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第109話 廃れた街道

 魔法陣を修復したアルバトールは、そこで偶然にもエデンの園を守る炎の剣を手にする機会を得る。


 無事に任務を終えた彼らが、ドワーフたちの何やら懇願じみた見送り――つまりはエルザからの救出――を受けて城に戻ると、既に他の者は食事を終えていた。


 仕方なく彼はガビーと二人きりで冷めかけた夕食をとるが、その際に給仕についたベルトラムから、任務に出かけている間にラビカンからシルヴェールに献策があったと聞いた彼は、夕食を急いで口の中に掻き込み、その足で執務室に向かった。



「街道の補修整備ですか」


「うむ、お前はどう思うアルバトール」


 執務室の中には既にいつもの三人が待っており、彼の到着を待ち受けていた。


 その証拠に、アルバトールは執務室に入ると同時に中に居た三人から意見を求められ、その勢いに面食らいながらも彼は現状をまとめた無難な返答を手早く行う。


「……街道の補修自体はエステル殿に助力を頼み、資材をゴーレムにしてもらえば人夫もさほど必要なく、かつ加工も容易に終わるでしょう」


 アルバトールはそこで口を閉じ、彼を見つめる三人の顔を見る。


 彼の眼に映る三人の顔は、すでにそれは承知していると言ったものであったが、それでも意志の統一を図るために必要な手順として、彼は最後まで意見を述べる。


「ですが問題はその維持。天魔大戦の危険が常に伴うこの国では、街道を補修しても大戦ごとに現れる魔族によって、すぐに破壊されてしまいます」


 アルバトールからの厳しい意見。


 しかしシルヴェールはそれを聞いても落胆する様子もなく、それどころか机の上に身を乗り出し、ニヤリと笑って口を開いた。


「だがラビカンの提案は魅力的だ。よってお前たちにその解決策を考えてもらいたいのだ。フィリップ、ベルナール、アルバトールよ」


 恐れを知らぬ若い指導者のみに許された特権、不可能を可能にせよとの命令。


 つまりは主君の無茶振りを聞いたフィリップは苦笑いで誤魔化し、隣へいるベルナールへと視線を向けた。


「と、言われてもこれは難問ですな……ベルナール、お前はどう思う」


「すぐに答えが出ない問題であることだけは、すぐに判りましたな」


 無理難題を振ってきたフィリップに対し、ベルナールもお手あげと言う風に両手を上げ、首を左右に振る。


 それを見てもシルヴェールは気を悪くする様子も無く、それどころか首肯しゅこうしてフィリップと同じく苦笑いを浮かべる始末だった。


「すぐに答えが出ない問題であるからこそ、このような夜更けに諸君らを呼んだのだ。期限は一週間。その間に何らかの解答を用意しておいてくれ。どんな愚策でも構わぬ」


 諦め半分と言った口調で指示を出すシルヴェール。


 しかしその鋭い視線に、その場に居合わせた全員が顔を引き締めて頷き、そしてアルバトールが主君の意に念を押すかのような質問を口にする。


「目的の為には手段を選ばず、ですか」


「うむ。そう取ってくれていいぞアルバトール。お前たちが思いついた手段を採択するかどうかを決めるのは私であり、そして責任を負うのもただ私のみ。諸君の忌憚きたんのない意見を待っている」


 若き国王の笑顔に見送られ、フィリップ、ベルナール、アルバトールの三人はいささかの緊張を覚えながら、執務室を退出していった。



「さて、この場合どうするかねアルバトール」


 執務室を出るなり、ベルナールはアルバトールへと話を持ちかける。


「その口調から察するに、我らが団長殿は既に名案を思い付いたように見えますが?」


 ベルナールの質問にアルバトールはげんなりしながら答え、息子が困っている姿を見たフィリップは微笑みを顔に浮かべた。



 街道を補修し、少しの期間を保持するだけなら今の彼に策が無い訳でもない。


 ただ、それを永続させることが出来るのか、と問われると答えに詰まる。


 その程度の物でしかなかった。


 よって今のアルバトールは誰か他の者の意見、あるいは情報を聞いて参考にしたい所だったが、しかし隣を歩くベルナールは先ほどの誘いに一向に乗ってくる気配は無く、諦めた彼は情報の整理を兼ね、街道の整備が放棄されるようになった経緯を口にする。



「街道の破壊は、これまで幾度となく繰り返されてきた魔族の戦術である戦力分散、各個撃破が原因。辺境を襲い、救援の軍が到着するのを待ってからそこに通じる街道を破壊し、人と物資の移動の自由を奪い、弱体した援軍を各個撃破する」


 アルバトールは天魔大戦の歴史を思い出しながら、自らの案を説明していく。


「それに疲れた先人は、次第に街道の修復を諦めるようになり、街道は荒れるに任せることとなっていきました。ですが魔物が王都を、そこに住む民を占領している今であれば、民に必要な物資を補給する為に街道は彼らにも重要な物となっているはず」


「つまり我々が魔族を打倒する為の第一歩である街道の補修には、魔族に王都を占領し続けてもらう必要がある訳かね。痛烈な皮肉だ」


 白髪に染まった頭をゆっくりと振り、ベルナールは大げさに溜息をついてみせる。


「まったくです。王都を我々が奪還すれば、魔族は再び街道を破壊して回るようになるでしょう。せめて魔族も大量の物資を必要とする生活を営んでくれるようになれば、我々も頭を悩ませる必要が無くなるのですが」


「大量の物資である必要も無いとは思うがね」


 ベルナールの言葉にアルバトールはハッとし、思わず顔を凝視してしまう。


「道は人や家畜、物資を運ぶには欠かせない重要な物だが、良からぬ物をも引き込むものでもある。王都で会った八雲殿の言葉だ。意外と魔族にとっても、街道は重要な物かもしれないな」


 そう言うとベルナールは微笑みを残し、フィリップに一礼をして城を出て行った。


「奴には珍しく、いささか見え透いた助言だったな。それでは後は任せるぞ、智天使アルバトール」


「わざわざ名前の前に智天使とつけるとは。随分と見え透いた冗談ですね、父上」


 息子であるアルバトールのその返しに、フィリップはやや誇張した笑い声をあげるとジュリエンヌが待つ寝室へ足を運ぶ。


 そして休息をとる前に、神馬たちの思惑について聞いておこうと考えたアルバトールは、そのまま主従関係にあるバヤールの元へガビーと共に向かった。




「我らが街道の整備を望むとしたら、その理由は何か? ですか……そうですね、私個人の理由としては、整備された街道の方が走りやすい、と言う物」


「個人以外の考えとしては、何があるんだい?」


「神馬の眷族としての考えと言うのであれば、常に街道が破壊される今の状況では水路である運河の価値が重視され、ひるがえって我らのような陸路を駆ける存在が軽視される。よって街道を整備してほしい、と言うことが挙げられましょう」


 神馬から人の姿に転じたバヤールから説明を受け、アルバトールはその礼として持ってきたニンジンを手ずから渡す。


「なるほどね。それにしても何で運河は破壊されないんだろう? 街道と違って辺境すべてに通じてる訳じゃないから。というだけでは説明がつかないような」


「ヤム=ナハルが移動に使っているからです。我が主も覚えがあるのでは?」


 すぐに返ってきたバヤールの指摘に納得したアルバトールは頷き、白く長いひげを持つ、頭のてっぺんがハゲあがった老人姿の旧神を思い出す。


 確かに彼と最初に会ったのは、運河のほとりだった。


 あの旧神のお陰と言うべきか、せいと言うべきか、このバヤールと主従関係になったのもヤム=ナハルが原因であった。


 感慨深げに溜息をつくと、アルバトールはバヤールからもう一人の神馬へ視線を移し、発案者の意見を聞いた。


「ラビカン、君自身はどう考えてるんだい?」


 バヤールの隣の馬房を与えられているラビカンは、夕食(そもそも空気を主食とするラビカンに食事は必要無いのだが)のデザートにあたるリンゴを神馬の姿のままでかじっていたが、アルバトールからの質問を受けた彼は、すぐに人間の姿に転じて答える。


「陛下のお役に立ちたい、ただその一心です。父グリフォンの件はついでです」


「そっか」


 ラビカンの素っ気ない返事に、アルバトールは何か機嫌を損ねるようなことをしたのかなと一瞬考えこむ。


「ラビカン、我が主はお前にとっても主同然。正直に答えるのだな」


 その主人の姿を見たバヤールは、すぐに不機嫌そうな声でラビカンを非難し、婚約者の厳めしい顔を見たラビカンは齧りかけのリンゴから口を離して寝藁に座り込むと、恨めし気にバヤールの顔を見上げた。


「そもそも貴女が全部説明してしまうから悪いのではないですか」


 少し頬を膨らませ、拗ねたような口調でバヤールに答えるラビカンを見て、アルバトールは彼がとても男性……いや、雄には見えないと言った感想を持つ。


 特にバヤールから贈られたと言う、アルメトラ大陸中央部に位置する小国伝来の女性用の民族衣装を着ているせいか、その印象はより一層強い物だった。


「じゃあグリフォンを王家の象徴にしなくてもいいのかい?」


「して頂けるのであれば、間違いなく眷族たちにとって励みになるでしょう。陛下や貴方様のご厚誼こうぎにすがるのみでございます」


「なるほど、他意は無さそうだね」


「……我が主に於いては、何か我々に含む所がおありなのですか?」


 思わずアルバトールが呟いた言葉を聞いたバヤールは、今度はそのいささか不機嫌な顔をアルバトールに向け、苦情を述べ始める。


「一旦忠誠を誓った相手には、地の果てまで着いていくのが我ら一族の教え。王都に着いていかなかったのは、ただただ我が主に厳命を下されたからでございます」


「いや、違うんだ。街道の修復ができないままでも、君たちの助力が得られるなら助かると思ってね。誤解を生むような発言については詫びるよ。すまない二人とも」


 アルバトールは慌てて二人に謝罪すると、シルヴェールからの要請とベルナールの発言について説明をし、道に関しての情報を持っていないかを聞く。


 するとすぐに何かを思いついたのか、バヤールの表情が変わったのを見たアルバトールは真剣な眼差しを彼女へと向けた。


「良からぬものを引き込む、ですか……ひょっとしたらヘルマに関係があるのでは」


「ヘルマ? あれは単なる街道の端っこの目印じゃないの?」


 道の傍らに時々設置されている、遠目には単純な太い棒としか見えない石像、あるいは陶器の像を思い出したアルバトールが、少し意味深な表情で口を歪めてバヤールに答えると、ラビカンが即座に否定をする。


「古来より街道の外は、人外が治めるものとして扱われていました。つまり人が行き来する街道と、人外が治めている場所との境界線に置いた目印がヘルマ。人の力が及ぶ範囲はここまでと、自ら区切った証なのです」


「そのヘルマを壊すとどうなる?」


 ラビカンは少しだけ考え込み、自分の考えでは、と断りを入れてから口を開く。


「人と人外が取り決めた境界を自ら無くすこととなりますから、他国との陸路の交易が今までとは比較にならないほど危険になると考えられます。推測ではありますが」


「つまり旅の安全が今より確保しにくくなる、か……バヤールはどう思う?」


「目についた魔族を蹴散らすのみです」


「そうね」


 即答するバヤールを見たアルバトールは倦怠感に全身を包まれ、だが重要な情報を得たと言うそれ以上の高揚感を体から溢れさせながら、神馬の二人へ明るい顔を向けた。


「ありがとう二人とも。なるべく全員の期待に沿えるような案を考えてみせるよ」


 そう言い残したアルバトールは即座に馬屋を後にし、自分の部屋へと向かった。


「何か思いついたの?」


 黙ってアルバトールの後についてきていたガビーは、何か思う所があるのかやや厳しい口調でアルバトールに問いかける。


「ヘルマを全部壊す」


 短く答えるアルバトールの顔を見上げたガビーは、やはりというように厳しい口調のまま忠告を口にした。


「あっそ。んじゃあたしはあんたが人々を危険に晒す行為をしようとしてる、ってエルザ司祭様に報告しないといけなくなるけど、それでもいいかしら?」


「良くないな。だけど僕にそれを止める権利は無いし、止めるつもりもないよ。ま、今日はもう遅いし、エルザ司祭の所に行くのは明日にしようかガビー」


 目を見開き、顔を見上げてくるガビーに対してアルバトールはきっぱりと言い切る。


「明日、僕はエルザ司祭にヘルマの破壊に協力するよう申し出る」


 そして翌朝、彼らは教会へと向かったのだった。



 が。



「めんどくさいから嫌ですわ」


 ぱたん


「……」



 せめて忙しいとか言わないものか、などと思いつつ、アルバトールはガビーからリボンで飾りつけをされた一つの箱を受け取る。



「んまぁ、ベルトラムの新作ケーキがあるなら早く仰ってくださいな。お入りなさい天使アルバトール」


 生クリームがついたガビーのほっぺをつねりあげながら、エルザは自室へアルバトールたちを招き入れたのだった。



「まったく。こんな白いものを幼い時に食べると、頭の中が真っ白になって死んでしまいますよガビー」


 アルバトールの手土産を品良く切り分けて口の中に運び、一口頬張ったエルザは満悦そのものの表情になり、手に持ったフォークを振りながらガビーに説教を始める。


「パンも食べられなくなりますね」


 しかし先ほど素気無くあしらわれたことを根に持っているのか、アルバトールが放った嫌味にムッとした顔になったエルザは、発言者の顔を半眼で見つめ、その視線の先にある人物も、まるで彼女の顔を鏡に映したような表情になって見つめ返す。


 しばらく無言で睨み合う二人の間に座ることになったガビーは、冷や汗を流しながら二人の顔を交互に見つめ、目の前に置かれたケーキを食べることもできず、体のあちこちを落ち着かない雰囲気で触り始め、とうとう意識を宙に飛ばしたのだった。


 数分後。


「ヘルマの破壊ですか。別に構いませんわ」


 あっさりと言ってのけるエルザにアルバトールは拍子抜けし、ガビーは目を剥いて珍しくエルザに反論を始める。


「ちょっちょっちょっ! ちょっと待ってくださいミカエル様! ヘルマは人と魔の境を示す大事なシンボル! あれがあるからこそ余計ないさかいが起きずに済んでいるんですよ!? あれを撤去すればあちこちで争いが……」


「既に境界は有名無実化しております。魔族の破壊活動によって街道は寂れ、ヘルマを奉る人々の往来は減り、それに伴って朽ちていくヘルマの何と多いことか」


 そう嘆くエルザの顔を見つめると、アルバトールは膝を正して彼女に向き直る。


「では、更に一歩踏み込んで質問させていただきます。教会はこの件について許可を出すと思われますか?」


「許すでしょう。ヘルマの像は我らが教えとは無関係。民間信仰の神のものですから」


「え……」


 それを聞いたアルバトールは一気に顔を沈ませ、対してエルザは妙に顔を明るくして口調すら軽くなる。


「あらあら、相手が神と聞いて臆病風に吹かれてしまいましたか?」


「どうせまた変な物を相手にするんだろうな。と思うと途端に寒気が。だってあの像、見るからに変じゃないですか」


「貴方の行く手に主の祝福があらんことを」


「ちょっと何で僕に主の加護を授けようとしてるんですか!? ちょっとだけ残ってた希望も消えて嫌な予感しか残らなくなっちゃいましたよ!?」



 どんよりとした表情で教会を出た後、アルバトールはエルザとの会見結果をシルヴェールに報告し、フィリップとベルナールを加えてしばらくの議論を重ねた後にヘルマ破壊の許可を得る。


 そして次の日。


 アルバトールはガビーとバヤール、そしてラビカンの四人で、郊外にある巨大なヘルマの像が立つ場所へ向かったのだった。

 今回出てくるヘルマと言う像ですが、ギリシャ神話に出てくる神、ヘルメースの名前の元になったと言われる説がある像です。

 日本で言う道祖神って奴ですね。役割も、それ以外のアレもまぁ……似たようなモンです。

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