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02 従者カラル

「セン様、お帰りなさいませ」

ソドの祝賀パーティーより戻ったセンを、従者であるカラルが迎えた。

カラルはまだ19歳ながら、国内有数の大魔法使いとして名が通っている女性だ。

長いブラウンの髪と、少しつり目ながら赤い瞳、そして豊かな胸と引き締まった体。

才色兼備のカラルに求婚する者は多かったが、カラルは頑なにそれらを断り、センの従者として仕えていた。

「カラル、あの……実はちょっと相談があるんだけど」

センは話しにくそうにしながらも、ちゃんとカラルの目を見て言った。

「なんなりとお申し付けください」

そんなセンを優しく見つめ返しながら、膝を折り、センと同じ目線になってカラルは微笑む。

「ボク……北の試練に挑もうと思う」

「えっ……」

どんなことでも受け入れるつもりだったカラルだが、さすがにセンの言葉に動揺が隠せなかった。

「セン様、それは……」

「うん、危険なことだとわかっている。でも、ボクが王になるにはそうするしか方法がないんだ!」

カラルもセンの従兄弟であるソドが西の試練をクリアーしており、センが王になるには北の試練を受けるしかないことは理解している。

それに、カラルもセンが次期国王になることを願っていた。

優しいセンが王になれば、この国はもっと良くなると信じていたから。


「セン様が決められたことでしたら、私は賛成しますよ」

だからカラルは笑顔でそう答えた。

「ありがとうカラル!」

センはパーッと顔を明るくした後、すぐにその表情を曇らせる。

「それで……」

「はい?」

センはまたうつむいてモジモジとした後、再びカラルに目を向ける。

青い瞳は強い意志の光を放ち、真っ直ぐにカラルを見ている。

「これは命に関わることだから、嫌ならハッキリと言って欲しい」

しっかりとした声でセンは話す。

「はい」

「ボクと一緒に北の試練に行ってくれないか?」

センの言葉に思わず涙が出そうになるのを、カラルはグッと堪えた。

「私のような者を選んで頂いてありがとうございます!」

カラルはセンの右手を両手で握り、叫ぶように言った。

「カラル、いいの?」

「もちろんです!」

カラルは笑顔で応える。

王の試練にはいくつか条件がある。

出発時点では装備は簡易な衣服や武器のみで、魔法の武具は一切持ち出すことは出来ない。

また、金銭は食費と宿賃に使えばほとんど残らない程度。

そして、一番大きな条件として、旅の仲間は3人までと決まっていた。

さらに、誰でも仲間に出来るわけではなく、身近な者からは一人しか連れて行けなかった。

旅の成否を大きく決めるその一人に、センはカラルを選んだのだ。

そんな貴重な一人に自分を選んでくれたことを、カラルは心から喜んだ。


「ありがとう!」

センは思わずカラルの胸に飛び込む。

生まれた時から、そして、父や母が死んだ時も一緒だったカラルを、従者としてより、姉のように慕っており、誰よりも信頼していた。

カラルは頬を赤らめてセンを抱きしめる。

そして、何があってもセンのことを守るとその心に誓う。

あの時交わした約束と共に……。



15年前、カラル4歳。

カラルは父の顔も母の顔も知らなかった。物心ついた時には、古びた灰色の建物の中にいたからだ。

そこは王立魔法研究所。

魔法の研究を目的とした国の機関だったが、従者として王家に仕える魔法使いを育成する場所でもあった。

生まれつき高い魔力を持っていたカラルは、まだ赤子のときに両親に売られてこの研究所に連れてこられた。

親に捨てられたカラルは、必死に大人の言うことに従い、勉強と魔法の訓練をしていた。

ここを捨てられたら野垂れ死ぬ。そのことだけは幼いカラルにはわかっていたからだ。


6歳の冬、カラルはこの施設の異常さに気づいた。

まだ幼い自分に、大人以上の魔法訓練と戦闘訓練が課せられている。

近年、王家に仕える優秀な魔法使いを、他の施設出身者に取られていた魔法研究所は、年々候補者に厳しい訓練を課していた。

いきすぎた特訓から負傷する者も多く、カラルも生傷が絶えなかった。

どこからか連れてこられたカラルと同い年頃の子供達も、大怪我を負い、いつの間にか施設から消える子供も少なくない。

……次は自分だ。

そう思ったカラルは、施設の訓練で殺されるくらいなら孤児として生きようと思い、ある雪の日、施設から脱走した。

手間暇を掛けて育て、素質のあるカラルが逃げ出したことを、施設の人間はすぐに気づいて追っ手を送った。

追っ手は二人。

裸足のまま逃げ出したカラルは、積もり始めた雪のレンガ道を走る。

足は痺れるほど痛かったけど、捕まらないように小さな体をうまく利用して街の中を逃げ回った。

しかし、大人と子供。

まして相手は一流の魔法使い達がいる王立魔法研究所。

朝に逃げ出したカラルも、お昼前には追っ手に追いつかれた。


「やっと追い詰めたぞ、このクソガキ!」

追っ手の一人、魔法剣士の男がカラルを睨みつける。

隣の女の魔法使いも、怒りを隠さずカラルを睨んでいた。

「ヒィッ」

カラルは震えた。

魔法に失敗した時に怒られる表情とは違う、まったく別の怒りを追っ手の二人は見せていたからだ。

……殺される。

カラルは本気でそう思った。

綺麗に舗装された川沿いの道で、レンガ造りの家の壁に張り付くカラル。

雪はまだ薄く降り続けている。

騒動を遠巻きに見つめる人は、逃げる道中についた泥と擦り傷で汚れたカラルの姿を見て、泥棒でもした浮浪児が捕まっているのだと思っていた。

ジリ……追っ手の男がカラルに一歩近づく。

「~~~ッ」

カラルは素早く詠唱して、魔法を放つ。

パッ! 閃光の魔法。

一瞬だけ視力を奪った男の股下を抜けて、カラルは逃げ出す。

バチバチバチッ!

しかし、女の追っ手が放った電撃魔法が体を貫き、カラルはその場に倒れる。

弱い電撃魔法だが、幼いカラルには十分すぎる威力だった。

「このガキ、手間とらせやがって」

「帰ったら自分の立場をよく思い出させてあげるわ」

怒りのこもった二人の顔を、体が痺れて動けないカラルは、怯えながら見上げた。

「あ……う……ごめん……なさい……ゆるして……」

必死に許しを請うた。

怖かった。

絶対に殺されると思った。

「また逃げたらやっかいだ。もう一発喰らわせておくか」

そう言って追っ手の男は右手をカラルに向ける。

カラルはギュッと体を縮めた。

男の右手に魔力が集まり、薄く青い輝きを灯す。


「おやめなさい!」

魔法が放たれる寸前、凛とした良く通る声が響いた。

カラルも追っ手も、そして周りの群衆も声のした方へ目を向けた。

白いドレスに流れるような美しい金色の髪。髪と首に宝石を散りばめたアクセサリーが輝いている。

だが、宝石の輝きは女性の瞳の中にある青い輝きには勝てなかった。

「ラ、ライラ王妃!」

慌てて追っ手の二人は片膝を折り頭を下げる。

「こんな幼子に、何事ですかっ!」

ハル王の妻、ライラ王妃は、美しい顔を赤くして二人をしかりつける。

その姿をカラルは痛みで滲んだ瞳で見上げた。

「キレイ……」

まるで女神様みたい……カラルは本気でそう思った。

ライラ王妃はカラルの視線に気づき、カラルのもとにやってくる。

「大丈夫ですか?」

そして、優しくカラルを抱きしめた。

自分のせいで綺麗な白いドレスが汚れる。

カラルは何よりそのことが気になった。

「ふ、服が汚れる……」

だからカラルはそう言って体をよじる。

「気にする必要はありませんよ」

ライラは優しく微笑むと、カラルを抱き上げた。

母親のぬくもり。

カラルの知らないはずのそのぬくもりを、ライラの胸に感じた。

「わ、我らは王立魔法研究所の者です。そ、その者は施設で訓練中の者で、逃亡した為、仕方なく……」

追っ手の男は、声を震わせながら言い訳を始める。

「お黙りなさい! 幼子に平気で魔法を撃つ。そのような者がいる所なら、逃げ出すのは当たり前です」

カラルに見せた優しさとは打って変わって、ライラは厳しい口調で一蹴した。

「お、お言葉ですが、王家の為に強い兵を作るのが我らが役目。幼き頃から厳しい修行を経てこそ……」

黙った男に代わって、追っ手の女が言い訳を続ける。

「子供をこんなに傷つけてまで、守ってもらわなくて結構!」

「し、しかし、周囲を強国に囲まれている我が国にとって……」

「我が国は神獣に守られておる。何の為の王の資格か? 何の為の王の試練と思っておるか!」

「は、ははー!」

象徴に収まらないこの国の王族の権威の前に、追っ手の二人はただただ頭を下げた。

「この子は私が連れて行きます。研究所には後ほど人をやり、何がおこなわれているのか調べます」

ライラはピシャリと言ってカラルを抱き上げたまま馬車へと戻っていった。


近くで待機していた豪奢な馬車に乗り、ライラの隣にカラルは座らされた。

カラルは美しいライラの顔を見てから、泥で汚れた白いドレスを見た。

「……ごめんなさい」

そして謝った。

「え? ああ、ふふふ、いいのですよ、服の汚れなんて。それより……」

ライラは絹のハンカチを取り出すと、カラルの顔を拭いた。

「女の子がこんなに汚れちゃって……ねえ、あなたのお名前は?」

「えっと……カラルです」

ライラに顔や腕を拭かれながらカラルは答えた。

「ふふ、良い名ね」

「ありがとうございます……」

ライラの微笑みにカラルは照れて頬を赤く染めた。

「カラル、あなたのご両親は?」

「え? あの、知りません。赤ちゃんの時に連れてこられたので……」

「そう……」

ライラは表情を曇らせる。

カラルは、自分のせいでライラが悲しそうな顔をするのは嫌だと思った。

「ねえカラル、私の所に来ませんか?」

少し考えた後、ライラは表情を明るくしてカラルに言った。

「え?」

「これも何かの縁です、私と一緒に暮らしなさいな」

「え? え? いいの?」

「もちろんですよ」

笑顔で答えるライラ。

こうしてカラルは、センの母親であるライラ王妃に救われた。

カラルはライラに紹介されたダム教のアブド司祭のもとで魔法を学び、やがて生まれるセンの従者となる。


カラルはあの時の温もりを忘れない。

ライラが亡くなる時、カラルはその一人息子のセンを守ると誓った。

……でも今はそれだけではない。

秘めた思いを隠しながら、センに仕えるカラルだった。

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