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天使が織り成す世界 ~マジメな天使とヘンな魔族が争う日々~  作者: ストレーナー
ヘプルクロシア王国編

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第162話 生と死

「フラム・フォイユ!」


 アルバトールの叫び声に従い、炎の葉が光の筋を残しながらアスタロトへ四方八方から迫っていき、それに続いてアルバトール本人もアスタロトへ向かって走っていく。


[ノワール・ミュキュー]


 しかし余裕の笑みを浮かべたアスタロトが放った無数の黒い塊が、フラム・フォイユとアルバトールをまとめて迎え撃ち、白を基調とした眩い光が弾け、そこかしこで起こる激しい爆風に草木は捻じれ、引きちぎられていった。


[あらら、やっぱ相性が悪いのかな?]


 アスタロトは自らの不利を認める発言を、余裕の態度を崩さないままに述べる。


 アスタロトの放った術は明らかにアルバトールの術に押し負けており、何発かのフラム・フォイユが障壁に着弾したために彼女はその応対に追われる。


「ちなみにその術の属性は何なんだい? 水と土でいいのかな」


 その間に近づいていたアルバトールが炎の剣を力強く振り下ろすと、アスタロトはいつの間にか右手に持っていた、剣身の片側がくしのようになっている剣で絡めとって奪おうとした。


[あ、折れ……あちちちちっ!? あ、正解だよ。主に水と土の二属性。ボクが使うと、なぜか腐敗の効果が付くけど]


 だが打ち合った瞬間にその剣身は折れてしまい、何とか炎の剣の勢いを幾分か減じることができたものの、その軌跡はほぼ変わらないままにアスタロトに振り下ろされる。


 かろうじて深手を負うことは避けられたものの、炎の剣の一撃をその身に受けたアスタロトは地面からノワール・ミュキューを噴出させ、アルバトールの追撃を遮った。



 だが、それに対するアルバトールの返礼は熾烈を極めるものだった。



[あわわわわ!? ちょっとストップ!]


「遊んでいられないと言っただろう! 君がこの場で死んでくれれば、安心して僕はルーたちを助けに行くことが出来るんだ更にフラム・ラシーヌ!」


 矢継ぎ早に地中から突き出してくるフラム・ラシーヌに、執拗に追い回されたアスタロトは遂に障壁ごと宙に吹き飛ばされ、そこに纏わりついたフラム・フォイユとフラム・ブランシュに全身を焼かれ、爆発し、地面に叩きつけられる。


[うっ……]


 うつ伏せの状態で、煙を上げながら倒れているアスタロトにトドメを刺すべく、アルバトールが駆け寄って炎の剣を振りかぶると、ほぼそれと同時にアスタロトは体をひっくり返し、諦めたように青空を見上げた。


「さようなら、アスタロト……何ッ!?」


 だが仰向けになった状態のアスタロトの体を見て、アルバトールは思わず後ずさる。


 そこには露わになった形のいい双丘がツンと立ち、妙に上気した顔から、涙ぐんだ双眸が彼を見上げていたのだ。



 そして。



[アヴァレー・ポワゾン]


「うおっ!?」


 濃い緑色の液体がアルバトールを包んで霧状になったかと思うと、彼のありとあらゆる場所へ次々と入り込んでいく。


[うふふふ、安心したよ。女性に弱いところは変わってないみたいだね]


「……プルミエソワン」


 アルバトールは慌てて身を蝕んでいたアヴァレー・ポワゾンを法術で無効化し、静かにアスタロトを睨み付ける。


 しかしそのアルバトールを見てもアスタロトは服を直そうともせず、それどころか両手で自分自信を抱きしめて悶え始めていた。


[……凄いプレッシャーだ。その目を見ただけで、ボクの体中を君の手がまさぐるような感触に襲われて、体の芯から熱くなってくるよ]


「妙な表現をするなッ! まったく汚い真似を……」


[殺し合いに綺麗も汚いも無いと思うんだけどね]


 怒りをあらわにし、剣を構え直すアルバトールにアスタロトはニヤリと笑いかけ、狐のように目を細めてようやく服を直し始める。


「理屈じゃなくて感情の問題だよ。理屈、建前としては人を殺した時点で罪だけど、状況によってそれを許すかどうかの感情が芽生える。君のやったことは……」


 そのアルバトールの答えを遮るように、アスタロトは口の端を吊り上げて質問した。



[じゃあさっきここに居た二人の女の子に聞いてみようよ、許せるか許せないか]


「殺し合いとはまったく別の要素から許せないって言われるから絶対に聞くな」



 声を荒げ、アルバトールが再びフラム・ラシーヌを放つと、アスタロトは軽くジャンプしながらそれを避け、宙に舞った彼女を撃墜しようと襲ってくるフラム・フォレは、ノワール・ミュキューを撃って防ぐ。


「それと今のうちに君に言いたいことがある。無関係なヘプルクロシアの民をも戦いに巻き込んで殺したことを、僕は絶対に許さない」


[そう言えばクー・フーリンもそんなことを言っていたけど、なんでだい? 戦いが起これば人が死ぬのは当たり前じゃないか]


「人が死ぬから戦いに巻き込むな、と言ってるんだよ」


 その時アルバトールは、アスタロトが着地する度に妙な精霊力が地面との間に発生していることに気付き、その正体不明の術の減衰に力を注ぐ。


 しかしその設置速度は速く、幾ら減衰させても完全に消すことは出来ず、その数は徐々に増えていく。


[さて、精霊も集ってきたしもう少し強く行くよ。ノワール・ラトゥール]


「地面から……黒い渦が……いや、これは円柱か!?」


 そして地面に精霊力の力場がある程度溜まったところで、アスタロトが新たなる術を発動すると、地面から黒い鏡面を持つ円柱が産まれ、陽の光を受けて美しく輝く。


[失礼な。円柱じゃなくて塔だよ塔! しかし相性が悪いとは言え、ボクが熾天使になりたてのボウヤにここまで苦戦するとは思わなかったなぁ]


 アスタロトが手を振りかざすと、黒い塔の鏡面が一斉に鋭い切っ先を産み、次々とアルバトールへと撃ち込まれる。


 最初の方こそフラム・ブランシュに絡め取られ、あるいは打ち砕かれていたそれは、次第に炎の枝を撃ち抜くようになり、両者の術のせめぎあいは、いつしか互角にまで持ち込まれていた。


[まったくしぶといね。エルザもガブ……ガビーもそうだったけど、最上位に位置する天使と言うのは総じて諦めが悪くて嫌になっちゃうよ。さっさと死ねば楽なのに]


「フラム・ラシーヌ」


[ちょっ!? 問答無用で反撃するなんてひどいよ! ちょっとはこっちの話に乗ってくれてもいいじゃないか!]


「フラム・ラシーヌ。僕はまだ死にたくないからねフラム・ラシーヌ。君を攻撃してるんだフラム・ラシーヌ」


[なるほどなるほどうわ危なっ!? ポシュシオン!]


 アスタロトがある術の名を呟いて発動させると、彼女の周囲の地面一帯が黒ずんでいき、それに伴って発動の勢いを落としたフラム・ラシーヌを見て、ようやく一息つけるとばかりにゆっくりとアスタロトは額をぬぐった。


[やれやれ。それじゃあさっきの話の続き、なぜ民を戦いに巻き込んではいけないか、の所からだね。ボクは何千年もその答えを探して色々と付き合いを変え、立場を変え、名前を変え、場所を変えてきたんだ]


「なるほど」


 アルバトールは話が長くなると見たのか、周囲にあるノワール・ラトゥールに無造作に近づき、炎の剣を振るって撃ち込まれてくる黒い小片ごと塔を次々と破壊していく。



[なぜ人や天使たちを殺してはいけないんだい?]



 アルバトールはその質問を聞いた途端、炎の剣を振りかぶったまま動きを止める。


[殺してはいけない、そう教えておきながら、君たち天使や人間たちはボクら魔族や魔物をどんどん殺している。これは大きな矛盾だと思うんだけど、君はどう思う?]


 アルバトールは顔を強張らせ、振り返ってアスタロトを見つめ、口を開いた。



「……それ、僕が答えないといけない問題なの?」


[え]



 先ほどアルバトールが根元に亀裂を入れたノワール・ラトゥールがゆっくりと傾き、地面に倒れて轟音を立てても、アスタロトの唖然とした表情はそのままだった。



[そりゃまぁ、この場には君とボクしか居ない訳だし、君に答えてもらわないと何ていうか……自問自答で答えが出るなら何千年も悩まない訳で]


「それもそうだね。いや、以前お宅の弟さんに、難しい問題をお前らが考える必要は無いって言われたものでつい」


[そっか……]


 どうしたものかと迷い始めるアスタロトを、顔色も変えず見つめるアルバトール。



 しかし平然としているように見えていながら、彼の内心は激しく動揺していた。


 見かけた魔族を無差別に殺しているわけではないにしろ、殺された魔族が人々の商売道具にされていることに、一度も心を痛めなかった訳では無かったのだから。



(まさかバアル=ゼブルの言葉で窮地を脱するとはね……さて、少しは時間が稼げそうだが、どうするかな)


 アルバトールは動揺の原因になった質問に、無理やりに即座に答えようとして心の動揺を混乱に変えること無く、一呼吸してから落ち着いて言葉を組み立てていく。


 まるで自分を見下ろすもう一人の自分が存在しており、その見下ろす自分と対話を重ねて答えを導き出していくかのように。


(本来ならベルナール殿にも相談だが、そうもいかないな。あの人であれば、どんなひねくれた答えを導き出す事か)



 そして孤独の内に出した答えではなく、仮想の相談相手と出した答えを口にする。



「神と違って人は生き返れない。死ぬのは怖い、痛い、苦しい。それは本人だけの問題じゃない。殺された人の家族などの周囲の人たちもそうだし、それは殺した側の方も変わらない。だから殺しちゃいけないのさ」


[ボクたち魔族が、身内の死を悼まないとでも思ってるのかい? 失礼な話だ]


「これまでに僕が見てきた感じでは、戦友の死すら自らの糧としか考えていないように見えたけどね」


 呆れたようにアルバトールが言うと、アスタロトも同じような仕草をして答える。


[ボクもそういう人間を腐るほど見てきたんだけどなぁ。それに神のように生き返れないから殺しちゃダメって言うのなら、生き返らせてあげればいいじゃない。なんならボクが片っ端から生き返らせてあげるよ? この世をリビングデッドで埋め尽くそう!]


「生きた死体は成長しないからダメ。停滞した世界に、僕は存在意義を感じないな」


 アルバトールは周囲を見渡し、様々な生命がその命を謳歌しているのを感じ取り、そのすべての命から、自分へ力が集まってくるのを感じとる。


[だからいいんじゃないか。前に進もうと足を上げればバランスを崩す。道を進まなければ道に迷わない。苦労して到着した場所に、苦労に見合った価値を見出せなかった時の徒労感も味わわずに済むよ]


「その代わり、苦労に見合った以上の価値を見出せる未来に出会うこともなくなる。僕は安全な停滞より、不安全な進捗を選びたい。今よりもっと明るく楽しい世界を、僕の子孫に提供する為にも」


 アルバトールは天使の輪に照らされ、羽根を広げ、その後背に巨大な陣を描き。


「天使と魔族が敵対し、殺しあうなら敵対しない未来を作りだせばいい。だけど今はまだその段階じゃない。そうだな、例えば共通の敵、互いに持った敵対心を逸らしてくれる相手が出てきたら……それはそれで別の話なのかもしれないけどね」


 そして背後の六芒星が光に満ち、アスタロトは動揺するアスタロトに向かって微笑み、聖天術を放つ。


「レペテ・エルス」



 その六つの光は瞬時にアスタロトを飲み込み、彼女を吹き飛ばしていった。

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