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第129話 見えない意匠

 夕方、天からあまねく世を照らしていた陽が西の空に沈むと、入れ替わるように人工の灯が天井から建物の内側とその周囲のみを照らしだす。


 か細い炎の光を集中、分散させる角度を正確に測って加工された、華美なるガラスたちの結晶とも言えるシャンデリアは、光源であるロウソクの僅かな光を巧みに部屋中に分散させ、そこに集った人々の食事や会話をするのに十分な手助けとなっていた。



 例えばこのように。



「確かにガビーの言う通り、魔術の光の方がよっぽど明るいよ。けど目に突き刺さるように感じられる激しい光には、風情ってものが無いからね」


「しかしアルバ様。不便と言う評価を風情と言う表現に変えても、その本質が変わる訳では無いように思えますが」


「あーもう! ベルトラムはちょっと黙ってて!」



 人の間を縫うように置かれた数々の円卓と、その上に置かれた様々な異国の料理。


 それらに目を輝かせている一人の少女と、その保護者に見える二人の青年の間で繰り広げられている会話の議題を提供できたことを誇りとして踏ん反り返るように、蝋燭の炎は揺らめきながら辺りを照らす。


 そして先ほどベルトラムにやり込められたことにより、口を尖らせてしまったアルバトールの隣では、微笑みを浮かべたモリガンが複数の貴族と話を交わし、更にその向こうでは先王リチャードが、厳しい顔をした側近と見られる者たちと話しこんでいた。



「それにしても、貴婦人たちを除いて見ても二十人はいるな……主だった顔だけでこれだけの人数が居ると言うことは」


僭称王せんしょうおうクラレンス、及び蛮神ばんしんルーとの戦いが近い、と言うことだ」


 いきなり背後からかけられた声にアルバトールは驚き、危うく杯の中身をこぼしそうになりながらも、何とか平然とした様子でその声の持ち主の方へ振り向く。


「クー・フーリンか。貴方のような重要人物が僕の所に居ていいのか?」


 敵意剥き出しのアルバトールの視線をクー・フーリンは鼻で笑いとばすと、心配そうに彼らの方を見るモリガンと貴族たちを無視し、アルバトールの傍に立つベルトラムの方を向いて仰々しく驚く。


「これは驚いた。今日の昼にゲイボルグの一撃を受けたばかりの者が、夕刻からの宴に参加できるほどまでに体力が回復していようとはな」


 あざけっているようにしか見えないクー・フーリンの賞讃に対し、ベルトラムは微笑を浮かべて頭を下げ、慇懃いんぎんに返答をする。


「あれから恐れ多くもリチャード王の典医である、ディアン・ケヒト様に直々に診て頂くことができまして。お陰様でゲイボルグに打たれる前より体の調子が良く感じられるほどでございます」


「ディアン・ケヒトか。なるほど、あの老いぼれもまだ使い道があったようだな。孫を手なずけることも出来ぬ……おっと、少しばかり用事が出来たようだ。また後で会おうアルバトール殿。……それとそちらの銀髪の男、名は?」


「ベルトラムでございます」


 クー・フーリンはベルトラムを見ると、しばらくその場に立ちすくむ。


「クー・フーリン殿、用事が出来たのではなかったのか?」


 その様子に不穏な物を感じたアルバトールが横から声をかけると、その時初めて存在に気が付いたとでもいうように、クー・フーリンは目を見開いたままアルバトールの方を向き、そしてその足元から睨み付けてくるガビーに冷ややかな視線を送る。


「ベルトラムか、覚えておこう」


 去り際にアルバトールたちに向けてそう冷たく言い放つと、クー・フーリンはシャンデリアの光が届かぬ庭の闇へと歩を進め、その姿を消す。


 闇に消える直前に、その右手にゲイボルグを顕現させながら。



「問答無用で殺そうとした相手に、謝罪しないどころか何よあの態度は! モリガン! なんであんな男に惚……ホーッホッホッホォ!?」


 さすがに懲りたのか。


 クー・フーリンの姿が見えなくなってからガビーは毒づき、直後に背後に忍び寄ったモリガンから脇をくすぐられ、発言の後半を意味不明な笑い声にさせられる。


 そしてガビーが笑い疲れて荒い息しか吐けなくなった後、脇の下を笑顔でくすぐっていたモリガンが立ち上がり、寂し気な顔で説明を始めた。


「ガビー。彼も昔はあんな人ではありませんでした。誰にでも礼儀正しく接し、傲岸不遜に接するのは私だけだったのです……そう、私だけ……うふふ」


 顔を赤らめ、しばらく体をくねくねさせた後にモリガンは周囲の視線に気づき、咳払いを一つする。


「それでも何度も彼に襲いかかり、呪いまでかけた私が傷を負った時にはすぐに癒してくれた。そんな優しさと強さを兼ね備えた偉丈夫だったのに」


 その言いように、アルバトールはクー・フーリンとモリガンの間にまつわる血生臭い言い伝えを思い出し、慰めるべきか首を捻るが、恋する戦乙女に何を言っても無駄と気付いた彼は、背筋をつたう悪寒から逃れるべく何とか話題を切り替えようとする。


「まるで抜き身の剣のようだ。触れるものすべてを傷つけるような」


「そんなことはありません! 彼は優しいから無暗に人を傷つけるような真似は絶対にしません!」


「ええっ!? だってさっき私の傷って!」


「ひどいです! 二人の初の共同作業を傷だなんて!」


「そりゃ共同作業と言えなくはないけども!」



 だが、どうやらそれは藪蛇のようだった。


 モリガンに詰め寄られ、長々とした説教を辟易しながら聞く羽目になったアルバトールは、助けを求めるように周囲にいる仲間や貴族たちに慌ただしく視線を向ける。


 そうこうしていると、騒ぎを聞きつけたのかリチャードが近づいてくることに気付いたアルバトールは、すぐさま視線で必死に合図を送り始める。


 するとその苦労が実ったのか、リチャードはまっすぐにアルバトールの元へ足を運び、最初に会った時のような柔らかい笑顔を向けた。



「話が弾んでいるようだな。さて、わざわざ私を呼び止めたと言うことは、昼間の件に関して何か申し立てしたいことでもあるのかな?」


「無いですが有ります」


「……有るのか無いのかはっきりしてから呼び止めて欲しいものだが」


 あやふやなアルバトールの答えに、リチャードは困惑と苛立ちが入り混じったような返答をする。


 その時アルバトールに隠れてリチャードが見えなかったのか、無視されたと思ったモリガンがこちらは怒りを露わにアルバトールへ声をかけていた。


「逃げるつもりですかアルバトール! あ、あら。これはリチャード王……ご機嫌麗しゅう存じ上げます」


「……なるほど、有るようだ。モリガン、すまないが少し席を外して貰えるか?」


「うう、判りました」



 恨めしそうにこちらを見ながら離れていくモリガンを、苦笑しながら見送るリチャードに礼を言い、アルバトールは助けてくれた恩人の服装を見て感嘆する。


 謁見の時の絢爛な王装束とは打って変わり、華美な飾りをあえて避けているような白を基調とした上下に、王と言うことをかろうじて周囲に示せる程度の額冠。


 腰に下げている宝剣クルタナは鞘に入っている今は剣身が見えないが、慈悲の剣と言われるように切っ先は欠けて人を傷つけられないようになっており、法術では癒せない傷すら治すと言う。


(質実剛健か……しかしジョワユーズと同じく、王の証であるクルタナをリチャード王が持っていると言うことは、クラレンスは王では無い?)


 アルバトールが腰のクルタナをまじまじと見つめていることに気付いたリチャードは、やらんぞとばかりに柄を押さえ、アルバトールに話があると切り出す。


「話と言うのは、弟クラレンスのことだ。未だに私はあやつが裏切ったとは到底思えん。テイレシアに行ってからあやつは変わった。人を信じるようになり、上を立て、下をいたわり、同輩に対しては気さくに付き合うようになって戻ってきたのだ」


「確かに会ったばかりの頃の彼は、周囲の者すべてを敵と見なしていたような感じでしたね……お、王!? おやめ下さい! このような衆目の前で!」


 アルバトールが気付いた時には、リチャードは頭を既に下げていた。


「人以上の存在に対し、また弟の恩人に対して頭を下げることの何がおかしいものか。クラレンスはいつもお主のことを話していた。いつか俺もあのような立派な信念を持つ騎士になるのだとな。弟が変われたのはお主のお陰だアルバトール」


「い、いえ、その、私も彼のお陰で人として一回り大きくなれましたから、お互いに……そう、高めあう良い友人でしたから、礼を言われるには及びません」


 顔を赤らめ、慌ててその場を取り繕うアルバトールを見たリチャードは、年相応な若者の態度をとる目の前の高位天使を見て温かい笑顔を再び浮かべ、そしてすぐに深刻な顔へと戻った。


「話はまだあってな、クラレンスが裏切った理由についてだ。私の王の所作に問題があるならそれを指摘すればいいこと。王になりたいと言うのであれば別問題だが、あやつは王を支える騎士になりたいと常々言っていたのでそれも考えにくい」


「確かに……彼は現実の富や権力より、理想の生き方を取るような印象があります」


 プライドが高いんだよなぁ……と兄であるリチャードに言う訳にもいかず、アルバトールは内心で溜息をついた。


「この状況ではテイレシアに援軍を出すこともできん。クラレンスとてそんなことは望んでいないであろうに、実際にはこの有様だ。何か腑に落ちない物を感じて色々と画策はしているのだが……まったく兄弟喧嘩に巻き込まれる民はいい迷惑だな」


「微力ながら、今回の争いが一刻も早く解決に向かうよう努力いたします」


 頼もしく言い切るアルバトールを見て、リチャードは期待していると返し、話は終わったのか背中を向けて、その場を後にしようとする。


「出来れば争いが起こる前に何とかしたかったのだが、骨肉相()むか」


 そして寂しそうな呟きを残し、リチャードは自らの席へと戻って行った。




 その頃庭に消えたクー・フーリンは、一人の男と会っていた。


「なるほど、しかし奴らがこれほど早く来るとは思わなかった。計画ではルーと戦端が開かれる前後で合流するはずではなかったのか? 王と奴らが険悪になるように仲間の一人を瀕死に追い込んだが、効果があるかどうかは判らんぞコンラッド」


「申し訳ございませんクー・フーリン様。魔族に味方する者が身内から出たと聞けば、厳格を旨とするメタトロンが激怒して探索に時間を費やすと思い、アガートラームを利用したのですが奴めついぞ出てきませんで」


 庭の片隅で彼と話していたのは、何とレクサールでアルバトールたちに同行することとなったコンラッドだった。


「言い訳はいい。それにお前如きの力では見抜けなかっただろうしな」


「と、申しますと?」


「メタトロンは確かにあの若い天使の中に潜んでいる。だが俺の見立てではその力は弱々しく、干からびかけたカエルのようなものだった。恐らく何らかの原因で、奴は力を使い切ったのであろう」


 クー・フーリンは嘲笑し、コンラッドに他に伝言は無いか聞く。


「アスタロト様からの指示は、私がリチャードを暗殺しようとした、ということにしろとのものでした」


「悪辣だな。だが確かにそれなら王はともかく、天使に取り入ろうとしている貴族共の奴らへの信用は地に落ちよう」


「しかしよろしいのですか? 父君であるルー神と戦うことになっても」


 含み笑いをするクー・フーリンに、コンラッドが昏い笑みを浮かべながら告げると、クー・フーリンはそれがどうした、とばかりに事もなげに返答する。


「仕方あるまい。言っておくが、苦渋の決断と言う奴だぞ? ルーにはあの時の借りを返さなければならんからな。それではそろそろ行くか。宴には余興が必要だ」


「仰せのままに」



 そして二人は宴が開かれている会場へと向かった。



「おお、クー・フーリン様が戻られたぞ」


 夜空に浮かぶ月を見ていたと思われる貴族の一人がそう言うと、程なく闇の中からクー・フーリンが一人の男を引きずりながら姿を現し、リチャードへ頭を下げる。


「不審者をひっ捕らえました。どうやら王を暗殺しようと庭に潜んでいたようでございます」


「そうか、警備の任から退いて久しいと言うのにその用心深さ。称賛に値するぞクー・フーリン。その連れている者が私を暗殺しようとした者か?」


「然様でございます。面を上げい、この不届き者が」



 クー・フーリンが足元に倒れこんでいた不審者の髪の毛を掴み、乱暴に引きずり起こすと同時にモリガンが悲鳴を上げた。



「コ、コンラッド!?」



 そこにはレクサールで衛兵たちの隊長とモリガンの神官を務めている、そしてアルバトールたちの仲間に最近なったばかりの、コンラッドの顔があった。

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