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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
ヘプルクロシア王国編

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第164話 自壊の連鎖

(彼女は優しすぎた。お役目に加わるべきではなかったのだ)


 メタトロンはそう呟き、遥かな古代の情景をアルバトールに見せ始める。



(また物質界へ行かれるのですか? メタトロン)


(ああ、それが我の役目だからな。それを聞くお前も、今回から本格的にお役目に加わるのだろう? サンダルフォン)


 そこは空と地の果てが入り混じり、きわが見えぬ不思議な空間。


 その中を、軽くウェーブのかかった美しい金髪を腰まで伸ばした女性と、それとは対照的に、まっすぐで艶やかな黒髪を背中の半ばまで伸ばした男性が、歩きながら会話をかわしていた。



――あれは……エルザ司祭? いや、見目姿は似ているが、こちらの女性の方がずっと気品がある――それに呼ばれた名前がサンダルフォンと……では、あちらの黒髪の男性がメタトロンか? だが髪が黒いのは――



 エルザに聞かれたら、一時間の説法では済まないような失礼な印象を女性に覚えたアルバトールは、それに気づいてまるで目の前に本人がいるかのように肩をすくめる。



(サンダルフォンはミカエルのことを大層好いていてな。何でもかんでも真似をしようとするから、我も良く閉口したものだ。ああ、安心したまえ。我は告げ口などという卑劣な真似はしない)


(流石に筒抜けか)


 君の自我の内にいる我に隠し事は出来ない、とばかりにメタトロンが言うと、アルバトールはばつの悪そうな答えを返し、ばれると判っていて内心で舌を出すが、そんな彼にメタトロンが一言述べる。


(君の口を使って正々堂々と本人に報告するだけだ)


(そっちの方が悪いだろ!?)


(冗談だ。今しがた我々が言ったお役目とは、主の目的達成のために、主を崇める教えを人々に広め、その過程で我々の理念に背く者たちがいればそれを裁くことだった)


(それで何故サンダルフォンが自壊の連鎖? などと言うことに?)


(ルーたちの身が気にかかるのは判るが、順を追って話すから慌てるな。君と我の会話にはアーカイブ術を応用しているから、外界ではほとんど時間は過ぎない)


 不承不承ながらも納得するアルバトールの気配を感じ取り、メタトロンは話の続きを始めた。



(我らの旅は長く続いた。人々に教えを広めるだけではなく、時にはその人々が奉じている神々、もしくはその眷族たちと戦うことすらあったからな。その途中で編み出されたのがアポカリプス、そして禊祓みそぎはらえだ)


(聖天術クラウ・ソラス、レペテ・エルスだけでは不足だったと?)


(威力はあるが、撃つたびに主に祈りを捧げる必要があったり、激痛に耐える必要がある術に頼る訳にはいかなかった。それに敵を滅ぼすだけでは味方は増えぬ。主がお倒れになった間に蔓延はびこったダークマターの影響を、浄化する必要もあった)


(それでアポカリプスと禊祓か)


(その通り。神気を操り、法術の如く気を練って無慈悲な一撃で急所を射抜き、最小限の神気で敵を無に帰するアポカリプス。神気を一気に放出するレペテ・エルスと違い激痛に身を任せること無く、クラウ・ソラスのように主に負担をお任せすることも無い)


(なるほど)


(だが明確な殺意が必要なアポカリプスが、サンダルフォンには合わなくてな。元々彼女は話し合いで争いを解決すべきだと主張していたのだが、我がそれを封殺したのだ。慈悲は相手に付け入られる元だ。妥協なき裁きを異教に下せ、とね)


(……そうか)


 ルーがメタトロンを恐れ、アデライードをヘプルクロシアへ連れ去った時の心境。


 アルバトールはそれが分かった気がした。


(だが、それが功を奏したこともあったのだ。物事を一方から見て判断するのは止めてくれないか)


(その物言いだと、痛い目に遭ったこともありそうだけど?)


 メタトロンが身じろぎするのを感じ取り、アルバトールは溜息をつく。


(ひょっとして、バアル=ゼブル絡みもその一つか? 君は彼のことを旧友と言っていたが、その件で物別れになったんじゃないだろうね)


(我がバアル=ゼブルを旧友と言ったこととは無関係だが、我がサンダルフォンに言ったことと無関係とまでは言わんよ。不幸な事故だった)


(一千人に届こうかと言う人々が死んだのが不幸な事故か?)


(今論じるべき問題は死んだ人数ではなく、死に至った原因だ。そこをはっきりさせなければ次の事故は防げない。君もいずれ上に立つ者ならば、そこを間違えてはいけないな。死人の数について論じたいなら、その罪を問う法廷を開きたまえ)


 アルバトールが黙り込んだのを見て、メタトロンは話を再開した。


(裁きを下し続けたサンダルフォンの精神は疲弊し、磨り減っていった。バアル=ゼブルやアーシラトの信徒たちに、無慈悲な裁きを下したのはその末期も末期だった。彼女はその後正気に戻り、狂気に走る寸前になる。そこで産み出されたのが)


(禊祓……か。事が起こってから重大さに気付き、仲間を増やす方向へ転換した訳だ)


 アルバトールの吐き捨てるような呟きに、反論しようともせずメタトロンは頷いた。


(ダークマターに染まりし者たちの救済によって、彼女の精神の平衡を保とうとした。我はお役目の合間を縫って主の元へ戻り、近くに侍り、御業を見届け、一つの解答を得て戻った。人より天使へ転じた我々しか使えぬ奇跡の御業、禊祓と言う解答を)


(ダークマターを扱える人間から、神気を操ることの出来る天使へ転じた我々のみが成せる御業……か。しかし、なぜそれが自壊の連鎖などということに?)


(彼女が疲弊していたのは先ほど言った通りだ。そして禊祓を彼女は実行し、一度目はサリエルという堕ちかけていた天使で見事成功した。だが我は見誤っていた。彼女が行った一度目の禊祓は、真の目標のための試験だったのだと)


(真の目標?)



(奈落より来る者たちを防いでいる、ルシフェルの救済)



(それは…主への反逆じゃないのか?)


(解放ではなく救済だ。ルシフェルは奈落より来る者たちに穢され続け、最終的に魔族と化し、こちら側に攻めてくる。サンダルフォンはその穢れを定期的に祓えば、天魔大戦における最大の脅威、ルシフェルが来ることも無くなるのでは、と考えたのだ)


 メタトロンは後悔のため息をつき、再び話し始める。


(だが奈落とは、他世界において世界の創造に失敗し、悔いを残して滅んだ神や高位の存在が、長い年月を漂う間にまだ滅んでいない世界への恨みの集合体と化し、集った存在。如何にダークマターには耐性がある我らでも、祓いきれる穢れでは無かった)


(奈落がどんな物かは分かったが、ダークマターとは一体何なんだ?)


(魔神や魔物たちが還り、孵るモノだ。奈落の産んだ卵と言っていい。この事実は別に秘密にしておく理由がある訳では無いが、藪蛇になる可能性が無いとは言い切れない。誰かに相談するのであれば、信用できる限られた一部の者のみにしておくことだな)


 アルバトールは頷き、話の続きを促した。


(我は引き留めた。奈落の穢れを知るルシフェルも同様に。だがサンダルフォンは疲弊した身で無謀にも奈落の穢れに挑み、奈落の怨念に負け、自分が裁いてきた人間や神々の負の感情で自らを苛み、天使や神にとっての自殺に等しい自壊へと向かった)


(自壊とは何なんだ?)


(転生により容易に自らを滅ぼせぬ我らは、魂を傷つけ、消費させ、ゆっくりと緩慢に魂を削り取っていくしか存在を消すことが出来ぬ。サンダルフォンは奈落の怨念によって自らと周囲の不幸を願い、それを延々と繰り返す呪詛を自らに掛けたのだ)


(モリガンの不幸のようにか?)


(あるいは彼女は、サンダルフォンの呪詛に巻き込まれたのかも知れん)


 メタトロンの歯切れの悪い返事に、アルバトールは若干の苛立ちを感じつつ新たに質問を重ねていく。


(今サンダルフォンはどこに?)


(判らぬ。よほど厳重な封印を施しているのか、この我にも彼女の所在は感じ取れぬ)


(テスタ村は! ノエルは違うのか!?)


 かつてジョーカーに不幸のどん底に突き落とされた一つの村と、一人の少女をアルバトールは思い出し、メタトロンに尋ねる。


(非常に近しい存在とは思うが、あの短い滞在期間では判らなかった。そもそも彼女たちはジョーカーによってダークマターに汚染され、吸血鬼となっていたからな)


(そうか)


 アルバトールはすべての聞きたいことを聞き終え、アガートラームたちの救出に向かおうと現実世界に戻ることを決めるが、メタトロンの方はそうでは無かった。


(アポカリプスを使う域にすら達していない君は、当時のサンダルフォンと比べてもまだ未熟な精神しか持っていない。そんなことでは禊祓に失敗し、彼女と同じ運命を辿るだろう。ここは情を捨て、彼らを滅ぼすことだけを考えるのだ。さもなければ……)


(妥協なき裁き、無慈悲な一撃を加えられるようになった時点で、僕は僕でなくなるんじゃないかな)


(誤魔化すな熾天使アルバトールよ。今論ずるべきは、君が禊祓に成功するか、成功しないかだ。君の生き方についてではない)


 アルバトールは観念し、はっきりとした答えを返した。


(無理であろうとなかろうと、僕はアガートラームたちを救う。至難であるからと言って邪な者たちを救う道を選ばず、容易であるからと言って滅ぼす道を選ぶなどあってはならないことだ。彼らを救うことも出来ずして、どうして主の手助けができるものか)


 メタトロンは唸り、諦めて首を振り、そしてゆっくりと呻き声を上げた。


(……正解だ。それはかつて我が求め、迷った末に遂に選べなかった答え。君は我が辿りつけなかった場所へ辿りつく道を見つけ、その一歩を踏み出したのだ)


(メタトロン……)


 アルバトールは最初、自分が称賛されているのかと思った。


(だが、君は同時に限りなく愚か者だ。決して今の君に踏破出来ない道、生き方を選んだのだからな。君を宿り主に選んでしまった自分への罰として、最後までは付き合わせてもらう。だが、我の力すら及ばぬ事態になれば……)


 アルバトールは喉を鳴らす。


 それは彼が次にメタトロンが発する言葉を正確に予測し、それに対する心構えを済ませた証拠でもあった。


(君は第二のサンダルフォンとなり、周囲の人々すべてを巻き込む災厄となり果てるだろう。いみじくも先ほどのルーが言ったようにな。それを忘れないことだ)


 予想し、それに対する心構えも済ませたはずのその返答内容に、アルバトールは動揺し、激しく心を乱される。



 そんな時だった。


 二人を殺したくない、そう叫ぶガビーに彼が呼び戻されたのは。


 そしてアルバトールは、アガートラームたちの救済を間違いなく邪魔するであろう存在の気配を感じ取り、アデライードとアリアの二人を囮としてその存在――アスタロトを誘い出し、先に倒すことをガビーに伝えたのだった。


「三人ともきっと助かる。そして皆と一緒にテイレシアに帰りましょう」


 そう言ってアルバトールは飛行術を更に加速させ、その速さに驚くアテーナーを置いて、燃え盛る森へと降りて行く。



(メタトロン)


(どうしたのだ? 今ならまだ先の決断を翻すことができる。我の願いを聞き遂げてくれるのか?)


(ああ。聞くとも)


 あっさりと先ほどの決断を翻す返事をしたアルバトールの脳裏に、メタトロンの驚く顔が鮮やかに浮かび上がる。


 天使の王とも呼ばれる存在が、熾天使になりたての自分の一言によって驚いた。


 その有様を笑うことも無く、戦場に向かう騎士のような真剣な表情でアルバトールは受け止め、そこから更に言葉を継いだ。



(ルーを救い、アガートラームを救い、ヴァハを救う。そしてその後に僕はサンダルフォンを探し出し、自壊の連鎖より救おう。なぜならそれが、サンダルフォンが自壊の連鎖に追い込まれた元凶は自分だと、自らを責めている君の願いだからだ)


 アルバトールは笑った。


 なぜなら自然に可笑しくなったから。


 内にいるメタトロンが笑った。


 なぜなら諦めかけていた、自分の再奥底に封じ込めていたはずの願いを、目の前の未熟な、ルーたちを助けられないと自分が断じた若い天使が叶えると言ったからだ。



(思う存分やりたまえ! だが先ほども言ったように、君が三人を救うのは無理だ。確率はゼロに等しい……が、完全なゼロではない。我に残された力を使って、その確率を少しでも上げてやろう!)


(行くぞメタトロン!)



 だが天より黒い円盤が落ち、地より黒い火柱が上がるその森へ降り立った途端、アルバトールは先ほど物質界に戻ってきた時のような叫びを上げたのだった。

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