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第135話 降り積もる死

[調子はどうだい? バアル=ゼブル]


[ボチボチだ。こんなに楽をさせてもらっていいのかってくらいだな]


 アルバトールたちが命がけで戦っている草原から離れた小山の上では、のどかにピクニックを楽しんでいる、とでも言うような一組の男女が居た。


[それじゃボクは村に行ってくるよ。お祭りは派手にいかないとね]


 その女の方であるアスタロトが暗い笑みを浮かべつつ言った言葉に、男の方であるバアル=ゼブルは無言で手の平を振ることで見送りの挨拶とする。



[相変わらず平民ってのは大バカ野郎の集まりだな。この戦いに勝とうが負けようが、お前たちの生活が変わる訳じゃねえのに必死こいて仲間同士で殺し合いをしてやがる。先王が悪政をしたわけでも、現王が善政をする保証もねえってのによ]



――ま、それをさせてる俺たちが言えた義理じゃねえか――



 魔族側に立つ旧神バアル=ゼブル。


 彼が自らの考えに沈んで気を緩めたことで、先ほどまで戦場に留まっていた煙はモリガンに吹き飛ばされてしまうが、既に目的は達せられていた。


 旧神であるモリガンは無事に立っていたが、その周囲に居た騎兵たちはほぼ動かない状態になっていたのだ。


[煙による臓器損傷で死んだか、酸欠による意識不明ってとこか。たしか足手まといを作った方が敵にとっちゃ負担になるんだったな。悪く思うなよアルバトール]


 そしてその原因となる煙を作り出した歩兵たちもまた、ケルヌンノスの治療の甲斐も無くその殆どが黒い炭と化して動かなくなっていた。


 バアル=ゼブルが何の感情も表すことなく見下ろす戦場では、既に勝敗は存在しておらず、ただ万人に分け隔てない死という結末が静かに降り積もっていた。




「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待て! 二人懸かりとは良心が痛まんのか坊主!」


「そちらの申し出に則って戦っているのに痛むわけがないだろう! それよりどう言うことだあの戦い方は! 味方に点いた火を消さずにそのまま突撃させるなど、それが神のやることか!?」


「何を言っておる! そもそも火を点けたのはそっちではないか! それに戦いになれば何をどうしても人は死ぬ! 我々に出来るのはその被害を最小限に食い止め、決着をつけることだけだ!」


 アルバトールは、ダグザが振り下ろしてきた巨大なハンマーを剣で受け止め、怒りの感情のまま弾き返す。


 その先にはバヤールが待ち構えており、彼女は重々しい踏み込みと共に回し蹴りをダグザに叩き込んで地面にめり込ませる。


 そしてそのまま顔を踏みつけようとしたが、それに気づいたダグザは即座に地面を転がり、彼女と距離をとった。


「テイレシアの者はお上品な戦いをすると聞いておったのだが、野蛮そのものではないかまったく……仕方あるまい、少し本気をぶぽっ」



 アルバトールの方を向いて愚痴をこぼしていたダグザの後頭部に、バヤールが渾身の飛び膝蹴りをかましたことにより、旧神ダグザは地に沈んだ。



「やれやれ、倒すのにかなり時間をかけてしまったな。バヤール、トドメを刺してモリガンと合流しよう。今ならまだ助けられる者も居る……って、タフだな」


「トドメを刺すと言われては、起き上がらずばなるまいよ」


「確かにね」


 先ほどのバヤールの攻撃によって昏倒したはずのダグザは、倒れる前の倍に比する殺気を放ちながら立ち上がる。


 その頑丈さに一瞬だが気後れしてしまったアルバトールは、エルザに言われた一つの禁忌を思い出していた。


(魔族に属さぬ者に、聖天術は使ってはならない、か……神気を自在に操れるメタトロンは例外ってことなんだろうな)


 王都でメタトロンが発動させた聖天術の変形型、アポカリプスの光景を思い出しながら、アルバトールはバヤールへ命を下す。


「バヤール、今すぐモリガンと合流して煙に巻かれた味方を救出し、それが終わればモリガンと共にこちらに合流を。正直な所、今の僕に君をサポートできる自信は無い」


「我が主、それなら今すぐモリガンを呼んで合流してダグザを倒した方が」


「兵が壊滅状態に陥って放心したモリガンと、今の君が合流したところで足手まといだ。判ったらすぐに行け! 負傷した者たちには、心と体を支えてくれる揺るぎない存在が必要だ!」



 バヤールはそこで一瞬だけアルバトールの顔を盗み見ると、すぐに馬の姿に戻って穴を飛び越えようとするが、ダグザが穴の方を向いた途端に何かの予感を感じたのか、彼女は穴を迂回する遠回りのルートを選択し、モリガンの方へと向かった。



「賢明だな」


 ダグザはハンマーを地面におろして柄の上で腕を組み、静かに息を吸う。


「強敵と戦う時は誰かの手を借りることが当たり前だと習っていたし、先ほどまで僕自身もそう思ってたんだけどね」


 それを見たアルバトールは、炎の剣を持つ右手でゆっくりと自分を包むように円を描き、炎の輪で自らの周りを囲った。


 次の瞬間アルバトールの周囲の地面から数十の土の槍が突き出で、だがそのすべてが彼の持つ炎の剣で描かれた輪に触れた瞬間、塵と化す。


「でもどうやら僕の性格だと、危険が迫った味方を捨て石にして敵に致命傷を与えるような真似は出来ないようだ。……君たちと違ってね」



 アルバトールは冷たい目でダグザに告げた。


 戦いで敵に情けを持つことの危険性を知っていて、なお彼は民衆を犠牲にするルーの戦術を許せなかったのだ。



「ふん。許しを請いたいわけでは無いが、我々が民衆を捨て石とするような恥知らず。などと思われたままでは少々腹に据えかねるので言わせてもらうとな、俺様が率いていた歩兵はすべて死刑囚、あるいは道端で死にかけていた流民たちだ」


「だから?」


「身内に罪を及ぼさぬことを条件として、または郷里に居る親兄弟に十分な補償をすることを条件として、彼らは我らの勝利の礎となるべく進んで参戦したのだ。その彼らの意思を軽んじ、遺志を侮辱する捨て石などという呼び方はこの俺様が許さん」


「口は重宝だな。彼らを犠牲とせずとも、戦いを職業とする者たちをその役に任じれば良かっただけではないか」


 ダグザは馬鹿にするように口を捻じ曲げ、アルバトールに答えた。


「罪人に施す食事が無限に湧き出でることは無い。流民に配給する食事もな」



 話はこれまで。



 そう言わんばかりにダグザはハンマーを再び両手で構え、アルバトールに突っ込む。


「寒冷な我が国は、温暖なテイレシアと違って食料が豊富にあるわけでは無い! 持てる者の傲慢な価値観をそのまま我らに押し付けようとは、片腹痛いわ!」


「だからこそ我が国と同盟を組んでいるのではないのか! 自国で作った毛織物や、異国から得た品々とテイレシアの食料を安く取引する為に!」


 ダグザが振り下ろしてきたハンマーの一撃を、アルバトールは半身になってギリギリで避け、そのままダグザの懐の内に踏み込もうとするが、ダグザは素早く柄の部分でアルバトールの身体を押し戻し、巨木のような足で蹴りつけて吹き飛ばす。


「それが行き渡るのであればな。だが人が増えれば、我らや王の目が行き届かないところが増え、そこに巣食う者や迷い込む者が出てくる。光の届かぬ場所、闇と言う名の悪意の吹き溜まりに」


 口に広がる鉄さびの味と、その粘つく感触にアルバトールは多少の感情のざわつきを感じ、唾ごと口に溜まった血を吐き捨てる。


「だから使い捨てたと言うわけか。ただ一度きりの人生を、ただ一つの有効な使い道と囁いて」


「小僧も人のことは言えんぞ。力不足の神馬を逃がすのが目的とは言え、小僧があの神馬を守る役を放棄し、神馬に小僧を守る役を放棄させたことに変わりはない。あの神馬、今頃は見捨てられたと言う虚しさに全身をかきむしりたい気持ちになっておろう」


 アルバトールの心を掻き乱そうとするダグザの卑劣な言葉。



「断言してもいいが、それは無い」



 それを清々しいと言っていいほどの笑顔で、アルバトールはダグザへ答えていた。


「バヤールは強い。バヤールは迷わない。バヤールは止まること無く、誰よりも早く駆け抜ける。いつでも彼女は真っ直ぐに僕を見据え、何の気兼ねなく僕に進言するのだ。そのバヤールが黙って命令に従ったのだから、彼女を心配する理由は皆無だ」



 その答えを聞き、ダグザは感心したように唸りをあげ、そしてハンマーを右手で軽々と振り回し始めると最初に会った時のように軽々と肩に担ぎ、左手で手招きをする。



「来い、小僧。今からこのダグザの偉大さを骨身に染みさせてやろう」


「ではこちらは、君を骨ひとつ残さず灰にしてやろう」


 アルバトールは炎の剣を鞘に戻し、自由になった右手を突き出す。


「フラム=フォレ」



 アルバトールの声と共に数十の炎の竜巻が彼とダグザを囲み、それを見たダグザが攻撃をするべくハンマーを振りかざした時だった。



 信じられない光景が小山の向こう、ウォルヴァーン村の方角に発生し、いくつかの歪みを経た後に彼らへ向かってくる。


 天を貫くかと思わんばかりの光量、草木を一瞬にして燃やし尽くす圧倒的な熱、民家を高々と持ち上げる力を秘めた風。


 それはウォルヴァーン村を一瞬にして壊滅に追い込んだ、爆発の余波だった。



「何だこいつは!?」


「先ほどタンマと言ったなダグザ! こちらに付き合わせるようで悪いが、これをやり過ごすまで有効とさせてもらうぞ!」



 アルバトールは爆風の向きを変えようと、フラム=フォレを前方に集中させる。


 だがウォルヴァーン村から戦場まで数キロメートルはあろうかと言うのに、その爆風の威力は衰えること無く戦場に居るすべての者を吹き飛ばそうとしていた。



「こ……の……術者の意思も乗っていない、オマケは引っ込んでいろ!」



 ついにアルバトールが爆風を退け、背中の友軍へ向かうのを防いだ時。


「ダグザ?」


 彼は周りに誰もいないことに気が付く。



「ダグザめ……してやられたのか、それとも見逃して貰えたのか。だが、この状況はこちらにとってもありがたい。今のうちに兵の手当をして、しかる後にクー・フーリンに合流せねば、あちらの戦況も芳しくなさそうだ」



 そう独り言を言うと、アルバトールは飛行術を使い、バヤールたちと合流する。


 しかし兵たちは殆ど全滅と言っていい状態で、損失率は実に七割を超えていた。


 更にはその残った三割もひどい火傷を負っており、次々に水を求めては息絶えていったのだった。



「すまない……ケルヌンノスの無謀な戦術で、法術が使えないんだ」


 モリガンが暗黒魔術で回復しようとしたものの、闇の力に頼るのを潔しとしない騎士たちはそれを拒否し、誇りある死と言う自殺を選んでいく。



「念話による連絡も出来ない状態か。こちらの全滅をクー・フーリンは知っていると思うか? モリガン」


「いいえ。先ほどこちらが後退しながら矢を撃っていたのに対し、彼の左翼はルーを追ってウォルヴァーン村の方角へ向かっていましたから、知らないでしょう」


「……バヤール、自陣に戻って救援を求めてくれ。モリガンはここで兵たちに出来るだけの癒しをしながら待機。もし敵の別動隊が来た時は……一人だけでも戻るように。これは命令だ」


 一人の騎士のそばに膝をつき、息を引き取るのを見とったアルバトールは、静かな怒りを秘めた表情で立ち上がり、ウォルヴァーン村の方角を向く。


「貴方はどうするのですか? アルバトール」


「聖霊の歪みを是正しながらクー・フーリンを追う。この状況を打破するために、彼に合流しなければ」



 三人がそれぞれの役を務めようと動き出した頃。


 クー・フーリンは目の前に広がる無残な光景にやり場のない怒りを漲らせ、その身を焦がしていた。



「なぜウォルヴァーン村を壊滅させる必要があった……! これも策と言うのか!」


 クー・フーリンは天を仰ぎ、怒りを声と化し、姿の見えぬ敵に呪詛を飛ばす。


「だとしたら……! 民を策の道具としか見ぬお前を! 俺は決して許さん!」



 戦いが始まって数時間。


 戦いによって引き起こされた惨事と、クー・フーリンの怒りを隠そうとするかのように周囲は闇が覆いはじめる。


「全軍! ルーの陣に向け……」


 誰にもどうすることも出来ない、その自然現象をすら許さぬと言わんばかりに、これから敵を追いかけて民を虐殺した罪を白日の下に晒さんとするクー・フーリン。


 しかしその彼をしてその場に押し留める叫びが、空から地上に向けてとどろく。


「クー・フーリン殿! アルバトール火急の要件につき、申し上げたきことがある!」



 そして、アルバトールとクー・フーリンは合流した。


 その周囲に散らばる、敵味方が入り混じった数えきれぬほどの死体の中で。

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