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第67話 もつれし糸、解き放たれん

 テスタ村から場所は変わり、ここはアルストリア騎士団の本陣。


 その入り口に銀色の髪を短く切り揃えた長身の男が、緋色の槍を持って立っている。


 その横には隣に立つ男より背は低いものの、腕に小隊長の腕章をつけたライトブラウンの髪の男が立っており、今朝まで蒼白だったその顔は、赤みがさした健康的な物へと変化していた。



「まだ正体を明かしてはくれないのか?」


 背丈の小さい男の方が、長身の男へ質問をし。


「ただの執事でございます」


 長身の男の方が、涼しい笑みを浮かべつつ背丈の小さい方へ返答する。


「ただの執事にあのような真似が出来るはずが無いと思うんだが……幾らあのエルザ司祭の加護を受けた槍とはいえ、吸血鬼化をほぼ停止させるなど俺は今まで聞いたことが無いぞベルトラム殿」


 ベルトラムと呼ばれた長身の男は涼しい顔をしたまま、やんわりと答える。


「随分と吸血鬼についてお詳しいのですね、スタニスラス殿は」


 質問をはぐらかされ、スタニスラスと呼ばれた男は苦笑して腕組みをした。


「それには多少理由があってな。俺は自分の父を見たことが無い。もう死んでしまった母に聞いたところでは、神殿騎士であった父は俺が生まれる前に、騎士としては不名誉極まる、任務中の脱走をしてしまったらしいのだ。吸血鬼の討伐中にな」


「……左様でしたか。これはいらぬことを申し上げました」


「いや、気にすることは無い」


 スタニスラスはそう言った後、少しうつむいて思い切ったように口を開く。


「……少し話を聞いてくれ、ベルトラム殿。母によれば、父はとりたてて腕が立つと言う訳でもなく、かと言って出来が悪いということも無い。ごくごく平凡な男だったらしい。ただ、正義感だけは人一倍だったそうだ」


 そのスタニスラスの昔語りに、ベルトラムは相槌をうって話の先をうながした。



 ……見張りの任務についているように見える二人が、私語を交わしても咎められないのには少々事情がある。


 それは彼らが敵の襲来に備えての見張りではなく、一人の天使の帰りを迎えるための見張りだったからである。


 何かがあった――いや、天使アルバトールが何かをしてくれたのだろう。


 騎士団が先刻まで戦っていた相手である吸血鬼は無害な人間に戻り、本陣の中に拘束されている。


 アルストリア騎士団がここに来た目的は達成され、後は凱旋するだけであり、つまりは戦後処理に関する一方の当事者が到着するまで、彼らの仕事は殆ど無いのであった。



「だから母は父が失踪した時に、周囲から何と言われてもひたすらに父を信じて待ち続けたそうだ。三年前に母が亡くなった今となっては、その真意は分からないがな」


「お父上を憎んでおいでですか?」


 スタニスラスはその問いに対して明確に首を振り、否定した。


「憎もうにも、俺は父の顔すら知らんのだ。ただ母が苦労する原因、父が失踪する原因になった吸血鬼は憎んだ。だから吸血鬼について知る為に、文字を覚えて吸血鬼に関する情報を集める為に、俺は騎士団に入る道を選んだ。騎士団に入れば、文字を覚える為の支援を騎士団がしてくれると聞いてな」


 その時の苦労を思い出したのか、腰に下げてある剣をスタニスラスは見つめる。


「そして強さが何よりも尊ばれるアルストリア騎士団ならば、平民出身の俺でも入れると知った俺はひたすら武芸に励んだ。最初の目的すらおぼろげな記憶となるほどに自らを磨き上げてきたのだ」


 そして顔を上げた彼は、陣の中央に集められている人々へと視線を向けた。


「それも無害で無力な連中を見てしまった今となっては、虚しさが残るのみだがな」



 吸血鬼から人間になった、かつてエカルラート=コミュヌと呼ばれた集団は、アルストリア騎士団に対して驚くほど従順だった。


 森の中に数箇所の拠点を作り、そこを移動しながら攻めてきていた彼らは、スタニスラスが吸血鬼化から回復して少し経った後に、自主的に降伏を申し入れてきたのだ。


 十人に満たないとは言え、彼らとの戦闘で死者と多数の怪我人を出していた騎士団の中には、降伏を受け入れずに皆殺しにすべきと主張する者もいたが、最終的にはスタニスラスの隣で彼の回復を待っていたジルダにより、無事に保護が決まったのだった。



「これからは、何を目標に?」


「それは決まっている。我が……領地の平和だ」


 スタニスラスは照れくさそうに、そのライトブラウンの頭をかいて答える。


「なるほど。おや、英雄の御帰還ですかな」


 ふと漏れ聞こえたベルトラムの声に反応し、スタニスラスは地平線の向こうを見やるが、そこには何も見えない。


「何も見えないが……ん、あれか」


「多少空気を揺らがせて、遠くまで見える術を使っていましたもので」


「フォルセールにはこちらが知らぬ物ばかりある気がしてきたぞ、ベルトラム殿」


 二人が喋っている間に影はどんどんと大きくなり、馬上から聞こえる声も賑やかなものとなる。



「うるさああああああいいいいい!!」



 それが帰還した英雄の第一声だった。




 一方その頃。


 生きる者も、不死の者も去ったテスタ村で、ただ在りし日を見守ってきた十字架。


 その十字架が見守る前で地面が盛り上がり、人の形を……いや、堕天使の形を作り上げる。


[ひどい目~にあったので~あ~る……まさかあの天使の中~にメタトロンが潜んでいたとはあ~る]


 その堕天使はしばらく頭を押さえると、辺りの気配を探って誰も居ないことを確認し、地面に寝転がった。


[まだ混線している~? 仕方が無い、しばらく休んでいくか。や~れやれ、たまには自然の中でゆっくりしていくのも……む]


 復活した堕天使ジョーカーは、十字架の下に何か貼り付けられているのを見つける。


[何だこの紙は……紙だけならともかく、わざわざここにインクやペンを持ってきたのか?]


 ジョーカーはメモを見ると含み笑いを始め、そこから高らかな笑いへと変化させる。


[あの術を解読したか……まぁ良かろう、私を倒した報酬として持っていくがいい、天使アルバトール]


 しばらく笑った後に彼は顎に手をあて、しばし考え込み。


[しかしメモがあると言うことは、私が復活すると判っていたと言うことか……ふむ、最初に会った時は我武者羅に突っ込んでくるだけのイメージだったが、あの時とはまるで別人のようだな]


 メモをくしゃりと握りつぶすと、手近なところへ放り投げる。



 それにはジョーカーを倒した際に流れ込んできたイメージを解析した結果、記憶保存と記憶呼出の二つの術、アーカイブを覚えることが出来たという、彼に対しての礼のようなものが書かれてあった。


 そしてジョーカーは再び地面に寝転び、周りに集まってきた獣たちに囲まれながらゆっくりと休息をとったのだった。




「お帰りなさいませアルバ様」


「無事の御帰還、心よりお喜び申し上げますアルバトール様」


「ただいまベルトラム。治って良かったよスタニスラス殿」


「貴方様の御活躍のお陰でございます」


 二人と挨拶を交わしたアルバトールが馬より降りると、続いて三人の騎士たちが降り、最後にノエルの手をアルバトールが取って地面へと降り立たせると、バヤールが光を帯びて人間の姿となる。


「ふぅ、まったく……おい、エミリアンとか言ったか、貴様、私に乗っている最中に尾の毛を抜かなかったか?」


「もう少し人間寄りの子なら抜くけど、バヤールのはちょっと勘弁」


「ふむ、そうか。アルノー、お前か?」


「オッサンの毛を収集する趣味はないぜ」


「ふん、困ったな。私の手が二本である以上、これ以上犯人を捜すと足りなくなってしまうのだがな」



 迎えに出ていたスタニスラスから、ジルダがノエルたちに話があると聞かされたアルバトールが振り返ると、そこではノエルとスタニックがバヤールになぜか謝罪しており、二人の若い騎士たちは脱力した体でバヤールの手からぶら下がっていた。



「バヤール、もう皆吸血鬼じゃないから取り扱いには気をつけてね」


「承知いたしました、我が主」


 鎧を着た騎士二人の頭を掴んだまま、平然とのっしのっしと歩くバヤールの後をノエルが心細そうに着いて行き、アルバトールはそれを見送った後、厳しい顔をして隣に立つスタニックに声をかけた。


「では参りましょうスタニック殿。自らの信念に基づいた行動に、誰にはばかることの無い正当性を持たせる為に。今まで続けてきた長く苦しい戦いに、終止符を打つ為に」


 スタニックは頷き、アルバトールと共に胸を張って天幕に入っていった。



(……雰囲気が重いな)


 アルバトールは天幕の中に入ると同時に、先にいた者たちのほぼすべての視線が自分に集中してきたことに対し、少々面食らう。


(ぎょっ!?)


 また入り口に近い末席には、バヤールが未だ両手に二人の騎士の頭をはめ込んだまま座っており、入ってきたアルバトールに対して頭を下げてくる。


(……なるほど)


 その瞬間にアルバトールは、自らに集中した全員の視線の意味を正確に受け取り、バヤールにアルノーとエミリアンの頭から手を離すように伝える。


 主人の指示に応じてバヤールは手を離すが、しかし頭から手を離されたと言うのに二人は口から泡を吹いて白目を剥いたままで、なかなか意識を取り戻さなかった。


「……ふむ、脈はあるから大丈夫でしょう。念のために猿ぐつわを噛ませ、舌を噛まない様にしておけばよろしいかと」


 その様子を見たスタニスラスが立ち上がり、二人に近づいて冷静に容態を判断すると再び自らの席に戻り、平然とした表情のままアルバトールとスタニックに用意された席を手の平で指し示す。



「それでは軍議を開始する。議題はエカルラート=コミュヌの捕虜たちの処遇だ。それについて、アルバトール殿の意見を聞きたい」



 予想されていた議題であり、それについてうろたえる者は居ない。


 しかし捕虜たちの処遇に関して、アルストリアにとっては部外者であるアルバトールの意見を聞くことが織り込まれているのは不思議と言えた。


「が、その前に一つ聞いておきたいことがある」


「何でしょう、ジルダ殿」


「貴殿はスタニスラスが吸血された時、エカルラート=コミュヌの長を討伐すべきとの私の意見に唯一反対した。もしや貴殿はあの時、何かエカルラート=コミュヌに関する情報を得ていたのではないか? そしてその情報に基づいて反対したのではないか?」


 ジルダはそこで一息つき、アルバトールの反応を見る。


 しかし彼が即答を避けていることに気づいた彼女は、更に言葉を継いだ。


「彼らの情報を得ていたという私の仮説が、もし事実であるなら。それは貴殿が重要な情報を我々と共有せずに、一人で隠匿いんとくしていたと言うことだ。それがあやふやな出所に基づいた情報であり、裏を取っている最中だったなら話は別だが」


 ジルダの真っ直ぐな視線を見たアルバトールが、どうしたものか考え始めた時。


「ジルダ様、それに関しての情報の出所は私にございます」


 敷物を挟み、バヤールの反対側に座っていたベルトラムより発言がなされる。


 最初の内こそ軍議に関わる必要なしとして外で待機を命ぜられていた彼も、流石にスタニスラスの吸血の件に関わった後では同席が必要と見なされていた。


「なるほど、ではその情報はどこから?」


 ジルダの質問に対し、ベルトラムはエルザから内密に教えられた物として答える。



 実際には彼自身の体験に基づくものだが、彼の公称年齢は二十代後半である為、その年齢に基づけばテスタ村の悲劇の頃は小さい子供だったことになるし、おまけにその時には彼は人間ですら無かった。


 しかし情報の出所をあやふやなままとしては、そんな情報を元に反対したのかと追求を受ける可能性もあった為、このベルトラムの発言は妥当なものと言えただろう。



「……隠し立ては我々のフォルセールへの信頼感を揺るがす物と成りかねない。今回は不問とするが、これからはなるべくしないように」


 ジルダは渋い顔をして話題を終わらせ、今度はノエルに対して質問をする。


「そなたがエカルラート=コミュヌの長で間違いないか?」


 ノエルは頷き、そもそもの始まりは自分が堕天使に魂を売り、吸血鬼になったことだと答えた。


「……なぜ、そのような愚かな真似を?」


「ジルダ殿、少々お待ちを」


 アルバトールはそこで全ての発言を断ち切るように立ち上がり、天幕の中を見渡す。


「……この中で二十年ほど前、テスタ村の吸血鬼追討に参加した者がいれば挙手をしてくれないか」


 アルバトールの発言に対し、近習たちは無言のままに互いの顔を見合わせ、誰も挙手をしないように見えた。


 だが、その中で一人だけ手を挙げた者がいた。


「どういう事だロジィ! 説明をしてくれ! 私は今までテスタ村の吸血鬼追討など聞いた事が無いぞ!?」


 ジルダは血相を変えて立ち上がる。


 近習のうちで挙手をしたのは、アルバトールがここに来た時に戦況の報告をし、そしてエカルラート=コミュヌを庇う発言をした時に憤りを見せた年かさの騎士であった。


「……申し訳ございませぬジルダ様。しかし、テスタ村に起こった事件は教会のみならず、我らアルストリア騎士団にとっても隠匿すべき忌まわしき出来事であったのです」


 ロジィと呼ばれた老騎士は、その場で話し始める。


 蝗害に始まったすべての悲劇を。


 そしてベルトラムがそれを補完し、最後にノエルが今回の騒動を起こしたきっかけを話すと、すべての事情を知った人々は沈黙に包まれた。


「詳細は判った……ノエル、スタニック、アルノー、エミリアンの四名は一旦下がってくれ。ロロよ、エカルラート=コミュヌ……テスタ村の住人たちの枷を外し、丁重にもてなすように指示を」


 ロロと呼ばれた騎士と、ノエル、スタニック、アルノー、エミリアンが一礼をした後に天幕の外に姿を消すと、天幕の中はしばらくの間沈黙に包まれる。


「アルバトール殿」


「はい」


「考えがまとまらぬ。良ければ貴殿の意見を聞きたい」


 ジルダは俯いたままに呟く。


 いや、彼女だけではない。


 アルストリア騎士団の全員が俯き、拳を固め、その心を千々に乱れさせていた。


「正直、僕にも良く判りません。身の安全、供出した穀物の保障、返済が遅れたことに対する賠償など、おそらくこの場に居る全員が思いつくようなものしか……」


「そうだな、残りの条件は本人たちに聞くしかあるまい。長と二人きりで話がしたい。しかる後に、エカルラート……いや、テスタ村の全員と話をする。ロジィ、父に再び伝令を送り、帰りは遅れると伝えてくれ」


 俯いたままのジルダ一人を残し、すべての人間は外に出る。


 そして一人の少女が中へ入っていき、その外ではアルバトール、ベルトラム、スタニスラスの三人が護衛を務めた。



 周囲は既に暗闇が覆い始めており、中天に幾つかの星が瞬き始める。


 しかし闇は昨日までの人に恐怖を伝える物ではなく、人に安らぎをもたらす物となっていたのだった。

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