタロトの仕業よ。細かいことは後で話すけど、今のルーはダークマターに汚染されて魔神になろうとしている」


「そうか」


 そして施術のかたわら、ガビーがクラレンスの疑問に答えると、クラレンスはあっさりと納得し、あっさりと決断をする。


「ルーの所に行ってくる。ダグザよ、二人のことは頼んだぞ」


 自分の言葉を聞いて目が点になった四人を残し、クラレンスはルーたちが戦っている場所の方へと走り去っていった。




[動きが鈍い。騎馬とはその俊敏な動きを以て敵の攻撃をかわし、敵が防御を整える前に突撃し、防御を整えた敵を掻き乱すが本分。しかるに今の君たちは何だ? まるで沼地にはまった鹿のように鈍重だ]


 落ち着き払った声で、ルーがモリガンに忠告をする。


「まったく、相変わらず上から物を言いますね……」


 しかしそれに答えるモリガンは体のあちこちに火傷を負い、跨るバヤールも傷だらけの満身創痍であり、発する声も弱々しいものだった。


[主神であるからには、それなりの威厳をつけなくてはならないのでな。難儀なことだ]


 ルーが溜息を吐くと同時に石門の一つが急激に光を発し始め、それを見たモリガンたちはストーンヘンジを避けようと高速で移動を始める。


 しかしルーの攻撃を避けるべく移動した先には、その動きを読んでいたかのように即座に大量の千手が発生し、防御をする暇も与えずに彼女たちを切り刻んでいった。


[そのざまでは次のストーンヘンジを避けることは出来まい。さらばだ二人とも]


 門の内に満ちる光が渦を巻き、門の外に溢れるにつれて世界を満たす色が褪せはじめ、程なく門から生まれた光を祝福するかのように、再び世界が鮮やかになっていく。



[ストーンヘンジ]



 静かに呟くルーの声とは裏腹に、周囲には耳をつんざく激しい音が響き渡り、眩い光がモリガンとバヤールに向けてその巨大な口を開け、二人は地上へと落とされた。


[次に会うのはいつになるか。さらばだモリガンよ……む]


 しかし地上に落ちたモリガンたちを追って地上に降り立ったルーが、彼女たちを見つけてとどめを刺そうとした瞬間。


「間に合ったみたいだね。残念だけど、この二人をやらせるわけにはいかないな」



 全身がボロボロになり、その顔に傷を残したままのアルバトールが、髪と皮膚が黒ずみ始めたルーの前に立ち塞がった。



[随分とひどい有様だ。一体なにがあったのかね]


 顔と、発する言葉はアルバトールに気を使っているように見えながら、口調は嘲笑そのものと言った気配を纏い、ルーがアルバトールに歩み寄る。


「いきなり発生した複雑な人間関係に巻き込まれた。とだけ言っておこうか」


 邪悪な笑みをこぼすルーに対し、アルバトールは先ほどの事件の概要。


 ヴァハを祓ったついでに、エンツォの分の罪まで背負わされた理不尽さを主に呪いながら答えた。


[君の言っていることはまるで理解できないが、私が今からやらねばならないことだけは頭の中にはっきりと浮かぶ。それは私の聖域と神殿を破壊し、汚した君を殺す。今の私の望みはただそれだけだ]


「……そうか」


 ダークマターに汚染されたルーに明確な殺意を向けられたアルバトールは、背中を流れる汗の感触に身を震わせる。


 あれをやったのは僕じゃない。


 そう叫びたい衝動を抑えつけ、アルバトールは千載一遇の機会が訪れるのをじっと待ち受けた。



(バアル=ゼブル、アガートラーム、ヴァハに傷を負わせないように手加減しつつ対処していたアテーナーとエンツォ殿の疲労は相当なもので助力は乞えない。モリガンとバヤールを逃すだけなら何とかなると思ったが……まさか二人がここまで重傷とは)



 アテーナーとエンツォに瀕死のベルトラムの治癒と搬送を頼み、モリガンたちを助けに来たアルバトールだったが、既に事態はメタトロンの想定を上回るほどに悪化しているように見えた。



[君の死を以って贖罪とする。その肉体は新しい神殿の人柱となり、私の永遠の繁栄を約束するものとなるだろう。安心して死にたまえ]



 さすがに聞き捨てならないものをルーのセリフに感じたアルバトールは、今の彼に残された力を振り絞って先制攻撃を仕掛けようとする。


「クッ!?」


[今の君では無理だ。その身を捧げ、我が栄光の一部となりたまえ!]


 しかし、フラム・フォレを展開しようとした彼の頭上に振りかざされたフラガラッハを見て、アルバトールが自らの死を覚悟した時。



「私の召喚を無視したばかりか、私の友人をその手に掛けようとするとはな。じっくりと話を聞かせて貰うぞルー。いや、我が父よ」



 息を乱し、汗に濡れた髪を額とうなじに張り付かせ、それでも顔をあげたままのクラレンスの叫びがルーの動きを止めたのだった。

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