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第88話 戦火再び

[で……だ。何でこいつらは俺よりお前の方を怖がってるワケ? 俺がナメられてるみたいでマジでムカつくんだが。さっさと説明しねえと粉にするぞオイ]


[いや、しかしそれがさっぱりでございまして……]


 不機嫌そのものと言った感じでアンドラスに詰め寄るバアル=ゼブルの横には、大声で泣き喚くリュファスとロザリーが互いを庇うように体を寄せ合っており、更にその隣には二人をなだめすかし、何とか情報を得ようとするアナトがちょこんと座っていた。


[ふむ……兄上。どうもこの子らの母親が、躾けにアンドラスを利用していたようです。この二人が泣き喚いているのはそのせいかと]


 悪魔、魔神を躾けに利用する。


 アナトの説明はアルメトラ大陸ではよくある話であり、筋も通っているものだったが、バアル=ゼブルがそれで納得する様子は無かった。


[つまりこのアナトが思うに、アンドラスがこの子等にとってトラウマになっている、と言うことでしょう]


[なるほどな……かーちゃんごめんなさいとか叫んでた気もするが、まぁいいか]


 力を右拳に込め、力強く握りしめるバアル=ゼブル。


 今度こそ話が進みそうな雰囲気になったのを感じ取った彼が、鼻息を荒げて指示をしようとした刹那。


[よし! そんじゃまぁ……って、何だよお前も来たのかジョーカー]


[どうも予想外の事態が進行しているようなのでな]


 その場に新たに現れた魔族、道化師の格好をした堕天使であるジョーカーが、旧神と魔神に囲まれたリュファスとロザリーを見て即座に指示を出していた。


[モートとバアル=ゼブル、アナトはそいつらを連れて広場に行ってくれ。私はこいつらを人質にとったことを知らせるために鐘楼に登っておくから、広場の噴水に着いたら連絡を頼む]


[あー……? マジかよめんどくせえ……]


 今まで奮闘してきたバアル=ゼブルには本当に気の毒だが、これによって話は先に進むのであった。




「なぁ、俺たちどうなるんだ? バアル兄ちゃん」


[そうだな、お前さんたちのお仲間を呼び寄せる餌の役目が終われば用済みだから……合成獣の素材なり、新たな魔物に堕とすなり、下級魔物の餌になるなり、まぁ色々利用価値はあるな]


 鐘楼に登ったジョーカーが、先ほどバアル=ゼブルたちから広場に到着したとの合図を受けて放った言葉により、王都中心の広場には再び野次馬が押し寄せ、固唾を呑んで広場の中央にいる子供たちと、その周囲にいる魔族を見つめていた。


「兄ちゃん、元は神様だったんだろ? 女子供を人質にとるなんて情けなくねーか?」


 彼らを守るように側に立っていたバアル=ゼブルは、至極当然と言えるリュファスの指摘によって図星をつかれ、苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。


[あのな、お前らが人質に取られたってことは、犠牲を覚悟の上で他の奴らが助けに来る。お前たちにそれほどの価値があると俺たちが判断したからだ。だからこの場合、人質にとられたことを喜ぶべきなんだよ、お前たちは]


 リュファスとロザリーは黙ってそれを聞いていたが、バアル=ゼブルが喋り終わった途端にロザリーがぽつりと痛烈な批判をする。


「私たちを一人前と誉めて誤魔化そうとしてるみたいですけど、非力な子供を人質にとる卑怯な真似をしてる事実には変わりねーのです」


[あのな、こっちだって……いや、俺だって子供を人質になんかしたくねえよ? でも見つけたのがお前さんたちだけなんだからしょうがないだろ?]


「じゃあ、大人が見つかったらそっちも人質にするですか?」


[人質をこれ以上増やす必要が無いからしない。黙って助けが来るのを待つんだな]


 バアル=ゼブルがそう告げて背中を向けた瞬間、リュファスは再び口を開いた。



「バアル兄ちゃん、何で皆が俺たちを助けに来ると思ったんだ? 失敗しても、しなくても大勢死んじゃうのに」



 どことなく悄然とした様子のその問いかけに、バアル=ゼブルは足を止めて振り返り、今の彼に出来るとびきりにマジメな顔をして答える。


[自分が死んでも子供を助ける。それが勇気ある大人のやることだからだな]


「別にこっちは頼んでないよ……大人はそれで良くてもさ、残される子供の身になって考えたことあるのかな」


[そこまでは知らねえよ]


 投げやりに答えるバアル=ゼブル。


 その視線の先で両手を縄で縛られて立っているリュファスは、先ほどまでの元気さが鳴りを潜めていつの間にか泣き出しそうな声になっていた。


「討伐隊の仕事から戻るとさ、留守番をして待ってた子供たちが迎えてくれるんだ。で、こっちがその時の仕事の成果なんかの話をしようとしても、絶対に聞いて来るんだよ。父ちゃんは? って」


[……お前たちだって子供だろ]


 バアル=ゼブルはどうでもいい指摘をした。



 皮肉ではなく、話題を逸らす為に。



「俺たちはこんな仕事だからさ、やっぱり途中で死ぬ大人が出るんだよ。で、俺やロザリーもまだ子供だからさ、仕事以外の時はやっぱり他の子供たちと一緒に過ごすんだ。そこで色々と……聞かれると、やっぱり言葉に詰ってさ……」


 リュファスはやや潤んだ瞳を空へ向け、しばらく後にバアル=ゼブルへと向ける。


「なぁ、何で自分の失敗で捕まった俺たちをわざわざ助けようとするんだ? 残される方の気持ちを、大人たちは考えてくれないのか?」


 しばらく考えた後、バアル=ゼブルは殊更にニヤニヤとしながら、偉ぶった態度で子供たちに返事をした。


[……そうだな、人間の持つ感情って衝動は、時々理性って制御を振り切り、咄嗟って行動をとらせることがある。理屈じゃねえんだよ、おそらくはな」


「なんだよそれ、もうちょっと分かりやすく説明してくれよバアル兄ちゃん」


「リュファス、ロザリー、今の説明で判らねえなら、受け止められねえなら、この戦いの後に普通の子供に戻れ。お前さんたちが一人前になるには、まだまだ時間が必要だ]


 だが軽い口調でそう答えるバアル=ゼブルの顔は、常以上に白い物だった。


「わかんないよ……」


 呟く彼らを残してバアル=ゼブルは宙に浮き、周辺の警戒を始める。


[お前の最初の疑問、これからどうなるかについての解答を、神の……神だった俺が一つ増やしてやる。無事に故郷に戻って、普通の子供に戻るって選択肢をな。だから今の内によく考えておけよ。リュファス、ロザリー]


 そう言い残した彼は、更に上空へと昇って行った。



――父ちゃんたちは? ……何で? どこに行ったの?――



[敵討ちなんて、ガラじゃねえんだよなぁ……判ってんだよ……そんなこたぁよ……]


 そして誰にも聞かれない高さまで昇ると、彼は呻くようにそう呟いたのだった。




「ありゃ。かしら、今の聞きましたかい?」


「聞こえねえわけねえだろ! まったくあのドジ野郎共は!」


「かしらー、リュファスはともかく、ロザリーは女ですぜー?」


 その頃王都のあちこちでは、口にする台詞は違えど、中身はこれとそっくりな内容のやりとりが交わされていた。


「まぁしょうがねえな。俺たちがやってるのはグズから死んでいく稼業だ。さっさとずらかるぜ」


「へぃ!」


 そして一つの集団が、それを率いていると見られる男からの指示を受けて走り始めた瞬間、路地から凍りついた湖面のような平坦な声がかけられ、彼らに浸透していく。


「お前たち、どこに行く? 脱出経路に決めた下水は逆の方向だぞ」


 いきなり背後からかけられた冷たい声に、かしらと呼ばれていた男が振り向くと、そこには黄金色の剣を腰に下げたベルナールが立っていた。


「ありゃ、これは団長殿。どうも全員方向音痴みたいで、走る方角を間違えていたようですな。まったくどうにもこうにも使えねえ野郎共で」


 豪快に笑いながら答えてきたかしらに、ベルナールは頭を抱えた。


「全員がそんなことで、討伐隊の任務の一つでもある迷宮の探索が出来るわけがないだろう。嘘をつくのもいい加減にしろ」


「ヘヘヘ、それが迷宮にはお宝がありますんで。そっちの方は全員鼻がきくんでさ」


「宝? ここは王都の街中であって、迷宮でなければ王宮でも無いぞ」


 不思議そうに呟くベルナールを見たかしらは得意気に胸を張り、見得を切った。


「子供っていやあ、どんなお宝にも勝る価値がある、まさに至宝でさぁ。討伐隊としちゃあ見逃すわけにゃあいかねえでしょう!」


「確かにな。だが我々の領主フィリップ候にとっては、領民であるお前たちも同様に至宝だ。残念ながらお前たちを行かせるわけには……」


 しかしベルナールを説得する材料には到底足り得なかったと見え、かしらが仕方が無いと項垂れて撤退の指示に従うかと思われた瞬間。


「待てお前たち! 話はまだ……クッ!?」


「あ~ばよ~団長~! レナちゃん後は頼んだぜ~!」


 突然自由が利かなくなった体に驚くベルナールを余所に、討伐隊の面々は広場に向かって走り出し、その後姿を睨みつけるベルナールの頭の上からは、突如として女性の声がかけられる。


「ごめんなさいーベルナール様! 大の男の人たちに頭を下げて頼まれちゃったら聞かないわけにはいかないですしー?」


 突如として現れた女性、脇の建物の屋根の上から飛び降りてきたレナを見て、眉を寄せたベルナールは術を解くように告げる。


「はい、これで大丈夫ですー。でもー? ベルナール様だったら自力で解ける程度の術ではー?」


 不思議がるレナに構わず、ベルナールは両手を握ったり足を軽く動かしたりなどして、自分の体の様子を確かめる。


「まったく全員厳罰ものだ。レナも戻ったら覚悟しておくのだな。では先に脱出しておけ。私は他の者が命令違反をしていないか見回りをしてくる」


 怒りを見せるベルナールを余所に、レナは飄然ひょうぜんとしながら彼に答えた。


「ダメですよー? 如何にベルナール様と言えどー……上級魔神にアシスト無しは厳しいでしょう」


 声のトーンを変え、レナが一軒の家の影を見つめる。


 その姿を見たベルナールは腕を組んだ後、呆れたように溜息をついた。


「やれやれ、誰も彼も大局を見ることが出来ぬとは。せめてアルバトールだけでも無事に脱出して欲しい物だが」


 そして独り言を呟くと、ベルナールはレナに向かってニヤリと笑い、腰のオートクレールを抜いて建物の影から出てきた上級魔神にその切っ先を向ける。


「私はフォルセールのベルナール。切り捨てる前に、貴公の名を聞いておこう」


 その口上を聞いた上級魔神は、軽蔑したように鼻でベルナールを笑い、しゃがれ声で答えた。


[人間に名を教えてやるほどワシの名は軽くないが、冥土の土産に教えてやるか。ワシはアガレス。貴様等が逃亡せぬように見張りを任された者だ。そうか、我々に追撃されることは織り込み済み。実際の逃亡ルートは下水に決めていたか]


 茶色のローブを着込み、顔は白い総髪で顎鬚をたくわえた老人。


 首より下の体はワニのような屈強な鱗に覆われた姿を持つ上級魔神、アガレスは面白そうに口の端を歪めた。


[これは一刻も早く貴様らを掃除する必要がありそうだ。先ほどの大口、実体が伴うものかどうかゆっくりと見させてもらうぞ、人間]


 アガレスはその手に猛禽類のクチバシのような巨大なメイスを握ると、ゆっくりとベルナールたちに近づいていった。




「……遅すぎる」


 その頃アルバトールは、脱出口と決めていた下水周辺に誰も来ないことを不思議がりながら、姿を下水入り口近くにある高い建物の一角に潜めていた。


「誰も来ない……割には街中は騒然としたままだ。一体何が起こっているんだ?」


 真っ先に下水入り口へ辿り着いたものの、後備えの役割を任されていた彼は、他の者たちを置いて自分だけ先に脱出することも出来ず。


 アルバトールは迷った挙句、弱い魔術であれば透過、あるいは消去する障壁を自分の周囲にかけ、敵の探索から身を隠しながら下水の入り口を見下ろせる建物――おそらくは倉庫――で他の者たちを待っていた。


 しかしその障壁を張っていたことにより、彼は先ほどのジョーカーの叫びを聞き取れず、リュファスとロザリーが人質にとられたことを知りえずにいたのだった。


「どうする、誰も来なければ情報を得ることも……ん、あれは?」


 先ほどまで全員がいた広場の方角を見つめたアルバトールは、その上空に浮かぶ一つの人影を視界に収める。


 数知れぬ屋根の向こうに浮かぶ人影は、誰かを探すようにあちこちに視線を動かしており、その為に建物に身を隠しているはずの自分と視線が合ったようにアルバトールが感じたとしても、まるで不思議ではなかった。


「バアル=ゼブル? あれは広場の上あたり……か? しかし何で僕たちが去った後の広場の上に……ッ!?」


 アルバトールの頭の中に、一つの考えが閃光の様に走る。


 同時に広場の上空に浮かぶ人影が頭を軽く掻く仕草をしたかと思うと、先ほどの考えを裏付けるかのように彼が身を隠す建物へと近づいてくる。


 猛スピードで近づいてくる人影を見たアルバトールは窓から飛びのくが、バアル=ゼブルは迷わずマイムールを具現化し、建物ごとアルバトールを吹き飛ばしていた。


[……よう、まだこんな所に居たとは思わなかったぜアルバトール。さっきのジョーカーの声が聞こえなかったのか?]


「残念ながら、全身に怖気が走るのを防ぐ為に自然に奴の声が耳に入らないようになってたみたいでね。良かったら何が起こったのか教えてくれないか?」


 破壊された建物の上に浮かぶ二人が話す間に、突然に吹き飛んだ倉庫を見て驚いた人々が周辺に立ち並ぶ建物から飛び出してきて、二人の力の余波や上から落ちてくる瓦礫に怯えながら逃げていく。


[やれやれ、何をやってんだか。人々を守る天使の名が泣くぜ? ほれ、あんなに人間が恐れながら逃げて行くじゃねえか]


「それは君が……何だ!?」


 自分のやったことを擦り付けてくるバアル=ゼブルに対し、アルバトールが抗議の声をあげようとした瞬間、今度は巨大な火柱が破壊された倉庫のそばに現れる。


[久しぶりだな少年。我々は今リュファスとロザリーとか言う二人の子供を預かっているのだが、主人公たるお前がまだこんな所にいて大丈夫なのか?]


「闇の炎……」


 その火柱を恐れるようにアルバトールが唾を飲み込んで呟く。


 脱出する仲間を待っていたアルバトールは、ほんの僅かな時間の間に旧神である闇の風、闇の炎の二人に囲まれると言う絶望的な状況に陥ってしまっていた。


[やれやれ、見つけなければ何も問題は無かったんだが、見つけちまったもんはしょうがねえ。死んでもらうぜアルバトール]


 マイムールを振りかざし、突っ込んでくるバアル=ゼブルの攻撃をアルバトールは盾で受けるが、威力を完全に殺しきれなかった彼はその場から吹き飛ばされてしまう。


[おいバアル=ゼブル! 今度は俺の番じゃないのか!? まだ俺はこの天使と一度も戦っては……!]


[すっこんでろモート! こいつは俺の獲物だ!]


 怒りを浮かべて返答してくるバアル=ゼブルを見て、モートは諦めたように両手を胸の位置まで上げ、戦いを見守る姿勢をとるが、吹き飛ばされたアルバトールから次々と発された火球が、バアル=ゼブルに命中するのを見た瞬間に表情を一変させる。


[ほう……こいつは極上だ。ジョーカーから話を聞いちゃあいたが、この前アルストリアで戦った時のお前さんとは本当に別人だな]


 しかし巨大な火球と化していたバアル=ゼブルは、賞讃の意を発すると自身を包む炎を風で吹き飛ばし、盟友が無事である姿を見たモートは安堵の息をついた。



 王都テイレシア。


 先だって占領された時からさほど時を置かずして、この都は再び戦火に包まれようとしていた。

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