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第148話 クラレンスの後悔

 ルーが起こした騒動の混乱に乗じ、すべての政務をブラッドリーに押し付けてエンツォを供とし、ルーの神殿に向かっていたクラレンス。


 だが森の中でルーの信徒たちに囲まれてしまった彼は、そこで立ち往生をすることとなっていた。


「さて、どうしたものかな」


「どうにかせよと仰られるのであれば、このエンツォがどうにか致しますがな」


 クラレンスはふうむと唸ると、この場を切り抜ける対処を決めるべく周囲に目をやり、道を塞ぐように立ちはだかる信徒たちの様子を見る。


 だが彼の眼に映る信徒たちは、白を基調とした緩やかなローブを着込み、フードを目深にかぶっている為に、その表情と考えを伺い知ることは難しく、仕方なくクラレンスは王の命を下して道の脇へ退かせようとする。


「諸君、私はヘプルクロシアの現王クラレンスだ。ルーと話をする為にここまで赴いたのだが、君たちが行く手を塞いでいて通れない。君たちがこの国の民なら、また王権に敬意を表するなら、黙ってここを通して貰いたい」


 しかしルーの信徒に退くように命じたクラレンスの言に対し、信徒たちの中から凛とした、しかし幼い声が響き渡ってその命に答えた。


「申し訳ありません陛下。我らが主神ルー様は如何なる者も、如何なる存在も聖域の中に入れてはならないと仰せになりました。従って王であるクラレンス陛下と言えど、ここを通す訳には参りません。どうかお引き取りを」


 そしてその声が発せられた近くの信徒たちが、その声の持ち主に敬意を表するように二つに分かれ、その中から一人の少年が歩み出る。


「エスラスか、久しいな。初のいくさはどうだった」


「酷い物でした。生きて帰れたのが不思議なくらいですよ」


 そして姿を現した、黒髪とブラウンの瞳を持つ少年は、十代半ばの少年に相応しい無邪気な笑顔を浮かべ、クラレンスに一礼をした。


「さて……今の話を聞く限りでは、ここを通るには力づくでもお前たちを押しのける必要がありそうだが、その覚悟はできているのか?」


「まさか。我々はルー様や陛下たちとは違い、祈りを捧げることしかできない無力な神官ですよ。何人集おうが、命を捨てる覚悟がなければ時間稼ぎもできません」


「そなたたちが命を捨てる覚悟で、我々を足止めする可能性は否定しないか」


 やや冷たい声で述べたクラレンスの言葉を聞いた信徒の間からは、短く息を吸い込む様な悲鳴がいくつか上がり、それに伴って周囲の人の輪が少しだけ拡がりを見せる。


 怖気づいた者たちを、ヒステリーを起こしたように叱咤する甲高い声も幾つか上がるが、それでもいったん始まった動揺は収まらなかった。


「否定も肯定もしません。不慮の事故というのはあるものですからね。さて陛下、そろそろ本題にうつりましょう。ここからお戻りになられるのであればよし、お戻りになられないのであれば」


「どうするつもりだ? 隣にいるエンツォ卿の勇名はこのヘプルクロシアにも轟くほどのものだし、私もエンツォ卿に敵わぬまでも、多少の剣の覚えはあるぞ」


「こうします。はーい皆さん、フードを下ろしてくださいー」


「ぬぅっ!? こ、これは……」


 その状況を見て、声を上げたのはクラレンスでは無くエンツォだった。


「二十歳前後の巫女たちから容姿を選りすぐり、身を清めてまいった者たちでございます。エンツォ様、このヘプルクロシアに渡ってきてからと言うもの、身も心も休まる時が無かったのではございませんか?」



 居並ぶ美女たちを目の当たりにしたエンツォは目を見開き、息を呑み、体を硬直させ、まるで彫像のように固まってしまっていた。


 だが表向きにはそう見えても、エンツォの中で真っ赤に流れる血潮はいつもの数倍の勢いに増えており、彼が確かに生きている生身の人間であることを示す鼻息は、まるで鯨の潮吹きの如く雄々しい音を立てて周囲の巫女たちを圧する。



「エンツォ卿? おい! エンツォ卿! う~ん、参ったな……このままでは私が監督不行届でエステル殿に怒られてしまうぞ」


 いくら呼んでも反応が無いエンツォを見て頭を抱えるクラレンス。


「いっそ私が持ち運ぶか……いや無理だな。確か見た目より更に体重は重いと言っていたし……仕方あるまい、エンツォ卿だけここに置いて、私だけ先に行くか」


 諦めて一人だけ先にルーの神殿に向かおうとしたクラレンスだったが、それに気付いたエンツォが慌てて呼び止め、クラレンスに急いで駆け寄った。


「あいやいやいや、それには及びませぬぞクラレンス王! このエンツォ、誓って陛下を放って女にうつつを抜かすような腑抜けではございませぬ!」


「そうか、それならいいのだが」


 つい先ほどまで正体を失っていたエンツォは目にギラついた光を取り戻し、立ちはだかる巫女たちが妙な動きを見せた途端に押し倒せるよう、油断のない目つきと体勢になってクラレンスの先に立ち、じっくりと移動を始める。


「……エンツォ卿、早く行ってくれ」


 巫女たちに近づくにつれ、じっくりとした移動はじりじりとした移動になり、遂には行ったり来たりし始めるエンツォに、クラレンスは苛立ちを抑えようともせずに先を急ぐように促したのだが、そこに間髪おかずに次の手が打たれる。


「では皆さん、第二段階に移りましょう」


 そう言うと、エスラスは指先からピタン、と情けない音を立てる。


 同時に巫女たちからはざわざわとどよめきが起き、更にはあちこちで顔を見合わせ、恐ろしさに耐えるように互いに抱き合う者たちも出るほどに彼女たちは混乱する。


「そ、そんな……話が違いますエスラス様!」


「そうだ違うぞエスラス。もう少し勢いよく指をぶつけないと綺麗な音は出ない。よく見ていろ、こうだ」


「こうですか?」


「第一段階だけで済むと聞いていたから、私たちは神殿から汚れた下界へ出てきたと言うのに……ああ、あのケダモノのような眼をみるだけで倒れてしまいそう」


 クラレンスから教えを乞いながら、指先からピチッ、ピチッと情けない音を立てるエスラスに巫女たちは詰め寄るが、エスラスが意見を変える様子は無い。


「ふうむ、このようなピチピチギャルをあてがって頂くのは、帰りと言うことで構いませんかの、エスラス殿」


「あ、待ってください、もう少しで……できたぁ!」


 エスラスは指を鳴らし、巫女たちに可愛い顔で睨みを利かせる。


「うう……判りました」


 先ほど苦情を言った巫女が諦めたように承諾すると、彼女はゆっくりとローブを脱ぎ……そうで脱がない。


「やっぱり無理ですううう! お許しくださいエスラスさまあ!」


 はだける途中のローブを両手で押さえ、羞恥心で顔を真っ赤にして地面に座りこんでしまった巫女に対し、エスラスは冷たく突き放した声で続けるように言う。


「ダメですよ。我々が彼らを足止めしようと思ったら、これくらいしか出来ることがないのです。頑張ってください」


「他人に嫌なことをさせるのなら、まず自分が手本を見せたらどうだエスラス」


「むう、若様に妙に気をかけると思っていたら、まさかクラレンス王……!」


「退廃が原因で滅ぼされた太古の都市の住民でもあるまいし、そんな趣味は無い」



 そんな話をしている間にも、巫女たちは互いに顔を見合わせ、励ましあい、または涙ぐんで、ルー様の御為と言いつつ、年下のエスラスの命に健気に従って次々とローブを脱ぎ出そうとする。


 その時だった。


 そんな彼女たちをクラレンスが激しく叱責をし、手を止めさせてしまったのは。



「この愚か者たちが! ルーがそのような愚かな命を下すとでもと思ったのか!? いや、たとえ下したとしても、巫女であるなら純潔を守るべく、命令に逆らって自害するくらいの気概無くしてどうするか! そこを退け! 退かねば巫女たる資格なしとして、お前たちを切って捨てる!」


 その気迫に驚いた巫女たちは、道を開けるどころか混乱し、逃げようとしてあちこちで転倒を始める。


 だがそんな苦境に追い込まれた彼女たちを庇うように、クラレンスの剣の前に飛び込んで立ちはだかる者が居た。


「か弱き女性たちに剣を向ける非道! 例え天が許してもこのエンツォが許しませんぞクラレンス王!」



 それは先ほどまで、服を脱ごうとしていた巫女たちに手を出すこともできない、自分の不甲斐なさに身を震わせていたエンツォだった。



「……エスラス」


「何でございましょう陛下……いたいっ! いきなり平手打ちをするなんて、神職に対する敬意や畏れはないんですかっ!? ……ひいぃっ!?」


「王の勅命だ。この面倒な状況の原因になった貴様が責任をとって、この場を収拾しろ。いいな……こ、こらっ! 男の子が泣くもんじゃないぞ!?」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたか。


 クラレンスは怖い顔でエスラスの顔にビンタをし、混迷に陥ったこの場の解決を図ろうとする。


 だが詰め寄って来たクラレンスの顔を見て、いきなり泣き出したエスラスの涙は止まりそうも無く、仕方なく彼を慰めてくれそうな巫女を探すも、彼女たちは先ほどより一層遠巻きになり、怯えながらクラレンスを見つめている。


 おまけにエンツォに至っては、彼を頼って擦り寄ってくる巫女たちに激励の声とコナをかけつつ、鼻の下を伸ばしている始末である。


「万事休すと言ったところか……ブラッドリーの言うことを聞き、王城でおとなしく待っておけばこんな目に遭わずに済んだものを」


 周囲は敵に囲まれ。(半裸の女性たちであるが)


 隣ではその内の一人が心を動揺させ、激しく揺さぶりをかける精神攻撃を絶え間なく仕掛けてくる。(クラレンスは子供の泣き声が大嫌いなのだ)


 そして頼みの綱の護衛は敵と通じ、別の意味でも通じる交渉をしている。


「ルーの神殿に辿りつくことすらできず、ここで朽ちる私を許してくれアルバトール……ん? なんだ?」


 天を仰いだクラレンスは、何かがこちらにふよふよと飛んでくることに気付く。



「あなた~、なにやらアガートラームがあなたに渡したい~もの……が……」


「おお、無事であったかエステル! わしゃあお前が怪我でもしていないかと心配で心配での! クラレンス王に無理を言って、ここまで追いかけてきたんじゃよ!」


 飛んできたエステルを見て、エンツォは慌てず騒がず上空を見上げたまま、初夏の青空のように爽やかな笑顔で彼女を迎える。


 だがその視線の先に浮かぶエステルの笑顔は、真冬の寒空のように凍り付いており。


「あら~そうですか~……カラド・ボルグさん~、ちょっとアレを貫いて~!」


「ぬわー!?」


 そしてエステルがカラドボルグをエンツォに向けて構えた瞬間、その剣先は地平の彼方へと消え、その途中でエンツォの頭髪と周囲の森、及び遠くにそびえる丘陵の頂点を三つほど斬り飛ばし、周辺を激しい土煙で覆ったのだった。



 その後。



「ではクラレンスさん~、身体は力を抜いて~、手は私の手をしっかり~、掴んでいてくださいね~。ああ、あなたも落とされないようにしっかりカラドボルグを掴んでいて下さい」


「うんむ。じゃが久しぶりの再会だと言うに、飛行術に乗じた抱擁も許さぬとは冷たいのうエステル。せめて手を握るくらいは良いではないか」


「知りません! もう!」


 引っかき傷をあちこちに作り、頬を赤く腫れあがらせたエンツォに恨みがましい視線を送ると、エステルは膨れっ面のまま飛行術を発動させる。 


 そしてエステルによって恐慌を絶望に置換させられ、地面にへたり込んでしまったエスラスと巫女たちをその場に置き、クラレンス、エンツォ、エステルの三人はルーの神殿へと向かったのだった。

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