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第93-1話 誇り高き女神

 八雲が発した開始の合図と共に、アナトは軽々と大剣を片手で振り回す。


 そして妖艶な笑みを浮かべ、挑発するように手招きをする彼女の視線を防ぐかのように、対峙するアルバトールは盾を前に構えた。


(刃の鋭さで相手を切る、と言うより重さで叩き折る大剣への対処は、その長さが邪魔になる懐に飛び込むか、相手の右側に回り込んで剣を振り回せないようにすること)


 そしてじわじわとアナトの右腕の方へ静かに弧を描いて回り込み、飛び込むタイミングを計っていた。


(それが出来ればそれほど恐れることは無いはず……まぁ人間相手なら、なんだけど。でも相手の手の内が判らない以上は、これがベターかな)


 そのアルバトールの動きを、小賢しいとばかりに視線のみで追いかけていたアナトがようやくつま先を動かそうとした時、八雲が思い出したように言葉を発する。


「そう言えばお前たちが戦う時は、周囲に被害が及ばないように結界を張るのだったな。天つ罪が一つ、頻播しきまき


 すると周囲の地面や草むらから、上空に向かってふわりと柔らかい光がいくつも伸びていき、目は粗いが恐ろしく強固な結界が、戦う二人に八雲を含めた三人を包むようにして張られる。


「では二人とも遠慮なく戦ってくれ」


 そう言うと、八雲はこれから始まる戦いを楽しむかのように、悠然と腕を組んで二人を見つめた。


[八雲よ。ひょっとして以前城で私と戦った時は、手を抜いていたのか?]


 目の前で余裕たっぷりに立っている八雲に対し、アナトは周囲を包んだ結界の頂点を見上げて問いかける。


 しかし八雲はその質問に答えず、含み笑いをするだけだった。


[私を愚弄するか? この天使を葬った後、続けて貴様に勝負を挑んでも良いのだぞ]


「手を抜いた、抜いていない。どちらの答えでもお前は俺に挑んでくるのだから答える必要は無い。ある種のサメが常に泳いでいなければ呼吸が出来ず死んでしまうように、お前は戦いを止めれば自らの価値を見失い、死んでしまうだろうな。哀れな女だ」



[死ね]



 呆れた口調で八雲が答えると、アナトはその挑発にあっさりと乗り、大剣を両手で地面に突き刺して気合と共に術を発動する。


[サルブ=トゥルバ!]


 だが、その術が八雲に当たる事はなかった。


 大地が揺れ、次々と硬化、結晶化して黒い蛇のようになった地面が八雲に向かいはしたものの、その直前で八雲の術に防がれてしまったのだ。


「天つ罪が一つ、溝埋みぞうめ


 長く続いたすべての攻撃を防ぐと、八雲はアナトを冷ややかに見つめる。


「考えなしとは正にこのこと。お前は俺と戦う前に、まず倒さなければならない者がいるだろうに。戦う必要のない相手に、余計な手出しをして自らの手の内を晒すような時間があるなら、目の前の相手を倒すことに使うことだ」


[この天使を倒した後は貴様の番だ、決して忘れるな!]


 地面を踏み割り、怒りに燃えるアナト。


 今にも八雲に突進しそうなほど怒りに包まれた彼女を見たアルバトールは、自分でも気づかないうちに背筋に冷や汗をかいていた。


(この結界に包まれていながらアナトから放たれた術のあの威力、そしてそれをあっさりと防ぐ八雲殿、か……)


 先ほどのバアル=ゼブルとの戦い。


 そして今のアナトと八雲の術の応酬を見たアルバトールは、まるで自分が場違いな所に放り出されたように感じられ、嘆息した。


(だが、やるしかない。既に僕は契約……約束を交わしている)


 しかし一つの約束を胸に抱いていた彼は、その溜息を全身の感覚を研ぎ澄ませる息吹と変え、力を隅々にまで行き渡らせると、意識を目の前の旧神に集中させていく。


(皆と共に、無事にフォルセールに帰ると言う約束を!)


 そしてアルバトールは盾を構え、旧神最強と呼ばれるアナトへ挑むべく、自らの強化を精霊に願った。



 一方その頃。



[……まだ耳がキンキンしてやがる。いつ死んでも不思議じゃねえ年齢のクソジジイのどこにあんな元気があるんだよ]


 ある意味一つの消耗戦を終えた一人の旧神が、もう一人の旧神と一緒に一つの建物から姿を現していた。


 いつもの内容の説教を、いつものように聞き流して釈放されたバアル=ゼブルは、詰所を出た直後に街が妙に静かになっていることに気付き、背後のモートに話しかける。


[モート、こりゃどっちかが死んだかも知れねえな]


 後ろについてきている闇の炎モートに向かって、バアル=ゼブルは冗談では済まされない内容をあっさりと言ってのけ、それを聞いたモートは仰天し、目の前でうっすらと笑みを浮かべている顔に向かって唾を飛ばしながら返答した。


[不吉なことを言うな! 今アナトに転生されては我々の計画は後退どころの話しでは無いのだぞ! 転生がいつ完了して戻ってくるか判らない者を、戦力に数える訳にはいかないのだからな!]


[……ああ、そうだな]


 バアル=ゼブルは顔にかけられた唾をモートのマントで拭き取ると、心の内に秘めた目的を少しも周囲に臭わせずに、飛行術を使って浮かび上がる。


[俺は少し様子を見てくる。お前は城に戻るなり街を見回るなり好きにしな]


 しかしその姿を見たモートは途端に慌て始め、何かを恐れるように周囲を見渡した。


[お、おい、俺一人でアナトと鉢合わせになったらどうするんだ]


 バアル=ゼブルはそれを聞き、昔のアナトとモートの間で起こった争いの顛末を思い出してモートに同情するが、今の彼にはそれより大事なものがあった。


[あー、一応お前も魔族の指導者なんだから、堂々と胸を張った後に土下座でもしとけばアイツも許してくれるだろ]


[それで許してくれるならここまで恐れるものか!]


 喚くモートを地上に置き去りにすると、バアル=ゼブルは力を持つ者の気配を探る為に上空に向かい、一人になったモートは炎の柱に身を変え、すぐにその場を離れた。



[さて、っと……アイツらどこに行きやがった]


 テイレシアを一目で見渡すことが出来る王城の見張り塔ですら、到底及ばぬ高さで浮遊するバアル=ゼブル。


 そして桁外れの力を持つ者たちの気配を探り始めた彼は、街の中に幾つかの力が集まっているのを感じ取り、そちらへ注意を向けた。


[あん? 何やってんだあの三人]


 狭い路地裏で、ジョーカーとベリアルの二人がアガレスとくんずほぐれつしている姿を見たバアル=ゼブルは首を傾げるが、今の彼にそれを止める義理は無かった。


[後で成り行きを聞いた方が面白そうだし放っとくかね。お、あっちか?]


 王都より遥か遠くに、幾重にも連なる丘の隙間。


 そこから結界らしき力の一部が姿を現しているのを見たバアル=ゼブルは、多少の興奮を露わにし、まるで闘牛を見る見物客のような顔になって郊外の丘へ飛んでいった。




[お前に恨みがある訳じゃない。むしろ初めて会った時は可愛くさえ思えたものだが、こうなっては仕方がない。私がきちんと天に送り返してあげるから感謝するんだね]


 アナトの懐に飛び込もうとしていたアルバトールは、アナトが自分を可愛いと評価したことに面食らってまばたきをしてしまう。


「恨みが無いなら穏便に話し合いで……うわっ!?」


 だがその一瞬の間に、大きく大剣を振りかぶったアナトが彼の眼前に迫っていた。


(強化術も使っていないのに、何てスピードだ!)


 アルバトールは剣を横に避けて交わそうとするが、八雲の結界によって思うように動けなくなっていた彼は、即座に予定を変えて前に踏み込み、盾で受け止めようとする。



「あ」



 しかし思った以上に言うことを効かない体を持て余した彼はよろめいてしまい、剣での一撃を柄による一撃に切り替えようとしたアナトの胸に頭をすっぽりと収めていた。



[アルバトールだったか、天使にしてはなかなか肉欲に興味があるようだが……こう言うものは時と場合を考えた方がいいぞ。ほら]


 アナトの視線を追ったアルバトールは、その先にわだかまる闇。


 つまり人間の形をした漆黒の憎悪に気付くと同時に目を逸らす。


 そこには二人の争いに巻き込まれることを避ける為、八雲の背後に移動していた討伐隊の者たちが、一人の女性を境にして真っ二つに割れ、恐怖に身を震わせていた。


 そしてその女性――エレーヌ――が、焼き殺さんばかりの熱い視線で自分を射抜いていることに気付いたアルバトールは、少々口をパクパクさせた後に言い訳をする。


「事故ですよ事故! と言うかこの前天幕の中で……」


「今死にたいか」


「何でもないです」


「あれ? ねーちゃんいつの間に発情期おわったんだ?」


「あー、静粛に」


 ざわめき始めた場を静める為に八雲が軽く手を叩き、二人に戦闘の続きを促す。


「お前たち、真面目にやる気が無いなら今すぐこの場で解散しろ。俺もそれほど暇ではないのだぞ」


(僕たちも暇って訳じゃないんだけどな……戦わずに帰れるなら帰りたいよ)


 安全な場所に移動でき、仲間の負傷も癒えた。


 よって今のアルバトールにはとりたてて戦う必要は無いのだが、目の前の旧神はそれを許してくれそうにない。


――そうだ真面目に殺し合いをしよう――


 アルバトールはそんな馬鹿馬鹿しい文句を頭に浮かべつつ、剣を構えたのだった。

 筆者も忘れがちになるのですが、この世界における結界とは敵だけでなく自分や味方の力も全て押さえるものとなっております。

 結界の中で持っている能力の殆どを発揮できるのは、土より産まれた安定した存在だけである人間だけとなっています。

 それに対して力を発揮しやすいものの、不安定な存在である天使や旧神などは結界の中では力を大幅に削られる物となっております。

 まぁ元から持っている能力が人間とは桁外れなので、やっぱり人間は単体では天使や旧神に勝てないんですが……。

 じゃあ何でそんな自分の力も抑えるような物を発動するかって言うと、大陸や星を破壊する可能性があるからなんです。

 人が自分達にとって重要な意味を持つ超常的存在は、人が全滅するような戦いはしたくないのです。


 ちなみに結界を張る力は、結界が張られた後でも変化はありません。

 同質の力なので結界に影響されないとでも思ってください……なので同じ聖霊の力を借りる法術も影響されません。

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