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第1-1話 邂逅の森

フランスを中心とし、中世~近世の時代背景をベースとした世界観となっております。

それでは、お楽しみ下さいませ。

 地球とほぼ同じ地形、しかし神や天使、魔神や魔物が存在するなど、細かい所でいくつもの違いがある世界セテルニウス。


 その世界の大陸の西端、地球ならフランス共和国と呼ばれる国の辺りに、聖テイレシア王国と呼ばれる国が存在していた。


 国を構成する各領地の中でも一際小さいフォルセール領、その片隅には柵の外に広大な畑が広がるも、細々と人が暮らす小さな村があり、そこから出発した騎士団と見られる武装した集団は。



「口に気を付けろアルバトール! 誰が痴女だ!」


「それなら体にぴったりとフィットした黒のレザーアーマーとかやめてくださいエレーヌ小隊長!」


 馬に乗った一人の痴女と一人の青年により、率いられていた。



「暗殺者と言われたことはあるが痴女とは……さすがの私もちょっと傷ついてしまったぞ」


「騎士団の小隊長ともあろうお方が暗殺者というのも困るのですが」


「細かいことにうるさい奴だ。そんなことを言ってさっきからチラチラと私を、しかも顔ではなく少々下の部位を見ているのは誰かな?」


「ええと……」


 アルバトールと呼ばれた、やや軽装の部類に入る必要最小限の鎧を身に着けた中肉中背の青年は返答に詰まり、金髪の頭を下げて黙り込む。


 するとエレーヌと呼ばれたハーフのダークエルフと見られる黒髪黒肌の女性は苦笑し、並みの男性よりも背の高い、すらりとしていながらも出ているところは出ている体をアルバトールとは逆へ向け、見えないように噴き出した。


「すまんすまん、お前が部隊長として初の任務に挑むと決まった時から、無駄に緊張しているように見えてな。先ほどのは緊張を解きほぐすための冗談だ。領主の息子として恥じない働きができるためのな」


「では助言としてありがたく受け取らせて頂きます。それはそうと、今日の魔物討伐は森の中に入るのですから、そんな露出の多めな装備では体中に引っかき傷ができますよ」


「ずっと森の中で暮らしてきた私が、そんな間の抜けたことをするものか。それに少々の傷は、生きているという証を実感するいい機会だぞ。戦いで負った傷をすぐに法術で治すお前たちには分からんかも知れんが」


「なかなか消えない傷が顔について、後で司祭様に泣きつく羽目になっても知りませんよ」


 その指摘にムッと顔をしかめたエレーヌから、慌ててアルバトールは目をそらし、童顔と呼ばれる原因である大きな青い目を前へ向けた。


(ふふん、肉体的にも精神的にも硬くなったままだな、これは)


 アルバトールの未熟な女性のあしらいを見たエレーヌは、心の中でそう評価すると子供をあやす親のような目で横顔を見た。


(剣の実力は申し分なし、だが少し気持ちが空回りしているか。早めに実戦を経験させておこうと言い出した団長の気持ち、解らんでもない)


 そんなエレーヌの視線に気付いているのかいないのか、アルバトールは細かく顔を動かしながら討伐対象の魔物を探っていた。


(手を引くか背中を押すか。見えぬ敵からの緊張を身近な者からの動揺に変えてやるか……ふむ)


 そこでエレーヌは一つの悪戯を思いつき、横を並走するアルバトールへと上体を乗り出した。


「そろそろ森が近くなってきたことだし、隊を二つに分けるとしようかアルバトール」


「……そうですね」


 上体を乗り出したことにより、自然とエレーヌの二つの盛り上がりは黒のタイトレザーとの間に微妙な大きさの空間を作り出す。


 存在するか存在しないかすら判断が付かないほどの微妙な大きさ、その空間――深淵――にアルバトールの目は吸い込まれ、そのアルバトールの横顔に隊の全員が羨望の眼差しを突き刺した。


「ぷ……くくっ。安心したぞアルバトール。常日頃よりやせ我慢を……いやその、女性に無関心を装っているようだから、お前の父君や団長を含めみな心配していたのだが、無事に成長しているようで何よりだ」


「任務の最中です! 余計な発言は慎んでくださいエレーヌ小隊長!」


「これは失礼した隊長アルバトール。では小隊を構成する一部隊を率いるアルバトールは魔物を追うように。我々は逃走経路を塞ぐために迂回して進む。決して油断なきように」


「アルバトール、魔物を追って森の中に入ります」


「また後で会おう」


 真面目な声でそう言いつつも流し目を送ってくるエレーヌに、アルバトールは肩をやや落としつつも愛想笑いで応じると、昼でもやや薄暗い森の中へ入っていった。



 始まりは五日前の通報だった。


 領境に近い村に魔物が現れ、畑や村人の家財道具などが荒らされたので助けてくれと救援要請があったのである。


 村に着いたアルバトールたちは、畑を抜けた先に拡がる森に魔物が逃げ込む姿を見たと相談を受け、ただちに出発したのだった。



「村の者でも奥には入らないほどとは聞いていたが、確かに広いな……もう十分ほど進んでいるのにまるで森を抜ける気配がない」


 アルバトールの独り言に、道案内の狩人がぼそりと呟く


「真ん丸ってわけでもありませんので……進む道に……よるかと」


「進む道次第……か」


 アルバトールはそこで口を閉じると視線を落とし、自分を守る装備を見つめた。


(今日僕が選んだ道は……良く言って中途半端かな)


 剣を振るために肩から腕を守り、内臓をえぐられないために胸部から腹部にかけて守るブレストアーマー。


 全身鎧が魔物に対してどれほど有効なのかは未知数、と言うことで身体を動かしやすい部位鎧を選んだのだが、それはまるでまだ二十歳である自分の未熟さを表すように感じられた。


 しかし全身鎧にしても、大袈裟な装備は領主の息子である自分の虚栄心を表すようであり、その考えは初めて部隊を率いる重圧と合わさり、任務中にも関わらずアルバトールを物思いにふけらせる原因となっていた。


 そんな時、歩兵の一人がアルバトールを呼ぶ。


「隊長、道案内の狩人が不安がっていますがどうしましょう」


「ん……? ああ、すまない。だがもう少しの辛抱だ。魔物が怖いのは分かるが、我々を信じてもう少し付き合ってくれないか」


 不安そうな顔でアルバトールの顔を見ていた狩人は、その言葉に再び前を向いて歩きだした。


(実力的に隊長として申し分ないと皆が言ってくれる。だけどそれは、僕が領主の息子であるという、ひいき目の結果でないとは言い切れない)


 物思いにふけるアルバトールを余所に、彼が率いる部隊は案内役の狩人によって再び前進を始める。


 そして進むにつれて道は次第に狭く、そして曲がりくねるようになっていった。



 迫りくる敵を待ち伏せるには、もってこいの地形である。



(ひいき目に見合う自分になればいいのですよ、か……司祭様はいつでも無茶をおっしゃる)


 見る者が見れば、そこは攻めるにも逃げるにも自由の利かぬ、危険な死地。


(人がそのように求められた能力に応じて成長できる神の如き存在であれば、仕事を出す側も出される側も物事を考えることなく……)


 だが考え事をしているアルバトールの目には、そんな危険な場所であることを単なる映像として捉え、いつもであればすぐに危険だと判断する脳は、働きを放棄していた。


 静けさをたたえた森はアルバトールの意識を奪い、部隊の活気を抑え、そしてここに慣れているはずの狩人は、慣れぬ軍隊の一員として従軍することに委縮しており。



 それが彼らの初動を遅らせる原因となった。



「何だ!?」


 異変は強烈な大気の振動、つまり爆発音によって始まった。


「敵襲です隊長!」


 虚ろだった意識を揺さぶる轟音、直後に暴れ始める騎乗した馬。


「敵の姿を見たものは居るか!?」


 配下への指示、同時に暴れ狂う馬を抑えるための集中。


 それはアルバトールの周囲への注意をさらに疎かなものにさせ。


「うわああああッ!?」


 次の異変に気付かない原因となった。


「逃げて下さい隊長!」


 突然地面から湧いた黒い泥のようなものに手足をとられ、兵士と狩人たちが動けなくなる。


 泥遊びのように真っ黒となった彼らを見てアルバトールは助けようとするが、熟練した乗り手ですら混乱する馬を制御するのは難しい。


「落ち着いて……うわッ!?」


 それに加えて尻尾のあたりを泥に強打された馬は、何とか御そうとするアルバトールを無視して泥とは反対方向へと走り出していた。



「あぶッ……ぐッ!?」


 道の脇に生い茂る藪や飛び出している木の枝に顔や体をぶつけ、引っかかりながらアルバトールは自分の迂闊さを呪った。


(馬は貴重な財産と思って放馬を迷ったのがまずかった! 馬は臆病だから戦うことに向いていないと、あれだけ普段から教えられていたのに!)


 しかし騎馬は指揮官と一目で分かる便利なもの。


 ギリギリまでその状態を保ち、魔物に近づいた時に下馬する予定だったのだが、現実はそれほど甘くはなかったようだった。


(まさか待ち伏せとは……いてっ! 下級魔物なら非力な人間と侮ってそんな真似はしないし、中級魔物もそれに準じ……ッ!?)


「うあああああ!? 止まッギャアア!?」


 迫りくる太い枝を見たアルバトールはさすがに叫び声をあげ、渾身の力をもって馬に抗うが所詮は人。


 枝に顔を思い切りぶつけて意識を失いかけるも、すぐに持ち直したアルバトールは、何とか今の状況を整理し直すことに成功する。


(不意打ち、分断、各個撃破か。まさか戦術を知っている魔物が相手になるとは思っていなかった。いい経験を新兵に積ませるつもりだったのに)


 それは出立前のアルバトールやエレーヌの想定をすべて覆す、予想外の事態だった。



「……高度な知性を持つ魔物の現われ。書物でしか見たことのない天魔大戦が再び始まるのか」



 国中を巻き込み、時に地形や法則すら捻じ曲げると噂される天魔大戦。


 それはこの国に住むすべての人々にとっての死刑宣告同然であり、まさに悪夢の到来と言うべき忌むべき戦いであった。



 人と魔族との戦い、それは数人からの小競り合いもあれば、数十から数百の軍隊が入り乱れた大規模な戦闘もある。


 その中でも国中を巻き込んだ魔族との戦争、かつては大陸中を巻き込み、その地形すら一変させた戦い、それが天魔大戦である。


 始まりは知性を持つ魔物、上級に分類されるそれらが不定期に国のあちこちに現れる。


 しばらくすると、集まり群れることは弱者のすることと忌み嫌うはずの上級魔物たちが、何者かによって編成されたごとく数千体ほどの集団に編成され、軍勢として王都に攻め込んでくるのだ。


 また戦いぶりも個々の力を頼んだ無秩序のものから、統率された集団としての役割を知ったものと変化し、天魔大戦が始まるたびに聖テイレシア王国は復興に数十年はかかる甚大な被害をこうむるのが常だった。




 アルバトールが強制的に戦闘を離脱させられてから数分後。


「よしよし、怖かっただろう」


 疲れたのか、騎乗していた馬はようやく大人しくなっていた。


 全身に汗をかき、鼻を激しく動かして必死に酸素を取り込もうとする。


 それほどに走り回った馬を御そうとしたアルバトールも、また疲労しきっていた。


「今から戻っても手遅れだろうけど……本当に上級魔物なのかどうかを確かめる必要はある。もしそうなら国に報告をあげ、天魔大戦への備えをしてもらわなければ」


 天魔大戦が始まる予兆である上級魔物の出没は、何を差し置いても国に報告するように定められている。


 討伐するには手練れの騎士が一隊は必要、そう評される上級魔物が出た現場に一人で戻ることに対する迷いを、アルバトールは鎧に挟まった枝や葉と一緒に捨て去っていった。


「まずは報告、そのために必要な自分の身の安全の確保。その過程で、できれば仲間と合流といったところか」


 アルバトールは決断を後押しするかのようにそう呟くと、走ってきた後方を振り返る。


 先ほどまで何の変哲もなかったはずの森は、まるでそこかしこに魔物が巣食う、恐ろしい魔の森に転じているように見えた。


 アルバトールは頬を叩き、腰に下げた剣の確認、そして魔物の不意打ちに備えて自らの身の内に宿る魔力を揺り起こすと、ゆっくりと馬の歩を進めていった。



 何百年、いや何千年と続いているかも知れぬ天魔大戦の中で、人はいくつもの魔物への対抗策を編み出した。


 その中の一つが精神魔術と呼ばれるもので、人の持つ精神力や第六感と呼ばれる力を利用して発動する、初歩の魔術である。


 基本的には自分の肉体や五感、身に着けた武具の強化、ちょっとした切り傷程度の怪我なら治せる、止血に役立てるといった、術者自身が触れているものや体内で完結するものしか存在していない。


 しかし通常の武器なら傷つけることもできない魔物も存在するこの世界では、この精神魔術の習得が戦いを左右する重要な切り札だった。



「下級魔物は自分の力に怯える相手に喜びを感じ、上級魔物は自分の影にすら怯える獲物に悦びを感じる、だったか……」


 五感を高めた状態では、風に揺れる木の葉や下草の音にすら過剰に反応してしまう。


 それを恐れと転化しないようにアルバトールは周囲を冷静に見つめ、じっくりと気配を探りながら森の奥へと進んだ。


(無事なものがいれば助け、魔物の情報を得る。だけど少しでも魔物の気配を感じたならばすぐに撤退し、エレーヌ殿に報告だな……む!?)


 左前方で小さな気配を感じたアルバトールが見ると、それは小さな野ネズミが逃げていく音だった。


(協力してくれた民間人の安否も気になるが、それを気にしすぎて報告ができなければもっと多くの人々が死ぬことになる。今の自分にできることとやらなければならないことを分けるんだ)


 アルバトールは迷いを捨てるように首を激しく振り、そして高まってきた魔力に応じて探査範囲を広げる。


「行くぞ!」


 周囲に魔物無し。


 アルバトールはあぶみを軽く馬の腹に当てると、速足で襲撃場所へと戻っていった。



(……さすがにいないか。いや、いるといえばいるんだが……)


 不思議なことに、襲撃されたとおぼしき場所にはそれらしい痕跡はまるで無かった。


 人の体はもちろんのこと、着ていた服や装備、そして地面や下草が踏み荒らされた後すら無かったのだ。


 その代わり、そこには一人の女性が立っていた。


 アルバトールにとっての天敵、ある意味で上級魔物とは比べ物にならないほどの強敵が。


「エルザ司祭ではありませんか。エンツォ殿とともに行動していたはずの貴女がなぜここに?」


 フード付きの白い法衣に全身を包み、地面の一箇所をじっと見つめていた女性エルザは、アルバトールの声に気付くと、女性としては高い位置にある顔をゆっくりと上げた。


「綺麗なお花が咲いておりましたので、少しエンツォ様たちに待っていただいて摘んでいたのですが、その間にエンツォ様や他の方たちを見失ってしまいまして」


「そのような物見遊山の行動をとってもらっては困ります。我々は魔物討伐に来たのですよ」


 エルザの返答に秘められた意味にそしらぬ風を装ったアルバトールが苦情を申し立てるも、エルザの表情は変わらない。


「もちろん反省しておりますわ」


 にこやかで楽し気な言葉。


 魔物が出るといわれる森だというのに、街中で信徒とふれあっているときとまるで変わらないエルザを見たアルバトールは、その姿になぜか息が止まりそうな恐怖を感じ、落ち着くために深呼吸をする。


 その姿を見たエルザは唇をふっと和ませ、後ろを振り返って口を開いた。


「それで見失った後、慌てて追いかけていたら、魔物の気配を感じたのでこちらに来てみたのです」


「まさか……あのエンツォ殿が魔物に……?」


 フードの一部から、ようやく見える程度のエルザの口から発せられた情報を聞いたアルバトールは、信じられないというふうに目を見開いた。


 騎士の中で最も古株であり、アルバトールの剣の師でもあるエンツォ。


 術が不得手ということで隊長職には就いていないが、総合戦力で言えば騎士団で一、二を争うエンツォなら、相手がいくら上級魔物であろうとも無抵抗でやられるはずがない。


「……魔物の後を追うことはできますか? エルザ司祭」


 だが、もしもエンツォがやられたとしたら。


 残る騎士団の戦力はエレーヌが率いる一隊だけであり、それもやられてしまえば村を守る者は誰もいなくなってしまう。


 そう判断したアルバトールがエルザに提案すると、エルザは軽く息を吐いて地面の一角を見た。


「そのつもりでしたが、どうやらその必要は無くなったようですわ」


「え?」


 アルバトールはまばたきをし、エルザに理由を聞こうとするが、その必要は無かった。


「……なるほど! そういうことですか!」


 なぜならエルザのすぐ横の地面から、先ほどの魔物が姿を現そうとしていたのだ。

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