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第144話 過去の遺恨

 旧神ルーがアデライードとアリアの二人を誘拐し、自分の神殿に立て籠もったと聞いたアルバトールたち。


 彼らはその足でベイキングダムを発ち、途中で合流してきたアガートラームとヴァハの二人を仲間に加え、一路北へと向かっていた。



「なんだ? あれは」


 だが他の者より少々先行していたアルバトールとバヤールは、ある丘の一番上に巨大な人の顔面のようなものがどっしりと場を占めているのを見つけ、その異様な光景に困惑しながらも、一応は警戒しておこうかと言うことで足を止めてしまっていた。


 するとそこに追いついてきたアガートラームが、止まっている二人の視線の先を見ていつもののんびりとした口調で説明を始める。


「ほいほい、あれはバロールじゃの。見た相手を無条件に殺してしまう魔眼を持った恐ろしい敵じゃ。儂もまだ神じゃった頃に、あやつにコテンパンにやられて転生の儀に臨んでおる」


「なるほどー……ってそんな力を持つ敵をどうやって倒すんだ!?」


「ほほい、気にせんでもええ。奴の魔眼は、従者が四人がかりで滑車を引いてようやく開くという弱点がきちんとついておるからの。何しろ見ただけで対象を殺してしまうから、普段は閉じておかないと周囲の者を片っ端から殺してしまうでの」


 見れば確かに黒ずんだ色をした顔面の左眼は閉じられ、またその上に眉毛が垂れ下がっていている為かまぶたは苔むしており、パッと見た目には長い年月を経た巨大な石像の頭部のみが、丘の上に鎮座しているようにも見えた。


「アルバトール」


 アガートラームの説明に、顔面……ではなくバロールに危険はないと見たアルバトールが遠慮なくじろじろと顔の観察を始めた時、随員の一人であるハーフのダークエルフ、エレーヌが緊張を含んだ声で彼を呼ぶ。


「どうしましたエレーヌ殿」


 急に呼ばれたアルバトールが何があったのかと問いかけると、エレーヌは油断するなと前置きをしてから丘の上を指し示した。


「ガンメンのまぶたが開きつつあるぞ」


 確かに丘の上では、四人どころでは無い大人数でバロールのまぶたを開けようとしていた。


 しかし長い年月を経て固まってでもいるのかその速度は遅く、尚且つまぶたを無理やりこじ開けられる痛みに耐えかねてか。


――ギョエエエエェェェェ―― 


 巨大な顔面の口からは、この世のものとも思えぬ悲鳴が漏れ始めていた。


「じゃあ迂回しましょうかエレーヌ殿。あの巨大なガンメンの魔眼が周囲に居る者たちを片っ端から殺してしまうなら、味方を巻き込むことを恐れて目を開けたまま方向転換などしないでしょう」


「判った」


「ほいほい、それが一番じゃの。実のところ小回りが利く少人数相手だと、あまり魔眼は効果が無いんじゃよ」



 そしてアルバトールたちは移動を始め、その姿を魔眼では無い右目で確認したバロールは必死に罵声を浴びせて彼らをその場に留めようとしたが、その努力も虚しくアルバトールたちは物陰に隠れながらバロールの視界の外に逃げて行ったのだった。



「しかしお前の母ちゃんデベソ、と言う悪口は如何なものなのでしょうかね。私の母がデベソと知っていると言うことは、とりもなおさず私の母の裸を覗いたことがあると言う、不名誉極まりないことを自白しているに等しいでしょうに」


 誰に言うともなくそんな感想を述べたアルバトールに、彼の後ろに乗っているエステルが反応してのんびりと質問をする。


「あら~、覗きなんてはしたないですね~。そんな下品な人は千切りにして~、キャベツと一緒に浸けてしまうかも~。アルバトール様は~、そのような経験がおありなのですか~?」


「覗きなど騎士の風上に置けぬ卑劣な行為。断じて……えー、自分から覗くなどとしたことはありませんが、不可抗力は許していただけますでしょうか」


 アルバトールはエステルの質問に答える途中、以前アルストリア領に行った時にテスタ村でノエルの裸を見てしまったことを思い出し、急速に口調をトーンダウンさせてしまったことでかえって周囲の注目を集めてしまう。


「あっはっは! 若い男の子は皆そんなもんだから! いい年になった後にそんな破廉恥なことをしなけりゃいいさ! ハニーなんで顔そらしてんの?」


 そんな彼をフォローするかのように戦車を寄せ、背中を遠慮なくバシバシと叩いて慰めてくるヴァハをアルバトールは恨めし気に見ると、頃合いを見て再びルーの神殿のルートへと馬首を返す。


「そろそろいいだろう。ルーの神殿へと向かおうか」


 その言葉に全員が同意し、しばらく進んで曲がりくねった坂を上ろうとした時。


「バロール!? 手も足もついてない顔面だけの存在が、なんでこんなに早く回り込むことが出来たんだ!?」


 その坂の真ん中あたりで、彼らは見覚えのある巨大な顔と再び遭遇していた。


 既にバロールの目は半分ほどまで開いており、口からは勝ち誇った哄笑が発せられ。



――ギョエエエエェェェェ―― 



 直後に滑車に無理やり瞼が引っ張り上げられる悲鳴と変わる。


 だが必勝の体勢にある悪役は、どの世界線においてもまず勝ち誇る義務がある。


 よってバロールは目がこじ開けられる激痛に耐え、再び高笑いを上げた。


「愚かな! なぜ儂が丘の上に陣取っていたと思う!」


「ほいっ!? その姿……まさか貴様!」


 驚くアガートラームの姿にバロールを見れば、その髪や眉毛のあちこちには枝葉や草がまとわりつき、更にふらふらしているその姿は正常とは程遠いもの。


「考えにくいが、まさか……」


「そう! 儂は丘の天辺から転がり落ちてきたのだ! 真に優れた者は、経過ではなく結果によってとった行動の価値を論じる! よって儂はこれからお前たちを殺して、儂の行動が正しかったことを証明するのだ! ……おい早く開けろお前たちいだだだだっ!?」


「アルバトール、あのバロールとかいう奴だが」


「ええ。あれはダメな敵ですエステル殿」


「我が主、助走をつけた全力の飛び蹴りの一つでも馳走してまいりましょうか」


「ほいやっ!? そんなことを言っておる場合かお主ら! 魔眼が開くぞ!」



 確かに魔眼は開こうとしていた。



 しかし開ききる直前に、先ほど丘から転がり落ちて移動したことによって目を回していたバロールはひっくり返り、そのまま後方で滑車を引いていた味方を見てしまう。


 地面に穴を掘ってその中に入り込み、魔眼を回避しようとしていたアルバトールたちはその悲惨な光景を穴の中から見物することとなり、敵であると知りつつも犠牲となったバロールの従者たちに祈った。


「クラウ・ソラス……何ッ!?」


 穴から出たアルバトールは、バロールを聖天術で射抜いて先へ進もうとするが、さすがはかつてフォモール族を率いて、アガートラームたちと激戦を繰り広げていた強敵と言うべきか、聖天術を撃ち込まれてもすぐにはその身を消失させない。


「ククク……これで勝ったと思うなよ貴様等。例えこの儂が死んでも、第二、第三のバロールが貴様たちをつけ狙う。アスタロトの加護を得たこの儂は、もはや無敵とも言える存在に昇華したのだからな!」


「あら~、従者さんたち、まだ生きてるみたいですね~アルバト~ル様~」


「本当だ。顔面が目を回していたから魔眼の力が落ちてたんですかね」


「これは新しい発見じゃの」


「おい! 無視するなお前たち! 人の話を……おおい!?」


「てい」


 慌てるバロールは、先ほどアルバトールが掘った穴に蹴り込まれてホールインワン。


 恐ろしい力を持った魔眼は虚しく空を見上げるだけとなり。


「おい! 儂にトドメを刺さんのか!」


「だって死んだら第二、第三の君が僕たちをつけ狙うんだろう? 二回も三回も見たい顔じゃ……違った、会いたい敵でもないからね」


 手も足も無い為に穴から抜け出せないバロールをそのままにして、アルバトールたちは先へ進んだのだった。



「良かったのかい? 本当に殺さなくて」


 バロールを穴に放り込んでその場を離れた後、真面目な顔をしてそう尋ねてきたヴァハにアルバトールは構わないと短く答え、そのまま注意深く周囲を探る。


 しかしその答えを聞いても戦車を近づけたまま離れないヴァハを見て、諦めたように彼は再び口を開いた。


「気になるなら今から戻って滅ぼしてくれてもいいさ。だが不満があったならなんでさっき言ってくれなかったんだ? 僕としてはわざわざ戻ってトドメを刺すような、無駄な時間は使いたくないんだが」


「ほいほい、そりゃ儂がヴァハにお主に聞くように頼んだからじゃよ。ちょっと気になることがあったのでな」


 ヴァハの向こうからひょこりと顔を出してきたアガートラームを見て、アルバトールは溜息をつく。


「やはり焦っているように見えますか」


「先程から西の方角で、森の木々と妖精たちが助けを求めておるからの。これで平常心を保てるようなら大したものじゃ。助けに行きたいか?」


「むしろこちらが助けて貰いたいくらいですね。それより急ぎましょう。先程から何やら胸騒ぎがするのです」



 そう言って進む彼らの前に、再び立ちはだかる者がいた。


 その姿を見たアガートラームはアルバトールたちに先に行くように命じ、自らはヴァハと共にその人物と相対する。



「……スレンか」


「如何にも、スレンだ」


 鎧を着こみ、顔が見えるタイプの兜をかぶった初老の男は、アガートラームの問いに無骨な声で答えた。


「何故ここに? まさかまた儂と戦いに来たのか?」


「ああ、お主が俺同様に人間になったと聞いてな。昔の怨恨を晴らしに来た」


「この通り、儂は老人で戦う術は持っておらぬが」


「そう言うと思ってアスタロトにいい物を用意してもらった。魔剣ダインスレイフ」


 呆れたように言うアガートラームに対し、スレンは腰に下げてあった一振りの剣を無造作に放り投げ、それを受け取った温和な老人の顔が見る見るうちに好戦的な顔に変わるのを見届ける。


「なるほど。スレンよ、何やらお主と戦わずにはいられなくなってきたぞ」


「ハニー、どうするの」


「仕方あるまい、切り札は使うべき時に使わなければの」


 楽し気にヴァハがアガートラームに聞くと、戦車の中から光を帯びた一つの全身鎧が浮き上がり、一瞬にしてアガートラームに装着される。


 すると確かに老人の姿であったアガートラームは、その途端に輝く金髪と鋭い眼光を持ち、赤いマントを羽織った戦士の姿に戻っていた。


「どうするスレン。昔のように一対一で勝負を決めるか? 儂としては二対一で楽に勝負を決めたいんじゃがの」


「無論一対一の勝負に決まっている。出番だぞクロウ・クルワッハ」


 スレンが声をやや楽し気なものと変えてある名前を口にすると、彼らを囲むいくつかの丘の一つから巨大な黒龍が姿を現して咆哮を上げ、アガートラームたちの方へ地響きを立てながら向かってくる。


「あら嬉しい。流石はフィル・ボルグ族の戦士ね。わざわざギャラリーを退屈させない演出をしてくれるなんて」


「戦女神に対する礼儀だ。かつてのお前たちを一頭で敗走させた邪龍の力、たっぷりとその身で味わうがいい」


 若干の緊張を帯びた声を発しながらも、戦女神の矜持としてかヴァハは余裕の態度を崩さず、仲間を呼んだスレンは引き続いて巨大な黒い剣をその手に呼び寄せ、その切っ先をアガートラームへ向けた。



「その昔、一騎打ちで決着をつけようとお前たちから申し出ておきながら、敗北を認めずにその結果を無視した卑怯者よ。この場で貴様を討ち取り、フィル・ボルグの誇りを取り戻させてもらうぞ」


「あえて何も言うまい。この場でお前に勝利を収め、我が恥辱をすすぐのみ」



 そう言うや否や、アガートラームとスレンの二人は気合と共にお互いへと走り寄って激しく刃を斬り交え始める。


 そしてそれを合図としたようにヴァハは戦車と共に宙に浮き、その背に数々の精霊の光を背負いながら邪龍クロウ・クルワッハへと突っ込んでいった。

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