血の記憶
「ほら。」
リビングに出してきたダイニング用の椅子に座っている快斗に、雄真が小さな透明の袋を渡した。
中にはコンビニなどで貰えるアイス用のプラスチックスプーンが入っていて、その先にはべったりと血がついている。
「ありがと。被害者の血を拝借してくるなんて、大胆だねぇ。」
「お前なぁ。」
「分かってるよ、ありがと。」
呆れる雄真に向かって、快斗は軽く微笑んだ。
「お前、本当にやるのか?」
快斗の笑顔を見て、逆に雄真は真剣な面持ちに変わる。
「僕にだってこの事件は重要だよ。ヴァンパイアが関わってると分かった以上、何か僕に関係する事実が出てくるかもしれない。」
「出てこないかもしれないだろ?」
「だったら、今度は他のヴァンパイアを探せばいい。僕以外にもヴァンパイアは存在するってことは分かったわけだし。」
坦々と話す快斗に対して、雄真はため息をついた。
雄真の反応を見て、快斗が話を本題に戻す。
「とりあえず、この被害者は誰か分かったの?」
「あぁ。それが、先日殺されたあのヴァンパイアの恋人だ。」
「え。そうなの?」
「一緒に暮らしてたらしい。かなり仲の良いカップルで、2年前に結婚が決まっていたが直前に解消してる。」
「彼がヴァンパイアになったことが原因かな?でもたぶん彼女は血のパートナーだろうね。」
「あぁ。あと、殺されたヴァンパイアから採取された指紋と同じ指紋が彼女の衣服から見つかった。」
「じゃあ、その指紋の持ち主が犯人の可能性もあるわけだ。」
「最重要参考人だから全力で探してるんだけどな、なぜか一向に行方が掴めない。」
「明らかにあやしいでしょ。」
「そうなんだよなぁ。ヴァンパイア殺しに関わってるなら、絶対に何かあるはずなんだけど。」
「彼女が殺された状況が分かれば、何か発展があるかもしれないしね。」
その言葉を聞いて、再び雄真はため息をついた。
椅子に座っている快斗の前に腰をおろし、快斗の目線の高さに自分の目線も合わせる。
「なぁ……」
「始めて。」
雄真が何か言おうとしたのを遮って快斗が言った。
無表情だが真っ直ぐな快斗の目を見て雄真は諦めたように立ち上がり、テーブルの上に置いてあったロープを手に取ると、快斗の手と椅子の手すり、足と椅子の脚をそれぞれくくりつけ始めた。
「お。これ、もしかして縛られても痛くないやつ?」
「普通にホームセンターで売ってるやつだよ。」
「なんだ、そっち系のお店にわざわざ雄真が買いに行ったのかと思った。つまんないの。」
「お前な。」
「“ただでさえお前とウワサになってるのに、そんな店行くか!”て?」
「あー、そうだよっ!」
「でも勿体ないよね。雄真、顔のホリは深いし背は高いし腹筋割れてるし、モテるだろうに。女性にも男性にも。」
明らかにネタにしている発言に雄真が顔を上げると、案の定、快斗はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「さ、出来たぞ。」
かなりキツめに両手両足を固定されているが、それでも快斗は完全に身動きが取れないかどうか確認するように手足を揺らしてみた。
「雄真、すぐに逃げてよ?」
「出来るかよ。それに、俺を殺したらお前自身もマズイ事くらい、本能で解れよ。」
「何だよそれ。」
動かしていた手足を止めて、快斗は視線を雄真に向けた。
「じゃあ、お願い。」
そう言われて雄真は、透明の袋からプラスチックのスプーンを取り出し、付いている血を快斗の口に含ませた。
雄真以外の血は受け付けない為、血を舐めてしばらくは目を固く閉じていたが、やがてゆっくりと目を開くと、雄真には見えない何かをはっきりと捉えていた。
快斗が目を開けると、目の前には女性が立っていた。
ただ、明らかに雰囲気が尋常では無い。
顔面は蒼白で髪は乱れ、右胸から大量に血を流している。
手にはボールペンが握られていて、それも血で真っ赤に染まっていた。
「将之!!どこにいるの!?早く!!早く帰ってきてよ!!」
そう言って彼女は持っていたボールペンで自分の右胸をグサグサと刺しだした。
「これで大丈夫かな!?将之が居なくてもこれで大丈夫かな!?大丈夫だよね!?将之!!」
そう叫ぶと再び右胸を何度も刺した。
「止めろっ!」
彼女の行動にたまらず快斗が声をかけると、女は勢いよく快斗の方に顔を向け、視線が合うと目を見開き、顔はより一層恐怖の色が濃くなった。
「あなたヴァンパイア??いや!!来ないで!!」
彼女は更に錯乱状態になり、叫びながら部屋の壁際でうずくまって震えだした。
「いったい何があった!?」
この異常な事態が把握できず、快斗は必死に彼女に呼び掛けた。
すると彼女はフラフラと立ち上がり、おぼつかない足取りで快斗に近付いて来ると、いきなり両手で力いっぱい快斗の首を締めた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
快斗がいきなり叫び声を上げたかと思うと、椅子に縛られたまま激しく暴れ出した。
すぐさま雄真が椅子ごと快斗の身体を押さえつけようとしたが、ヴァンパイアの怪力で手足を固定していたロープは引きちぎられ、振り払われた雄真はその勢いで部屋の壁に叩きつけられた。
「うぅっ……」
強打した衝撃で動けないでいると、快斗は苦しそうに叫び声を上げながら、それを振り払うかのように部屋のあらゆるものを破壊していった。
明らかに力をコントロール出来ていない。
この暴走を止めなければと、雄真が力を振り絞って立ち上がろうとした時、いつの間にか目の前にいた快斗がいきなり雄真の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げて反対側の壁に投げつけた。
「ぐはっ!!」
そして瞬時にまた雄真を持ち上げ、苦悶の表情で声を上げながらも今度は雄真を持ち上げたまま壁に何度も打ち付けた。
シャツが雄真の体重を支えきれずに破れ、肌が露になる。
その肌が目に入ると快斗の動きが一旦止まった。
だがすぐに目線が雄真の顔に移動して雄真と目が合った。
快斗のホワイトゴールドの瞳がより鋭く光ったと思った瞬間、勢いよく雄真の首筋に噛みついた。