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第123話 流言飛言

 ローレ・ライを出発したアルバトールたちはそこから西へと向かい、フィルフォート、ウィンチェストの町を経て、ウォースター村で王国の混乱に乗じて近隣を荒らしていた盗賊たちを一掃する。


 その後は北にあるシュルツ谷を抜け、ウィッチエント村で王国の現状を古い伝説にある巨大な二頭の龍の話に例える老婆と会った彼らは、とうとうチェレスタの目と鼻の先にある町、レクサールへと到着していた。



「ここがレクサールか。何か耳寄りな情報が手に入るといいね」


 石畳が敷かれたレクサールの中央通りに並ぶ露店や店。


 そこから飛んでくる活気のある声に耳を傾けたアルバトールは、隣を歩くベルトラムに同意を求めるが、戻ってきた返答は彼の考えていた内容とはまるで別の物だった。


「そういえば、ウォースターでは実に興味深い話を聞けましたな……あのようなソースはテイレシアでも味わったことがありませんでした」


「それはそうなんだけど、それ旅の目的にまるで関係ないからね」


 やや不機嫌そうに半眼になって見つめるアルバトール。


 その彼の執事であるところのベルトラムは、事もなげな表情で言葉を返した。


「古今東西、英雄の気を引くものは美女と美食と相場が決まっておりますが?」


「え……それはまぁ、クー・フーリンに会いに行く……いや、えーと?」


「アルバ様に納得していただけたようで何よりでございます」


 ベルトラムの言に反論しようとし、だが結局果たせなかったアルバトールは、得心がいかないと言った表情で首を傾げる。


 そんな主の困惑した顔を見たベルトラムは顔を背けるとわざとらしく、パブがありますな、と告げ、顔を背けた理由を悟られないようにするのであった。




「いい天気だねマスター、何か軽くつまめる物はあるかい?」


 昼前のパブの中に客はおらず、奥の厨房で鼻歌を歌いながら仕込みをしていた店主は若干驚いた様子で彼らを迎え入れたようだった。


 それでも商売人の性かすぐに気の良い笑顔を作ると、窓から入る陽光に恰幅のいい体を照らされながら、カウンターに近づいてアルバトールたちの接客を始める。


「タイミングがいいねお客さん、もう少しでポテトが揚がる所さ。それまで待てないってんなら、ついさっき揚げた魚のフライのスクラップスで良けりゃあ出せるがどうする? ああ、フライの方は予約のお客さんがいるから勘弁してくれ」


「そうだね、スクラップスをまず貰おうか」


 アルバトールの注文を聞いた赤鼻のマスターが、フライの衣の切れ端であるスクラップスの揚げたてを皿に盛って持ってくる。


 まだ熱が残っている、アツアツサクサクのスクラップスを次々と口の中に放り込んだアルバトールは、少し汗ばんだ体を冷やす為に飲み物を注文し、そのついでにと言った世間話を装って、ここ最近の町とチェレスタの情勢を聞き始める。


「ここら辺はそんなに変わらないね。お客さんどこから来たんだい? ま、訛りから考えるとテイレシアってところだろうが」


「正解だよ、鋭いねマスター」


「この商売してると色んな所から来たお客さんと話が出来るもんでね、自然とそうなるってもんさ……と言いたい所だが、実は最近テイレシアからのお客さんが多かったもんでね、自然と覚えちまっただけさ。ダリウスって言ってたかな?」


「なるほど」



 どうやらダリウスも民の情報を得ようとはしていたらしい。


 ただテイレシア帰国の期限が差し迫っていた為に、他からの情報がレクサールに行きつく前に、または集める前に帰国せざるを得なかったのだろう。



 そう考えたアルバトールは、パブの主人に差し障りない範囲で情報を聞くが、得られた情報は不思議なことに、これまでに彼らが通ってきた村や町と瓜二つと言えるほど同じものだった。


(情報の内容がここまで統一することは通常あり得ない。人から人へ伝わるたびに情報は書き換えられる。大げさに、過小に、噂の元になった人間を面白おかしく評し、あるいは元になった人間を畏れて)


 鼻の下に泡の髭をつけた姿のアルバトールは、マスターの情報に対してそのような印象を持つと、ベルトラムに目配せをしてそろそろ外に出ようとの提案をしてもらう。


「少し酔いすぎですね。マスター、代金はテーブルの上に置いておくぞ」


 そして二人は人が多くなってきた中央通りに再び姿を現したのだった。



「根掘り葉掘り聞きすぎたかな? 酔った勢いだったと誤魔化せればいいんだけど」


「パブに情報を求める人間が来るのは普通、と考えているかも知れませんが」


「そう言えばそうだね。ここは王都じゃないんだし、そこまで神経質になる必要も無かったかも」



 パブを出た二人がやや低い声で話をしながらその場を離れた後、一人の青年がパブの中に入っていき、マスターと顔見知りなのか、入るなり気さくな様子で話しかける。


 既に遠ざかっていたアルバトールたちは、その青年に気付くことは無かった。



 その、青く長い髪を持つ青年に。



「ようマスター、さっきのボウヤにきちんと話してくれたかい?」


「ああ、きちんとあんたに言われた通りのことを話してやったぜ。だがそれだけでこんなに金を貰っていいのかい? これだけあれば、魚のフライだろうがエールだろうが、うちの店でたらふく飲み食い出来るんだが」


「そいつはいいな、あんたに渡した報酬とは別口で一杯やらせてもらうか。軍資金はたんまり預かってることだしな」


 その青い髪の青年、言わずと知れたバアル=ゼブルは、マスターとたわいない会話に興じながら、彼の姉であるアスタロトの指示内容を思い出していた。




[あー? 同じ内容の噂をほぼ同時に流して、その噂が変化しないように監視する? 何でわざわざそんなかったるいことを俺がしなきゃならねえんだよ]


 不満たらたらと言った顔で、それでも指示の内容を復唱するバアル=ゼブルをアスタロトは笑顔で見つめる。


[そのアルバトールって子はくだらないことに関心を示し、それについて色々と考え込む性格なんだろう?]


[今まで俺が見た限りじゃそうだな]


[それじゃあ噂に矛盾点を与えてあげれば、その矛盾に他者の思惑を感じて勝手に疑心暗鬼になってくれるはずだから、そこに情報を、しかも彼が希望する状況が用意された情報って光を差し込ませれば、それに飛びつくはずだよ]


 アスタロトは大人にいたずらを仕掛けた子供のような顔で答え、それを聞いたバアル=ゼブルは珍しく優等生の顔で忠告をする。


[やれやれ。ジョーカーの指示はアルバトールの目的を探れ、だったろ? まぁ出来るなら討伐もしてくれとは言ってたけどよ。ガビーって小娘やバヤールはともかく、ベルトラムって奴はヤム=ナハル爺の話だとセーレをあっさり葬ったらしいぞ]


[だからヘプルクロシアの内乱で、どちらにも敵対するような立場に彼らを追い込もうとしてるのさ。戦いに疲れたところをボクたちがパックリゴクンってワケ。じゃあティアマトと天使の陽動、さっきの打ち合わせ通りに頼んだよ。愛しい弟]


[あいよ、敬愛すべき姉上]




(元々ワケの分からねえ野郎だったが、堕天使になってからそれに一層拍車がかかりやがった……一対一の戦いなんざ、真正面から叩き潰すでいいと思うんだがな)


 そう独り言を言ったバアル=ゼブルにマスターが反応するが、彼はそれに二言三言返すと、王都で飲んだものに遠く及ばぬ味わいのエールを、王都で味わったことのないフィッシュ&チップスの味で誤魔化しながら飲み干し、小腹を満たしていった。



 そしてパブを離れたアルバトールは。


「で、アルバたちは何か情報は得られたの?」


「これまでと一緒。なーんの進展も無し」


「こっちもよ。これはきっと何者かの罠に違いないわ!」


「誰が? 何の為に?」


「さぁ? でもこう言った方が何となく格好良くない?」


「凄くみっともない」


 ガビーとそんなとりとめのない話をしていた。



 浮かない顔で宿に戻ったアルバトールたちを出迎えたガビーの顔は、いつもと変わらぬ明るい物だったが、先ほどの会話の間にすぐに不満げな顔に変化し、傍に居たバヤールに愚痴をこぼしだす。


 アルバトールはそれに心のこもっていない謝罪をすると、腰の炎の剣をベッドの脇に立てかけ、街を歩いて軽い疲労感を覚えた身体をベッドに投げ出した。


「先王にはクー・フーリンが味方しているものの、現王に勝つことは難しいだろう、か。しかしよほど戦力に差が無ければ、聞いた人すべてがそう答えることはない。それにダリウス司祭の報告のように、諸侯が真っ二つに分かれて争わないだろう」


 ベッドに寝転んだアルバトールは天井を見上げ、ぶつぶつと呟き始める。


(この噂を流した者が、僕の弱者に味方したがる性格を知って流したとするなら、そいつの思惑は僕が先王に味方することだろう。それにすべての情報の内容が一緒と言うことは最近……しかも極めて短期間に同じ内容の噂を流したと言うことになる)


 そこまで考えるとアルバトールは枕に頭をうずめたまま、器用に頭を振った。


(これだけの条件が当てはまる犯人は一人だけに絞られるな、あのお調子者の旧神しかいない)


 アルバトールはそこまで考えると急にベッドから飛び起き、驚くガビーに目もくれず窓に駆け寄るとその顔を歪めた。


「しまった!」


「どうしたのアルバ?」


「今まで尾行されていたことに気付いていなかった……通りの向こうに姿を消したのは間違いなくバアル=ゼブルだ!」



 旧神バアル=ゼブル。


 アルバトールはその仇敵の名を叫ぶなり、炎の剣と共にドアから飛び出していくが、彼が外に出た時には既にバアル=ゼブルの姿は消えていた。


 悔しがる彼が部屋に戻ると、そこではガビーが不思議そうにまばたきをしており、その横ではベルトラムとバヤールが溜息をついている。


「あれ? バアル=ゼブルがずっと忙しそうに飛び回ってたのって、アルバの為じゃなかったの?」


 皆が落ち込んでいる理由を理解していないと言った様子で、ガビーはおろおろと周りを見ながらうろたえ始める。 


「……ひょっとして知ってた?」


「……うん」


「どこに行ったか判る?」


「うん」


「……とりあえず出かけよっか。ベルトラム、バヤール、すまないが二人は宿に居てくれ。あまり人数が多いと向こうに気付かれてしまう」


 そして昼食のかぐわしい香りがそこかしこから漂うレクサールの町へ、二人は仲良く連れ立って行った。


 旧神の思惑を探るために。



 一方、当のバアル=ゼブルはと言うと、いきなり姿を現した彼の姉アスタロトと、未だに先ほどのパブで優雅なランチを強いられていた。



[おい]


[なんだい?]


[こんなゆっくりしてていいのかよ、俺たちがここに居ることがアルバトールにバレたら、お前さんが立てた計画もおじゃんじゃねえのか? そもそもアルバトールの目的に探りを入れたら早く帰ってこいって、ジョーカーに言われてなかったか?]


 バアル=ゼブルの説教を聞いたアスタロトは全身をふるふると震わせると、長い長いため息をつき、そしてしゃっくりのような短い呼吸の後に妖艶な笑みを浮かべる。


[堕天使を束ねているのは?]


[お前さんだな]


[じゃあ問題ないじゃないか]


[お前さんの性格が問題だな。見つかった時の方策は考えてあるのか?]


 バアル=ゼブルはうんざりした顔つきになってアスタロトの考えを聞くが、それに答える彼女の顔は薄暗いものだった。


[船に乗っている間の君は……凄く楽しそうだったね]


[おいなんか怖いぞ。つーか俺の質問に答えろよ]


 そう言うとバアル=ゼブルは頭の後ろで両手を組み、椅子の背もたれに身体を預け、少々行儀の悪い姿勢で足を組んだ。


[純粋な、敵の言うことですら信じるようなお人よしをからかうのは面白いからな]


 遠くを見るバアル=ゼブルの顔を見た瞬間、アスタロトは狼狽えたように椅子から立ち上がり、愕然とした表情でバアル=ゼブルを見据えて叫んだ。



[こっちにボクが戻ってきても手を出さないし、アナトが君に構ってもらえないと相談してくるし、不思議だなと思ってたら……まさかそっちの方面に!?]


[町中でいきなり何てことを言い出しやがるこのクソアマ!]



 顔を真っ赤にして否定するバアル=ゼブルを見たアスタロトは、あっさりといつもの笑顔に戻り、ワイングラスをゆっくりと指で回すと、中に入っている琥珀色の液体をテイスティングをするようにじんわりと口に含む。


[いいピート香だ……うん聞いてる聞いてる。今のは冗談だよ。君に手を出すような不埒な輩をこのボクが生かしておくはずがないからね。アナトは可愛い妹だから別だけど]


 しかしそのアスタロトの呟きを聞いたバアル=ゼブルは不意に顔から表情を無くし、アスタロトに問いかけた。


[アスタロト、何度も聞いて悪いんだがその……あの時、アイツが火刑に処されるように追い込んだのは、お前さんじゃねえんだよな]


[君が聞くならボクは何度でも答えるし、その内容も永遠に変わらないよ。答えはボクは何もやってない、さ]


[ああ、お前さんは何もやっちゃいねえ。その通りだ]


 バアル=ゼブルは何かの思いを振り払うように頭を振り、パブのマスターにエールの追加を注文する。


 そして重くなった雰囲気を掻き消そうとするように、殊更に明るい笑顔と声でアスタロトに東方での話を持ち掛けた。



 その時だった。


 入り口に金色の髪を持つ二人の天使が姿を現したのは。

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