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第101話 その名はガブリエル

 茂みから現れた四大天使の一人、メタトロンを封印するために東方から呼び戻されたガブリエル。


 ロザリーほど体格がいいわけではなく、どちらかと言えばジュリエンヌに近い幼女体型の彼女は、現れるなり精一杯に鋭くした目でアルバトールを射抜き、小さい体ながらも全身から発する威光でたじろがせる。


(……なんで敵意丸出しなんだろう? とりあえず愛想笑いでもして様子を見るか)


 メタトロンの封印に関してどのような儀式が必要なのか、アルバトールは固唾を飲んで彼女の言葉を待つが。



「……あらあら? 貴女いつから私の話を遮れるほど偉くなったのですか?」


 エルザが発した一言により、それはしばらくお預けとなってしまっていた。



「え、あ……も、ももも申し訳ありませんっミカエル様! あの、その、ミ、ミカエル様の手を煩わせるほどでも無いと思いましたのでぇぇぇええっ!」


「まぁ、そう言うことでしたら構いませんが……きちんと話すのですよ、ガブリエル」


「はっ! このガブリエルにおっまかせを~♪」


 どうやらガブリエルがエルザの言葉を遮って話し始めたのは、彼女が勝手に先走った結果のようであった。


(もう帰ってもいいんじゃないかなこれ)


 エルザに対して平身低頭で謝るガブリエル。


 その姿を見たアルバトールは、エルザにアイコンタクトでその旨を伝えようとするが、実際に声をかけてきたのはエルザではなくガブリエルであった。


「天使になったばかりのひよっ子が、天軍の副官たるこの私を差し置いて直接ミカエル様に話しかけようとは! 礼儀をわきまえぬ奴め! 分をわきまえろ! このお方は天軍のすべてを率いる尊きお方ミカエル様! そして私はその副官いたいっ!?」


「変わった名前ですね、板井さんですか」


「今のは違う! 私の名前は……はい、すぐ封印の説明を始めますミカエル様……」


 頭を抑えながらアルバトールに答えていたガブリエルは、喋っている途中で先ほど自分の頭部を襲った衝撃、つまりはエルザの右拳に浮き出た血管を見て血相を変え、背後からのプレッシャーに顔をこわばらせながらメタトロン封印についての説明を始める。


「まず偉大なるミカエル様の力を私に貸して頂き、他二人の力はまぁ天軍の副官である私なら借りるまでも無く封印できるのだが、使ってくれと頼み込んできたなら使ってやらなくもないな」


「はぁ」


「そして水の力を司る四大天使の一人にして、天軍の副官たるこのガブリエルが、憤怒、炎の化身である天使メタトロンを頑張って封じる。激痛がお前の全身に走るだろうが我慢しろ以上」


「不安しか残らない説明と言うのも初めて……では無いか」


 エルザを半眼で見つめた後、アルバトールはガブリエルに視線を戻す。


「何にせよ、もう少し施術者に希望を与える説明をして頂けませんか副官殿」


「黙れっ! お情けで人から天使に転生させてもらった身でありながら、純粋な天使として主に生を授けていただいたこのガブリエルに指図するなっ!」


「承知しました」


(うーん、子供みたいな外見にたがわぬ子供っぽい性格……に嫉妬を少々トッピングってところかな?)


 アルバトールはむきになって自分をやり込めようとするガブリエルを見て、心の中でそっと溜息をつく。


 どうやらこのガブリエルは、父に敵対しているどこぞの貴族たちのように、つまらぬエリート意識に凝り固まっている天使なのだろう。


 存外天使も人間のように俗な存在であるらしい。


 向かい側で微笑みを浮かべつつ右拳を握りしめるエルザを見たアルバトールは、冷や汗を頬に一筋流しつつそんなことを考える。



「ですが私が王都に偵察に出る前に聞いた話では、封印には四大天使のすべての力を合わせると言っていたはず。副官殿の先ほどの言い方では、あまりにラファエルとウリエルをないがしろにしすぎではありませんか?」


「そんなことはお前が気にすることではない。それに私を誰だと思っているのだ? そこにおわすミカエル様を補佐するギャンッ!?」


「いちいち長いですわよガブリエル。それにしても随分と様子がお変わりになりましたわね天使アルバトール」


 舌でも噛んだのか、口を押さえて地面を転げまわるガブリエルを余所に、エルザはアルバトールの瞳を覗き込む。


「ええ、王都でメタトロンに随分と世話になりまして。そう言えば王都から脱出する際の騒動が終わってから、まるでメタトロンの声が聞こえなくなってしまいました」


「あら……」


 エルザは少し考え込むような素振りを見せた後、アルバトールをじっと見つめる。


「そう言えば今の貴方からはメタトロンの気配を殆ど感じることが出来ませんね。これならガブリエル一人でも……」


「ていやー! フハハハハハ! メタトロンと言えど所詮は人から天使に転生した外様の天使! 純粋な天使にして水の力を司り、四大天使の一人に選ばれるほどの力を持った至高の存在! 加えて天軍の副官たるこのガブリエルの前では手も足も出まい!」


 再びエルザの言葉を遮り、何も考えていない顔でアルバトールに右の人差し指を向け、いきなりその先っちょから嬉しげに怪しげな紫色の光を出すガブリエル。


 その姿を見たエルザは、咎める時間も惜しいとばかりに一瞬にして数十メートルの距離をとり、主に祈りを捧げ始めていた。


「それそれー! どうしたメタトロン! もうすぐお前の体は身動きが取れぬようになり、思考は嵐に遭って沈む難破船のように意識の底で眠り……消え? あれ?」


 光を発しつつ、何やら戸惑いをその顔に浮かべてエルザの方を向くガブリエル。


 しかしエルザはその目を完全に無視し、誰かと連絡を取っているように見えた。


(ん? 結界が薄れ始めている?)


 アルバトールはフォルセールを包む結界が薄れていくのを感じ、空へ視線を向ける。


 見ている間にも結界は薄れていき、その様子から言ってラファエラがこちらに向かっていることは確実であった。


 つまり消去法から言って、今エルザが連絡を取っている相手はベルトラムと言うことになる。


 それは四大天使をすべて呼び出す必要がある事態が進行していることを表していた。


 程なくアルバトールの全身が光に包まれ、その光は天を衝く柱と化し。


「……力を消費した身を回復させようと魂の眠りについておれば、我を無理に起こそうとする輩がいるようだ」


 そう口にする彼の目と髪は赤に染まっており、全身は白熱した炎で包まれ、背には孔雀の尾羽根のような羽根が無数に展開される。


 天使を統べる存在、メタトロン。


 その完全体として降臨したアルバトールの足の下には、背中を踏んづけられたガブリエルがじたばたと暴れていた。



「あらあら。さて、どうしたものやら……」


 かなり危険に見えるこの状況を、エルザはおっとりとした口調で片付ける。


「至急と聞きましたが、何用でしょう司祭様」


 そしてそのまま困ったようにメタトロンとガブリエルを見つめるエルザの下に、溜息をつきながらラファエラが現れ、嫌そうな顔で地面に転がっている幼女を見つめた。


「丁度いい所に来ましたわね。ラファエラ、ちょっとあの足元のポンコ……ではありませんでしたわ。ガブリエルを助けてみたいので手を貸していただけますか?」


「正直に言わせてもらうと嫌なのですが、後釜を探すのも面倒ですしやるしかありませんね」


 唇を尖らせ、嫌々ながらも承諾するラファエラを見たガブリエルは、メタトロンに踏んづけられたまま涙ぐんで釈明を始める。


「そんなぁ……ひどいですひどいです助けてくださいミカエル様。私は貴女様の言う通りにメタトロンの封印をしようとしてただけなのにぐすん。後ラファエルは肥だめに落ちて死ね」


 しかし余計なことを言ったばかりに、嫌な顔をしていたラファエラは冷酷な表情へと変化し、周囲に舞う風の精霊がその機嫌をとるように彼女の前に整列を始め。


「そんな強気な台詞は、馬車に潰されたヒキガエルのような今の自分の姿を見てから言うことですねガブリエル」


「いたたたたたっ! あんた後で覚えときなさいよ! その帽子の形に頭の天辺を剃り上げてやるからね! っていたただだだだっ!? うそうそうそ! 今の嘘だからちょっとやめてお願い!」


 足元に転がる小石を風で飛ばし、ガブリエルの額にガスガスと遠慮なくぶつけ始めるラファエラ。


 その後ろには、涼し気な顔をしたベルトラムも姿を現していた。


「司祭様、このような刻限に急の呼び出しとは一体……特に異常は無いようですので夕餉の準備をしてまいります」


 しかしエルザが指さしたその先にガブリエルの姿を見たベルトラムは、即座に優雅な一礼をしたと見えた瞬間、きびすを返して帰ろうとする。


「ちょっとウリエル! あんた天軍の副官の危機を無視してタダで済むと思ってんの!? 天使から人に堕ちた身分でこのガブリエルを見捨てようなんてげりょっ」


 慌てて呼び止めようとするガブリエルだったが、その瞬間に上に乗っているメタトロンが足に少し力を加えたのか、舌を口から出して奇声を上げてしまい、その結果として救援を求める声は途中で遮られてしまっていた。


「……説明せよガブリエル。なぜ我を無理に起こそうとした? その内容次第では貴様と言えど破門は免れ得ぬぞ」


「え、ええとぉ……ですね……」


 メタトロンの口から告げられた内容に血相を変え、じたばたと手足を動かしながらガブリエルは足の下からの脱出を目論むが、やがてそれが叶わぬと悟ったのか、彼女は泣き落とし作業に取り掛かる。


「実は私もこんなことはしたくなかったのですが、天軍の副官たる私の力が必要と言われ、こちらに帰って来いといきなり呼び戻されたのです。東方の国で起こった騒動を収める為に長い年月を向こうで頑張っていたのにぶぎゃ」


「メタトロン、いくら四大天使とは言え、貴方の力で踏まれてはそう持ちませんわ。どうか慈悲を」


 しかしその説明も、いつの間にか近づいたエルザがガブリエルの頭を念入りに踏みつけたことで途中で遮られてしまい、代わってエルザがメタトロンが起きる原因となったガブリエルの珍光線について説明をしていく。


「なるほどな、だが昔はガブリエルもこのような醜態を晒すほど無能ではなかったはず。おまけに背格好が何やら幼くなっているような?」


「ここ数回の戦いに於いて魔族の攻勢が熾烈を極めており、ラファエル、ガブリエル共に転生する憂き目にあってしまったのですわ。特にガブリエルは連続して転生したせいか、背格好ばかりか精神面まで……」


 沈痛な面持ちで説明を始めるエルザだったが、それを見たラファエラとベルトラムから容赦のない捕捉を加えられていく。


「一度目の転生で既にこんな感じにお育てになっておりませんでしたか司祭様」


「ふむ、子供は親の背中を見て育つと申しますからな」


「何しろ天軍の副官と言えば重要な地位ですからね。私としたことが、少々教育に力が入りすぎたかも知れませんわね」


 張り付いたような笑みをラファエラとベルトラムに向けた後、エルザはメタトロンに涼やかな笑みを向けて軽く会釈をした。


「何にせよ、久しぶりの対面です。見ればご機嫌もご壮健もあったものでは無いようですが、とりあえずご無事で何よりですわメタトロン」


「ご無事も無いものだ。君の無茶な要請を聞いたおかげで我は炎帝を失い、せっかく溜めていた力まで使うこととなったのだからな。だが久しぶりに君たちと会えて嬉しいことに変わりはない。君も随分と力を使っているようだが、大丈夫か?」


「こうしている分には構いません。それより何があったのです? 私は天使アルバトールの力だけでは切り抜けられない困難に陥った時、それを打開する為の助力を貴方に頼んだはずですが」


 笑顔のまま首を少し傾け、咎めるような視線を向けてくるエルザにメタトロンは苦笑いを浮かべてあっさりとその理由を白状する。


「それが容易く為せる相手では無かった。極東は高天原に住まいし三貴神が一人、建速須佐之男命タケハヤスサノオノミコトと言う神が相手だったのだが、危うく転生の儀に望む所だった」


「あらあら、貴方ともあろうお方がですか?」


 メタトロンは言葉に詰まった様子を見せるが、隠してもしょうがないと思ったのか素直に続きを喋り始める。


「この体の持ち主の願いと、ついでに供の人間の頼みも聞いてやろうかと欲を出したのが不味かった。また戦いの序盤で、余裕を見せすぎて力を思ったより使ってしまったのも計算違いだったな」


 メタトロンは肩を押さえ、頭を振り、いかにも疲れた、と言うような仕草をした。


「それでもこの体に間借りしている目的の一つ。神気の制御方法を彼に教えることは出来た。そして炎帝の喪失によって、相手に関する情報をあらかじめ得ておく重要性についても教えることができた。それと……」


 メタトロンは腕を組み、王都での記憶を楽しそうに思い出していく。


「旧神を利用し、相手の理不尽な要求に対して自らの意思を表す大切さを伝え、ついでに自らの領地に生じた問題すべてについて責任を取らなければならぬ領主の立場と、すべての生あるものについて責任を取ることになる神としての立場を教えてやったよ」


「道理で小剣に力が残っていなかった訳ですわね。貴方ほどの力の持ち主でも少々の無茶ができる程度の力を籠めておいたはずなのに、もぬけの殻になっていますわ」


「すまないな、面白いように成長していく姿を見て、こちらも歯止めが利かなくなってしまった」


 メタトロンとエルザが互いに笑いあう姿を見て、ラファエラとベルトラムは何のために自分たちは呼ばれたのかと不機嫌な表情を見せる。



「それでは貴方の寝所を新たに作りますわね。このおバカさんのせいで、どうやらアルバトールの中の領域が狭まっているようですから。ラファエラ、ベルトラム、急いでアルバトールを智天使ケルビムへ格上げし、メタトロンが住まう領域を拡張しますよ。ガブリエル起きなさい。貴女が無駄にアルバトールへ放った力を引き上げるのです」



 しかしどうやら本番はこれからであるらしかった。


 時を置かずしてメタトロン――いやアルバトールは、四大天使によって体を薄い光の膜に包まれ、その構成を急速に転じていく。


 物質界に存在する肉体を持ちながらも、精神界に於ける幽体と呼ばれるものに。


 彼は彼として存在する根本、本質を移し替えていった。



 いや、移し替えされていった。



「これで後戻りはできなくなりましたわね……いえ、次の段階に進むことが出来るようになった、と言った方がいいでしょうか」


 エルザは元の状態に戻り、深い眠りについたアルバトールを見つめるとそう呟いた。



「さて、ガブリエル」


「は、はひゃひひっ!?」


「貴女には色々と話したいことがあります」


「ひょへぇ!?」


「あらあら、そんなに怯えなくても……すべては一瞬で決しますわ……」


「あっあのあのちょっと……あ、ラファエル! ウリエル! 助けてくれたら後で褒めてあげてもいいかも! ……ってちょっと二人ともおおおおおお!! ねえってばああああぁぁぁぁぁぁぁ…………ぁ……」



 そして一時間ほど経った後。



「と言う訳で。まぁ色々とありましたが、メタトロンの経過観察を兼ねてガブリエルはしばらく貴方と一緒に居る事になりましたわ」


「チェンジで」


「居ることになりましたわ♪」


「クーリングオフで」


「居ることになりました」


「了解」


 頭を両手でがっしりと掴まれ、血走った眼で睨み付けてくるエルザにとうとう抗することが出来なくなったアルバトールは、諦めの境地に達して右斜め下へ視線を向ける。


 そこで口を尖らせ、涙ぐむ少女――ガブリエル――に対して彼は手を差し伸べるが、その反応は先ほどまでの物と一向に変わっていなかった。


「ふん! これで私に勝ったと思うなよ! ミカエル様に命じられたから仕方なくこの天軍の副官にして水を司るぎゃふん!?」


「まずその長ったらしい挨拶をやめることから始めなさい。いいですわね」


「はい……」


 頭を押さえながらしょんぼりとするガブリエルを流石に憐れに思ったのか、アルバトールはエルザに対してガブリエルの処遇を考えるように抗議をする。



 それが不味かった。



「………優しい?」


「え?」



「…………………ただいまベルトラム」


 城に帰ったアルバトールを出迎えたベルトラムは、目の焦点が合っていないアルバトールの腕にぶら下がるガブリエルを見て、鈍痛に耐えるが如くこめかみを押さえた。

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