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第14話 腐れ縁の始まり

 念話。


 それは物質界を満たす存在、聖霊を通じて他者と接触アクセスする法術の一種。


 法術の源である聖霊と接続することで使用可能となり、遠方に離れている者同士でもほとんど時間差なしに意思の疎通ができる。


 だが術者の力量、あるいは聖霊の偏在によって大きく使い勝手が変動するため、民間や一部の貴族の間では、伝書バトや早馬による伝令を選択する者も多い。




(早い! こちらも全力で飛ばしているのに、まるでエルザ司祭の姿が見えない!)


 魔族に襲われた王女を救うべく、エルザに続いて飛びたったアルバトール。


 だが今の彼には、本気を出したエルザに追いつくほどの速度は出せない。


 即座にエルザの姿を見失い、途方に暮れるアルバトールに連絡が入ったのは十数分が経った後だった。



≪まだ飛べているようですわね。聖霊と接続して念話をする余裕もないようですし、少し手助けしてあげますわ≫


≪面目有りません。アデライード姫は発見できたのですか?≫


≪いいえ。発見どころか、王女様は護衛の方々とはぐれているようなのです≫


≪何ですって!?≫ 


≪それに加えて、こちらで魔物を片っ端から締め上げて得た情報によると、どうも上級以上に属する魔族が一体、王女様を追いかけているとか≫


≪……≫


 アルバトールは無言になり、小さい頃に会った王女アデライードの姿を思い出す。



 フォルセール領の近くにある、王家直轄の避暑地。


 子供の頃、そこに毎年のように来ていたアデライードと彼は、良く遊んでいた。


 アルバトールが王都の騎士養成所に入ったので、成長してからは会っていないが、同じ王都に居ることもあって、噂だけは良く耳にしていた。


 清楚で優しく、そして美しい。


 完璧な姫と言う存在がもしもこの世にあるのなら、一番近いのが彼女であろう、と他国からも評されるほどだと。


 もっとも彼の記憶にあるアデライードの姿は、泥だらけで野山を駆けまわるものであったため、あまりにかけ離れたその内容に首を傾げるばかりであったが。



(アデライード姫……今どちらにいるのですか)


 上空から見える範囲に、アデライードの姿は無い。


 つのる焦燥感、身体を包む無力感。


 遂にアルバトールは、一か八かの賭けに出ることを決意する。


(危険だが、やるしかない。属性が相反する術の同時行使を)


 風の精霊を主とする飛行術を使ったまま、土の精霊を主とする身体強化の術を行使。


 視覚、聴覚などの五感を強化してアデライードを探索するべく、覚悟を決めて精霊との交信を始めようとしたその時、アルバトールの頭の中に声が響いた。


≪あらあら、まだ私と接続している事をお忘れのようですわね。また新手が来ましたので、王女様の探索は貴方にお任せしますわね。幸運を≫


 その言葉と共に、アルバトールの頭の中が澄み渡る。


 先ほどまでもやの向こうにあった土の精霊は鮮明に見えるようになり、かすみのように掴みどころが無かった身体強化の術は、面白いように組みあがっていった。


≪感謝しますエルザ司祭!≫



 そしてアルバトールの全身を、まだらになった黄色と緑色の光が包み込む。


 やがて緑の光に黄の光が飲み込まれそうになるも、すぐに二つの光は見事なしま模様となり、緑の光が彼の後方へ流れ始め、黄色の光が彼の額へと集まったその時。


 アルバトールの眼は魔族と思われる力の移動を捉え、耳はアデライードが着ていると思われるドレスの衣擦れの音を聞き分けていた。


「そこか!」


 即座に身体強化の術を解除し、彼は点在する雑木林の一つへと一直線に向かう。


 そこに生えている一本の木の根元には、足を押さえてうずくまるアデライードらしき人の姿と、道化師のように見える、人型であって人には見えない魔物がいた。


(人型の魔物……まさか堕天使か!?)



 魔族の種類は多く、多種多様に分類されており、堕天使はその中の一つである。


 その昔、天界に住まう天使だった彼らは、とある理由で神へ反逆し、争い、破れ、天から地の底へ投げ落とされた。


 その対処法は……。



 出会わないことを祈れ。



(迷ってる場合じゃない! 姫をお助けしなければ!)


 アルバトールは魔物を牽制する術を撃ちこもうとする。


(クソッ! こんな時に!)


 しかし、再び彼は術の同時行使が出来なくなっていた。


 理由はすぐに判った。


 エルザのサポートが切れていたのだ。


(流石のエルザ司祭と言えども、戦闘中では、そうそうサポートも出来ない……か)


 歯を噛む彼が見たのは、魔物が王女の前で手を振り上げる姿。


 その瞬間。


(何だ!?)


 頭頂部にチクリとした痛みが走り、そこから時の進みが急激に緩やかになっていくのをアルバトールは感じていた。



「向かって来る者、去って行く者、君たちはそこに待機して……光の矢は……うん、そうそう固定させないとね。重労働だけど、すぐ終わらせるから我慢してくれ皆」



 誰に言うとも無く、アルバトールは呟く。


 その背後には各精霊の色である赤、緑、青、黄の光点が輝き、彼を応援しているかのように見えた。


「貫いてくれ精霊達。リュミエールフレッシュ



 この世界の法則に馴染ませるために、最後に加えられるわずかな土の精霊力。


 ただの音に意味を持たせる法則、言葉と言う法則に縛り付ける『言霊』。


 術の名をアルバトールが口ずさむと共に、彼が魔物に向けた掌の周囲に十を超える光点が生まれ、矢の形をとり、魔物へ向かって行く。



 魔物に群がっていった光が消える頃、アルバトールは堕天使とアデライードの間に立ち、腰の剣を抜き放って魔物に向けていた。



「フォルセール騎士団隊長アルバトール。王に捧げたこの剣に導かれ、王女を守るべく馳せ参じた。貴様は何者だ! 名を名乗れ!」


「アルバトール様……?」


 仰々しく、古風な名乗り。


 だがそれを聞いたアデライードは、救援が来たことを知って安心したのか、地面に倒れこんでいた体を弱々しく立ち上げる。


「アデライード姫、御無事で何よりです」


 そしてアルバトールが眼前の堕天使へ剣を向けたまま、アデライードの無事を内心で喜んだ時。


[フフフ、何者だ、とは失笑ものであ~る]


 堕天使は仮面の下から明朗、かつ間延びした妙な声でしゃべりだしていた。


[悪党に対して名乗る名前は生憎持ち合わせていな~い!]


「なっ……悪党だと!? 王女に危害を加えようとしておきながら何を言うか!」


 アルバトールは、堕天使が発したその言葉に度肝を抜かれる。


 だが彼は、その無茶苦茶な理論に既視感を覚えてもいた。


[その女が何者~か、危害を~加えよ~が知らない~のだ。我は~請け負った任務を遂行しよう~としただけであ~る」


 そこで堕天使は言葉を止め、アルバトールを人差し指で勢いよく指差す。


「しかし貴様~は、その任務~を邪魔しよ~としてい~る! よって貴様~は、我にとってまごうこと無き悪人であ~る!]


「くっ……!」


 確かにその通りである。


 魔物と人間は敵なのだから、人に危害を加えるのは当然。


 アデライードの王女と言う地位も、意味を持つはずが無い。


 だがそれをわざわざ指摘し、神経を逆なでしてくる手法は、アルバトールが知っている一人の天使、つまりエルザを連想させていた。


(おのれ屁理屈ばかり並べたてて! いや彼らにとっては当然の主張なんだろうけど間違いなくこいつは元天使、つまり堕天使で僕の敵だ!)


 戦う決意を必要以上に固め、彼は堕天使にゆっくりと近づいていく。


「アデライード姫、エルザ司祭も来ておりますので、もう心配はありません。どうぞ安んじてお待ちください」


 そして彼がアデライードを励まそうとして喋りかけた途端、それまでアルバトールとにらみ合っていた魔物の仮面が上下反転し、急に楽しそうに笑い出していた。


[エルザだと? ハハハ! そうか! あの女もここに来ているのか!]


「知っているのか? ……まぁ数百年も生きているらしいし、天魔大戦に何度も参戦しているらしいから当然なのかな」


[……数百年? 何を言っているのだ貴様は]


「うーん、まぁあのふてぶてしさから言って、数万年と言われても不思議はないけど」


 そうアルバトールがボヤいた直後、その内容に聞き捨てならないものを感じたのか、アデライードが彼に詰め寄って眉をひそめる。


「アルバトール様! 司祭様は幾度もこの聖テイレシア、ひいては世界を魔物たちから救って来た尊いお方ですよ! それを何万年などと……女性にとって年齢と言う数字は、何より崇高な意味を持つものなのですからお気を付けください!」


「も、申し訳有りません! でもここ数日の間に体験した事を思うとつい!」


 目の前で始まった若い二人の揉め事。


 それでも自らの強さに自信を持っているのか、恐るべき魔物である堕天使はアルバトールに手を出そうとはせず、親切にも追加の説明を口にしてくれていた。


[数万年は言いすぎと思うが、まぁ少なくとも数千年は生きているだろう。かく言う私もそうだがな!]


「あ、はい」


 唐突に始まった自己紹介に、アルバトールは戸惑う。


 自分は別に堕天使の年齢は聞いていないし、それはアデライードも同様である。


 敵味方に関わらず、何者かが救援が来た可能性に気付いて周囲を見渡すも無人。


(僕はここに姫を助けに来たのであって、この堕天使を雇用するべく面接をしに来た訳では無い……分からない、この魔族の目的は一体何なんだ)


 アルバトールはその頬に一筋の汗を垂らし、無言のまま堕天使と対峙を続ける。


 だが、そんな状況がいつまでも続くはずが無い。



「あ、あの……?」


 その場を支配する沈黙に、遂に耐えられなくなったか。


 アデライードが魔物に対して質問、とも言えない独り言を口にしてしまったのだ。


「長生きなんですね」


「姫……?」


「ご、ごめんなさい! 魔物を見る事など初めてだったのでつい!」



 魔物が長生きなことに感心をしても、エルザが長生きな事には言及しない。


 つまりアデライードにとっても、エルザが数千年を生きているという事実は納得するものだったのだろうか。



 つい先ほどまで生死をかけた戦いに挑もうとしていたアルバトールは、そんなのんびりとした考えをしていたことに気付き、和んでしまった雰囲気に内心で頭を抱える。


 悩みに悩んだ挙句、アルバトールは堕天使を相手に戦う愚を避け、エルザの正体を聞いて時間稼ぎすることを決定した。



「おのれ堕天使め! エルザ司祭が数千年も生きているとはどう言う事だ!」


[む!? そうだな! 貴様は不思議に思った事はないのか!? 何故あの女が不老不死になったのかを!]


 わざとらしく返事をしてくる堕天使。


 どうやら付き合いはいいようだ。


 彼は安堵し、そのまま問答を続けることを決定する。


「魔物の呪いを受け、不老不死になったと聞いて……」


[呪いだと? 短命である人間は、こぞって不老不死を求めるものではないのか? それを呪いと受け取るとは面白い奴だ。ククク]


 アルバトールは黙り込む。


 天使になった彼にとって、それは既に興味の無いものではあったが、子供の頃に冥界の恐ろしい話を聞いたときは、確かに不老不死に興味を持った。


 不老不死とは、誰もが一度は夢見るものではないのか。


 そう思った彼の表情を見て取ったか、堕天使は調子に乗って話を続けた。


[その昔、天使と堕天使の大きな戦いがあった。その中で何度も転生を繰り返し、遂に我らの王ルシフェル様を討ち、封印したのがあの女よ]


「それと呪いと、どういう関係がある」


[あの女の持っている力は恐ろしく強く、ルシフェル様ですら手を焼くものだった。だからルシフェル様は一計を案じたのだよ」


 アルバトールは息を呑み、堕天使の次の言葉を待つ。


[無限を生きる我々と違い、人間たちはその寿命の短さ故に、目の前の時を限りなく有効に使おうとする。天主はその人間の努力、工夫と天使の力を組み合わせ、無限の力を産み出そうとした。その結晶があの女よ」


「有限の時……無限の力……」


[そこでルシフェル様は考えた。その基となる人間に、無限の時である不老不死を与えればどうなるのか、とな]


「……!」


 先ほどまでとは違った理由で、アルバトールは沈黙した。


 いや、それは絶句と言った方が正しかっただろう。


[封印される直前、ルシフェル様はあの女に呪いをかけて不老不死とした。最初は何も無かった。だが周囲の人間が次々と死んでいくにつれ、奴には変化が現れ始めた]


「……大体の予測はついた。そろそろ戦いを始めないか? 堕天使よ」



 アルバトールは静かに告げる。


 その一つ一つに、氷のような冷たさを忍ばせて。



[人の嫌がる事をやめろ、と言われてやめる堕天使が居ると思うかね? 私に言う事を聞かせたければ契約し、己の命を対価として差し出す事だ]



 魔物は話し続ける。


 エルザの過去を、エルザの現在に向けて。



[奴の心は次第に磨り減っていった。共に戦いに挑んだ仲間達が次々と倒れ、助けを求め、だが虚しく死んでいく中を、自分だけが無傷で突き進んでいく]


 堕天使は顔を突き出し、アルバトールに向けて軽く揺り動かした。


「戦いで世界に残された傷。それを癒すことに協力してくれた仲間も寿命で奴を置いて先に死んでいった。一人、また一人と死んでいく度に、奴の力は弱まっていった]


「……」



 アルバトールの脳裏に、エルザの色々な表情が浮かんでは消えていく。


 自分が食事を残して怒る顔。


 自分の困った所を見て笑う顔。


 そして……自分を天使に転生させた後に見せた……顔……。



[そしてルシフェル様に抗うことも出来なくなったある日、奴は決断した]


「黙れ」


[自分の魂を捧げることで、奴自身の肉体を、魔王様に対抗する新しい天使を生み出す祭器と化すことをな! 天使の角笛と言ったかな? その祭器の名は]


「黙れ! 出鱈目を言うな! エルザ司祭は祭器などではない! 現に今も私に修行をつけ、この近くに姫を救いにやってきているのだ!」


[んん? 今の奴の体は、祭器が投影した幻影だと知らないのか? 哀れな]


(幻影……?)


 その言葉に、アルバトールは喉に魚の骨が刺さったような違和感を覚える。


 だがそれを追求する前に、目の前の堕天使は次なる言葉を口にしていた。


[さて続きだ。奴は祭器となり、幻影を使って新しい天使を養成するようになった。だがそれらは到底ルシフェル様に抗えないものばかりだった。フッフフ……ハッハハハ! 勝利は既に約束されたようなもの! 遂に我ら魔族が勝利する日が来るのだ!]


「……」


[どうした? あまりに衝撃的な話だったから何も考えられなくなったか?]


 動かないアルバトールを見て、道化師の魔物は腕を振り上げる。


[さらばだ。新しき天使よ]


 魔物の掌に赤、青、黄の光が灯り、禍々しいその光は次第に黒く変化していく。


 先ほどアルバトールが放った光の矢とは正反対の力が、その勢いを増していった。


(それでも、生きていれば……いや、この世に存在しているのなら!)


 明確な殺意が感じられるその光。


 直後にアルバトールは術の解析を始め、そして対抗する術の演算を始める。


 その時だった。



「あらあら」



 [貴様エルゴボオッ!?]


 聞き覚えのある声と共に、堕天使に閃光にも例えられる拳が突き刺さる。


 魔物の体が誇張などではなく、本当に『く』の字に曲がり、そしてそのまま天高く持ち上げられ、即座に地面に叩きつけられる。


「お久しぶりですわねぇ……ジョーカー……今日はどんなヨタ話を聞かせてくれるのかしらねぇ……」


 つい先刻、魔物と戦っていると連絡があったはずのエルザが、巻き上がった土埃による汚れ一つ付けないまま。


 氷のような笑みを浮かべ、道化師の姿をした堕天使を地面にめりこませていた。

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