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第84話 守るべき対象

 いきなり王城テイレシアは謁見の間に姿を現した八雲。


[誰かと思えば八雲か。ここに来るなとは言わんが、事前に通達くらいはしろ]


 闇の炎であるモートが不躾ぶしつけな訪問者に対し、不機嫌そうに壁際から警告を飛ばす。


 しかし当の八雲はモートに対して片手を上げただけで済ませ、訪問の挨拶すらせずに足を踏み出し、そして数歩を待たずに動きを止めた。


 ……?


 そこはモートを除く旧神たちとジョーカーが輪を作っている手前の位置。


 話すには少し遠い場所で彼は怪訝な顔を作り、輪を形作る一人に問いかけた。


「誰だ貴様」


「闇の土アナト。お前に会うのは初めてかな?」


(ふん、返事も無しか。違和感は増すばかりだな)


 八雲はアナトの方を向き、軽く自己紹介をしてジョーカーへ歩み寄る。


「お前の提案は受ける。だがこちらも条件をつける」


[手短に頼むぞ。私もすぐに出かけねばならんのでな]


 身じろぎもせず、静かに答えてくるジョーカーに八雲は更に違和感を覚えるが、その瞬間にバアル=ゼブルが口を挟んできた為に、仕方なく彼はそちらに注意を向ける。


[おいおい、条件ってまさかカフェのツケをまとめて払えとかじゃねえだろうな……って言うか、この前の話って何だ?]


「黙って聞いていれば解る」


[そうか、まぁ俺のツケの話じゃねえなら……]


「そっちは後で聞かせてもらう」


[マジか]


 愕然とするバアル=ゼブルを見た八雲は、まるで激しい頭痛をこらえるように額を指で押さえて手で追い払うような仕草をした後、この場にいるべき人物である闇の水ヤム=ナハルが居ないことに気付き、何か企みごとをしているのかと周囲を見る。


 八雲の注意がほんの少しだけ散漫になったその時。


[それより、だ]


 アナトの不機嫌そうな声と共に巨大な剣がいきなり八雲を襲い、その体は壁際に居るモートの方へ吹き飛ばされていた。


[兄上に対してその不遜な態度、我慢ならんな]


[手短に頼むぞ。私もすぐに出かけねばならんのでな]


[おい! 会話のレパートリーを増やせって言っただろヤム=ナハル爺!]


[やかましい! あいつが無駄に派手な服を着とるせいで水人形の加工と維持が一手間なんじゃ! 他にやることもあるのにそっちまで気を回せるか!]


 慌てた声を発するバアル=ゼブルに怒鳴り声を返すヤム=ナハル。


 すると集中力が切れたのか、次第にジョーカーの体は小刻みな振動を始め、その口からは湯気がもうもうと立ち昇り始めていた。


[テミジカ、に、頼むゾ。私もスグに出かケ、ネばならンので、あ~縷]


[暴走してねえかこれ……せめて勝手に話し始めるのだけはやめてくれよオイ]


[ふう、二人ともあまり無様な姿を客人……ではないな。部外者の前で晒すな]


 収拾がつかなくなった広間の中央部分を見つめ、モートはため息をつくと隣にいる八雲に声をかけた。


[すまんが少々込み入った事情があってな。今ジョーカーは不在だ。よってその間の苦情処理係――要はここに怒鳴り込んでくるお前の所の親玉の相手だな。それをヤム=ナハルに任せようと画策していた所だ]


「なるほどな」


 壁にあたるギリギリの所で踏みとどまっていた八雲は、壁の損傷具合を調べて目立った外傷が無いことを確認し、安堵の溜め息をついてモートに質問をする。


「あの女は城の……と言うか、王都の外で飼えないのか?」


 その問いにモートは口の端を歪め、顎でアナトの方を指し示す。


[あの獣にそれを言えるものなら言ってみるがいい。それにあれでもバアル=ゼブルの前では借りてきた猫より大人しいのだ。ほぼ淑女と言ってもいいくらいだぞ]


「俺の視線の先に居るアホもバアル=ゼブルに見えるが、それでも奴が淑女だとは到底見えんぞ」


 モートは途端に高笑いをし、剃髪した頭を撫でて八雲に人の悪い笑みを向けた。


[あれはあれで良い。あの水準まで突き抜けてしまえば、それは周囲の者たちを盛り上げる貴重なものだからな。そう言う訳で、アナトの前でバアル=ゼブルの尊厳を傷つけることは慎むのだな。そうしないと如何なお前でも……おい、何をするつもりだ八雲]


「周囲に吠えまくり、誰彼かまわず噛み付くような野良犬には躾が必要だ」


[待て! お前が力を持っているのは重々承知しているが、流石にアナトは……!]


 モートは八雲に走りよってその肩を掴もうとしたが、その手が掴めたのは衣服の残像だけであった。



[バアル=ゼブル! ヤム=ナハル! 結界を張れ! 城が崩壊するぞ!]


[お、おう?]


 ただならぬ様子のモートの声に、名前を呼ばれた二人は訳が判らぬながらも即座に対応して結界を張る。


 だが魔族の中でも屈指の実力を持つ彼らが張ったはずの結界は、謁見の間に発せられた声と同時に異変が起きていた。


「天つ罪が一つ、畔放あはなち


 驚くべきことに朗々と響くその声は、モートたちの張った結界を侵食して次々と八雲の元へと戻っていく。


 見る間に力を増幅させた八雲はアナトに視線を集中させた後、腰の剣を抜いた。


「スサノオだ。起きろ草薙剣」


[なかなかに面白い術を使うようだな男よ]


 鯉口を切られた剣は、抜かれるなり眩い光で辺りを圧倒する。


 一変した謁見の間の空気とともに歩み寄ってくる八雲に対し、アナトは舌なめずりをすると彼女より巨大な剣を片手で軽く振り回した。


[それにいい声だ……兄上の次くらいには良い気分にしてくれそうだよ、お前は]


 凄惨な笑みを浮かべたアナトが八雲に剣を向けると、その周囲に手の平大ほどの大きさを持つ黒い球体が無数に生まれ、更に指揮棒のように彼女が剣を振り回すと同時に軋むような音を立て始める。


[アスワド=タキール]


 そしてアナトの声と同時に、黒い球体は絨毯やカーテン、花瓶など室内の装飾品を次々と吸い込みながら、八雲へ向かって高速で飛んで行った。


「単純にして粗暴。術の使い手に瓜二つだな」


 対する八雲はそれらの玉へ軽蔑の眼差しを送り、剣を振るった。


 いや、軽く薙いだと言うべきであっただろうか。


 アナトが放ったことごとくの球をそれだけで消失させ、それでも消えなかった球を一つ横へ移動して避けると、八雲は目にも止まらぬ速さでアナトとの間合いを詰めた。



[あーあ……どうするよモート。壁に城壁の正門よりでけぇ穴が開いちまったぜ]


 八雲、アナト両者による激しい剣戟が始まったその脇では、呆れたようにバアル=ゼブルがモートへ対処の方法を問いかけていた。


[どうするよ、と言っても原因となった二人の争いを止めるしかないだろう。俺もまさか八雲の力がこれほどのものとは思わなかった。ヤム=ナハル爺、協力してあいつらの動きを止めるぞ。バアル=ゼブル、二人の動きが止まったら間に割って入れ]


[おうよ。まったく世話が焼ける奴らだ]


 対応策はまとまり、天井裏から降りてきたヤム=ナハルとモートが力を合わせ、緻密に編みこんだ結界を発動させていく。



[これなら……何だと!?]



 だが、それでも結界は侵食されていった。


 先ほどよりは明らかに耐えているものの、少しずつ結界の表層は剥がれ、八雲の元へ吸い取られて彼の力へと返還されていく。


[引けアナト! 八雲! お前もだ! このままだとフェルナンの爺さんに何故か俺が怒られちまうだろうが!]


 ただならぬ気配を感じたバアル=ゼブルが制止の声を上げるが、二人ともそれに従う様子は無い。


 それどころか両者が踏み込む衝撃によって次第に床はうねりを起こし、天井は崩落を始め、結界の礎に使用した城が悲鳴を上げる。


[やれやれ、こいつは骨だな]


 先ほどアナトが発した魔術の流れ弾によって城に開いた大穴を思い出し、バアル=ゼブルは一粒の冷や汗を流すとモートへ顔を向けて指示を出した。


[おいモート、俺がアナトを止めるからお前は八雲を止めろ]


[ヤム無しだな。ヤム=ナハル爺よ、結界を頼んだぞ]


[その言い回しは許せんが仕方ないの、たまには若い者の手伝いをしてやるかい]


 いつもの軽薄な表情を一変させたバアル=ゼブルがマイムールを具現化させ、アナトに向かって突っ込むと同時にモートもまたその手に巨大な槍を具現化させる。


[頼んだぞマルテよ]


 旧神、それも闇の四属性を司るうち三人の全力の妨害。


 それによって、ようやく戦いは終わりを告げる。


[……どうすんだよこれ。見晴らしがいいとか言うレベルじゃねえぞ]



 城の天井と壁が、満天の星空へと装いを変えた後で。



「……さて、ジョーカーが居ないのであれば仕方ない。俺はこれで帰るとしよう」


[ちょっと待て]


 謁見の間に集っていた者たちが、一通り夜空の美しさと一人の老人の怒鳴り声に心を奪われた後、夜空と同じ美しさの髪を持つ男が姿を消そうとし、それを青空と同じ美しさの髪を持つ男が呼び止める。


「何だ、お前と違って俺は忙しい身なのだが」


[これからそのお忙しいお前以上に俺の身が忙しくなるから待てって言ってんだよ! どうすんだよこの壁と天井!]


「どうもこうも、そこに居るアナトがいきなり俺に戦いを挑んできた結果だろう」


 少し顔を逸らした八雲がバアル=ゼブルにそう答えると、それを聞いたアナトが獰猛な声を八雲へ放った。


[先に礼を失する発言と行動がお前にあったのは無視か? それでは道理が通らんぞ]


「無視などしていない。記憶に無いだけだ。長いこと旅をしていたせいか、昔の記憶が曖昧でな」


[一日どころか十分も経ってねえだろ、いい加減観念しやがれ]


 バアル=ゼブルとモートに囲まれた八雲は、天を見上げて感慨深げに呟く。


「懐かしい、俺が国を出た時も……」


[おーいアナト、ちょっくらフェルナン爺を呼んできてくれ]


「仕方あるまい、お前たちの悪事を事前に止められなかった俺にも少しは責任があったと認めてやる」


 バアル=ゼブルの頼みに従おうとしたアナトが謁見の間を出る直前、慌てて八雲は責任の所在が自分にもあることを認める。


 だからと言って綺麗さっぱり消し飛んだ城が元に戻る訳でもないのだが、とりあえず責任の押し付け合いという現実逃避で彼らが時間を無駄に消費する事態は、これで消失したのだった。



[で、どうするんじゃ? 流石にこれだけの損害だと最初から建て直した方が早いぞ]


 ヤム=ナハルは吹き抜ける冷たい風に髭を抑えつつ、綺麗さっぱり消え失せた周囲の壁と、原因となった二人へ冷たい視線を送る。


[ヤム=ナハル爺もそう思うか。しょうがねえな……とりあえず俺がマイムールで更地にすっから、モートは散乱した素材を溶解、精製してくれ。ヤム=ナハル爺は素材の形を整えて俺と一緒に城を再構成、アナトは足りねえ素材を適当に作ってくれや」


 その提案を受けたバアル=ゼブルは周囲の仲間に指示を出した後、隣で腕を組んだまま踏ん反り返っている八雲を半眼で見つめた。


[八雲は城下の沈静に行ってくれ。特に爺さんの説得を頼む。そこで訳のわからねえことを吹き込みやがったら只じゃ……何やってんだお前]


 しかしバアル=ゼブルの指示を聞いた八雲は城下へ向かわず、何かを調べるかのように床に手を置いていた。


「我が真名と神名に於いて命ずる。深き記憶の底より出でよ八坂瓊曲玉ヤサカニノマガタマ。我は建速須佐之男命タケハヤスサノオノミコト也」


 すると彼の目の前に、半透明の巨大な赤い石が浮き上がって光り始めていた。


「因を基に、果を元に。甦らせよ勾玉よ」


 全員の視界が赤く染まり、再び見えるようになった時、既に城は元に戻っていた。



 アナトの開けた穴はそのままに。



「これで帳消しだ。言っておくが、お前たちが余計な手を加えた場合に城がどうなるかは知らんぞ」


 八雲は涼しげな顔でそう言い残すと、呆気にとられる旧神たちを置いて城の外に出て行った。


[なんちゅう力じゃ……直に目の当たりにしとっても信じられんわい……まぁそれはそれとして、城も元に戻ったことだし問題は無いの。んじゃワシャ寝るぞい]


[もう寝るのかよ、年よりはホント夜が早いな。それじゃ俺はアナトが開けた穴だけでも塞いどくか]


[よろしいのですかお兄様。あの男は手を加えるとどうなるか知らないと]


[聖霊は安定してるし、精霊の機嫌も良さそうだ。大丈夫だろ。よっと……]


[おい待てお前が関わるとろくなことにならない気が]




「まぁそう言った理由で城がああなってな。それから団長の機嫌を取るのに大変だった。そう言えばバアル=ゼブルが言っていたツケのことを聞くのを忘れていたな。そうそう、と言うことで団長が恨まれないようにしたいのだが、いい知恵はないか」


「……どう言うことだ?」


「ほう、少し城を壊しただけで随分と気が立っているようだ。どう言うことだ、とは何についてだ?」


 悠然とした態度であっさりと城を壊したことを告げる八雲に、アルバトールは頭を抱えて困ったように詰問をし、その視線の先に居る人物は、場に漂う雰囲気を理解できないといった返事をしながら軽く頭を振る。


(フェルナン殿を助けるにあたり、話の後半部分は話す必要が無かったのに、話して時間を無駄にしたことに気付かないとは。自分のやりたいことだけを行い、それを周囲にも押し付けるこの男、あのエルザ司祭と同じ……いやそれ以上か)


 思いもよらぬ強敵の出現に、アルバトールは唾を呑む。


 それから八雲への助言が無いかと思考したが、目の前にいきなり飛び込んできた異常事態に即応できるほど、彼の人生経験は豊富では無かった。


「なるほど、経緯は承知した。要は八雲殿がアナトに売られた喧嘩を看過できずに買ってしまったから城がああなった訳だな?」


 よって考え込むアルバトールの代わりにベルナールが八雲の余計な発言に苦情を入れ、八雲の相談に乗る。


「フェルナン殿に手柄を持たせて周囲の信頼を得ようにも、今は成果が認められにくい内勤に専念しており、八雲殿に打ち明けた本心をばらしても、フェルナン殿が実際に魔族に媚びへつらう態度をとれば意味が無いか」


 しかしさすがのベルナールも、この難問を容易に解くことはできないようであった。


「残された道はフェルナン殿に翻意を勧めることだが……八雲殿には無理だった、と先ほどコランタンが言っていたな」


 ベルナールの言に八雲は重々しく頷き、生きる必要性を説くために今までの旅で自分が見てきた物、味わった物、美しい女性や珍しい風習などを話し、それらを知りたくないかと聞いたが、その総てにフェルナンは興味を示さなかった、と彼は告げる。


「エリザベート夫人と生き別れることについては?」


 八雲は頭を振って溜め息をつく。


「妻は判ってくれている、の一本槍だ」


「だが、攻めるとしたらそこしか無い。先日の晩餐会の様子を見る限りでは、奥方を一人で残すのは未練でしかなかろう」


「いや、晩餐会以前にセファールが奥方の所に何度か足を運び、団長の説得を頼んだらしいのだが、あの人が一度決めたことに私が何を言っても聞かないでしょう、の一点張りだったらしい」


 眉間にしわを寄せ、口をつぐんで顔を見合わせる男連中を見て何か思いついたのか、エレーヌが疑問を口にする。


「フェルナン殿に子供はいないのか? 独り立ちできないような甘ったれの味噌っかすならそこを突けば……」


 だがその途中で八雲が首を振り、エレーヌの話を遮った。


「セファールから聞いたのだが、団長の息子たちは昔テイレシアが他国との戦で敗北した際に、進んで後備えに志願して戦死したそうだ。あの時のあいつの落ち込みようと言ったら無かったほどだから、子供の話はタブーだろう」


 ベルナールが横で重々しく頷き、その姿を見たエレーヌも沈黙に陥ってしまう。


 その時だった。


「やれやれ、お前らぁ何か勘違いしてねぇか?」


 揃って落ち込む彼らの様子を酒の肴にでもしていたのか、ブランデーを飲みながら陽気な口調でコランタンが意見を述べた。


「要は自分を犠牲にしてまで救いたい対象が、今のフェルナンには有るってぇことだろうよぉ。もしくはそこまで自分を追い込まないと申し訳が立たない何かを経験したとかなぁ。そっちのセンから考えた方が良かぁねぇか?」


「……部外者のお前が知った風な口の利き方をするな」


「あぁ? 部外者だからこそじゃねぇかまったくよぉ。客観視って言葉を知らねぇのかぁ? 八雲様よぉ」


 拗ねたようにそっぽを向く八雲を面白そうに見つめ、コランタンはグラスをあおる。


「前提を間違っちゃぁ、正しい結論は出ねぇよ、っとくらぁ……」


 そして酔いが回ったコランタンを余所に話は進められていき、一つの結論を彼らは得たのだった。

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