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第82話 赤に染まる広場

 時と場所は流れ。


 自警団の留置所にぶち込まれていたブライアンを救出した彼らは広場へと戻り、留守を任せていたエレーヌたちと合流すると、それぞれの情報を交換する為に辺りの目を気にしながら天幕の中に入っていく。



「あ~れぇ~そんな~こんな日の高いうちからおよしになってくださいまし~」


[へっへっへ、だからいいんじゃねえか。お前さんとこの団長の許可は出てるんだぜ……? っと、野暮な奴がいるねぇ。ちょっと結界と障壁を手伝ってくれやアルド]


 そして何やら天幕の中から艶めいた声が聞こえたかと思うと、上級魔物の探知の耳目すら完全に防ぐ不可視の壁が出来上がり、外から彼らの様子を覗おうとしていた下級魔物たちは、中の様子を覗うことが完全に出来なくなっていた。



 その天幕の中では。



「もう! 結界は張り終えたはずですよ! ちょ、ちょっと!? この色魔どこを……!」


[へっへっへ、エルフの成熟した女ってのは滅多に会えクエッ!?]


 一芝居うった後、なおもエレーヌに抱きつこうとしていたバアル=ゼブルが、背後に忍び寄ったアルバトールに首を絞められ気絶していた。



「ふむ、図らずも邪魔者を消すことに成功したか。良くやったアルバトール」


「天罰を下すのも天使の仕事のうちですから。さて、念のために何か耳栓になるようなものを……あ、これがいいや」


 アルバトールはそう呟くと、隅に転がっていた馬の着ぐるみの頭部をバアル=ゼブルに被せ、すべての通気部分を塞ぐように念入りに布を巻く。


「隊長、いくら旧神と言えどもそれでは窒息するのでは」


「いえ、念入りにやってください。後で川に浮かべれば済みます」


「落ち着けエレーヌ。死体を残せば物証となるだけだ」


 その様子を見たブライアンは多少なりとも共感を覚えるものがあったのか、バアル=ゼブルの身を案ずるかのような忠告をアルバトールにするが、すぐさまそれをかき消すかのようなエレーヌの冷酷な指示が飛び、直後にベルナールのうんざりした声が彼女をたしなめ、それからようやく彼らの情報交換は始まった。



「自警団の中でフェルナン殿を支持する者が減っているか。まさかカフェの主人の情報と一致するとはな」


「憂慮するべきは、フェルナン様の支持率低下に反比例するかのように、副官の八雲と言う者を支持する団員が増えていることです」


 ブライアンは自警団の者に捕縛された後、彼を見張る牢番より自警団の内情や町の人々の噂を聞きだしていた。


 彼が得た情報は一晩で得たものとしては質が高いものであり、それらを聞いたベルナールは深く頷いた後にエレーヌの方へ向き直る。


「エレーヌ、民の相談は何が多かった?」


「戦時に多い質問ばかりです。いつ王都が解放されるか、今回の天魔大戦はいつ終わるか、救出は来るのか、などなど……ああ、アルバトールって天使の容貌を、何人かの娘さんから聞かれましたね」


 いわゆる占い師の格好をしたエレーヌが、からかうように笑いながら水晶越しに占いの対象となった当人を見ると、むすっとした表情をしたアルバトールが不平を漏らす。


「今はそんなことどうでもいいでしょう……その他には何があったのです?」


 その質問を聞くまでは、嬉しそうにはしゃいでいたエレーヌが口を閉じ、顎に手を当てて少し考え込む。


 そして顔を引き締めた後に口にした言葉は、アルバトールにとっては何の変哲も無い報告に聞こえた。


「探しものをしてくれと言う依頼。それも物じゃなくて者の方、つまり人を探してくれという依頼でした」


「……なるほど。エレーヌ、その依頼をした人物が真っ当な生き方をしている人間に見えたかね」


「鋭いですね団長、実は依頼人から預かった物がここに」


 そう言って差し出された手紙には、かつてベルナールが見た覚えがあるサインがされていた。


「盗賊ギルドの長になっていたか、コランタン」


 それは彼がまだ王都で神殿騎士だった頃、王都で悪名を轟かせていた若き盗賊の名前であった。




[ふぅ……何やら天国に昇る……じゃなかった、地獄に舞い降りるような心地よさだったぜ。あれ? ブライアンだっけか? 他の奴らはどこ行った?]


 バアル=ゼブルは失神から目覚めた後、ブライアンと二人きりになっていることに気付いて何があったのか説明を求める。


 するとベルナールたちに留守を任されたとブライアンに説明された為、彼は急いで天幕の外に出ようとしたのだが、その彼を背後から引き留める手があった。


[よう、アナトか。どうしてお前がここに居るんだ?]


[何やらそこな者がしばしこの場所を提供してくれるようで]


 抑揚のないアナトの声に辺りを見渡せば、いつの間にやらブライアンは天幕の出入り口で彼に向けて手を振っていた。


[この俺に気配を感じさせずに移動するとは……アナト、あいつはきっと只者じゃねえ、っておいおいおい、何か誤解が生じてねえかアッー]



「見事な夕焼だな……きっと明日は晴れに間違いない」


 ブライアンは鮮やかな赤に染まった西の空を見上げて呟いた。


 彼の背後で降り始めた、鮮やかな赤い雨から眼を背けるように。



「団長、そろそろコランタンとやらに指定された時間ですが、広場の方でただならぬ気配が発生しております。戻りますか?」


「やはりか。だが残念なことに我々は善良な旅芸人。旧神を騙すような恐ろしい真似が出来るはずがあるまい」


 天幕からあられもない男女の声が発せられたとの通報を受け、駆けつけてきたアナトと顔を合わせたのは、アルバトールたちが盗賊ギルドの長、コランタンからの手紙の指示に従って待合場所のカフェに向かおうと広場を出た時だった。


 先を急いでいた彼らは、仕方なくバアル=ゼブルが天幕の中に居ることと、彼に無理強いされて仕方なくエレーヌを差し出したと彼女に教え、仕方なくその場を走り去ってコランタンが指定した待ち合わせの場所へ向かう。


 奇しくもコランタンが待ち合わせ場所に指定したのは、彼らが昨日立ち寄ったカフェ、プロロコープであった。


 宵闇がせまる逢魔が時。


 このような時間帯であるからか、テラスにも店内にも客は居ない。


 入り口をくぐれば驚いた顔の店主が彼らを迎え、しかしすぐに昨日の客だと判ったからか、軽くあいさつをするとグラスを磨く作業へ戻っていった。


「団長、誰か来ます」


 エレーヌの押し殺した声に応じてベルナールは横目で入り口の方を見るが、入ってきた若い男性は主人と一言二言話すとすぐに帰り、彼らの待ち人ではないことを証明しただけであった。


 それから数分も経たないうちに、カフェの主人がカウンター越しにすまなそうに話しかけてくる。


「すまないなお客さん。魔物に占領されてからこっち、夜は魔物が出るから暗くなる前に店を閉めることにしてるんだ。これは詫びのサービス券だ。また来てくれよ」


 そう言って手渡された紙切れの裏には、店に隣接する建物の裏口にあたる場所が記されてあった。



 裏口から入ったベルナールたちは、カフェの主人から地下に通じる隠し扉に案内され、大人が五人も入れば窮屈に感じられる程度の部屋に案内される。


 そこには左頬に古傷を持ち、ライオンのたてがみの様に白髪が逆立った老人が一人、彼らを待ち受けていた。


「初めまして、って訳でもねぇ奴が居るようだ。久しぶりだなぁベルナール」


「ほう、一目で見破るか」


「当たりめぇだ、そうじゃなきゃ盗賊ギルドの長なんぞやってられねぇよ」


 妙に威圧感があるその老人は、ベルナールへ意味ありげな笑みを浮かべ、小さいが肌触りの良い生地を使ったカウチを指し示し、座るように言う。


「やれやれ、お前を初めて捕えた時は私もまだ若かったな。足を洗うと言って泣いて詫びるお前を捕えずに見送った自分へ、過去へ戻って忠告をしたい気分だ」


「足を洗うと言って泣き喚く俺を、汚物を見るような眼ぇで見ながら両腕の腱を切った自分にかぁ? 悪魔でもそこまでひどくねぇぞ」


「実際に復帰してギルド長に納まっている今を見れば、どのように慈悲深い神職でもお前を許すまいよ」


 話す内容とはかけ離れた、和やかな口調でベルナールと話していた老人は、アルバトールたちにコランタンと名乗り、現在の王都の内情を教え、更に渋面となってギルド員の行方不明者が増えているとベルナールに相談を持ちかけた。


「王都が落ちたことでなぁ、身の安全を優先させて他の領地に行った腑抜けもいたけどよぉ、占領の混乱に乗じて王侯貴族の財産を狙うが盗賊、って思った奴が殆どでなぁ。実際に最初の二~三日はギルドに入ってくる上納金も桁外れに多かったわけよぉ」


「それがすぐに上納金が殆ど入って来なくなるどころか、ギルド員の失踪が始まった、と言うわけか」


「最初の内は大して不思議には思わなかったぜぇ? 夜に魔物がうろちょろするようになって、実際に危険な目に遭う奴らも居たからなぁ。まぁその時はまだ大丈夫だった。危険になったのはぁ、低級魔物たちの市中外出が禁じられてからだ」


「……昨日、上の主人が話していた、逮捕者が居ないのに治安が良くなっている、の正体がそれか?」


「あぁ、お前らなら判るんじゃねぇか? 市中外出禁止のはずの下級魔物は今、どこで何をしてる? ってなもんよ」


「そうだな、僕らが居た広場周辺に、足の指まで使って数えても数え切れない程度が居ただけだよ。盗賊ギルド長のコランタンさん」


 剣呑な目つきで答えるアルバトールを見て、コランタンは呆れたように名前を聞く。


「やれやれ、噂に聞く天使様がこんな物騒な若造とはなぁ」


「古来、堕落した人間に容赦ない罰を下してきたのも天使だと言うことを思い出しておくんだね。とりあえず王都の治安が良くなった理由の心当たりは聞いた。それなら経済が安定している理由にも、君たちは目星がついてるんじゃないか?」


 コランタンはアルバトールの真面目くさった顔を馬鹿にするように頭を横に傾ける。


「あぁ、そっちの方は簡単だぁ。お偉いさん方が失踪したってぇ話も上で聞いたんだろ? ってこたぁ奴らが持ってた財産をありがたく使ってる奴らがいるんだろう」


 ベルナールはその情報を聞くと得心した顔となって呟く。


「なるほど、法服貴族の財産か」


「そんでどこから入手した物か判らねぇ、誰が持ってきたか判らねぇ商品を、城の方で一元管理して商人たちに売りつけてるわけだ。名称だけはこれまで通りの奴がな」


「名称だけ、か。実物はどんな感じなんだい?」


 コランタンは不敵な笑みを浮かべて親指で背後の箱を指差し、アルバトールがその中を調べ上げる。


「……一応は本物だ。成分上はね」


「ぶわっはははぁ! そいつぁ僥倖だな!」


 コランタンは豪快に笑うと、壁に開いた四角い穴からブランデーの瓶を取り出し、グラスに注いで一気に飲み干すと、ベルナールに向けて軽く瓶を振る。


「こいつの元はワインだ。だがブランデーとワインはまるで違う」


「ふむ。元の素材が何であれ、小麦として変換、合成してしまえば小麦として流通する……か? だが間違いなく普通に耕作した方が安上がりだろう。物資不足を補うとしても余りにも手間がかかりすぎる」


 その回答を聞いたコランタンは、ニタリと笑みを浮かべた。


「そうじゃぁねぇよ。その普通に耕作した安上がりの小麦に、何かを企んでいる魔族が一手間加えているとしたら、ってぇ話だぜぇ?」


「……!」


 絶句したベルナールを見て楽しそうにコランタンは口を歪め、その場に居る全員の顔を見渡した。


「最近王都で妙に力を持つ人間が増え始めたのが気になってなぁ。調べさせてみたら、流通している食物に例外なく召喚魔法で精霊が添加されてたってぇ訳よ。ま、奴らが持つ力のほんの一部だがなぁ」


 少しの沈黙の後に、コランタンは言葉を続ける。


「つまりだ。王都を落とした後に律儀に俺たちを生かしておき、人間側のフェルナンに自警団まで任せ、表面上は同じ人間が統治をしているように見せかけている魔族の狙い。そいつは人間の家畜化なんじゃないかと、俺は睨んでる」


 そのコランタンの言葉に、場の沈黙はより深みに沈んだ。


「でも、それだと盗賊ギルドのメンバーが行方不明になることと整合性が取れないんじゃないか? 人が多ければ多いほど負の感情は増えていくし、盗賊ギルドのメンバーなら負の感情は一般の人と比べて持っているはずだ」


 アルバトールの意見にエレーヌが頷く。


 しかしその横で、ベルナールは明確に頭を振って否定した。


「統治の障害と成り得る、統率が取りにくい下級魔物。それに犯罪を犯した人間の始末をさせれば、統率が取りにくい下級魔物の不満が解消され、治安も良くなって一石二鳥と魔族が考えてもおかしくはない。それよりもだ」


 一言一言を確かめるように喋るベルナールの顔色は、蒼白になっていた。


「アルバトールよ、もし、もしもだ……善良な人々の心が希望に満ちた瞬間に、絶望の底に叩き落されたとしたら……その負の感情はどれほどのモノになると思う」


「……!」


 アルバトールはそのベルナールの指摘に、ぎくりとして表情を硬くする。


「天を呪い、神を呪い、天使を呪う。総てとは言わずとも、あつい信仰によってそれらの超常的存在と結びついている人々が、その一つだけでも呪うに至ったならば……恐ろしいことになるのではないか?」


「なるほどなぁ。俺様もよぉ、天使様と同じ所で考えに詰ってなぁ。ずっと悩んでたんだが……流石は犯罪者に人格無し、俺の腱をあっさりと切断した冷酷なベルナール様って所かぁ? 流石にそこまでは思いつかなかったぜぇ」


 コランタンはブランデーをグラスに更に注ぎ、その琥珀色の液体を揺らす。


「前の統治者より善良な統治をし、民の信頼を得て、そこから奈落の底に突き落とす。か……さぁて、どうやってそれを防ぐよ? ベルナール」


 ベルナールはコランタンの問いに答えず、カウチから立ち上がって壁際に行くと、そこに背中を預けて黙り込む。



(こちらが勝利している噂を流し、味方や民衆の士気を高め、まとまりの無い魔族に内部分裂を起こさせる。そして海上封鎖によって兵量攻めをし、フェストリア王国との分断を図って、魔族がフォルセールに攻めてこざるを得ない状況を作りあげる)


 ベルナールは眼を閉じ、軽く首を振った。


(王都の民を戦闘の巻き添えにしないような戦略が立案されたというのに、またも裏目に出るか……主人公たるアルバトールがこちら側に居るというのに、こうも裏をかかれると却って清々しく感じてくるな)


 その顔にはいつの間にか笑みが浮かんでおり、彼は楽しそうに含み笑いをしていた。


 口からこぼれる笑い声に、まるでそぐわぬ鋭い視線を虚空に向けながら。



「ちなみに、俺の腱を切った時もこんな顔してたからなコイツ」


 いつもは見られぬベルナールの様子にたじろぐアルバトールとエレーヌに、コランタンは過去のいざこざを軽い口調で告げるとベルナールに冷たい視線を送る。


 数秒ほど経った時、ようやくその視線に気付いたようにベルナールが口を開いた。


「さて、聞きたいことがあるコランタン。貴様どの悪魔に魂を売った? お前は敵か? それとも味方か?」


「あぁ、ブエルだ。あのままだと盗賊どころか、人として生きていくことも難しかったからなぁ」


「あっさり答えるとは殊勝な心がけだ。下手に時間稼ぎをしようとしたら、今度はお前の首が飛ぶところだったぞ」


「やれやれ、色んな意味で人間の言うことじゃねぇな。そうそう、敵か味方かって質問に対する答えだが、そりゃこれからの展開次第よ」


 上位魔神の中でも飛びぬけて力を持つ魔神の一人ブエル。


 その名を聞いて一歩を踏み出そうとするアルバトールをベルナールは手で制止すると、コランタンに向けて一つの質問をする。


「食物に召喚魔法がかかっていると突き止めた者は誰だ?」


 その質問を聞くと、左頬の古傷を手でかきながらコランタンは笑った。


「突き止めるも何もよぉ、調査の依頼先がその召喚魔法をかけた本人だったのさぁ。もうすぐそいつがここにやってくる。つまり俺の役目は、お前たちをここで足留めしておくことだったんだよ!」


 喜びを隠そうともせずに言い放つコランタンを見て、即座にアルバトールがベルナールとエレーヌを後ろに庇って対峙する。


 しかしその直後に上に通じる階段から規則正しい足音が聞こえ始め、程なく部屋の扉を開けてある黒髪の人物が姿を現していた。


「貴方は……」


「騒がしいぞコランタン、俺の作り上げた結界があるとは言え、少しは周囲の目を気にしろ」



 それは王都テイレシア自警団の副官、八雲であった。

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