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第94-2話 羽ばたく心

――この先、お前さんが生きることで助かる命もあれば失われる命もある。決して目に映る一面だけで物事を判断するな――



(……フェルナン殿の家を教えてもらえなかったり、素気無い態度をとられて拗ねたり、エレーヌ殿を節操なく口説こうと詰め寄ったりしていた、あの旧神にこんな偉そうな……神様のように人を導く言葉が言えるなんてね)



 この王都テイレシアで見てきた、バアル=ゼブルの数々の失態と説教の内容のあまりの違いに、アルバトールは旧神と呼ばれる存在の根本を見たような気がし、彼は込みあげてくる笑いを抑えきれなくなる。


「エレーヌ殿の天幕に忍び込んだ挙句、自警団に捕まった下品な男に説教を受けるとは思わなかったよ」


[なっ……! テメエ! ここでそれを言うか!]


 顔を赤くして叫ぶバアル=ゼブルに、アルバトールは雲一つ無い青空のように晴れた笑顔を向けた。


「敵の矜持に配慮するほど老成していないのでね! 文句があるなら僕がアナトを倒した後にゆっくりと聞かせてもらうことにしよう!」


 聖霊から力が注ぎ込まれ、身体に生気が戻っていくアルバトール。


 目の前の敵に生気が戻った姿を見たアナトも、また心地よい戦いを経験できる喜びに笑みを浮かべて大剣を握りなおし、そしてこの日初めての強化術を実行していく。


[仕切りなおしだ。行くぞ天使!]


「来い! 旧神最強と呼ばれるほどの力、見せてもらうぞアナト!」



 気合の声と共に一瞬で距離を詰め、真正面から打ち合う両者。



 二人ともその激突の余波でたたらを踏んでしまい、更に明らかに力負けしているアルバトールの方は数歩ほど後退することとなる。


[アスワド=タキール!]


「アイギス!」


 その隙を見逃さずに放たれたアナトの術は、アルバトールによって実行された光る盾の術によって防がれる。


 その光る盾、エレーヌの見よう見まねで発動させたアイギスによってアナトの術を無傷で耐え凌いだアルバトール。


 八雲の後ろで固唾を呑んで見守っていたエレーヌは、その無事な姿を見て嬉しそうに顔をほころばせ、軽く拳を握り締めた。


「やれやれ、ようやく使いこなすことができたか。念のために出立前に見せておいた甲斐があったと言うものだ」


「へー。なのです」


「ほー。なるほど」


 そしてそんなエレーヌの様子を見たロザリーとリュファスが、意味ありげな笑い声を上げて睨まれる。


 しかしエレーヌが怒鳴ろうとした瞬間に、後ろに居並ぶ討伐隊が調子を取り戻したアルバトールに対して歓声を上げたため、双子は怒られることなくそのまま共に機嫌のよくなったエレーヌと応援を始める。



 しかし、戦っている当人であるアルバトールにそれほど余裕は無かった。


 

(このままじゃジリ貧だ……! この結界の中だと、炎の森が使えるほど精霊が集まってくれない! 大天使だった頃に使えた術が、何で座天使になった今使えないんだ!)


 あせりがあせりを産み、精霊が集まっても上手く演算や調整が出来ず、集まった精霊たちがまた去っていく。


 そんな繰り返しを何度かした時、そこに不思議な声が混ざることに彼は気付いた。



(力が欲しいようだな)


(僕以外の力なら要らない。今ちょっと忙しいから後にしてくれるかな)


 即答したアルバトールに多少困惑しながらも、その不思議な声はくじけることなく朗々と内なる言葉を展開した。


(今は君の力ではないが、君が同意したら君の力になるのだから一緒だ。気にするな)


(それって乗っ取られるってことじゃないのか!?)


 いきなりとんでもないことを言い出す声に、アルバトールは怒りを露わにする。


(言い方が悪かった。このまま君が精霊魔術を行使していけば使えるようになる術を、今すぐに使えるようにすると言うだけだ。長いから省略してしまったがな)


(それならまぁ……危険はないの?)


(このまま奴と戦っている方が危険だ。今の内に決着を着けないとお互いに術の威力がどんどん増え、そちらの男ですら抑えきれなくなるかも知れんぞ。その時に君と相手が同時に結界を張れればいいが、そうならなかった時は周りに要る人間は全滅だ)


 その言葉を聞き、アルバトールは受け入れる決心をして承諾をする。


(良かろう。私の名はメタトロン。君の中に間借りしている者だ)


(え、ちょっと待って……)



 アルバトールは聞き覚えの有るその名前と、力を借りる危険性についてまるで説明が無かったことに動揺するが、既に手遅れだった。



「フラム=フォレ」


 力を含んだアルバトールの声と共に、いくつもの巨大な炎の柱がアナトとその周囲を包む。


 だが、その炎の力が発動されたのは一瞬だった。


[アスワド=タキール]


 あざけるようなアナトの声と共に、一つの術が展開される。


 しかし今度の物は、明らかに今までの物とは様子が違っていた。


[これがジョーカーを倒した術か? 随分と脆いものだね]


 新しく顕現したアスワド=タキールの大きさは、十メートルほどの巨大な物であり、その光景はまるで巨竜が火炎の息を吐く為に顎を開けたように感じられた。


 だが実際にその黒い穴から火炎の息が吐かれることは無く、それどころかその中に炎の森のすべての炎が吸い込まれていき、吸い尽くすと共に穴は消える。



 無傷のままのアナトをその場に残して。



[おやおや、どうしたんだい天使殿? 顔色が悪いようだが……ひょっとして、今のがお前の切り札だった、なんてことは無いだろうね]


 余裕を見せるアナトに対し、アルバトールは剣を構え、不敵に笑って見せた。


「切り札だよ。布石とも言うかもしれないけどね」


[ではこれからのお前の戦いぶりを楽しみにするとしよう。アスワド=サウト!]


 アナトの大剣に黒い影が纏わりついたと思うと、それが何本もの鞭となってアルバトールに襲い掛かる。


 それを走って避けながらアルバトールは反撃の機会を伺うが、あらゆる方向から襲い掛かってくる黒い鞭に隙は無かった。


(フラム=フォレが通用しない……!? いや、力がすべて発揮されていないのか!?)


 どこまでも追って来る黒い鞭を避けることを諦め、アルバトールは踏みとどまってアイギスでアナトの術を防ごうとするが、その内の数本が彼の体に当たり、肉を削ぐ。


 その苦痛に呻き声を上げつつ耐えるアルバトールは、再び先ほどの声が聞こえてきたことに心の中で文句を言いながらも耳を傾けた。


(どうやら君が座天使になって力が上がったことで、君の身体を制御することが難しくなったようだ。思うように力が出せない)


(解決方法は? あるとすればその危険性も添えて)


(君が意識を失うか、君が自主的に私に一時的に身体を預けると誓えば解決する。だがその場合、下手をすればここにいる全員が焼き払われる可能性も有る。慣れていない体で術の制御は……)


 アルバトールは激しく身震いをし、メタトロンの言葉を途中で振り切る。


(論外だ。もし僕が死んでも、皆には生きてフォルセールへ帰ってもらう)


(まだ君はそんなことを言っているのか。あのアナトとかいう女が言ったことをもう忘れたのか?)


 アルバトールはその問いかけを無視すると、ミスリル剣に光を纏わせ、アナトが持つ大剣と同じ程度の大きさにまで成長させると、持っている盾をアナトに投げつける。


 同時に彼は前へ走り出し、鞭の先端を避けながら、あるいは切り払いながらアナトへ突っ込んでいった。



「ここにいる全員を生きて帰らせる! それが僕にとっての自由! 権利! そして誇りだ! フォルセールに戻ったら皆で宴を開いて朝から晩まで楽しんでやる!」



 まさか盾を捨てて突っ込んでくるとは思っていなかったのか、意外に容易くすべての鞭をかいくぐってアナトの懐に飛び込むことができたアルバトールは、逆袈裟で彼女を地面ごと切り上げようとする。


 しかし、その攻撃に対するアナトの反撃は卑劣極まりない物だった。



[そう言えば、先ほど貴様が私の胸を顔面で蹂躙した代償を貰い受けておらぬな]


「なっ!?」



 アルバトールのみに聞こえる程度の声でアナトが囁いた内容は、結界の外に居る者たちにはその内容を判別できないものだった。



「汚い……真似を……」



 彼らの目に映ったのは、アナトに致命傷を与えるはずだったアルバトールの剣が、直前で急にその速さを鈍らせたこと。


 そしてその瞬間アナトが振るった大剣によって、逆に吹き飛ばされたアルバトールが血を吐き、怨嗟の声を上げながら地面に倒れこんだ結果のみだった。



「アルバトール! しっかりしろ! 私たちをフォルセールに連れて帰ってくれるのではなかったのか!」


 血相を変えたエレーヌが声をあげるが、呼びかけた先のアルバトールは体を痙攣させながら動く気配が無い。


「団長、こうなりゃあ俺達が乱入して……!」


 カロンの提案を、ベルナールは直ちに否定した。


「アンドラスだけならまだしも、バアル=ゼブルまで来てしまった今では逆効果にしかならん! ここは耐えるのだ!」


「ですがこのままじゃ若様が死んじまいますぜ! たった一人のお世継ぎが死んじまったら、フォルセールはこれからどうなるんですかい!?」


 焦りを見せる周囲に対し、指示する内容をベルナールは既に思いついていた。


 その考えは突拍子も無く、確実性も無く、それどころか彼の願望でしかないもの。


 だが、人ではなく天使になったアルバトールに対して、矮小な人間にも出来るたった一つのことでもあった。


(まさかこんなものに頼るような時が訪れるとはな……人とは何歳になっても未熟な者だと、これほど痛感したことは無い)


 ベルナールは自嘲し、だがその眼はしっかりと前を見据えながら説明を始める。


「一つだけ、今の我々にも出来ることがある」


 ベルナールが発した言葉に、フォルセールの者達はおろか、バアル=ゼブルですらすがる様にその言葉の続きを待つ。


「祈るのだ、アルバトールの勝利を。神ではなく、彼自身に」



 ベルナールが提案したのは、神頼みだった。

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