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第140話 定まる求心点

 旧神ルーがアデライードとアリアを再び連れ去ったと急報が届いた後、王宮の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。



「やれやれ、ややこしいことをしてくれたなルーも。姫を返してほしくば神殿に来いなど、昨今では戯曲でもなかなか聞かなくなった題目だぞ」


「うんむ、まったくですな……と同意したい所ですがクラレンス王よ、長い時を生きる神々にとっては、人間の流行などまるで意味を成さんことかもしれませんぞ」


「ふん、確かにエンツォの言う通りかもしれんな」


 急転した事態において、なお落ち着いた様子のエンツォを見たエレーヌは、この場における最大の当事者、つまりアルバトールへ視線を向けてその意志を問う。


「しかしどうするのだアルバトール。居場所が判っている姫を先に助け、どこにいるか判らない魔族は放置するか? それともその逆か?」


「……エレーヌ殿、ひょっとするとですが、ルーの狙いは」


 エレーヌの質問にアルバトールが少し考える様子を見せ、答えようとした時。



「アルバトール様~、アガートラームを持って~参りましたので~、これに手伝って頂きましょうか~」


「ほいやっ!? まぁそう来るとは思っておったから手伝うのは手伝うが、エスコートがちと乱暴すぎるのではないかエステルよ」


 ひっそりと部屋を出てどこかに行ったエステルが、その手に一人の老人を持ったまま、おっとりとした態度で帰りを告げたのだった。



「久しぶりじゃのうメタ……アルバトール。それからクラレンス、ヴァハは何とか無事に戻って来たわい」


「それは何より。して御老人には何を手伝って頂けるので?」


「待て待て、それより先に詳しい話を聞かせぬかクラレンス。エステルは話があると言ってワシを引っ掴んで持ってきただけで、何も聞かされておらんのじゃぞ」


 周囲の雰囲気にやや気圧されたようにアガートラームが言うと、二度手間であることを承知の上でクラレンスの説明が始まる。


「ほむり、ルーが姫とアリアを連れ去ったとはのう。それでお主らどうするつもりじゃ? あらかじめ言っておくが、儂はもう旧神ではなくただの人間に過ぎぬ。戦いには参加できぬぞい」


「判っておりますよ御老人。老いては子に従えと言いますし、貴方は知っていることを我々に教えてくれるだけでよろしい。それ以上は期待しておりませんよ」


「……ルーはよくこんな奴を拾う気になったもんじゃの。クラレンス、お主はもう少し年長者に対する敬意と言うものをじゃな」


「気をつけよう。それではアガートラームよ、時間も惜しいことだし王権に対する誠意を見せて頂くべく早く貴方の所感を」


 クラレンスはアガートラームの言葉を途中で遮り、遮られた方は口を少し尖らせた後に長いため息をついて一つの提案をした。


「ほいほい、仕方あるまいの。とりあえず魔族は放置して、ルーに囚われた二人を奪還しに向かうのが一番じゃろ。お前さんたちと、お前さんたちを狙う魔族をまとめて神殿におびき寄せるのが、二人をさらったルーの狙いじゃろうからの」


「アガートラーム殿もそう思いますか」


 自らの意見に同調するアルバトールを見て、アガートラームは軽く頷く。


「両軍ともにほぼ壊滅状態に陥り、人間たちの戦いにお主を巻き込んで消耗させられなくなった以上、ルー自らお主と戦うしか手段は残されておらぬからの。無論それを見届ける為に魔族も近くに来よう。覚悟して臨めよアルバトール」


「……アガートラーム。貴方は何故ルーがそうまでして魔族に協力するか、ひょっとして知っているのではないか?」


 アガートラームの忠告に頷いた後、しばらくアルバトールは迷う様子を見せ、そして思い切ったように質問をするが、それに対する返事は素っ気ないものだった。


「本人に聞くことじゃ。儂は奴の心を読めるわけでは無いし、たとえ教えてもらっていたとしても本人の断りなく立ち入った話をするつもりは無い」


「アガートラームよ、私の頼みでも駄目か」


 アルバトールとアガートラームの間の空気が、にわかに緊張を帯び始めたのを見たクラレンスが口を挟むが、アガートラームはゆっくりと首を振り、それを見たアルバトールも残念そうにうつむいた。


「……なんらかの事情を知っていても教えるつもりはない、か。判った、神殿に行ってルーに直接問いただす事にするよ」


「ここで余計な話をしてお主たちにルーに対する先入観を植え付けるのは、あやつの自尊心を傷つけるだけであろうからな」


 アガートラームは寂しそうに笑う。


「儂はあやつに指導者の立場を押し付けて人の世界に逃げた。そしてもはや今の儂に、あやつを救い出す力は無い。あやつに同調するか、反発するかは、あやつの口から詳細を聞いてお主ら自身で決めてくれい」


 そう言うとアガートラームはしばし視線を床に落とし、少しした後にある意思を秘めた目でアルバトールを見つめた。


「ルーを頼むとは言わん。生きて帰れよ」


 真摯な目でそう告げてくるアガートラームの目を、アルバトールはまばたきもせずに見つめて力強く頷いて指示を出す。



「アルバ=トール=フォルセールの名において命ずる。エンツォはここでクラレンス王の護衛に留まれ。バヤール、エレーヌ、エステルの三人は僕と共にルーの神殿に向かい、そこで人質となった二人と……ヘプルクロシアの平和を奪い返す!」


 その号令と共に幾人かの者が部屋を出ていき、そして後にはクラレンスとエンツォ、アガートラームの三人が残されたのだった。



「そう言えばエンツォ卿」


「なんでございますかな」


「最近、夫婦喧嘩をしていなくて体が鈍っているとか申していたな」


「然り」


 二人はしばらく無言で見つめあった後、ニッカリと笑いあって部屋から出て行き、それを見送った老人もまた使用人を呼んで退出を告げる。



 クラレンスの私室が無音となってしばらく経った後、王宮から一人の老人が姿を現し、それを一人の美しく、はつらつとした女性が出迎えた。

 


「ふう、若い奴らは元気じゃのう」


「準備できてるわよ、ハニー」


「ほいほい。せっかく無事に戻ってこれたのに、すまんのうヴァハ」


「やだなー、子供と一緒に攫われて迷惑かけたのはあたしの方だから! さて、行くわよハニー! あんのクソ魔族どもに、この戦女神に舐めた真似をしたことをたっぷり後悔させてやらないとね!」


 アガートラームにヴァハと呼ばれた女性が二頭の馬と戦車を呼び出すと、二人はそれに乗り、ローレ・ライの方へ猛スピードで飛んで行った。



 一方、アルバトールたちと別れたモリガンは。



「ふえぇ……なんで私、森の中にいるんでしょうか……」


 チェレスタへの道標を誰かに悪戯されていたせいで、とある森の中に迷い込んでいたのだった……。




 そしてクー・フーリンたちはこの時、未だピサールの毒槍を持って逃走したコンラッドを追いかけている。


「ふん、行儀の悪いことだ」


 唾を地面に吐き捨て、クー・フーリンは地面を見下ろす。


 その視線の先を追うと、そこには何者かに食い荒らされたと見える野兎が一匹、ゆっくりと動いていた。


「生命の輪から外れしものよ、再び聖霊の御許に還らんことを……だったか。おいガビー早く浄化しろ。臭くてかなわん」


「あんたいい加減に浄化の術を覚えなさいよ!」


「覚えはしたが、解析で死体に触らねばならんのが気に入らない」


「あたしだって触りたくないのに……うう」


 ガビーは泣きべそをかきながら、どう見ても生きていないほどに骨が露わになっている野兎の体に手を添え、その構造を解析した後に力を注ぎ込んで不浄の体と魂を分解し、正常な存在のみを再び生命の輪の中へと循環させていく。


「そう言えば、不浄の体と魂はどこに行くのだ?」


「知らない。知っててもあんたには教えない」


「お前、本当に人に教えを広める聖職者か……?」


 クー・フーリンは呆れた顔でガビーを見下ろすと、戻ってきたもう一人の旅の連れの方へと視線を向けて近づいていく。


「ベルトラム、お前の方はどうだ」


「アナグマが二匹、やはり生きたままむさぼられておりました。それとその傍にコンラッド殿の着けていた囚人の認識票が」


「間違いないな、コンラッドはリビングデッドとして動かされている。その目的が何なのかは判らないが


 顎に手を当て、考え込むクー・フーリン。


 しかし何かに気付いたのかふと顔を上げると、彼は真っ直ぐに遠くを指差した。


「……ところでベルトラム、あっちから走ってくる妙なものは何だと思う?」


「先ほど話したアナグマかと」


「なるほど」




「ちょっとおおおお! 二匹とかムリムリムリムリムリイイイィィィ!!」




 クー・フーリンからアナグマの浄化を命令されたガビーは、対象が二匹いることに気付くなり、先程の野兎の物と見られる緑色っぽい粘液を手と体のところどころに着けたまま、叫びながらクー・フーリンたちの方へと突っ込んでくる。


「こっちに来るなガビー! 仕方がない! 俺が一匹足止めをしておくから、その間にもう一匹のアナグマを何とかしろ! 不死生物の浄化も聖職者の仕事だろう!」


「申し訳ありませんガビー、毒槍さえあれば私もお手伝いできるのですが」


「あんたたち絶対に楽しんでやってるでしょ! あたしが無事にテイレシアに戻ったら七代先まで祟る儀式を行ってやるからね!」



 そして色々とあった後、浄化は終わった。



「うう……穢されちゃった……もうお嫁にいけない……」


 全身が粘ついた粘液だらけになり、地面にへたり込んだまま泣きじゃくって愚痴をこぼすガビー。


「聖職者が結婚できるのか?」


 だがその内容を聞いたクー・フーリンにすかさず適切な指摘を受けたガビーは、先ほどまでの様子が嘘のように元気よく立ち上がる。


「ものの例えよ! あんたたちがしっかりしてないからあたしがこんなひどい目に遭ってんのよ!? そこら辺ちゃんと理解してんの!?」


 そして当然のようにブチ切れていた。


「労働は尊いものだぞ。俺が昔教会に顔を出した時、そこに居た神父に言われたから間違いない」


「もういや! 早くコンラッドから毒槍を取り戻してよベルトラム!」


「もうすぐですよ。元気に野山を走り回るリビングデッドの数も徐々に減ってきてますし、つい先ほどは呪いが発動した直後の野兎も浄化したのでしょう?」


「うぅ……誰も味方してくれない……」


 だがブチ切れたガビーの文句は聞き流され、浄化されたリビングデッドのように風で吹き飛ばされて行ったのだった。



 三人が旅を始めて数日。


 ガビーは数十体を超えるリビングデッドを浄化していた。



 一見傍若無人に見えるが、本当は心優しい彼女にとって野山の動物が片っ端から不浄のものと変化し、うろついている姿を目にすることはかなりつらかったらしく、日が進むにしたがって、彼女が使う浄化の術は荒々しい物へと変わりつつあった。


「仕方あるまい。この近くに小川があるから、そこで粘液を洗い落とすか」


 クー・フーリンも流石にガビーの限界が近いと感じたのか休憩を提案し、そのまま彼らは河原へと向かって一息いれる。



「どう思う」


「どちらのことでございましょう」


「どちらもだ」


 小川に入り、鼻歌を口ずさみつつ体と服を洗うガビーを見ないようにしながら、クー・フーリンとベルトラムは今後について話し合い始める。


「ガビーにはもう少し頑張ってもらうしかありますまい。次にコンラッドに関してですが、近くにいることは間違いありません。よって誰か一人が街道に沿って先行し、先回りして挟み撃ちにするのがよろしいかと」


「そうするのが一番か……しかし思考能力が殆ど無くなっても、街道沿いに進むと言うのは妙なものだな」


「生きている時の記憶に引きずられると言われておりますな」


 クー・フーリンはそれを聞いて何かを思い出したのか、苦笑いを浮かべた後にそれを否定するようにゆっくりと首を振った。


「先行役、頼めるか」


「もとよりそのつもりでございます」


「ガビーにはお前から説明しておいてくれ。俺では納得するまい。しかし気になる……この街道を進んだ先にあるものを知っているか? ベルトラムよ」


「いいえ」


「ルーの神殿だ。コンラッドの奴め、生前に一体何を企んでいたのだ」


 吐き捨てるように言うと、クー・フーリンは汚らわしいものを見るような鋭い視線を海道の先に向ける。


「ベルトラムよ。何事も無ければ良いが、万が一にもルーの信徒に見つかった場合は余計な抵抗をせず捕まってくれ。今のお前では、そちらの方が良かろう」


「承知しました」



 そして二手に分かれた次の日、彼らはとうとう目標を発見する。



「キャアアア!」



 だがその発見の決め手となったのは、何かを見たと思われる女性の悲鳴だった。

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