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第130話 見えざる刃

「ち、違います! 私はリチャード陛下の暗殺などという大それたことを企んではおりません! 不幸に見舞われがちなモリガン様の御身辺をお守りしようとして……」


「ほう、モリガンの信徒は警護するのに毒を塗った武器を必要とするのか?」



 降ってわいた。


 それ以外に何と言えば良かったのだろうか。



 アルバトールの周辺を除き、和やかに進行していたはずの晩餐会を、一気に殺伐とした雰囲気に変えたクー・フーリンの報告。


 王を暗殺しようとした者を捕えたという、その内容だけでも十分に驚くべきものであったのに、それ以上の驚愕が彼らを襲うことになろうとは。



 暗殺者の名前はコンラッド。



 旧神モリガンの神官であるだけではなく、同盟国である聖テイレシア王国の一領地、フォルセール領を治めるトール家の嫡男かつ智天使でもあるアルバトールの仲間。


 それらの項目を頭の中でずらずらと並べ立てた宴の列席者すべてが、目の前で起こった事件を受け入れられずに驚愕の声を上げた。



「ど、毒……? コンラッド、嘘ですよね! 貴方が、貴方がまさか暗殺など!」


 自らを信奉する神官が、知らない間に王の暗殺と言う凶行に及ぼうとした。


 モリガンはいきなり突き付けられた事実に気が動転し、それを見たアルバトールは何とか擁護できないものかと考えを巡らす。


 しかしすぐに妙案が思いつかなかった彼は、仕方なく一歩進み出でることで周囲の耳目を集め、それからゆっくりと視線を合わせることで時間を稼ぐ。


 だがそれにも限界はあった。



「クー・フーリン殿、コンラッドがどこに潜んで居たのか教えてもらいたい」


「庭の植え込みの中だ。王が庭を散策されるのを待っていたのだろう」



 次にアルバトールは、この状況を打開する為のカギを質問しながら探すことにする。


 その標的となったクー・フーリンは、アルバトールがとりあえず手探りで放った質問を聞かされ、不愉快そうに片眉を跳ね上げて答えた。


「なるほど、リチャード王は庭を散策されるのがお好きか」


 アルバトールに話を振られたリチャードは頷き、食事後の運動を兼ねて庭を歩く習慣があると答えるが、その場合は護衛がつくのが常であると付け加え、一人しかいないコンラッドをじっと見つめて暗殺者は一人だけであったのかとクー・フーリンに問う。


 クー・フーリンは庭に感じた気配は一人だけと説明し、更に補足の説明をしたのだが、それは明らかに蛇足と言うものであった。


「手練れのものが毒を使えば、一人で護衛を打ち倒すなど造作も無いこと……」



 そこに一つの隙を見つけたアルバトールは、即座にクー・フーリンの話に割って入り、且つ彼を逆上させる一言を彼の胸に突き付ける。



「王には暗殺の危険が常に伴うもの。暗殺者の襲撃を護衛が止められないと知っておきながら、それを放置していたクー・フーリン殿の責任は重い。後でゆっくりとその詳細をお聞かせ願おうか」


「余所者が暗殺者を庇いだてするばかりか、このクー・フーリンを裁くまでするか! この恥辱、貴様の胸にゲイボルグを突き立てるまで決して忘れるまいぞ!」


「僕はアガートラームから、モリガンに助力してくれと頼まれている。かつての君たちの指導者にだ。従って僕がモリガンの神官であるコンラッドを擁護することに不思議は無く、また姫奪還のために助力を乞うた王の身を案ずるのは至極当然」


 アガートラームの名が出ると同時に、周囲からどよめきが湧く。


 アルバトールが行ったけん責と、そのけん責に権威を着けるアガートラームの名が出たことで、クー・フーリンはへたに反論が出来なくなって言葉を詰まらせ、その様子を見たアルバトールは、静かにコンラッドの近くに歩み寄っていった。


(これでしばらくの間、奴がいらぬ口を挟むことは無いはず。その間にコンラッドの無実を証明しなければ)


 縛り上げられ、芋虫のような格好になって地面に転がされているコンラッドに近づくと、アルバトールはいくつかの質問を始めた。



「毒を塗った武器と言ったが、それはどこにある? どこから毒を入手した?」


「私は何も知りません! 毒と言っても、知らない間に鞘についていただけです! 剣の方はいきなり襲い掛かってきたクー・フーリン様に弾き飛ばされて……」


「ふん、剣はこの暗さ故にどこに行ったかは判らんが、鞘の方はこちらに持ってきている。俺が見たところ、毒の種類はトリカブトだな」



(解毒が必要な訳でも無いのに、わざわざ毒の種類まで言及する、か。疑い始めればキリがないが、さて、落としどころはどこだ。こちらもコンラッドについて無条件に信じられる物証がある訳でも無し、何かうやむやに出来そうな物があれば)



 アルバトールはクー・フーリンから鞘を受け取り、その詳細を見る。


 端にはぬらりとした粘液がついており、それは中の方まで続いていた。


 そこまで見た時アルバトールの背後にベルトラムが近づき、主人である彼のみではなく、周囲の者たちに聞こえるか聞こえないか程度の声で囁いた。


「アルバ様。トリカブトを使うとなれば、毒液を保持する為の溝を剣身に掘った、専用の剣が必要となりますな」


「……ああ、そう言えば王都で会った盗賊ギルドの長、コランタンもそう話してたかな。でも探そうにも外は暗いし、探索は明日になってからの方がいいかもしれないね」


 実はこの時、アルバトールはベルトラムの話した内容に心当たりは無かった。


 だが思う所はあった彼は、王都に潜入したことで格段に腕が上がった演技力で即興の小芝居を始め、クー・フーリンだけではなく、広間中に響き渡る朗々とした声で一つの提案をした。


「と言う訳でクー・フーリン殿。明日このコンラッドの立ち合いの元に、改めて剣を探すことにしないか? それとそれまでの身の安全を確保する為に、彼の身柄はこちらで預からせてもらうよ」


「……お前たちが暗殺の生き証人であるそやつを消さないと言う保証がどこにある」


「そちらも今のうちに暗殺専用の剣を用意しておいた方がいいんじゃないか? 最も用意できたとしても、明け方までにそれをコンラッドに持たせて、彼の所持品だったと決定づける証拠。つまり匂い、汗、皮脂などを着ける必要があるけどね」


「貴様! この俺が証拠を偽造するとでも言いたいのか!」



 お互いに睨み合いを始める中、まさに一触即発の雰囲気を破ったのは昼間と同じくリチャードの一喝であった。



「いい加減にせんか二人とも! 出陣の前に仲間割れをしてどうする!」



 その一喝に対し、不服気な表情を浮かべたクー・フーリンにリチャードが歩み寄り、更なる叱責をする。


「出陣前に味方の血を見るは不吉。この男を取り調べるのはこのたびのいくさが終わってからでも良かろう」


 クー・フーリンが渋々その意見を受け入れたのを見たリチャードは、今度はアルバトールの方を向いて渋面を作る。


「アルバトール殿、この暗殺騒ぎ自体が我々の結束にヒビを入れる罠かもしれん。よってこの男の身柄は私直属の近衛隊で預からせてもらい、詳細な取り調べはルーとの戦いが終わった後にしたいが、それで良いか?」


「法に基づく公正な裁きが下されるのであれば、こちらに何も不満はございませぬ」


 二人が納得したのを受け、リチャードは宴の余興はこれまでと周囲に申し渡し、ぎこちないながらも宴は再開された。



 決して小さくは無いしこりを残して。



 そして明くる日の朝。


 クー・フーリンとコンラッドの証言を基に、庭で剣の探索が始まる。


 だが不思議なことに、剣身に溝が入った専用の剣どころか普通の形状をした剣の一本すら庭で見つかることは無く、そしてその結果に誰一人疑問を呈することも、不満を口にすることも無かったのである。




「ふー、やれやれ。剣が見つからなくて一安心って所だね」


 剣の探索の立ち合いが終わった後、部屋に戻るなりアルバトールはそう言ってソファに身を投げ出し、肩に手を当てて凝った体を解きほぐす。


 しかし部屋で帰りを待っていたガビーは、その気を緩めた姿を見てたちまち不満げな顔となり、アルバトールへヒステリックな声をあげた。


「何で良かったのよ! あの鼻高々野郎の鼻っ柱を複雑怪奇骨折とかそれっぽい名称に変えてやれるチャンスだったのに!」


「ガビーって時々品性どころか知性に欠ける発言をするよね……ごめんごめん、冗談だから叩かないでくれよ」


 やたらめったら両腕を振り回してくるガビーを片手で押しやると、アルバトールはベルトラムにお茶を淹れるように頼む。


「まぁお茶を飲んで落ち着いて……いたたたた! 噛みつくな!」


 ベルトラムは主人であるアルバトールにお茶を出すと、猫のような威嚇の声を出しているガビーの前にもカップを置き、安らかな匂いをさせる薄赤茶色の液体であるところの紅茶を、優しくポットから注いでいく。


「落ち着きのない子には砂糖無しです」


 そして爽やかな笑顔と共にそう告げると、ベルトラムはガビーに背を向けて彼女の謝罪を無視し、アルバトールへはレモンのしぼり汁と蜂蜜を混ぜた物を差し出した。



「紅茶の香りが一層際立つそうでございます。しかし先ほどのガビーではございませんが、なぜ剣が見つからないことで安心なさったのでございますか?」


「剣が見つかれば、どちらかが悪者になっちゃうからね。いみじくも昨日のリチャード王が言った通り、出陣前に離反の疑惑が確定に変わるのは良くない」


「少人数で行われる戦闘と違って、多人数が入り乱れる戦争は面倒が増えますな」


「まったくさ。ところで、本当にトリカブトを塗る暗殺用の剣には溝があるのかい?」


 アルバトールは蜂蜜をカップの中の紅茶に入れながらベルトラムに問うが、質問された方はにこりと笑うだけで何も答えようとはしない。


「まぁ君が答えたくないならそれでいいけど……しかしこの世に存在しない物を物証にされては、有罪の人も無罪になるだろうね」



 それでも顔色一つ変えないベルトラムを見てアルバトールはやれやれと呟くと、ここヘプルクロシアに来る時から感じていた妙な違和感について、彼なりに考えをまとめることとする。


 なぜなら彼が天使になってからこれまでに戦ってきた相手は、常に真正面から戦いを挑んでくる者ばかりであり、今回のように自らの姿を見せず、自分の手駒を使って策謀を仕掛けてくるような相手は初めてだったからだ。


(……いや、似たような戦い方を仕掛けてくる敵は居た。堕天使ジョーカー)


 だがジョーカーは策謀を仕掛けるにも、早々に自分の姿を見せていた(実際には見つかってしまっていたのだが)他の者を利用するにしてもそれはあくまで脇役であって、主役は常に自分であった。



(堕天使アスタロト。一体このヘプルクロシアで何を為そうとしているんだ)



 常に他者の影に潜み、自らの手を汚さないように他者の手で策謀の絵図を書かせ、敵を刺す刃物を持つにも他者を使い、自らはその上に手を添えるだけ。


「嫌な敵だな」


「は? 何か仰られましたかアルバ様」


「いや、何でもないよ」



 考えが口に出たことに気付き、慌ててその場を誤魔化したアルバトールは、午後からの軍議に参加する予定を思い出して会戦予定の地形に関する資料を開く。



(相手は数は多いが、その多くが農民から志願したもの、か……)


 今朝の検分の後、クー・フーリンから資料を手渡された時に告げられた言葉が、アルバトールの頭の中で木霊する。



(農民とは言え武器を持った志願兵。武器を持った志願兵とは言え農民)



 果たしてこの戦いに正義はあるのか。



 ――いや、正義どころか、意義すら無いのではないか――



 アルバトールは悩みながらも資料に描かれた起伏の少ない地形を睨みつけ、騎兵に向いた地形であり、徒歩である農民たちを打ち破るは容易いとの感想を持ち、更にそれを思い付いた自分を自己嫌悪するのだった。

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