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第91-1話 血に染まる広場

 広場から悲鳴があがった。


 一方的に叩きのめされ、魔神に首を掴まれている女性からではなく、その惨劇を見つめる聴衆から。



 アナトの攻撃で息も絶え絶えになっていたエレーヌ。


 そんなエレーヌを、自らも足を負傷しているにも関わらず回復したロザリーは、下位魔神によって今度は左腕を折られていた。


 ロザリーの回復により、アイギスを使用できるまでに力が戻ったエレーヌは、ロザリーを守る為に下位魔神の前に立ち塞がって魔神の手から守ろうとするが、それも無駄な抵抗に終わる。


 大剣を振りかざしたアナトの一撃で、エレーヌが発動していたアイギスの術が強制的に解除されてしまったのだ。


 続いての一撃を受けて倒れてしまったエレーヌを、アナトは嘲るように見下ろした。



[ハーフエルフ風情が使う術にしては強固なものであったが、このアナトに対して通用する水準ではなかったようだな。その体では最早ろくに動けまい。そこの魔神よ、後は好きにするがいい]


 背中を向け、噴水の方へ戻ってその縁に優雅に腰掛けるアナトに向かい、下位魔神はうやうやしく一礼をする。


 魔神はそれからエレーヌとロザリーの方へ視線を戻し、歯を剥きだしにして下劣な笑いを浮かべるが、その間には再び立ち上がったエレーヌが気丈な顔で剣を構え、行く手を塞いでいた。


「……この子らに手出しはさせん」


 しかし中段に剣を構えたその腕は細かく震えており、持ち上げているのがやっとの状態に見える。


 そんな彼女に無言で近づいた魔神は、その顔を激しく殴りつけて吹き飛ばすが、エレーヌはすぐに立ち上がって魔神に吠えた。


「このエレーヌの目の届く所で子供に手を出す輩は許さん! 私のような目に遭う子供を! 二度と作り出すわけにはいかんのだ!」



 行き過ぎた愛情、過剰に見える子供の保護。


 他人から見れば異常とも受け取られかねない子供への愛着は、彼女が昔エルフの里で経験した凄惨な過去が元となっていた。



[では、その目を潰すまでだ]


 しかし、その気合の声も虚しく広場に消える。


 魔神がエレーヌの喉を掴んで鋭い鉤爪を持つ指を振りかざし、彼女の眼に突き入れて引き抜いたのだ。


 抜き取られた彼女の両目は、下賎な笑みを浮かべる魔神の口の中に消えた。



 広場から悲鳴があがった。


 一方的に叩きのめされ、魔神に首を掴まれているエレーヌからではなく、その惨劇を見つめる聴衆から。



 だが抜き取られた本人は激痛に耐えながら、その手に持っている剣を勘のみで魔神の喉に突きたてた。


[ハハハハハ! ただの鉄の塊が魔神に通用すると思っていたのか!]


 その決死の攻撃も徒労に終わった。


 力を失った彼女の剣は魔神の皮すら突き通すことも出来ず、その表皮に切っ先を留めるのみに終わり、逆に剣を持つエレーヌの右腕が魔神によって握りつぶされた。


[つまらぬな、人間よ。どうして一人でのこのこと現れた?]


 魔神によって放り捨てられたエレーヌは、その両目のあった場所から血を流しながらも、残された左腕を支えにして立ち上がろうとする。


 それすらも叶わなかった。


 魔神の眼が光り、残された左腕も折られたエレーヌは、地面に伏せるしか出来なくなってしまったのだ。


[まず一人]


 勝ち誇った笑い声をあげつつ、下位魔神がエレーヌへ近づいていく。



 しかしその時、再び群集から異変はもたらされた。



「ヒャッハーーーー!! 女と子供はさらっちまええええ!!!」


 叫びを上げ、次々と群集から飛び出してきた者たちによって、辺りは騒然となる。


 人目につきにくいように王都の各所に散らばり、少しずつ下水から脱出しようとしていた討伐隊が、リュファスとロザリーを助ける為に再び広場に集結し、そして今エレーヌたちの救出に飛び出してきたのだ。



[何だ!? お前たちは!]


 とても助けに来たとは思えぬ台詞を叫びつつ、いきなり飛び出してきた討伐隊に対し、下位魔神は少なからず動揺を見せてしまう。


 その隙に数人からの術や攻撃を受けて傷を負ってしまった彼は、あっさりと人間が編み上げた結界によって身動きをとれなくされ、屈辱に震えながら咆哮をあげた。


「カロン……か……? お前……たち……何故来た……」


「ヘッヘヘ、綺麗な女は金を出せばすぐ抱けるが、いい女ってのは口説くことすら難しい貴重なもんでね。となりゃあ姐さんを助けに来ねえ訳にはいかねえでしょう。おらアネモーネ! さっさと姐さんを回復しねえか!」


 叫び続けたエレーヌの声は少しかすれており、聞き苦しいものではあったが、彼女の側に跪いた男は寸分違わずその内容を理解していた。


「うるさいね! とっくにやってるよこの唐変木! ごちゃごちゃ言ってるとアンタの下を引き抜くよ!」


 その隣で額に汗を浮かべ、必死に法術でエレーヌを回復しているアネモーネと呼ばれた中年の女性の声を、エレーヌは昔教会で聞いたことがあった気がした。


「申し訳ありません、残念ながら欠損した目の再生までは私の力では……」


 必死にエレーヌの回復をするアネモーネが歯を食いしばり、悔しそうに告げた事実に、エレーヌは我が身で招いた災禍だ、気にするな、とだけ答える。


 そして彼女が先ほどカロンと呼んだ男が、アネモーネに雑言めいた励ましの言葉をかけるのを聞いたエレーヌは、重傷を負っている自分の状況を承知していながらも何故かおかしくなり、その顔に微笑を浮かべた。


「まったく、自分たちだけで逃げればいいものを……この馬鹿者どもが」


「ヘッ、そんなに要領が良けりゃあ、こんな因果な仕事はやってませんや。故郷で耕す畑も無けりゃあ、街で働く頭も持ってねえ。流れ流れて仕方なく山賊になったってのは、姐さんも昔俺たちから聞いたでしょうに」


「フフッ……フ……そうだったな……」


 呟くエレーヌの周囲では、下位魔神と討伐隊による乱戦が始まっていた。


 そんな中、広場にいる魔族の中でも際立って力を持つアンドラスとアナトと言えば、仲間の魔神を自分たちの攻撃に巻き込むことを恐れてか、それとも別の意図があるのか、争いから少し離れた場所に立ち、冷ややかな眼で戦いを見守っている。


 しかしそれだけにいつ参戦してくるか判ったものではなく、タイミングを見計らって退却する必要に討伐隊のメンバーは迫られていた。


「これが今出来る精一杯の回復だよお前さん!」


 アネモーネが法術の終了を告げると、カロンは満面の笑みを浮かべてアネモーネの背中を叩いた。


「よっしゃ! さすがこの俺が惚れた女だぜ! 教会にいたおめえを必死で口説いた俺の目は間違っちゃいなかった!」


「お世辞は無事にフォルセールに帰ってから言いな! この甲斐性なしが!」


 顔を真っ赤にし、毒舌を吐くアネモーネをカロンが笑い飛ばす。


 そして戦況を見極めようとした彼が周囲を見渡した刹那。



[頃合かと]



 アンドラスがアナトに囁く。


[思ったより早かったな]


 そしてアンドラスの囁きを受け、残忍な笑みを浮かべたアナトが静かに爪先を上げ、地面に軽く打ちつけた。


「……!!?」


 それだけでエレーヌや討伐隊の者たちは体を硬直させ、自分に何が起こったのか分からないといった表情で、地面に次々と倒れこんでいく。


 彼らが一縷いちるの希望を持って立ち上がろうとした矢先に、それを踏み潰す一撃。


 アナトの爪先から発された超振動波が、彼ら全員の体の自由を奪っていった。



[終わりだな。しばらく貴様らが体を動かすことはできん。そのまま大人しく殺されるのを待つがいい]


 しかしそう告げたアナトの胸の中央には、ある異変が起きていた。


 黄金色に光り輝く刃が、彼女の血に染まりながら突き出ていたのだ。


「油断だな、旧神よ」


[同感だ、人間よ]


 だがそれも、劣勢である現状を変え得るものとは成りえなかった。


 胸からオートクレールの刃を突き出したまま、平然と自分に囁いてくるアナトに驚きながらも、ベルナールが刃を捻ろうと力を入れた瞬間。


「ぬおおっ!?」


 その四肢はまるで絞った布巾のように捻れ、彼は全身を襲った激痛に絶叫を上げた。


[これしきの結界と障壁で、このアナトを封じれるとでも思ったか?]


 そして群集に紛れ込んでいたレナ、マティオ、ナターシャ、ブライアンの四人が宙に浮き、そこにアナトの術が撃ち込まれる。


[アスワド=タキール]


 アナトの眼前に現れた黒い球体が次々に四人に飛び、命中から若干の間を置いた後にレナたちは全身の穴から血を噴き出す。


 そして次々に苦悶の声を上げながら、地面をのた打ち回り始めていた。


[フォルセールで私をもてなしてくれた者たちか。あの時は龍脈に程近い場所だったから私の攻撃を防げただけだと言うのに、魔族の支配下となったこのテイレシアでも同じく通用すると思ったか? 愚かな]



 大地を流れる聖霊の力の一部、龍脈。


 聖霊の力が強く宿るこの流れを利用し、フォルセールでの逃走劇でアナトの攻撃を防いでいた三人だったが、さすがに魔族が支配し、龍脈にも遠いこのテイレシアではそれも叶わなかったようだった。


[多少はチクリとしたが、名剣と言えど所詮は人間の扱う武器。私に傷をつけたければ、噂に名高いジョワユーズを持ってくるべきであったな。後は任せたぞアンドラス]


 圧倒的な力の差を見せ付けられ、成り行きを見守っていた群集は黙り込む。


 討伐隊も体を痙攣させて身動きが取れず、討伐隊を囮として必殺の一撃をアナトに叩き込んだはずのベルナールも、捻れ曲がった四肢を抱えて地面に伏していた。



 絶体絶命。



 広場に居る誰もがそう思った時だった。


 地面に倒れていたカロンが、平然とした声でアナトに懇願を始めたのは。


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