第108話 可愛い土のオッサン
「これがドワーフ夫婦の言ってた恐ろしいことかな? なんだかドワーフたちが遊んでいるようにしか見えないけど」
アルバトールは異臭を放ちながらゆっくりと近寄ってくる巨大な生物を、じっくりと観察した後、のんびりと感想を述べる。
アルバトールが一見したところ、それは何人ものドワーフたちが複雑に組み合わさって、大きな一体の巨人を作り上げているようであり、そのせいか動きは緩慢で、彼が感想を述べている間に二~三歩ほどしか進んでいなかった。
「さて、これは元に戻せるものなのだろうか……とりあえず解析してみよう。バヤール、一応気絶してるガビーを守っておいてくれ」
バヤールはその指示に頷くと、手に持っていたガビーを胸元に差し込み、そのまま紐で固定する。
「バヤール、ガビーが窒息しそうだから紐を緩めてやってくれ」
バヤールはその指示に頷くと、ガビーの首を固定していた紐を器用に操り、今度は全身を複雑に縛り上げ、そのまま彼女の体をカバンか何かのように片手で背負う。
何やら亀の甲羅のようにも見えるその縛り方を見たアルバトールは、感心したような口調で、考え込むような表情で感想を述べた。
「……なんか妙な結び方だね。それにしても解析がうまくいかないな」
目前の巨人はどうやらこちらを殴ろうとしようとしているのか、ゆっくりと手にあたる部分を振りかぶり始め、アルバトールは良くできてるなと思いつつ解析を続ける。
「う~んダメだな全然分からないや。しょうがない。解析も上手くできないし、とりあえずこれは放置して先にあっちの通路の奥に行ってみようか」
未だ手を振り上げようとしている最中の巨人に手を振ると、彼らは通路の奥へと進んでいった。
「バヤールはここに来たことがあるのかい?」
「いえ、今日が初めてです。それに私の住んでいた森にドワーフはおりませんでしたので、ドワーフと言う種族を見ること自体初めてです。それでも彼らの作り上げる細工物には、昔から興味を持っていましたが」
「私は何度も来たことがあるわ。ドワーフたちは陽気で大雑把、おまけに欲望に弱い。だけど手先は別物で、器用と言う言葉で表したくないほどよ。精緻、精密、精巧と言った表現は、彼らの作り上げる細工物にこそ相応しいと断言できるほど美しいの」
「気づいていたのかガビー」
全身が縛られているために、バヤールの背中でふんぞり返ると言うよりはエビ反り状になったガビーは、得意気にドワーフたちの住処について説明を始めていた。
「……と言う訳なの。よってドワーフたちの王、ドウェルグのアルヴィースに会うのは至難の業よ」
と、そこまで言った後にガビーはハッと表情を変え、ビシィと指でアルバトールを指し示そうとするも、全身が動かないためにチョコチョコと指を動かしてから口を開く。
「って思い出した! アンタ上の礼拝堂でいきなりアタシに電撃を食らわしたでしょ! きちんと確認しなさいよ上に住んでるドゲマーとアノピッピは私の昔馴染みなんだからね! だから見送る時も天使様とバヤール様って言って……もががっ!?」
「我が主、前方にまた何か居るようです」
バヤールの警告を聞いたアルバトールは、人目が無いのをいいことに思う存分ガビーの口を手で塞いで黙らせると、前方にうごめく影を見つめる。
「さっきの巨人とそっくりだな……と言うことは、ここにいるドワーフたちはすべてあの姿に変化してしまったと言うことか?」
目の前の巨人に集中するあまり、彼の手によって息が出来なくなって痙攣を始めたガビーに気付かないまま、アルバトールは一筋の冷や汗を流す。
しかし最初に会ったものと同じで、緩やかな動きしか見せないその生物の横をアルバトールたちが抜けようとした時、異変は起こった。
「何ッ!?」
巨人の体を構成するドワーフたちの口から半固形状の液体が飛び出て、それが彼らに向けて浴びせられたのだ。
「くそっなんて臭いだ! それに床が煙を上げて溶け始めている!」
相変わらず巨人の動きは緩慢であったが、その口から発せられる液体はその限りではない。
思わず反撃をしようと身構えるアルバトールだったが、相手は元ドワーフである可能性が高く、下手に倒してしまうことは彼にはためらわれた。
「と言う訳だから、殴るのはちょっと待っててねバヤール」
口の端をニタリと吊り上げ、指をボキボキと鳴らし始めるバヤールに冷静になるように告げると、アルバトールはエルザと念話するべく精神を集中させる。
≪しかじかかくかくそう言う訳で、対処方法があるなら教えて欲しいのです。まったくもう、こんな事態になっているのならなぜ最初から言ってくれないのですか≫
≪あら、言ってませんでしたか?≫
≪言ってませんまったく言ってません金輪際言ってません≫
即座に自分を正当化しようとするエルザに呆れつつ、アルバトールは念話を返す。
≪流石ですわね天使アルバトール。自らそれに気付くなんて……もはや私が貴方に教えることはありませんわ≫
≪いいから早く対処方法を教えてください。そろそろ僕もグレますよ≫
周囲に溶解液をまき散らす巨人から遠ざかり、その攻撃をよけながらアルバトールは念話を続け、そしてようやくエルザから答えを受け取る。
≪まず大量の水を用意します≫
「ガビー、大量の水を……いや、もう少し後で頼む」
ガビーに詳細な条件を伝えなかった場合、どんな量の水が、どんな形で具現化するか判らない。
ここが逃げ場のない地下ということもあり、咄嗟にそう判断したアルバトールは、エルザに対処法を最後まで聞いてからガビーに要請をすると決めて続きを聞く。
≪そしてそれをドワーフたちに飲ませます≫
≪判りました。それにしてもなんだか酔っ払いの対処法に似てますね≫
≪きっぱり酔っ払いですわ。龍脈を固定していた魔法陣を破壊したから、聖霊の精神安定を司る働きが薄れ、欲望を抑えきれなくなったドワーフたちが、お酒を飲みまくって泥酔してしまったのでしょう≫
エルザの念話を聞いたアルバトールは、内容を理解するのに数秒の時間を要した。
≪上の礼拝堂に居るドワーフたちは、私の結界がまだ効いているはずなので無事とは思いますが。では私は仕事をサボったドワーフたちに与える罰を考えるのに忙しくなりましたのでこれにて失礼≫
「……ガビー、溺れない程度にドワーフたちに水を飲ませてあげてくれ」
肩を落としてそう告げるアルバトールに応え、バヤールの背中におぶわれたままガビーは大量の水を発生させると、ドワーフたちの口に注ぎ込んでいったのだった。
それから何体もの巨人に水を飲ませ、道案内をさせたアルバトールは、何とかドワーフたちの王であるアルヴィースの所にたどり着く。
「災難だったな、若き天使よ」
薄暗く、手狭な部屋の中には二本の松明が灯っており、目の前には揺れる炎に照らされる異形がうずくまっている。
初めてドウェルグの姿を見たアルバトールは若干の緊張に包まれるが、それを上回る脱力感を上の階層で経験したせいか、彼は減らず口すら叩く余裕を見せていた。
「まったくです。早く魔法陣の所まで案内してください。あ、エルザ司祭から書状を預かっておりますのでこれを」
少し黙り込んだ後にアルヴィースは書状を受け取り、目を通す。
読み進む毎に、顔に冷や汗が次々と浮かんでいくのを見たアルバトールは、何となく書状の中身が判ってしまい、目前の不気味な姿をしたドウェルグに同情をした。
「こちらでございますアルバトール様」
手もみをし、率先して道案内に立つアルヴィースの姿を見たアルバトールは、ひそかに心の中で彼のために同情の涙を流すのだった。
歩き始めたアルヴィースの後についていった彼らは、先ほど居た場所から更に深い層に降り、入り組んだ通路を抜けていく。
すると抜けた先の広間には、酩酊して眠りこけているドワーフたちが十数人いた。
叱りつけるアルヴィースの横からアルバトールが覗き込むと、どうやら彼らは先ほど介抱したドワーフたちのようだった。
「あれ? だいぶ上に戻ってきたのか。登った感じは全然しなかったから、なんだか不思議な感じがするな」
その声を聞いたアルヴィースは振り向き、溜息交じりに説明を始める。
「地上の者は地下での移動感覚を持ち合わせていないからな。私にとっては地上の光の中で平然と動ける貴殿らの方が、余程不思議に見える」
ボソリと呟いたアルヴィースは、再び先頭に立って歩き始める。
気が付けばアルバトールたちはぼんやりと青く光る床を持つ、ちょうど上の礼拝堂くらいならすっぽりと入りそうな空間へと辿りついていた。
「坑道を拡げていたら、地下水脈にあたったらしくてな。鉱夫たちも必死に証拠を隠滅しようと応急処置を試みたのだが、とうとう鉄砲水に押し流され、気が付いたら上の天井から水もろとも魔法陣の上に落ちていたらしい」
「そうでしたか……ですが命を落とすような事故にならなくて何よりです」
慰めの言葉をかけるアルバトール。
だがその言葉を聞いたアルヴィースの顔は浮かない物だった。
「いや、その際にどうやら……その……もよおしてしまっていたらしくてな」
視線を合わせないように呟いたアルヴィースを見た後、天井に開いた穴を見上げたアルバトールは半眼になり、横目でアルヴィースの背中を見ながらぽつりと呟いた。
「……破壊されたって聞いたんですが」
「ご不浄代わりに使われたことを怒った魔法陣が文字を消してしまったから、破壊と言って差し支えない。それで魔法陣はその働きを止めてしまったと言う訳だ。すまぬ」
背中を向けたままのアルヴィースにかける言葉を必死に探すアルバトール。
だが彼が歩んできた人生の中に、生憎とそんな便利な言葉は存在していなかった。
「いえ、それでは早速修復に取り掛からせていただきます。それにしても貴方も大変ですね、毎回毎回ドワーフたちの悪戯に付き合わされて」
「……王が民を見捨てる訳にもいかぬからな」
よってアルバトールは、思ってもみなかった理由に心中で頭を抱えることしかできず、それでも彼はエルザから預かった一本の杭を取り出し、魔法陣の真ん中へ向かう。
するとそこには朽ちかけた一本の古い木製の杭が刺さっており、彼は持っている杭と見比べながら呟いた。
「ここに打ち込むんだな」
アルバトールは刺さっていた古い杭を抜くと、先ほど懐から取り出した杭を見つめて力を籠め始める。
すると次第に彼の持っている杭が、床の陣と同じ青白い光を放ち始め、それを確認したアルバトールは、渾身の力で先ほどまで杭が刺さっていた穴に打ち込んだ。
「ぐぬっ……う」
穴に差し込むと同時に、全身の力が手の平から杭へと放出されていく感触。
覚えのあるその感触に、彼は意識を保とうと必死に耐える。
(これは……初めて天使の羽根を展開した時並みにきついな)
目を閉じてへそのあたりにある丹田に力を籠め、全身の気を励起させた彼は自らの内に眠る力をすべて解放し、杭に注ぎ込む。
永劫の時に感じられる刹那の時が過ぎた頃、アルバトールが持っている杭から青白い光が溢れ出して彼の全身を包み、そしてそれが魔法陣全体に広がっていった。
「魔法陣は完成しました、智天使アルバトール」
それは修復が完成したことを知らせるガビーの声。
今までに聞いた覚えが無いほどに、威厳を感じるその声が広間に響くと同時にゆっくりと光は薄れていき、遂には魔法陣とその中心に刺さっている杭のみが光を放つのみとなり、その段階になってようやくアルバトールは目を開けてゆっくりと息を吐く。
「ふぅぅ……ぅ……あ、あれ? 手が杭から離れない?」
「念じてくださいアルバトール。その杭から自由になれる、一つの方法を」
いきなり真面目な顔をして話し出すガビーに面食らいながら、アルバトールは杭を切り落とすのに必要な刃物、つまりは手に馴染んでいる唯一つの武器を思い浮かべた。
「あ……取れた。なんだ? 手に剣が握られている」
「エデンの園の端に立つ炎の剣です。おめでとうアルバトール、貴方は聖霊に正式に存在を認められ、その剣を振るうことを認められました」
厳かに告げるガビーの顔をしげしげと見つめた後、アルバトールは右手に握られた剣を見つめて目をしばたかせる。
「本当はこの剣を僕に持たせることが目的だったとか?」
「目的はあくまで魔法陣の修復です。貴方が剣を手にしたのは偶然ですよ。必然的に発生する偶然ですが」
「なるほどね」
剣より噴き出でる、一向に熱を感じない不思議な炎をアルバトールが見ていると、急にガビーが得意気な笑みを浮かべ、ビシィと指を突き付ける。
「そんなことよりあたしに感謝するのね! あたしの助言が無かったら、あんた今頃杭にその身を変えて永遠にこの魔法陣として生きる羽目になってたんだから!」
その言葉にギョッとして硬直するアルバトールだったが、すぐに横からアルヴィースが呆れた口調で口を挟む。
「何十回も儀式を見てきたが、そのような物騒な話は一度も聞いたことが無いぞガブリエル。容姿が変わっただけかと思えば、性格もだいぶ変わっているようだ」
「ちょっと! 余計なことを言わないでアルヴィ……ぶぎゅぎゅう……」
喋っている途中でバヤールの極太の腕に首を極められたガビーを、アルバトールは生温かい目で見つめ、そして先ほどのアルヴィースが告げた内容が気になった彼は、昔のガブリエルについて尋ねた。
「そうだな。私からは何とも言えぬが大層美しく、彼女に恋い焦がれる天使や人間たちはかなりの数に上ったらしい。慈悲深く、思慮深く、懐も深い。まさしく慈愛に溢れた存在と言えただろう。多少臆病ではあったが」
「アレがですか」
「昔はそうだったのだよ。今はアレだが」
「むぎー!」
バヤールの腕の中で、じたばたともがきながら悔しがるガビーに近づいたアルバトールは、ガビーの頭の上にぽんと右手を乗せ、お礼を言う。
「ありがとうガビー。君のお陰で無事に魔法陣を修復できたよ」
途端に態度を変えて大人しくなり、もじもじとし始める彼女に笑みを向け、アルバトールはアルヴィースへと振り返って別れを告げる。
「残念だが、私は地上の光を浴びることができぬ体なのでここでお別れだ。また会おう若き天使よ」
そして彼らはアルヴィースの見送りを受け、再び地上へと戻っていった。
「無事に戻ったようですね。……え? ガブリエルの性格が変わった原因ですか? ええ、確かに昔は気弱で、魔族と言えども倒すのをためらうほどでしたが」
アルバトールは無事に任務が終わった報告をするべく教会に行き、ついでにガビーのことについてエルザに質問をしていた。
「転生した直後から予兆はありましたが、あそこまでひどくなったのは東の混乱を収める為に旅立った後でしたわね。向こうで何か余程つらいことでもあったのでしょう」
「そうですか」
既に日は落ち、気が付けば辺りは夕焼から宵闇へと変化を遂げようとしている。
あまり遅くなってはまたアリアに叱られるな、とアルバトールは肩をすくめ、馬になったバヤールと外で遊んでいるガビーに声をかけて帰ろうとした時、意外なことにガビー自身の口からあっさりと性格が変わった理由が判明する。
「あー、なんかね、あたしが一人で東方に出かける時に不安がってたらね、気弱な態度を向こうの子たちに見せたら天使のメンツに関わる! ってエルザ司祭様にすっごく怒られたから、頑張って性格変えたのよ。あっちの信徒の前に出る時は、変化の術も使って成熟してる時のあたしの姿に戻ったりとかね」
「……そうなんだ」
「もーホント大変だったわ向こうに居た時は。それなのにいきなりあんたの為に途中で戻されたんだから責任とってよねまったくもー、あらエルザ司祭どうしたのですギャ」
そして帰途に就く彼らをにっこりと笑って見送るエルザに、アルバトールも笑みを浮かべながら手を振り、手を振れない状態になったガビーの襟をくわえたバヤールは、彼女の前脚の代わりにガビーの体を左右に振った。
「親父さん、そこのビスコッチョを二袋もらおうか」
「うう、ひどい……本当のことを言っただけで何で記憶が飛んじゃうの……え? これくれるの!?」
結局というかやはりと言うべきか、ガビーの性格が変わった原因はエルザであった。
流石にガビーが可哀想になったアルバトールが、いたわる為に露店に売ってあるお菓子を買って渡すと、それまでべそをかいていたガビーはあっさりと笑顔に変わる。
そんな彼女を見てアルバトールも何となく幸せな気分になると、城へと戻っていったのだった。
今回、杭を剣の柄に変化させる予定だったのですが、調べてみたら西洋の剣は刺突が主な用途だったらしく、手に反発がそれほどかからなかったようで、柄はそのまま金属とかだったみたいですね。
逆に日本刀は斬るのが主な用途でしたから、柄は木製に(ホオノキなど)して、手のしびれを無くしたようです。
切りあいの時は刃こぼれしないように刀の横の部分の鎬と呼ばれる部位で受け、その状態のまま接近した場合は鍔で相手の太刀を受けたりしてたとか?
鎬を削る、鍔迫り合いってのはここから来てるんですね。ふむふむ。
鍔迫り合いの時に相手の親指を切り落とす技もあったらしいですが、その技術は良く判りませんでした。ちょっと残念。