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第11ー1話 天使の羽根

 修行に入る手筈を整えた。


 とてもそのようには見えない、単にバウムクーヘンを食べていただけの二人は、礼拝堂の裏庭から表へと移動する。


 目の前には一面の草原と、それを横断する街道があり、エルザは街道を少し歩いた後に脇道へ入る。


 そこには黄金色に輝く、収穫期を迎えた小麦畑が広がっており、一組の夫婦がその間を忙しく動いていた。



「おんや、司祭様どうしたんで?」


 彼女たちの姿を見て、手を止めた夫の方が陽気な声で話しかけてくる。


 エルザは少し高くなっている脇道から畑の端へ移動し、軽く会釈をしてから事情の説明をした。


「修行の季節ですわ。また騒々しくなりますけど、御容赦してくださいましね」


「へえ、毎度の事だし、こちらは一向に構わねえけんども」


「感謝いたしますわ。それではアルバトール卿、手を出して下さいまし」


 そしてエルザはアルバトールの手を取って飛行術を発動させる。


 浮かび上がった二人を見上げる夫婦に手を振られ、彼らは畑に沿うように走っている脇道を辿り、奥へ奥へと飛んでいった。



 次第に眼下は草原からなだらかな丘陵へと変わり、エルザは一番高いと思しき丘の頂上に降り立つ。


 そこからの眺めは、なかなかの見晴らしだった。


 アルバトールがふと城の方を見れば、そこには数々の街道が城に向かって延びており、その光景はまるで街道が血管で、城が心臓のようであった。



(まるきり的外れな表現でもないかな。街道にそって物や人は運ばれ、城に集まって再び送り出される。だから城を落とされるって事は、国や領地にとって死活問題なんだ)


 国や領地は、人々を包み込む一つの生き物。


 アルバトールがいかにも貴族らしい感想を心の中で述べていると、横で様子を見ていたエルザが彼に声をかけてくる。


 そして再び講義は始まった。



「さて、天使の力たる聖天術を教える前に、貴方にはまず天使の羽根を身に付けていただきます」


「羽根を身に付ける? 身に付けられるものなのですか?」


 幾度かまばたきをした後、アルバトールはエルザに問いかける。


 天使の羽根とは生まれつき生えているものであり、後から身に付けるものではないと思っていたからだ。


「あらあら、そう言えば天使の羽根について教授するのを忘れておりましたわね。この私とした事がウッカリしておりましたわ」


 スウィーツに関してはしょっちゅうウッカリしているような……とツッコミたい気持ちを抑え、アルバトールはエルザの講義に耳を傾けた。



「まず天使の羽根についてですが、あれは羽根のように見えて羽根ではありません。肉体に降ろした神気の余剰分を放出している様子が、羽根のように見えているだけです」


「えーと、つまり実際に天使に羽根が生えているわけではない、と?」


「ええ、見ての通り、私に羽根はありませんでしょう?」


 くるりと可愛らしく回ってみせるエルザを見たアルバトールの顔は、至極残念と言ったものだった。


 なぜなら後でエルザへの脅迫……ではなく、非常時に備えて口封じに使おうと思っていた言質げんちが、あっさりと崩れてしまったのだから。


「何ですかその微妙な沈黙は……まぁいいですわ。先ほども申し上げたとおり、神気は天使と言えども簡単に制御できる物ではありません」


「ふむふむ」


「人間と違い、私たちが力を根源とする火より生まれた存在と言う事もあるでしょうが、それほど神気は強力、かつ複雑なものなのです」


「判りました。では羽根はどうしたら出せるのでしょう?」


「まず新たな神気を貴方に降ろしますので、力がみなぎってくるのを感じたら丹田。つまりおへその辺りに力や意識を集中して下さい」


「分かりました。ではお願いします」


 頷いて返事をするアルバトール。


 それを見たエルザが両手をゆっくりと組み、祈りを捧げ始めると彼女の頭の上に白い光の輪が浮かび、次第に光は全身にも広がっていく。


 程なくして光に天使の本質たる炎の色、赤が若干混じり、彼女の背中からは光の奔流ほんりゅう、天使の証である純白の羽根が現れていた。


「では行きますよ」


「分かりました」


 エルザの掌が向けられた瞬間、アルバトールの体に昨晩の感覚が蘇る。


 全身が揺らぐような、頭頂部がざわつくような、それでいて全身が炎の柱と化したような、奇妙な感覚……。


「ところでエルザ司祭」


「何でしょう」


「羽根を生やす事に失敗した場合はどうなるのでしょう?」


「爆発しますわ」


「なるほど」




 ズ……ン………。




「あんれまー、今日はまたえらい激しくやってるだなー」


 農作業をしていた夫婦のうち、妻の方が遠くから響いてきた爆音を聞いて顔を上げ、音に驚いた鳥たちが、小麦畑の近くの林から飛び立つ。


 横目でそれを見た夫も作業の手を休め、妻のほうへ熱い視線を送った。


「ほんになぁ……どうだ? オラたつも今晩あたり激しくやっぺか?」


「あんれー、やだよお前さん、まだ日は高いのにそんな話してー」


 夫婦はのんびりした口調で話した後、お互いの肘でお互いの体をつつき始める。



 一方その頃、辺り一面に広がった爆音の元であるアルバトールは、気持ちいいほど天高く吹き飛ばされていた。



(予想通りの返答、予想通りの展開、そして予想以上の衝撃)


 薄れ行く意識の中、数々の思い出が周囲の青空に映し出されては消えていく。


(これで落ちた先に、予想通りの表情があったら完璧だな)


 そう思った瞬間、今まで自然の理に逆らって上昇を続けていた彼の体が重力に負け、真っ赤に熟したリンゴのように下に落ちていく。


 地面に落ちるまでの間、彼は決してエルザの方を見ようとはしなかった。



「目が覚めましたか?」


 まぶたを開けた時、アルバトールが見たのは通常に戻った青空とエルザの顔だった。


 どうやらエルザは彼が気絶した後に介抱をしてくれていたらしい。


 頭の下に敷かれた二本の柔らかい感触――おそらくはエルザの膝枕――の存在を感じ取りながら、彼はぼんやりと彼女に質問をしていた。


「……なぜ最初に説明をしてくれなかったのですか」


 そう言った後に居心地のいい太ももから起きあがろうとするが、体は言う事を利いてくれない。


「説明した所で防げるものでもありませんから」


「心構えくらいはさせてほしいものですね、まったくもう」


 仕方なくアルバトールは見える範囲で周囲の状況を確認するが、あれだけ激しい爆発を起こしたのに、不思議とその痕跡は辺りに見受けられない。


 被害が自分一人で済んで安心した彼だが、そこにエルザがやんわりとした口調で、とんでもない内容を口にした。



「ああ、無理してはいけませんよ、今の貴方は首から下がありませんから」


「ああ、体がないのなら言う事を利かないのも当たり前ですね……え?」



 それはもう落ち着き払った声で、まるで慌てる様子もなく。



「先ほどの暴走で貴方の体が四散したものですから、急いで修復中ですわ」


「……もしや、先日の任務の後で体が動かなかったのも?」


「よく覚えておいでですね。やはり貴方は優秀です」


(さっきはダメ人間とか言ってたような)


 体が無いため、首を傾げているかどうかの判別がつかないアルバトールは、大人しく体が修復されるのを待つ。


「はい、治りましたわ」


「今回は随分と早いですね」


「今の貴方の肉体は天使のものとなっておりますから、解析も再生も簡単です。流石に創造は骨でしたけれど」


「創造、ですか」


(確か天地創造の一日目は暗闇がある中、主は光を作り、昼と夜が出来た、とある……光を爆発の閃光、夜を気絶、昼を目覚めと置き換えるとしっくりくるな)


 創造と聞いたアルバトールはそんなことを連想し、身震いをする。


(まさかこの言い伝えに沿った進行をするつもりなのでは。……ハハッまさかね)


 そう否定しつつも、背中を冷たい汗が流れゆく感覚は抑えることができなかった。



 そして少し時間は経ち。


「では続いて第二弾です」


「いや第二弾とか言う前に、コツとか無いんですか!?」


 助言も無しに修行を再開しようとするエルザを見て、さすがにアルバトールは悲鳴を上げた。



「そうですわね……まず全身に降りた力を知覚すること」


「はい」


「丹田の近くには力の集積場所の一つがあります。よってそこに意識を集中してもらい、宿った力を感じてもらおうとしたわけですわ」


「ふむふむ」


「知覚できたら、神気を一気に肩甲骨あたりに集中させて下さい、運が良ければそこから余剰の力が放出されるでしょう」


「なるほど……え? 運が良ければ? 何かの間違いですよね?」


 聞き間違いだろうと思い、思いこんで、アルバトールはエルザに詰め寄る。


「間違えましたわ。やっていれば、そのうちに余剰の力が背中から出ます。今は穴が塞がっている状態ですので、そこに神気の圧をかけて蓋を取ろうとしている段階です」


「……それって、エルザ司祭の術とかで何とかできないのでしょうか?」


 やはり何かの間違いだったが、表現は変われど修行の危険度に変化は無いまま。


 愕然とした彼は眉根を寄せ、万が一の希望が残っていないかエルザに尋ねるが、その返答はつれないものだった。


「やれるならとっくにやっていますわ。人が宿している固着力、定着力は貴方が思っているよりも強いものなのです」


「ですか」


 納得できない様子でアルバトールは肩を落とし、エルザの説明を虚ろな顔で聞く。


「反対に天使は力がその本分ですから、簡単に力を引き出せます。まぁその分暴走もしやすいのですが」


「でしょうね……あだっ!?」 


「私を見て納得するのは、レディに対して失礼ですわよ?」


 にっこりと笑うエルザを見て、アルバトールは素直に謝罪した。


「人から天使となった貴方はその両方の特性を持っていますので、一度天使の羽根を身に付けることができれば、後は容易に事が進むはずですわ」


「そうですか……頑張ります」


「私も出来る事なら何でもしますので、くじけないでくださいまし」


 そのエルザの励ましの声を、なぜかアルバトールは半眼で聞いていた。


「随分と楽しそうな顔をしてますね」


「気のせいですわ」



 そうしたやり取りを繰り返し、アルバトールが天使の羽根を生み出せたのは、かれこれ十回を軽く越える爆発を体験した後だった。

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