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第10ー2話 修行の前に

「こんな所に礼拝堂があったとは知りませんでした」


 礼拝堂自体は小さい。


 小屋と言ってもいいくらいの大きさである。


 おまけに城の郊外、且つ教会の管理地内で、おまけに周囲を林に囲まれている。


 ……とは言っても、この地で生まれ育ったアルバトールが知らないと言うのは不自然。


 そう断言できる程度の距離しか城から離れていない。


 眉根を寄せるアルバトールに対し、彼をここに案内してきたエルザ本人と言えば。


「そうですわねぇ、秘匿ひとく主義と言う言葉だけでは片付けられませんわね」


 などと人を煙にまく言葉を残し、ノックもせずに礼拝堂の中に入っていく。


「ちょ、ちょっとエルザ司祭!? ええと、馬屋……あるわけないか」


 後を追う為、慌てて馬を繋ぐ場所を探すアルバトール。


 しかしそれが見つかる前に扉の影からエルザが顔を出し、軽く手招きをした。


「ああ、馬を連れてそのままこの中に入って構いませんわよ」


 エルザのその言葉に、半信半疑で建物の中に入っていくアルバトール。


 一見した限り、礼拝堂の中は数列の椅子と机が並ぶ通常の建物に見えた。


「なっ!?」


 だが彼が中に入った途端に馬が光り輝き、小さな光の玉に変化してしまう。


 しかし彼の衣服や非常食などを入れたケースと、手綱は宙に浮いたまま。


 試しにアルバトールが手綱を引いてみると、かすかな手ごたえと共に、浮いたままケースが移動する。


「あー、えーと……エルザ司祭、馬はどちらに繋げば?」


「放置しておいて構いませんわ。でも、ケースは下ろしておいたほうが使いやすいでしょうね」


「はぁ」 


状況を飲み込めないまま、アルバトールはエルザの助言に従ってケースを下ろし、水が入っている革袋を取り出すと、エルザに準備が出来たことを伝える。


「では始めましょうか。こちらから出ますので着いてきてくださいな」


 そう言って、エルザは先ほど入ってきた正面の扉ではなく、裏口から出て行く。


 アルバトールはそれを不思議に思いつつも、エルザに続いて裏口から出て行った彼が見た物。



――はたして、外に出たそこは異世界だった――



 などと言うことも無く、アルバトールは垣根に囲まれた狭い裏庭を見て肩を落とした。


 目を凝らし、周りを見渡しても、そこには何本かの丸太が転がっているのみ。


 「では」


 そこにエルザが口を開くのを見て、続きがあるんですね! と言おうと思った矢先。


「ここまで歩いてきて疲れましたので、お風呂を沸かす為のたきぎを作ってくださいな」


 と言われ、アルバトールは先に頭を沸かしていた。


「……エルザ司祭」


「あらやだ怖い顔」


「帰ります」


「冗談ですわ。いえ、薪は作っていただきますが」


 アルバトールは怒鳴りつけたい気持ちを抑え、エルザを問いただす。


「僕は貴女と旅行に来たわけではありません。しかるべき理由を言っていただけないのであれば、本当に城に帰らせていただきますよ」


「落ち着きなさいアルバトール卿。精神を静める事もこの修行の一環ですよ」


「……失礼しました」


 確かにその通りだった。


 ちょっとしたことで動揺し、感情のままに行動する者は、戦場で早死にする。


 特に先日、自らの危険をかえりみず……と言うか防御を忘れ、魔物の攻撃からエルザを庇おうとした彼に、エルザの指摘は耳に痛かった。


「若い時は自らの心を抑える事も、鼓舞する事も難しいですからね。これから徐々に身に付けるようにいたしましょう」


 力強く首を縦に振るアルバトールを見て、エルザも満足そうに頷く。


「さて、それではそこにある丸太を薪にする過程で、貴方の体に降りている力を少しずつ解放し、その後に聖水による沐浴によって、一度貴方の肉体を天使になったばかりの状態に戻します」


「元に戻すのですか?」


「今の貴方には少々神気が降りすぎていますから、このままではまた暴走する事になりかねませんわ」


「わかりました」



 人が簡単に死ぬほどの威力を持つ力。


 それが自分の意思で制御することが叶わない恐怖。


 あんな思いは二度と経験したくはなかった。



「さて、丸太を薪に……」



 ここでアルバトールは気がつく。


 そもそも薪とはどんな形をしているのかを知らない事に。


 領主の家に生まれ、小さい頃よりその言葉を聞くことはあっても、実物を見た事はなかったのだ。



(お風呂を沸かすために使用するのが薪。それに加え、丸太を薪にする過程で、とエルザ司祭は言っていた。つまり、丸太を燃えやすくするために、小さくするのだろう)



 相手の態度や発言から、その真意を探る駆け引き。


(小さい頃より受けていた帝王学が、こんな所で役に立つとは……)


 アルバトールは丸太にノコギリを当て、薪を作る作業に移ったのだった。



 数分後。



「なかなか面白い見世物を見せていただきましたわ。アルバトール卿」


「喜んでいただけて何よりで御座いますエルザ司祭」


「まさか丸太をバウムクーヘンのように輪切りにして、薪と言い張るとは思いませんでしたわ」



 彼は少々不機嫌になったエルザに叱られていた。



「いえ、常日頃より甘い物を好まれる司祭様に供したく思いまして」


「あらあら、そんな憎まれ口が叩けるところまで回復するとは……もう手加減はいらないようですわね」


「すぐに食べやすいようにカット……では無かった、燃えやすいように細く割りますので御容赦を」


「あらあら、これはその頭を輪切りにする方が先決かもしれませんわね。ちょっとそのノコギリをこちらに渡していただけませんこと?」


「いえいえ、これは私が使用中で御座います。おお、そう言えばベルトラムからエルザ司祭への手土産を預かっていたのを忘れておりました」


「あらあら、相変わらず有能ですわねベルトラムは。主人を甘やかしすぎてダメ人間にしてしまうのが、欠点と言えば欠点ですが」


「一応、父上もベルトラムの主人にあたるのですが」


「出る時に渡された手土産を今の今まで忘れていたようなダメ人間と、こまやかな心遣いを感じる統治を行うフィリップ様を一緒にするような失礼な真似は私にはできませんわ。貴方と違って」


 アルバトールはその言に黙り込み、口をへの字に曲げて手土産を手渡す。


 するとエルザは受け取ると同時に、開けても良いかと断りを入れてくる。



 が。



「もう開けてるじゃないですか」


 アルバトールの呆れた声を無視するかのように、エルザは年端も行かぬ少女のように喜びの声を上げる。


「あらあら」


 手土産の中身は、アルバトールを心配する内容の手紙。


 そしてバウムクーヘンであった。


 

 十数分後。



「ベルトラムは有能と言うよりは優秀、と言った方が似合いますわね……もぐもぐ。しっとりとしながら口の中で軽くほどけていく生地、舌をまろやかに包んでいく甘さがたまりませんわね……執事にしておくにはもったいないですわ」


「全くです」


「あら? アルバトール卿、そっちのピース、私の物より大きくありませんか?」


「むぐ……気のせいですよ」


「気のせいなら交換しても問題ありませんわね」


「交換と言うのであれば、代わりにエルザ司祭の分をこちらに渡すのが常識ですが」



 結果、二人は修行を完全に忘れ、世間話を始めていた。



「そう言えば、昨日エンツォ殿から出ていた土色の光は一体何なのでしょう?」


「土色の光は、エンツォ様がその身に宿している土の精霊力ですわね」


 それを聞き、アルバトールは首を傾げる。


「エンツォ殿は魔術が使えないはずなのですが、なぜ土の精霊力を?」


「エンツォ様は、魂の根源に土の特性を宿している人間達の中でも、更に定着、固着に縛られた魂の持ち主ですわ」


「初耳ですね……」


「切り札は安易に人に話さないものですわ。私も本人から聞いたわけではありません」


 エルザは静かにフォークを空になった皿に置き、唇の端についたバウムクーヘンを指でつまんで口の中に放り込んだ。


「よって人の精神力を解放させて魔術を行使する事は殆ど出来ませんが、精霊ノームによって行使できる魔術の一部――自己強化や自らが装備している武具の強化など――を精神力を消費せずに使用することができます」


 そして鋭い視線をアルバトールの皿に送ったのだが、エルザが得ることが出来たのは彼の非難めいた視線のみだった。


「……コホン。まあその力はなかなかのもので、下手な魔術士ではエンツォ様に対抗すらできませんわ」


(武具の強化か。だからエステル夫人の魔術にも真正面から対抗できているんだな)


 アルバトールは納得し、そしてなぜ身持ちの方は硬くしてくれないのかと思い悩む。


「それにしても羨ましい限りです。私も修行すれば、エンツォ殿のような力が手に入るのでしょうか?」


「もちろん使えます。それにエンツォ様のようなかせもありませんわ」


「枷?」


 きょとんとするアルバトールに、エルザはやや寂し気な表情を見せる。


「土の精霊力を行使できる代わりに、体重が同じ体格の人より重くなります。水死の危険は当然の事ですが、身に宿した精霊力が強すぎると暴走し、自らの体重を支えきれずに圧死したりなど」


「そんな……エンツォ殿は大丈夫なのですか?」


「あそこまで成熟すれば、おそらく大丈夫でしょう。それにデメリットだけではなく、肉体の衰えも半分程度になるようですわ。エンツォ様の存在はまさに奇跡ですわね」


「おお、それは良かった……いや良くないですよ! 僕のを差し上げるという意味ではありません!」


 気を抜いたアルバトールの皿から、いつの間にかバウムクーヘンは消え失せていた。


「元々私への手土産だったのでは?」


「くっ、そこに気付くとは……それはそれとして、なぜいきなりエンツォ殿の放つ光や精霊たちが見えるようになったのでしょう?」


 自然な成り行きでアルバトールはその場をごまかす。


「……まぁいいでしょう。エステル夫人が扉の向こうに呼び寄せた精霊達や、エンツォ様の持つ精霊力の光が急に見えるようになったのは、天使化によるものですわね」


「なるほど」


「天使や魔族、また精霊魔術の熟練者は、精霊などの力の動きを自然に視認できます。それに加えて精霊の動き、つまり力場の動きを観察する訓練の結果次第では、敵の攻撃が発動する前に対応して防ぐ事も可能になりますわ」



 アルバトールは自分でも気づかないうちに、両手に汗を握りしめていた。


 昨日まで見ていた世界と、今日になってから見る世界の景色にさほど違いはない。


 昨日と違うのは、ほんの少しの知識を得ただけ。


 それだけで彼は、世界に無限の拡がりを感じていた。



「さて、貴方の体に降りた神気もだいぶ抜けたようですし、そろそろ始めましょうか」


「奇遇ですね、丁度私もそんな気がしていたところです」


「神気も思ったより固着してなかったようですし、この程度であれば沐浴をしなくていいでしょう」


「……まさか本当に貴女が入浴をしたかっただけではないでしょうね」


 疑い深げな視線を送ってくるアルバトールに、エルザは微笑を浮かべたままに返答をする。


「どちらにしろ、薪割りはする必要がありましたわ。貴方がここに居る間、無為徒食で過ごしたい、と言うのであれば別ですが」


「それは貴族として承服いたしかねます」



 この時、先ほどの甘い物をつまんでいたアルバトールの顔を見ていたものがエルザ以外に居れば、彼の貴族としての威厳について異議を唱えたことは間違いなかっただろう。


 とにもかくにも、修行はこうして始まりを告げたのだった。

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