表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/290

第139話 事態の裏地

 ヘプルクロシア王国の中心である王都ベイキングダム。


 その造りは名が示す通り、街を囲む城壁の後背に巨大な湖を背負った、難攻不落の名城である。


 また隣接する湖から王国の各所へと伸びる運河が作られ、その行きつく先で発展した村や町と経済や安全面で有機的に結びつくことで、ヘプルクロシアは近年稀にみる成長を遂げ、歴史あるテイレシアと同盟を結べるほどに国力をつけていた。



「ただ、冷涼な風土による食糧難だけは長年の懸念材料となっており、テイレシアと同盟を組んだ目的は関税の一部免除による食料確保が狙いとか?」


「さすが若様、良く勉強しておいでですな。しかしワシが実際に見たところでは、急速に成長した国家にありがちな文化や道徳面の脆弱さを、長い歴史を持つ我らが国と同盟を組んで学び取ることで、補おうとする狙いもあるかと」


「なるほどね。ところでエンツォ殿、なぜヘプルクロシアに?」


「先ほど説明したとおりでございますが」


 アルバトールは首を振ると、彼が成長した今でも見上げねばならないほどの巨体を持つエンツォを問いただす。


「いくら母上やエルザ司祭の願いと言っても、アリアが不調なだけでエンツォ殿たちをフォルセールから出す許可を陛下や父上が出すはずがないよ。たとえ出したとしても、ベルナール殿が……」


「お二人ともあっさりとお認めになりましたな。団長に至っては、率先してお二人に陳情なされたほどです。無論まだワシの口から説明していないことはございますが、さすがに街中で説明できる部類のものではありませぬ」


「判ったよ、どこなら説明できそうだい?」


「クラレンス王の私室にて」


 エンツォは見えてきた王宮の門を見つめてそう言うと、門を守る衛兵に軽く片手を上げて中に入っていき、アルバトールはエンツォが妙に親し気な様子であることを不思議に思いつつも、続いて中に入っていった。



(ん? あれはルーか? なぜ右腕だけ鎧を外してないんだ?)



 首を捻りつつエンツォの後について歩いていたアルバトールは、馬屋の前で馬番と話しているルーらしき男を見つける。


 その右腕は未だ戦場と同じ鎧を着けたままであり、その輝きに興味をそそられて思わず視線を向けるアルバトールだったが、そのせいでエンツォに置いていかれそうになった彼は、慌てて王宮の中に入ろうとする広い背中を追いかける。


 王宮の中に入ったアルバトールたちがクラレンスの部屋に向かう途中、なにやら身分の高そうな中年の男に二人は絡まれるが、エンツォがそれをうまくあしらった後は意外なほどにあっさりとクラレンスへの私室へ通されていた。


「なんで国王にこんなにあっさり会えるんだろう? 確かにクラレンス王が僕の知っている彼なら友人だけど、少し前まで敵だったんだし普通はもっと警戒するんじゃ?」


「……若様。クラレンス王は王位を継承した経緯が経緯だけに、この王国では微妙な立場にあるようです」


「微妙?」


 アルバトールがその言葉の意味を聞く前に、エンツォはクラレンスの私室の扉をノックし、中からの返答も聞かずに無造作に開ける。


 部屋の中から差し込んでくる陽の光の眩しさにアルバトールは一瞬だけ幻惑されるが、その光の向こうに複数の人物がいると気付くのにそう時間はかからなかった。


「アリアか。エレーヌ殿、エステル殿、それに……姫」


 そこにはフォルセールの懐かしい面々、そして彼がこのヘプルクロシアの土を踏む原因となった女性、アデライードがいた。


 だがその表情は。


「お久しぶりですアルバトール様。先に言っておきますが、私はもうテイレシアに戻りません。クラレンス王と結婚し、このヘプルクロシアに住まうことになるでしょう」


 アデライードがフォルセールに来てより、アルバトールがあまり見る機会が無かったその顔は、まるで彼女らしくも無い冷ややかなものだった。


「事情を。本気で帰らないと仰るか?」


 だが帰らないと言われて大人しく引き下がるようでは、子供の使いと一緒である。


 しかし食い下がるアルバトールに、アデライードは更に態度を硬いものとした。


「本気です。テイレシアとヘプルクロシア両国の絆をより強固なものとする為、また王都陥落の原因となった、テオドールの孫娘でも安全に暮らせるこの国に嫁ぎます」


「本音を言って下さい。姫が本気でそう思っているなら、未だにアリアやエンツォ殿たちがこの国に逗留しているわけがありません」


 そのアルバトールの追及を聞いた途端、アデライードは言葉を詰まらせた。


「今のが私の真意です。もうアルバトール様と話すことはありません」


 そして顔を伏せたままアデライードは部屋を出ていき、ワンピース姿から再びメイド服に戻っていたアリアが慌ててその後を追う。


「アルバ様。アデライード様を救ってくださいませ」


 ただそれだけを言い残し、二人の女性は部屋から姿を消した。



「すまない、ルーがいきなり私に謁見を求めてきて会わない訳には……何があったんだ? それに誰だ君は。え? アルバトール? いやいや……ホントに?」



 部屋の主であるクラレンスが戻ってきたのは、丁度そんな時だった。


 だが再会を喜び合う間もなく、二人の間に漂う空気は不穏なものと変化する。



「すまない、そうむくれないでくれアルバトール」


「むさ苦しくなったと言われたのは初めてだよ! 機嫌がいいわけ無いだろう!」


 どうやら会うなりクラレンスが失言をしたらしく、加えてアルバトールが先ほどのアデライードの一件でナイーブになっていたせいもあって、部屋の中にはなかなかにややこしい状況が作り上げられていた。


「だから謝ってるじゃないか。しつこい男は嫌われるぞ……っと、すまない、これも失言だったか」


「もういいよ! それよりアデライード姫を誘拐した事情の説明を! それとルーもいるのなら話をさせてくれ!」


 そんな中、ようやく自分がすべきことを思い出したのか、アルバトールはクラレンスからアデライードに関する情報を聞こうとする。


「もう居ないはずだ。それに話なら、君がここに来るまでに幾らでも機会があったんじゃないか?」


 しかし道中の事情を知らないために、逆に不思議そうに質問してくるクラレンスに、アルバトールはここまでのいきさつをかいつまんで説明した。


「なるほど、ダグザに止められたか。君は優しいのが長所であり短所でもある。相手の気持ちを尊重するあまり、目的の達成を延期させては機会を逃すぞ」


「逃したばかりだよ……それより、なんでルーは姫を誘拐したのさ」


「私と結婚させて両国の同盟を強化させる為らしい。それにテイレシアが陥落する原因となったテオドール公爵の頼みだとか言っていた。馬鹿げた話さ」


「誘拐して結婚させても国の仲は悪化するだけじゃないか。それに死んだテオドール公爵から頼まれて誘拐したなんて、まったく馬鹿げている」


 アルバトールが眉根を寄せ、嫌悪感を隠そうともせずにそう言うと、クラレンスはそれに同意して、話題をアルバトールとの再会を喜ぶものと、魔族との戦いのものにしようとする。



 だが、それを止める声があった。



「クラレンス王、話はまだ終わっておりませんぞ」


 クラレンスはそれを受け流し、アルバトールと話を続けようとするが、エンツォの厳しい顔とアルバトールの追及の声を無視できなくなった彼は、ついに根負けしたように両腕をあげて口を開いた。


「ルーは魔族に脅迫されている。協力しなければ次からの天魔大戦はヘプルクロシアでも起こされ、民は魔族の脅威に怯えて暮らすことになるだろう、と」


「なっ……!?」


 アルバトールは絶句する。


 魔族が暗躍していることは知っていたが、まさか国の中枢を巻き込んだ規模の物だとは思っていなかったのだ。


(バアル=ゼブルの軽さに惑わされていたな……失策だ)


 痛恨の念に包まれるアルバトールの横の人物から、再び詰問の声が飛ぶ。


「まだ言っていないことがありますな」


 厳しい顔をしたままのエンツォがクラレンスを睨み付けると、溜息をつきながらの話は続けられた。


「私の王の即位はルーから要請されたものだ。すべてが終われば二国間の同盟を守るため、二人で詰め腹を切ることになるだろう。姫の誘拐や兄上――先王を追い出して内乱を引き起こしたなど、起こった騒ぎはすべて我々二人が勝手にやったこととしてね」


「馬鹿な! なんだって君がそこまでしなくちゃならないんだ!」


「もう知っていると思うが、私は先王の……いや、先々王の庶子だ。母はルーの巫女で、栗色の髪を持つ大層美しい女性だったそうだ。その母上を先々王が強引に口説き落とし、還俗げんぞくさせて秘かに囲っていたらしいのだが」


 そこでクラレンスは、何かつらいことを振り切るように首を振る。


「しかし私が出来た途端に母は捨てられ、各地を流浪することとなった。そして私が産まれるやいなや、先々王は将来の禍根となる私に追っ手を差し向けたのだ。私自身は駆け付けたルーによって助けられたんだが、その時すでに母は殺されていた」


 クラレンスは右手を握りしめ、歯を軋ませ、自らの過去を語る。


「後は出自を嗅ぎ付けたブラッドリーと言う貴族に引き取られ、自己防衛の技修得と安全確保を兼ねてテイレシアへ留学した、と言うわけさ。判るだろう? 私はルーに、返そうとしても返せないほどの恩義があるんだ」


 うんざりとした表情で両手を上げ、溜息をつくクラレンスと同じようにアルバトールは溜息をつきつつ先ほどの意趣返しといった感じの助言をした。


「君は信義にあついのが長所であり、短所でもある。受けた恩や与えた屈辱を引け目に感じるあまり、相手の真意を見誤ってしまえば報恩は相手への重荷だぞ」


 そのアルバトールの返しに、クラレンスは苦笑いを浮かべて話を続けた。


「アデライード姫を誘拐したのは君を釣る為のエサ。アガートラームが君にモリガンを助けるように言ったのは、君を戦いに巻き込んで消耗させる為だ」


「アガートラームも脅迫されて?」


「らしい。彼も今この王都にいるから後で会ってくれ。実はそのアガートラームと二人で話している所を、アデライード姫に会いに来ていたエンツォ殿に聞かれてしまってね。そこで我々の企みがすべてバレてしまったと言うわけさ」


 クラレンスはエンツォの顔を見上げた後、アルバトールへ真摯しんしな表情を向ける。


「言っておくが、アデライード姫はこれらの事情は知らない。彼女は本気で私と結婚させられる為に誘拐されたと思っていて、海上封鎖を成功させる為に、魔族を打ち倒す一手の為に、自分の結婚は仕方がないことだと思い込んでいる」


 クラレンスがしばらくそこで口をつぐんだため、代わりにエンツォが重々しく口を開き、この事態を解決してほしいとアルバトールに具申する。


「つまり若様。これらを打開するにはここヘプルクロシアで暗躍する魔族を討伐し、その企みを明るみにすることが必要となります。天魔大戦はテイレシアのみで起こるから対応が出来るもの。これが他国まで及ぶとなると、とても対応しきれませぬ」


「だけどその肝心の魔族がどこにいるか判らないのでは、倒しようがない」


 部屋の中が沈黙に包まれそうになった時、一人の勇ましい声が上がる。



「判らないのであれば調べればいい。我々が追加で派遣されたのも何らかの思し召しであろう。悩む暇があれば体を動かせ。口を動かす時間があるなら手を動かせ」



 それは、珍しく今まで沈黙を保ったままだったエレーヌだった。


「それが出来ないのであれば、大人しくテイレシアに逃げ帰って姫を連れ戻せなかったと報告せよ。そうすればお三方がいい知恵を出してくれるだろう。もっともお前に魔族の暗躍を見過ごし、姫を置いて戻るという卑怯な真似ができるのなら、だが」


 アルバトールが騎士団に居た頃にいつも見ていた、見慣れた不敵な笑顔。


 すっかりと元に戻った美しい顔にアルバトールが安心すると、それを見たエンツォがエレーヌへ苦々し気な言葉を吐いた。


「そうは言うがの、魔族を簡単に探し当てられるなら天魔大戦であんなに苦労せんわい。何かあてがあるのかエレーヌ」


「無い! だが最初からあてを頼りにしてどうする! あてがないなら作ればよいだけの話ではないか? エンツォよ」


 挑発的な視線を向けるエレーヌを見たエンツォはうんざりとした顔となり、隣にいるエステルに助けを求める。


「そうですね~、とりあえずアガートラームさんに会いましょうか~。誘拐されていたヴァハさんも見つかったようですし~」


「うんむ、さすがはエステルじゃ。見よエレーヌ。人に動けと指図をするのなら、こうでなくてはいかんぞ。ハッハハ!」


 エンツォはその長いリーチを活かし、抗議の拳を振りかざすエレーヌの頭を押さえつけてその攻撃から逃れながら、豪快に笑ってアルバトールを見た。



 だがそこに慌ただしく部屋の扉がノックされ、急報が告げられる。


 それは旧神ルーがアデライードとアリアを連れ、自分の神殿に立て籠もったと言う知らせだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ