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第118話 共闘

「これは……」


 アルバトールはとてつもなく巨大化した水龍を見上げて唖然とする。


 驚いたことにその幅は既に百メートルを超え、高さは近くからでは頂点が見えないほどまでに膨張している。


 隣ではバアル=ゼブルが彼と同じような表情で左右を見ており、最後に上を見上げて頭を掻いた旧神は、遂に覚悟を決めたと言わんばかりに歯を噛みしめ、正面のティアマトを睨み付ける。



[おいおい、こいつぁ本格的にマズいな……おいアルバトール、ちょっと手を貸せ]


「手を貸すのはいいとして、一体何をするつもりだい?」


 いきなり共闘を申し込んできたバアル=ゼブルを怪しんでは見たものの、額から冷や汗を流して表情を一変させている姿を見たアルバトールは、闇の風と呼ばれるほどの旧神の力を以ってしてもこの状況がなまなかに解決できるものではないと感じ取り、緊張の面持ちでバアル=ゼブルに承諾の意思を返す。



[ティアマトに対して俺がマイムールを撃つ。お前さんはそれにフラム=フォイユを乗せろ。最大威力の二つの術を合わせて、ティアマトにぶち込むんだ]


「判った」


 類稀なる力を持った天使と旧神の二人がタイミングを計って力を急速に高めていき――そして。



 ……十数秒程が経過する。



[おい、早く撃てよ]


「そっちこそ」


[よし、じゃあせーの、で撃ちだすぞ。せーの]


「せーの」




 ……。




[なんで撃たねえんだよ!]


「君も撃ってないだろ! と言うか僕だけにティアマトを攻撃させて、彼女の敵意をこっちに集中させるつもりだな!?」


[それがバレちゃあ仕方がねえ! どうやらティアマトの前にお前を先に倒す必要がありそうだな!]


「望む所だ!」



 ぺしっ



[わー]「わー」


 再び剣を抜いていがみ合いを始めた二人は、半眼になってそれを見つめるベルトラムの目の前で、ティアマトから伸びてきた巨大な手の形の水に吹き飛ばされていた。



「ふー……やれやれ、どうもアルバ様はあの旧神が目の前に居るとペースをお乱しになるようだ。ガビー、早く起きなさい」


 ティアマトに海上へ吹き飛ばされながらも、飛行術を使って何とか体勢を立て直す二人を見たベルトラムは、甲板に寝かされたままのガビーを見下ろし、その腹部にピサールの毒槍の柄を軽く押し当てる。


「ぼごぼげべぇぇっぇえ!?」


 途端にガビーは口と鼻から水を吹き出し、意識を取り戻して激しい勢いで咳込み始め、それが治まると色んな所がべちゃべちゃになった状態でベルトラムを見上げた。


「まったく、あまり世話を焼かせないでください。仮にもここは海上、貴女にとって自分の庭も同然でしょう」


「ふっ! 淑女ははしたなくスカートの中身を見せながら飛ばない物よ! ガサツな男の貴方には判らないでしょうけどね!」


「戻ったら司祭様に良く言っておきましょう」


「嘘ですごめんなさいあたしが悪かったから許して」


 ズボンの裾に取りすがり、さっき水を吐いた影響か鼻水を垂らしつつ、涙ぐんで必死に懇願してくるガビーを見たベルトラムは深々と溜息をつき、そして海上で次々に仕掛けられるティアマトの攻撃を、何とか交わしているアルバトールへ視線を移す。


「冗談ですよ。それより貴女の出番です。アルバ様を頼みましたよガビー」


 ベルトラムのその頼みを聞いたガビーは、幼くあどけない顔に威厳と余裕の二つを備えさせ、そこから海にそびえ立つティアマトに視線を移した彼女は、更にそこに一つの感情を加えさせて目を光らせた。


「ちょちょちょ、ちょっとあれティアマトじゃないの! 昔ならともかく、今のあたしにあんなあんぎゃああああ!ぁぁぁぁ……」


 即座に目に涙を光らせ、泣き顔になって震え始めたガビーに構うこと無く、ベルトラムはガビーが着ている服を毒槍に結びつけると、ティアマトに向かって投擲する。


 次第に小さくなっていく彼女の姿と叫び声を見送りながら、ベルトラムは沈痛な面持ちで一人ごちた。


「冗談が過ぎますね。まぁ当たって砕けろと言いますし、頼みましたよガビー」


 そして誰かに怯えている船長以下の乗組員の方へ振り返ると、ベルトラムは船や積荷に異常が無いか確認をするように伝え、自らは本拠地である帆船の防衛にあたる。


 体力や魔力が尽きた場合に休息できる場所を確保しておくのは、終わりが見えない戦闘に於ける鉄則であった。


(ご無事にお帰り下さい、アルバ様)


 支援をしようにも、海上で火属性である毒槍の投てきは悪戯にティアマトを刺激するだけに終わる可能性があるこの場合、ベルトラムに出来るのはアルバトールの無事を祈ることだけであった。



 そして海上のアルバトールは、海面から次々と伸びてくる水の触手、そして空から絶え間なく降り注ぐ水の矢を何とか炎の剣とフラム=フォイユで防いではいたが、その数は圧倒的なもので、彼はほぼ手詰まりの状態へと追い込まれていた。



(くっ! 聞きしに勝る恐ろしい強さ……これが比較的歴史が浅く、しかも一介の島国であるヘプルクロシアを一大海洋国家と成さしめたティアマトの実力か!)


 アルバトールは内心でティアマトの実力を称賛しつつ、アーカイブ術でティアマトの情報を探って打開策がないか探し始める。



 その昔、自分にとっては孫にあたるマルドゥクに斃されてその身の殆どを大地に帰し、残った一部も海で漂うのみとなっていたティアマトを助けて介抱したのがヘプルクロシアの旧神の一人、アガートラームだったと言われる。


 その後ティアマトはアルメトラ大陸へ一旦戻ったものの、何らかの事情(家庭内不和?)により、故郷ラシュメールへ戻った彼女は、そこに届いたヘプルクロシアからの防衛要請を二つ返事で引き受け、再びアルフォリアン島へ渡った。



(つまり彼女は今まで不幸だった。付け込む隙があるとすれば……うっ!?)


 突如として左足に走った痛みに足元を見たアルバトールは、そこに海面から伸びた水の触手が絡みついていることに気付く。


「くそっ! 幾ら何でも数が多すぎる!」


 そこに一気に降り注いできた大量の、しかも槍とも呼べる大きさになった巨大かつ鋭利な水撃の数々を、アルバトールは片足を封じられた不自由な状態でなんとか凌いでいくが、それも遂に限界に達する。


(ここまでか……ッ!? いや、諦めるにはまだ早い! イージスさえ発動できれば!)


 ミスリル盾を無くした今、イージスを発動させることが出来るかどうかは判らなかったが、それでもアルバトールは覚悟を決め、彼に呼び寄せられるありったけの精霊を瞬時に扉の向こうに呼び集めて調整を済ませ、安定させる為に精神を集中させた瞬間。



 急に彼の身体は自由を取り戻す。



「苦戦しているようね、アルバ」


「ガビー!?」


 何が起こったのかと、声が聞こえてきた背後へアルバトールが振り向けば、そこには腕を組み、体をやや斜めに向け、顔だけを彼の方に向けたガビーが空中に立っていた。



 泣きべそをかきながら。



「……助けってのはもう少し格好良く現れた方が見栄えがいいよ、ガビー」


「ううっ、ひっく……だってベルトラムが……大体、何でティアマトが居るのよ! 船に乗ってたら現れないんじゃなかったの!?」


「そのはずだったんだけどね。だけど今その原因を突き止めたとしても、実際にこうしてティアマトが現れ、僕たちが襲われている事実に変わりはない。とりあえず今はこの状況の解決に全力を注ごう」



 この場にバアル=ゼブルがいたら、彼らに何と言っただろうか。


 何はともあれ、ティアマトが現れた元凶である二人は、ここに共闘を始める。



「じゃあ僕は支援に回るからガビーは頑張ってティアマトを倒してくれ」


「はぇ?」


 だがそのアルバトールの指示を聞いたガビーは、唖然とした直後に猛反対をした。


「むりむりむりむり無理だから! ティアマトって全盛期のあたしでも厳しい相手なのよ!? 今のあたしじゃ絶対に勝てないわ!」


「天軍の副官殿でも無理なのか。困ったな、あれだけ巨大な相手だと聖天術は体のほんの一部を吹き飛ばすだけだろうし、かと言ってティアマトの領域である海上だとフラム・フォレは構築できそうに無い」


 少しムッとした直後に顔をブルブルと振るガビーを余所に、アルバトールは目の前の広大な壁、ティアマトを見上げて歯噛みをする。



 基本的にアルバトール、と言うより彼がメタトロンを起点として使える強力な精霊魔術は、フラム・フォレから発せられる物が殆どである。


 火球フラム・スフェール炎の葉(フラム・フォイユ)のように単独で使える物が無い訳ではないが、それでさえ炎の森(フラム・フォレ)が構築されていなければその威力、あるいは同時に発動する数が減少してしまい、効果が大幅に落ちてしまうのだ。



「やっぱりバアル=ゼブルの力を借りる必要が……ってあれ? どこ行った?」


 もしや既にティアマトにやられてしまったのかと、慌てて周囲を見渡すアルバトールの視界に、遠くで巨大な水の泡に包まれたバアル=ゼブルが入ってくる。


「うーん、彼の髪が長いこともあるけど、こうして遠目に見てるとまるでお姫様がさらわれたみたいに見えるな……おっと、のんびり見てる場合じゃないな」


 巨大な水龍ならともかく、バアル=ゼブルを包んでいる程度の泡であれば、聖天術で射抜いて破壊することは造作も無い。


 そう考えたアルバトールは天使の輪を形成して神気を体に取り込み続け、更に余剰分の気を羽根から天に償還させていく。


 だが神気が彼の全身にみなぎった直後、ガビーが不思議そうな声を上げた。


「あれ? なんだかおかしくない?」


「どうしたガビー」


「泡の中に閉じ込められたバアル=ゼブルの傍に人がいるような気がするんだけど」


 額に手をやり、遠くを見つめるような仕草をするガビーに倣い、アルバトールも視力を強化して遠くを見つめる。


 すると光が反射して良く見えなかった泡の一部分に、身の丈を超える長さの白い髪を持った女性らしき姿が見えた。


「誰だろう」


「う~ん? 状況から判断するに、あの子ティアマトの本体って感じ?」


「なるほど。アスタロトとは別人?」


「あの変態とは姿形が全然違うわね」


「変態って……またか……思い描いていた理想がどんどん崩れていく……いや、気にしないでくれ、何でもないよガビー」


「まぁアルバが何でもないって言うなら、あたしは構わないけどね」


 どちらに対して、誰に対してまたかと言ったのか、それはガビーには判らない。


 ただガビーの目の前に居る若者、アルバトールが越えるべき障害が、不必要な所まで範囲を広げてしまったことだけは理解できたのだった。


「いつの間にか攻撃もやんだ、か。仕方ない、バアル=ゼブルの所まで行こう」


「それじゃあたしは船に戻って……え、なんで襟首掴むの?」


 泣き叫ぶガビーを無視し、アルバトールは遠くに浮かぶ泡に飛んで行った。



 そして。



[だから俺にはやることがあるって言ってるだろ! 大人しくヤム=ナハル爺とよりを戻せよ! ほらそこに居るだろ!?]


「じゃあさようなら」



 事情は呑み込めないが、対策は講じなければならない。


 目の前の少女とバアル=ゼブルが交わしている会話を聞いたアルバトールは、即座に撤退を決意して泡に背を向け、飛んできたコースを辿って船に戻っていったのだった。

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