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第111話 神の就職

 髪から服まで緑色の神ヘルメースを連れ帰ったアルバトールは、ある目的の為にその緑の神をフォルセール自警団へ入隊させるべく動き出す。


 ヘルメースの性分をすっかり忘れて。



「いい街だ。活気があり、人々に笑顔が溢れ、経済も安定していそうだ」


 ラビカンに跨ったヘルメースは、フォルセールの街並みと、通りを歩く人たちをじっくり眺めた後にそう呟く。


「だが秩序や治安が保たれているのは良くないな……何故殴る!?」


「泥棒の神様におかれましてはご機嫌麗しく。言っておくけど、この街で盗みを働くとどうなっても知らないよ」


 半眼でヘルメースを睨み付けるアルバトール。


 しかしどうやらその注意は、遅きに失したようだった。


「そうなのか」


 懐からごっそりと財布を取り出しながら平然と答えるヘルメースを見て、アルバトールは唖然とする。


「では持ち主に戻してくるとするか。しかし顔は見てないからその辺の……だから何故殴る! ……待て、暴力反対……」


 アルバトールは眉を寄せて厳しい表情になると、白目をむいたヘルメースを連れて騎士団の詰所へ向かった。



「おお! 何と見目麗しい! 名は何とおっしゃるのです? おお……エレーヌ……! 何と素晴らしい名前! 幸運にも君の名を聞くことが出来た今日を、僕は一生の記念日にするだろう!」


 騎士団の詰所で取り調べを受けているヘルメース。


 だがその姿は、何故か指揮者のように両手を振り上げ、吟遊詩人のように感極まった叫びを上げていると言ったものであり、しかもその珍妙な奇行は目の前の女性にまるっきり無視されていた。


「判った、この……これらの財布の持ち主たちが見つかったら渡しておこう。それと身元引受人はお前で良いのだな?」


「はい、結局持ち主の顔を見ていないそうで」


「それにしても、拘束していないスリを連れて人ごみの中を通るとは、無謀にも程があるぞアルバトール」


 面倒なことになりそうだったので、ヘルメースのことは単なるスリであると紹介していたアルバトールは、嘘をついた申し訳なさとヘルメースの手癖の悪さを見くびっていた二つの理由からエレーヌに謝罪をする。


 長く、黒い髪をうなじで束ね、いつもの黒いレザー装備に戻っている彼女の目は、王都に旅立つ以前より優しい物に見えた。


 その時。


「おっと」


 言い寄ろうとでもしたのか。


 エレーヌの軽い掛け声とともにヘルメースが壁に向かって一直線に吹き飛ぶ。


「すまんな、危険分子と判断したのでそれなりの対処をさせてもらったぞ」


 吹き飛ばしたヘルメースに向かってエレーヌは屈託ない笑顔を向けると、アルバトールへ一枚の木切れを手渡す。


「アデライード姫を救出するのに人手がいるなら、私はいつでも協力させてもらうぞ。王都で助けてもらった礼をまだお前に返していないしな。それではこれがこやつの身分証だ。今度はしっかりと目を離さず見張るのだぞ」


「ありがとうございますエレーヌ殿、必要になれば遠慮なく申し出させて頂きます」


「ああ、それでは……」


 話の途中でいきなり凍り付くエレーヌ。


 何があったのかと注意深くその顔を見つめ、エレーヌの視線を辿ってみると、その先にある昆虫が居ることにアルバトールは気付く。


(あれ? 以前は拳で遠慮なく叩き潰してたような)


 アルバトールはエレーヌの変貌を不思議がりつつも、指先から光の玉を飛ばし、飛翔して逃げようとした通称黒光りする悪魔を捕え、窓から外に放り出す。


「どうしたのですか? エレーヌ殿」


「な、ななっ、何でもないぞっ? それではなアルバトール!」


 何かを誤魔化すような態度をとるエレーヌに騎士団の詰所を追い出され、アルバトールは首を捻りながら自警団の詰所へ向かった。



「やれやれ、なんだか僕はたらい回しにされてる気がしてきたぞアルバトール。こんな面倒なことは、別に明日でもいいんじゃないか?」


「生々流転の人の世界とはそのような物だよ。やれる時にやれることをやっておく。気が向いた時に気が向くことをやるように見せかけてやっぱりやらないような、悠久の時を生きる神とは違うんだ」


 体を光の縄で縛られ、身動きが取れない馬上のヘルメースにアルバトールは答え。


「では、今日からここが君の働き口だ」


 自警団の詰所の前で、アルバトールはヘルメースに冷酷に告げた。


「意味が分からない」


「働かざるもの食うべからず。フォルセールでお嫁さんを探したいなら、まず働くことだね」


「神を働かせるな!」


「だってしょうがないよ。無職の人に未婚女性を紹介するなんて図々しい真似は、とても僕には出来ない」


「確かに神は生き方であって職業ではないが……おい無言で肩を叩くな」


 アルバトールは目の前のヘルメースに微笑む。


「皆そう言うんだよ、これが自分の生き方だから関わるなってね。大丈夫、君にも……いや、君に持って来いの仕事だから安心してくれ」


「なんとなく無性に腹が立つ言い方だが、貴様が美人を紹介してくれるのであればこのヘルメース、如何なる屈辱にも耐えてみせよう」


 だがその笑顔の一部が、憐れむような視線で形作られていた故か。


 ヘルメースは口を尖らせ、不満たらたらと言った様子で、詰所の中に入っていったアルバトールの後についていく。


「じゃあ君たちはここで待っていてくれ。人を呼んでくるから」


 待合室で待つように言われてカウチに座ろうとしたヘルメースは、見張り役であるバヤールとラビカンの間に押し込まれて悲鳴を上げたのだった。



「あれ? アルバ兄ちゃんどうしたんだ?」


「やあリュファス、エステル殿はいるかい?」


「お母さんなら奥でご飯作ってるですよーアルバ兄様」


「あら~アルバトール様~お久しぶりでございます~」


「おお若様、このようなむさ苦しい場所においで下さるとは、このエンツォ感に耐えませんぞ」


 自警団の詰所は、あの騒乱の夜の後にエンツォの持ち家と同化していた。



「それで~今日はどうなされたのですか~? 私が見たところ~、お一人では無いようですが~?」


 応接室に移動した後、エプロン姿のエステルは二人分のハーブティーを煎れ、アルバトールとテーブルを挟んだ向かい側に座り、微笑みながら彼――いや彼の背後に向かって軽く手を振る。


 それを見たアルバトールは、彼の後ろに隠れ、こそこそとエステルたちの様子を伺うガビーに気付いて苦笑すると、今日起きた出来事のいきさつを、ヘルメースが神と言うことを誤魔化しながら話した。



「なるほど~、それで自警団に~そのお方を入れたいと言う訳ですね~。他ならぬアルバトール様の申し出~なら~、断る訳には~いきません~」


 微笑みながら了承の意を返すエステルに対し、頭を下げるアルバトール。


「では今から会って頂けますか?」


 アルバトールの頼みに、即座に頷いて立ち上がるエステル。


 その横で彼女譲りの黒髪と黒肌を持つ双子、リュファス、ロザリーも立ち上がり。


 その二人といつの間に仲良くなったのか、にらめっこをして遊んでいたガビーの頭に手を置いて合図を送ると、アルバトールは待合室へ向かった。



「別にリュファスたちが着いてくる必要はないんじゃないか?」


「だって飯が出来ないんじゃ、あそこに居たってしょうがないよ」


「ですー」


「はいはい~、すぐに~手続きを終わらせて~、夕食にしましょうね~二人とも」


 腰まで伸びる黒髪を揺らしながら、エステルはにこやかな顔で待合室の扉を開ける。



「僕は今まで貴方に会う為に旅をしてきた。その事に気付かせてくれた貴女に、一生をかけてお礼をしたい」



「あら~とっても情熱的な方ですね~、アルバトール様」


 そこにはバヤールとラビカンの間に挟まれて座っていたはずのヘルメースが、扉を開けて入ってきたエステルの両手を取って跪いていた。


「む、これは父ちゃんよりやり手の予感。ってアレぐほっ」


「何言ってるですかリュファス」


 何かを見て驚いた顔をするリュファスの脳天に、ロザリーの手刀が落ちる。


「そこの優男! 母様……から……え? バアル=ゼブル?」


 そしてリュファスと同じくヘルメースの顔を見たロザリーは、驚いたように目を見開いて固まってしまう。


「おお! 何と可憐な少女! しかも会ったばかりの僕に、そんな熱い視線を向けてくれるなんて……!」


 しかしヘルメースはその表情を、明らかに勘違いして受け取ったようだった。


「しかし申し訳ない、僕は先にこの運命の女神に会ってしまったのだ……君の愛を受け入れられなくなった僕を許してほしい!」


 勘違いしたまま朗々とした声を出すヘルメースを見て、待合室から出る際に彼の束縛を解いたことをアルバトールは本気で後悔する。


「あ、あの~? 自警団入団の書類はこちら……」


「もちろん! 今すぐに! サインしますとも! 貴女と僕の新しい生活が! この婚姻届から始まるのです!」


 ガシガシと書類にサインを書きなぐると、ヘルメースはエステルにスィーと滑るように近づき、ワルツでも踊るかのように彼女の手と背中に手を回す。


「え? 何が何だか~ちょ、ちょっと……やめてください~」


「おいヘルメースいい加減に……」


 しつこく言い寄るヘルメースを見たアルバトールは、彼をエステルから引き剥がして謝罪させようと思って近づくが、その前に状況が劇的な変化を遂げる。


「……あら、ヘルメース久しぶりね。この姉にまで襲い掛かるとは、随分と見境が無くなってるようね」


「へ? 姉?」


 アルバトールの疑問を余所に、エステルは口づけを求めるヘルメースの顔を片手でわし掴みにし、軽々と持ち上げていた。


「……まぁ、エレーヌ殿の姉……ん? エレーヌ殿?」


 そう言えばエステルはエレーヌの姉であって、ヘルメースの姉では無い。


 ヘルメースの姉、エレーヌ、その二つの符号を組み合わせると?


「まさかアテーナー!?」


「こちらの私が会うのは初めてですね、御機嫌よう智天使アルバトールよ」


 肌を白に、髪を金色に変化させたエステルは、その全身に光の衣を纏わせ、氷の微笑を浮かべる。


「リュファス、ロザリー、少し力を戻させてもらいますよ」


 ニコリと笑ったエステルが言い終わるや否や、彼女の子供である二人の体からは光の粉が溢れ、エステルの衣に吸収されていった。


「お、お久しぶりで……永遠の処女神である姉上が、何故子供を?」


「この身体はエルフの物であって私の物じゃないわ。色々とあって、今の私は二人のハーフエルフに存在を分かち合ってる状態よ。まったく愚かなエルフのせいで、存在の根底から滅されるところだったわ」


「災難でしたね、それでは僕はこれで」


「待ちなさい」


 いつの間にか彼女の手から逃れ、逃げ出そうとしたヘルメースの頭を再び片手で掴むと、エステルはにこやかな笑顔で彼がサインした書類を見せる。


「ようこそフォルセール自警団へ。私達は貴方の入団を心から歓迎しますよ」


「ハハハ、この自由に生きるヘルメースに対して働けなんて、姉上も随分と耄碌もうろく……んぎぎ!?」


「生まれてすぐに窃盗を行うことと言い、それがばれてもしらを切る性根と言い、まったく見下げ果てた弟ね。自警団でその歪んだ精神を体ごと引き延ばし、真っ直ぐに矯正してあげるからこの優しい姉に感謝しなさい」


「ふん! 姉だと思って、こちらが立ててやっていれば調子に乗って。このヘルメースが真の力を出せばお前のような年増……!?」


 エステルの左拳がヘルメースの右の脇腹に突き刺さり、ヘルメースの口上が途中で遮られる。


 そんな中エンツォが待合室の入り口に現れ、エステルとヘルメースの二人を見て表情を硬くすると、慌ててリュファスとロザリーの方へ顔を向けて口を開いた。


「おお、こりゃイカン。リュファス、ロザリー、向こうに行くぞ。撲殺死体は子供のお前たちにはまだ早すぎるからの」


「お願いしますわあなた」


 三人は扉の向こうへ姿を消し、エステルはそれを見送ると嬉しそうにヘルメースへ笑いかける。


「貴方の性根を引き延ばして真っ直ぐにするまで……千切れないように我慢しなさいヘルメース」


「言わせておけば! ぎょええ!? ……待てアテーナー! いえ待ってくださいもう年増なんて言いませんから許してお姉ぢゃん許じで!」



「では、明日の夜明けにここに来てくださいね~」



 ヘルメース神、就職決定。

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