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第121話 戦女神モリガン

「え? えっ!? ちょっと! 何であたしいきなり大ピンチになってるの!?」


 目の前に突き付けられた炎の剣を見てパニックに陥るガビー。


 その彼女に冷たい視線を落としながら、アルバトールは状況の説明を始める。


「先ほどからずっと不思議に思っていた。なぜガビーが情報収集と言う、高度な知性を必要とする任務で一番役立ったのかと」


「あんた本気でぶっ飛ばすわよ!」


 アルバトールの失礼極まりない指摘に、当然のように怒り出すガビー。


「それは私も不思議に思っておりましたアルバ様。少し甘い物をもらえただけでホイホイと誰にでも着いていくような、ザル頭の持ち主に出来ることでは無いと」


 そこに当然のようにアルバトールの意見に追従するベルトラムを見たガビーは、一瞬だけ逆上するも、すぐ何かに気付いたようにはたと手を打ってニヤニヤと笑いだす。


「まさか……ひょっとしてあたしがあんた以外が作った甘い物を食べたから、自尊心が傷つけられたとか? そうなの? そうなんでしょ? あららプルプル震えぴぎゃっ」


「……しかし疑惑のみをもって罰するは、相手がガビーと言えど流石にご無体……とはこのベルトラムまったく思いませんが、しかしここはローレ・ライの重鎮ブルックリン殿の屋敷内。せめて外に出るまで待たれてはと言うか今から引きずり出しましょう」


 ガビーのほっぺをつねり上げながらベルトラムは進言するが、アルバトールはまだ何か言いたいことがあるのか、その提案に首を振った。


「モリガンは昔戦場でクー・フーリンを一目見て以来、ずっと彼を恋い慕っているともっぱらの噂。だがその想い人であるクー・フーリンは、現在アデライード姫を連れ去った旧神ルーと仲違いをしているはず。この状況で我々がモリガンの手助けをすることは、アデライード姫の身に無用な危険を及ぼすことになるだろう」


 アルバトールは旧神アガートラームを睨み付ける瞳に更なる敵意を込め、炎の剣を握る手により一層の力を与えた。


「つまり我々にモリガンへの助成を成立させるには、余程の取引材料が必要。その取引材料とは先ほど街外れで一瞬だけ姿を消したガビー! つまりこのガビーは偽者だ!」


 そしてアルバトールはいきなり剣の横腹、しのぎの部分でガビーの脳天に一撃を食らわせ、彼女を昏倒させた。


「常にアガートラームに着き従っているはずのヴァハが、この場に居ないのが僕の考えを正しいと裏付ける何よりの証拠! ガビーを誘拐し、クー・フーリンに味方するモリガンへの助力を取り付け、アデライード様をさらったルーと敵対させるがお前たちの思惑と見た! さぁ正体を現せ戦場の三姉妹の一人ヴァハよ!」


「むう、少ない情報から導き出したとはとても思えぬ見事な推理……そう来るとは思わんかったぞいメタトロンよ」


 いきなり目の前で繰り広げられた惨劇に、アガートラームは流石にその温和な表情を一変させ、狼狽した様子でガビーを介抱し始める。


「周囲の者たちに保護欲をかきたたせる綿密な計算の元、この年端もゆかぬ少女の姿をとっているかも? しれないガブリエルに対して何とひどいことを」


「……それ本当だとしても、無駄に周囲の人を怒らせる態度をとっている時点で台無しですからね?」


 未だにその正体がヴァハであると思いこんでいるガビーを、アガートラームがガブリエルと呼んで介抱する姿に何となく違和感を感じるアルバトール。


「まぁ基本的に世間知らずのお嬢ちゃんじゃからの。ほれ起きぃガブリエル」


 ペチペチとガビーの頬を叩きながら、更にガブリエルと呟くアガートラーム。


 そこに勢いよくドアが開けられ、軽快そうな薄水色のワンピースを着た一人の女性が入ってくる。



「たっだいまー! いやぁちょっと張り切りすぎちゃって……何があったのハニー」


「ちなみにメタトロンよ、さっきのお主の推理じゃが致命的な間違いがあっての。それはこのガブリエルは本物で、我が妻ヴァハの姿が無かったのは客人のもてなし、つまりお前さんたちに出す夕食で使う食材の買い出しに行っておった、という点じゃ。それにしては帰りがちと遅かったが……まぁ近所の奥様連中と話でもしとったんじゃろう」


「やだ全部お見通しってわけ? えーっと何か床に女の子が倒れててそこはかとなく犯罪臭がするけど、そっちはハニーに任せとくね! さ、張り切って作るわよー!」


 推理の根本の消失。


 ガビーが本物かどうか、判別する必要をこれ以上無いほどに否定されたアルバトールは、口から涎を垂らしつつ床に転がるガビーを虚ろな目で見つめると、そっとハンカチでそのだらしない顔を覆い隠し、嫌な事件だったねとばかりに重々しく頷く。



「アルバ様」


「何だいベルトラム」


「患部を切るは一時の痛み、患部を放置するは一生の痛み。ガビーが目覚めたら即座に謝罪するが上策かと」


「そうだね」



 彼は外で嘶きを上げるバヤールを見ながら、人間は失敗をする生き物だし、仕方がないよね、と現実逃避を始めるのだった。


 その数分後。



「……で?」


「うん、どうやら僕の勘違いだったみたいだ。本当にすまない」


「すまないィ? あんた判ってないわね……悪いことをした時は、頭を下げてごめんなさい、でしょ? 子供の頃にそう習わなかった?」


「今まで悪いことをしたことが無いから習ったことが無いみたいだ」


 笑顔で答えるアルバトールを見たガビーは、冷たい汗が頬に流れるのを感じた。


「……あんたが救世主と同じ時代に産まれなくて良かったわ。と言うかあんた既に堕天してんじゃないでしょうね」


「そもそも堕天と言う状態が判らないんだけど」



 そこでアルバトールとガビーはしばらく無言で睨みあい、どちらからともなくお互いへの視線を外し、ほぼ同時にベルトラムを見つめる。


「自ら犯した罪の重さと大きさを支えきれず、心身が穢れに満ちた奈落の底に引きずり込まれて闇に染まってしまう。それが堕天と言われております。それよりアガートラームがお待ちかねですぞアルバ様。あと堕天が説明できなかったガビーはお説教です」


 顔を青ざめさせ、慌てて許しを請うガビーの襟を掴んで引きずり、部屋を出て行こうとするベルトラムをアルバトールは呼び止める。


「君たちは話を聞かなくてもいいの?」


「モリガン、クー・フーリンと来れば大体の想像はつきます。それにバヤールも外で見張りをしておりますし、私どもが無理にここで話を聞く必要もあまり無いかと。それにヴァハ殿に食事の支度を任せっきりにする訳にもいきませぬからな」


 ベルトラムはそう答えると、にこにこと笑うアガートラームを半眼で見つめた後にアルバトールの方へ向き直る。


「全員が揃い次第、アガートラームと交わした会話の擦り合わせをお願いします」


「判った」



 ベルトラムが扉を閉めて部屋を出ていくと、アルバトールはすぐさま背後の老人へ振り返った。


 目まぐるしく変わる状況の中でも、ガビーが倒れた時以外は変化の無かったアガートラームの方へと。



「ほいほい、そんじゃ始めるかの……ホホイッと」


 だが真剣そのものと言ったアルバトールとは正反対。


 アガートラームが発する気の抜けた気合の声と同時に、アルバトールにとって見慣れた金のプレートが年老いた姿の元旧神の周囲に浮かび上がり、彼の方へ飛んでくる。


 数々の情報が埋め込まれたそれらのプレートが、何の抵抗も無く自分の身体に吸い込まれたことにアルバトールは軽く驚き、その表情のまま腕や腹などを調べた後、彼はアガートラームを見つめなおした。


「なぜ旧神の貴方が、天使である僕とアーカイブのやりとりが?」


「ほほい? そりゃ儂が人間になったからじゃよ。ついでに言うと旧神は人間と一緒で、善悪どちらにも属する存在じゃ。呼び方からも分かるように人間たちに忘れ去られた、あるいは忘れ去られようとしている存在が我々旧神じゃよ」


「バアル=ゼブルなどは魔族と一緒に行動しているようですが」


 アルバトールは王都で聞いたバアル=ゼブルの目的を思い出し、アガートラームに問いかける。


「あやつらの行動は儂にも良く判らん。何か目的はあるようじゃが、その目的も誰の思惑によるものやら……」


「旧神たちも一枚岩では無いと?」


「天主に踊らされてるだけかも知れんじゃろ。直接天主の思惑を聞いてみにゃ判断はつかんよ。聞いても分からんかもしれんがな」


 アガートラームはホッホと笑い、そして目を細めて油断ならない顔つきとなる。


「で、儂の願いは聞いてくれるのかの? メタトロンよ」


 アガートラームの問いを聞いたアルバトールは、アーカイブ術で送り込まれた大量の情報を精査し、然るべき答えを模索する。


「一つ聞きたいことが。クー・フーリンの復活は、転生とは違うのですね?」


「うむ、あやつは死ぬ前より強力な力を宿して戻ってきおったからの。転生では大幅に力を失うはずじゃ」


 それを聞いて、アルバトールはしばし黙考を重ねた。


(復活して豹変したクー・フーリン、それでも態度を変えぬモリガン、旧神ルーは何の為にアデライード姫を連れ去った……? 僕を味方につけたいのであればこちらに接触を図るはずなのに、その兆候すら無い。かと言って僕の抹殺を謀るには動機が無い)



 旧神は悪のみの存在と言う訳では無い。


 以前から薄々感じとってはいたものの、今まではっきり明言されたわけでは無かったその事実。


 だがそれを聞いた今、ルーの目的は再びアルバトールにとって理解不能な物となっており、よって今は浅慮に基づいた迂闊な行動を起こすべきでは無い。


 しかしアガートラームの要請に対し、はっきりとした返事を返さずに去ることも得策ではないように思えた。


 何故なら今のヘプルクロシア内に於いて、はっきりと自分たちの味方と言える者は皆無であり、比較的好意を見せてくれている唯一の相手がこの老人であったからだ。



 味方がいるに越したことはない。


 だが他の三人と話し合うための時間稼ぎは必要であっただろう。


 と言うことでアルバトールがとった手は。



「腹が減りました」


「ほいほい、なかなかどうして、上手い逃げ口上じゃのう」


「今日はもう遅いですからね。お互い行動を起こすとしたら明日以降ですし、それまでに返事をすれば構わないでしょう」


「うんむ、構わんよ。なんなら断っても一向に構わん」


 腹に一物ありそうな油断ならない商人の顔から、人の好さそうな老人の笑顔へと変化させてそう答えるブルックリン――アガートラームを見て、アルバトールは逆にこの老人が信用できるような気分になっていた。


「その場合の助力までは請け合えない?」


「持ちつ持たれつと言うでな。ホッホ」



――なるほど、これは食えない爺さんだ――



 先ほどベルトラムが言い放った内容と、彼の不機嫌そうな顔を思い出したアルバトールは心の中でそう感想を述べ、鼻どころか魂まで引きずり込まれそうな匂いが漏れ出てくる大広間へと向かった。

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