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第158話 ストーンヘンジ

 フラム・フォレから次々とフラム・フォイユが浮き上がり、宙を舞う。


 その隙間を縫うようにフラム・ブランシュの枝は伸び、ルーのすべての攻撃に睨みを利かせ。


 そしてティル・ナ・ノーグの大地からは、数多のフラム・ラシーヌが天に向かって突き上げ、ルーの鎧を、ルーが張った障壁を突き破り、その威力を誇っていた。



「まさか、君が法術以外に傷を直す方法を持っていたとはな……」


 フラガラッハを持つ右手を力なく地面に向けて垂らし、ルーが呟く。


「八坂の勾玉のことかい? 僕もメタトロンに聞いた時はまさかと思ったよ。王都の知り合いが記憶喪失を装っていた気持ちが、今になって良く判る」


 先ほどまでルーのフラガラッハに切り刻まれてボロボロだった身体を、アルバトールは感慨深げに見下ろす。


 法術の治癒とも、暗黒魔術の復元とも違う系統に属するその術の効果。


 いや、結果との表現が正しいのかもしれない。


 言うなれば回帰――時間の遡行――とも言える結果にアルバトールは底知れない恐ろしさを感じ、首を振ってその考えを振り払うとルーへ視線を戻す。


「ではルーよ、そろそろ終わりにしないか? 僕に貴方を討ち取る意志は無いし、先ほどからの様子を見る限り、既に打つ手も無いようだ。こちらもアリアとアデライードの二人をなるべく早く物質界に戻してあげたいし、今からアスタロトを探す必要もある」


 アルバトールの傲慢とも受け取れる提案を聞き、ルーは溜息をついた。


「君はなにか勘違いしているようだ」


「このまま無事に済ませられるなら、この先ずっと勘違いしていたいけれどね」


 軽い口調で答えながらも、アルバトールはルーの様子に気を払い、何が起きても対応できる態勢を整える。


 しかし先ほどの発言から一向に動かないルーを見たアルバトールは、また何かのトリックを仕掛けたのかとの疑念を感じ、精霊の動き、そしてルーの仕草に気を配るが、そこにまったく変わった様子は見られない。


 それでもルーは自信ありげに口を開き、何かの準備が整ったことを告げた。


「時間だな」


「時間とは何だ? ルー神よ」


「泉の湧く時間だ」


 その言葉にルーの足元を見れば、アルバトールの気付かぬうちにうっすらと透明の膜が張られており、それが一気にルーの全身を包み、霧となって消え去る。



「医神ディアン・ケヒトが作り上げた、健やかなる泉。孫である私も医術を得手としており、自在に扱うことが出来る。そしてこれが今から君に打つ手だ」



 体の火傷どころか、鎧まで元に戻ったルーは不敵な笑みを浮かべると、何も持っていない左腕を天にかざし、オーケストラの指揮者のように一定のリズムを保ちながら、人差し指と中指を突き出した手を軽く振り回す。


「何だ……?」


 アルバトールは妙な違和感を覚え、周囲に目をやる。


 するとそこには次々と剣を持った腕が霧から実体化しており、その腕たちは現れると同時にフォイユ、そしてブランシュを次々と切り裂き、火の粉へと変えていく。


「……なるほど、これが貴方の奥の手か」


千手サウザンド。さて、どうするのだアルバトール。君の術は既に消滅しつつあるぞ」


「どうもしないかな。本体であるフラム・フォレが存在する限り、次々に新しい葉と枝は芽吹き、根は地を穿つ。こうしている間にも精霊は集まり、術の威力はどんどん上がっていくのだから」


 上を見上げ、表情を変えずにアルバトールは答えるが、その様子を見たルーは呆れた口調で一つの指摘をした。


「なるほど、随分とのん気で受け身な姿勢だな。だが君は気づいていないのか? その発言が、君が隠しているある事実をも明るみにしていると言うことを」


「隠している?」


 千手を発現させた直後の物とは違い、今度のルーの発言内容は流石に聞き流すことは出来ないと考えたアルバトールは、真っ直ぐにルーの顔を見つめ、そして周囲を包む千手の動きに目を配る。


「隠しているのではなく、気づいていないと言うことか? では言おう。君はこれ以上何もしないのではなく、これ以上何もできないのだ。この状況に成すすべなく、見守ることしかできないと、君は自ら白状してしまったのだよ」


 アルバトールは顔を強張らせ、自分でも気付いていなかった事実をルーに指摘されてしまったことに奥歯を噛みしめた。


「君はどんどん術の威力が上がると言った。だが私が千手を設置し続けたら、その数を増やし続けたら、君はどうするつもりなのだ?」


 その言葉に周りを見れば、確かに剣を持った腕はその数を増やし、最初は千手の方が押され気味だった術のぶつかり合いも、今はほぼ拮抗するほどになっている。


 その様を見ても、なんら新しい手だてを講じる様子を見せぬアルバトールを見たルーは、その目を鋭くし、静かな声に、静かな怒りを秘めて告げた。


「君は先ほど、千手を私の奥の手と言ったな」


 そう口走るルーを見たアルバトールは、背筋を走る悪寒に全身を凍らせる。


「このルーともあろう者が、甘く見られたものだ」


「ぐ……」


 アルバトールはアイギスを纏い、今の彼に出来る術の同時発現の上限である、五種類の術を発動し、ルーの攻撃に備える。


「アスィヴァル」


 それから間をおかず、ルーが術らしき言葉を口にした途端に闘技場に向かって恐ろしい気配が迫っていることを、アルバトールは察知した。


(なんだ? この悪寒は……うまく言えないが、ここに居てはならない気が)


 そう考えたアルバトールがフラム・ラシーヌの発動を消し、飛行術で移動しようとした瞬間。



 ルーの術が完成した。



「汝、我がストーンヘンジの五つの門に満ちる断罪の光より、逃れること能わず」


 ルーの背後に石造りに見える巨大な門が五つ浮き上がり、それぞれの内側に赤、黄、緑、青、紫の眩い光が満ちる。



「イヴァル」



 そしてその中の一つ、ルーの右足の位置に浮かぶゲート。


 青い光の塊と化した門から強烈な光が発せられ、アルバトールを飲み込み、闘技場の壁を消し去った。


「これが太陽神たる我が力の最奥。ストーンヘンジの一つの威だ」




 アルバトールと、ルーの戦いを見守っていたベルトラムたちは、ルーの術によって変わり果てた下の状況を目の当たりにして、声も出せずに唾を飲み込む。


 何となれば、アルバトールを飲み込んだ光の破壊跡は、闘技場はおろか、地の向こうまで続いて一つの山をも消し去っていたのだ。


「ちょちょちょちょちょ、ちょっと!? アレ大丈夫なの!?」


 尋常ではない威力を見せたルーの術に、ガビーは慌ててベルトラムを見上げる。


「大丈夫ですよ。何の為に司祭様が貴女に、光の衣の纏い方をアルバ様に指導するように言ったと思っているのですか」


 しかしガビーが見上げた先にある顔は冷静そのものであり、次第に薄れていく土煙の向こうを、アルバトールが居るであろう場所を黙って見つめていた。


 そう、ガビーが間の抜けた声を出すまでは。


「え? ……あれこっちに来るまでに完成させておかないといけなかったの?」


「……まさか未完成?」


「だって期限を区切ってなかったし、大丈夫かな~……なんて。てへっ」


 二人は顔を強張らせ、互いに見合わせていた視線を慌てて下の闘技場へ向ける。


 そこには腕を組んで立つルー。


 そして光によってえぐれ、赤い溶岩と化した地面が発する熱の揺らぎの向こうに、傷ついたアルバトールが立っていた。




「いつまで呆けているつもりだ? 君は私を乗り越え、メタトロンを越えるのではなかったのか?」


「八坂の……勾玉……」


 弱々しい呟きに応じて生まれた赤い光に包まれ、再び癒されたように見えたアルバトールの体。


「どうやら、その術はそう何度も使えないもののようだな」


 しかし全身を覆っていた火傷は治ったものの、体に走る裂傷のいくつかは残されたままであり、その顔は苦痛に歪んでいる。


「殺しはせん。だが無事に帰らせもせん。ただ君は大幅に失うだけだ。死に至るまでの時間を」


 それを見たルーが憐れむように告げると、背後の石門に再び光が集い始め。


「何もできない、か……」


 アルバトールは先ほどルーが言ったことを繰り返し、茫然とした目で光り輝く門を見上げ、立ち尽くしたのだった。

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