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第155話 戦いを冠する言葉

「フラム・フォレ!」


 円形の闘技場の壁に沿って次々と炎の竜巻が巻き起こり、外から入ろうとする者、中から逃げようとする者のすべてを拒絶、隔絶するがごとく荒れ狂う。


「これが君の術か」


 しかしその様を見てさえ、ルーはその顔に何の感情も浮かべずにつまらなさそうに感想を述べた。


「多少熱くはあるが、耐えきれないと言うほどでもない」


「耐えきれなくなったら?」


 ルーの挑発に乗るかのように、アルバトールは更なる力をフラム・フォレに加える。


「飛んで逃げるだけだ……なにっ!?」


「以前、僕がテスタ村で戦った堕天使もそんな風に考えたみたいだね」


 腕を組み、アルバトールに冷ややかな視線を向けていたルーは、フラム・フォレより無数の炎の小片が舞い上がり、まるで天蓋のように闘技場を覆いつくしたのを見て驚嘆の声を上げ、そしてそれを合図としたかのように、炎の葉はルーへ一斉に襲い掛かる。


「なるほど、これは厄介だ。しかし」


 雨のように降り注ぐフラム・フォイユを避けつつ、ルーは閃光を煌かせながらフラガラッハを抜くと、それを天に向けて突き出した。


「その一つ一つはいかにも脆弱だ」


 光の柱が立ち昇り、柱に少しでも触れたフラム・フォイユは次々と爆発、四散するが、それは同時にルーが見せた隙でもあった。


「それ故に集い、宙を駆け、力を合わせる。まるで人の生き様のような強さを見せるこの術が、僕は大好きだ」


「むっ!?」


 フラム・フォイユの爆発に乗じてアルバトールがルーの懐に入り込み、力を籠めた炎の剣の一撃をルーに振るう。


 その攻撃をフラガラッハで受け止めようとするも、剣の勢いを殺しきれなかったルーは鎧の肩の部分を炎の剣に切り裂かれてしまう。


 高熱にさらされた飴細工のように、ぐにゃりと曲がってしまった鎧を見たルーは予想外の威力に慌てて後方に飛び退り、アルバトールの二撃目を避けるが。


「ルー神よ、そちらはフラム・フォレがお待ちかねのようだ」


 飛び退った先にはフラム・フォレが既に発動しており、それをわざわざ忠告するアルバトールを一瞥したルーは体を捻りながら宙にふわりと浮き、綺麗な弧と回転を描きながら地に降り立つ。


「忠告をする暇があるなら、君は追撃をこそ選ぶべきだった。今の君に、このフラガラッハを止めることが出来るか?」


 身体が宙にある間に、ルーは既にフラガラッハを放つ体勢を作っており、その捻じった体を元に戻す勢いを剣身に乗せ、多数のフラガラッハの光が放たれた瞬間。


「フラム・ブランシュ」


 闘技場の壁際にあるフラム・フォレから枝のような炎が伸び、一瞬にしてフラガラッハの光の帯をすべて絡めとってしまう。


「……これは恐れ入ったな。まさか私のフラガラッハをあっさりと止めるとは」


「フラム・フォレの真の恐ろしさは、その威力じゃない。そこから発展していく術の種類による攻防一体の効果。そして何よりも、常時設置によって速やかに大量の精霊たちの招集を可能とする。つまり上級の術がすぐに使えるようになることだ」


「私が集めた情報では、君はどう足掻いてもフラム・フォイユまでしか同時に使うことが出来なかったはずだが、まさかそれ以上の術も使えたとはな。このティル・ナ・ノーグに来たからか、それとも別の理由があるのか」


 ルーは子供の成長を喜ぶ親のような表情を垣間見せた後、一転してその表情を氷のように冷たくし、口からはアルバトールの精神に冷や水を浴びせる言葉を発した。


「だが、それだけではこの私を倒せない。数千、数万の枯れ葉を幾ら撒こうとも、それが集わぬ未熟な力のうちに焼き払ってしまえばこの身に永劫に届くことは無い。君に私の防御を貫く必殺の一撃が無い限り、君は私を倒すことは出来ないのだ」


「それはフラガラッハを止められた貴方も同じことでは無いのか?」


 アルバトールはアイギスを発動させ、先ほどルーの鎧を易々と切り裂いた炎の剣を中段に構える。


「口で説明するより、直接体験する方が早いだろう。それを次回に活かせるかどうかは君の腕、あるいは運しだいだ」


「では」


 動かないルーを見て、アルバトールはやや駆け足気味に近づく。


(ん?)


 だがその時、彼の後方で何か石が落ちるような音がし、それに少なからず気を取られてしまった瞬間をルーは見逃さなかった。


「え……うわっ!?」


 アルバトールの虚を突いたルーがフラガラッハを振りかぶり、振り下ろす。


 何もなかったはずのその場所に、最初からその光景をモチーフにした絵画が飾られていたとでも言うような美しい剣の軌跡を描き、フラガラッハが吸い込まれるようにアルバトールの体に打ち込まれる。


 だがルーは振り下ろした右手に、それほどの手ごたえを感じていないように見えた。


「ふむ、驚いたな。まさか男性の君が、女性の包容力と柔軟さを術の中心に据えるアイギスをここまで使いこなしているとは」


「いいや。以前アルストリアで、目に見える剣に目に見えぬ効果を付与する旧神と戦ったことがあってね。その経験が無ければ、今頃この腕は使い物にならなかっただろう」


 フラガラッハが振り下ろされる瞬間、その剣身が不可視の力を纏っていると気付いたアルバトールは、その瞬間にバアル=ゼブルが振るう矛、マイムールに全身を切り刻まれたことを思い出し、咄嗟にアイギスに対抗魔術を付けて追加攻撃を防いだのだ。


「だが防ぐだけでは、状況は平行線を辿るばかりで好転はしない。君もかなりの剣の使い手のようだが、それでもまだ私には遠く及ばん」


 そう言うとルーはフラガラッハの刃を引き、それに乗じるように繰り出されたアルバトールの炎の剣を軽くいなすと、智天使であるアルバトールの眼ですら追いつかない速度で、次々と剣を繰り出す。


 だがアルバトールを追い詰めているのは、それだけでは無かった。


(……くそっ! またあの音か!)


 先ほどから彼の後方で鳴る音に、アルバトールはずっと悩まされていた。


 目の前のルーの剣に集中しようとするタイミングで必ず耳に入り、彼の心にさざ波を立てて集中力を乱し、そうかと言って音を遮ろうとすれば、今度はルーの剣が迫ってそれを邪魔だてする。


(集中! 集中だ! 音は単なる音であって敵ではない! 目の前のルーに集中しろ!)


 つのる焦燥感を抑え、葛藤が幾たびか繰り返された後。


 ようやく彼はすべての雑音を消し去ることに成功し、まるで時の流れが遅くなったかのように、ルーの剣がゆっくりと感じられるようになる。



 ルーが語り掛けてきたのは、そんな時だった。



「戦闘、戦争。戦術、戦略」


 アルバトールはそれに構わず、フラガラッハの剣先が退いていくのに合わせ、アイギスの影に隠れながらルーの懐に飛び込む。


「表記が変わろうと、意味を変えようと、それらの言葉に共通するものは多い」


 そしてアルバトールの炎の剣が、ルーの胴を切り裂くかに見えたその時。


「ッ……うぐああぁぁ!? な……に……が」


 アルバトールは背中に走った激痛に身をよじり、そしてルーが振るったフラガラッハに体を切り刻まれ、吹き飛ばされる。


「その最たるものが、敵をあざむく、だ」


 攻撃を受けたことでアルバトールは術を維持できなくなり、壁沿いのフラム・フォレは次々と消え去っていく。


 だがしかし、壁だけは相も変わらず存在し、それに激突して動かなくなったアルバトールに向かって静かにルーは説いた。



 彼の二つ名、長腕の由来となった、剣を持つ腕を静かに浮かばせながら。



(……一体何が起こったんだ。背中が……傷の治りが遅い。何故……)


 眩む頭を押さえ、壁に身体を預けたアルバトールが前を見ると、どうやら目の前の旧神は彼にトドメを刺すつもりはないようで、何やら話しかけてきているようだった。


(もしくは放置しても問題は無い、と言うことか。そう言えばルーが言っていたな。ここは精神界。聖霊による結界で術の効果が抑えられる物質界では無いと。つまり……ここでは聖霊の加護も、法術による治癒も、期待するほどの効果は得られない……?)


 いささかゾッとしない仮説を立ててしまったアルバトールは、思うように回復しない体に苛立ちを覚えながらも、自分の体、そして周囲を解析しつつ、ルーの話を聞く。


「君は幾度も音を聞いてそれに慣れ、後方に脅威は無いと思い込んだ。それこそが私の狙いだったものを」


 そしてそれを聞いた瞬間、アルバトールの頭の中に王都でベルナールが口にしたことが、稲光のように駆け抜けた。


(敵に警戒を解かせるのも、警戒する余裕が無い状況に追い込むのも一緒、か)


 嵐のように、絶え間なく襲ってきた先ほどのルーの剣を思い出しながら、アルバトールは立ち上がろうとする。



 だが、それは叶わなかった。



(体に力が入らない。四肢に力を伝えることが出来ない。力が……抜けていく……)


「経験や知識に基づいた応用力の欠如、私の防御を破る手段の欠如、そして敵を知る時間の欠如。他にも君の敗因を上げればキリが無いだろうが、もう無駄のようだな」


 声を低め、容疑者に判決を告げる壇上の裁判官のように、ルーはアルバトールへ絶望の宣告を突き付けた。



「これから君は死ぬ。よって今から君に私が教えられることはたった一つだ。せめて苦しまずに死ねるように、無駄に足掻くことはしないように」



 そしてルーはフラガラッハを一閃し、剣に着いた血のりを吹き飛ばして歩き始めた。

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