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伊部快斗

「ただいま。」

「あ。おかえりぃ。」

雄真が家に帰ると、いつものように同居人がキッチンで夕食の準備をしていた。

覗いてみると今日のメニューは和食のようで、毎度のこと手が込んでいる。

「ほんと、なぜか料理上手いよなぁ。味見出来ないくせに。」

そのぶん、目や鼻や耳など、鋭い五感をフル活用しているのだろう。

逆に雄真は不器用なため、料理は苦手だ。


「また事件発生したし、今日もすぐ戻るわ。お前も急かすことになるけどワルイな。」

「いいよ、べつに。」

雄真はリビングのソファに座ると、左の袖を捲った。

露になった左腕の内側には、丸い傷跡が4つほど付いている。

いつの間にか隣に座っていた同居人に腕を差し出すと、彼は慣れた様子でその腕に噛みつき、血を吸いだした。


この、同級生であり幼馴染みでもある同居人、伊部快斗こそ本物のヴァンパイアだ。




5年前。

当時雄真は、半年ほど前に何者かに殺害された快斗の恋人・篠山梓の事件に関して、話せる範囲ででも何か快斗に話せればと思い、仕事帰りに彼のアパートに寄るはずだった。


アパートから数十メートルほどのところで、玄関前の道に快斗が立って待っているのが見えた。

向こうも雄真に気が付き、お互い声をかけようとした時。

ちょうど快斗とすれ違おうとした通行人が、急に彼の前に立ちはだかった。

しばらく二人とも動かなかったので雄真が不振に思っていると、その通行人が再び快斗を避けて歩きだした途端、快斗がその場で崩れるように倒れた。

驚いて雄真が駆け寄ると、ナイフか何かで刺されたのか快斗は腹部から大量の血を流している。

「快斗!!」

一瞬迷ったけれど、刑事としての習性が勝ってしまい、とっさにさっきの通行人を追いかけた。

しかし、住宅街の夜間で人けも街灯も少ないこともあって、見つけることも出来ずに見失ってしまった。

急いで快斗のもとに戻って駆け寄ると彼の意識はなく、明らかに危険な状態だ。

「快斗!!快斗!!」

すぐにスマホで救急車を呼ぶ。

「快斗!!快斗!!」

上半身を抱えながら傷口を押さえ、必死に呼び掛けるが反応がない。

「救急です!!早く!急いでください!!住所は………」

救急車を待つ間、止血を試みるくらいしか出来ないことがもどかしい。

「あー。死ぬね、彼。」

「!!?」

この事態で雄真は全く気づかなかったが、すぐ隣に人が立っていた。

ロングコートを着ていて体型が分からないうえに、暗くて顔もよく見えない。

「あ~あ。これホントに死ぬね、彼。」

「なんだよ!?あんた!」

「助ける方法あるけど、どうする?」

「は??」

「たぶん、想像してるような正当な方法じゃないけど、効果は保証するよ。」

「何言ってんだよ。」

「確実な方法を教えてるだけ。」

「意味わかんねーよ!」

「そぅ。ならもういいか。」

立ち去るその人物を見ながら、雄真は不安にかられた。

こうしている間にもどんどん快斗の命は尽きようとしていて、このまま病院に運ばれても間に合うかどうかは危うい。

もし快斗が死んでしまったとき、この時を後悔するのではないだろうか。

この怪しい人物を完全に信じることは出来ないけれど、可能性があるなら………

雄真の中で迷いと思考が一瞬で駆け巡り、

「待て!」

その怪しい人物を呼び止めていた。

振り向き様、そいつは微かに不適な笑みを浮かべていたようにも見えたが、雄真はそれどころではなく、

「頼む。こいつを助けてくれ!」

と、その人物にすがってしまった。


快斗を助けるには、この人物の血と、もう一人の血が必要らしい。

雄真が自分の血を使ってくれと言うと、

「人の命を無理矢理呼び戻すには、それなりの代償が必要になる。その覚悟はあるか?」

と意味深な確認をしてきた。

「ああ。」

それを聞いて謎の人物はニヤリと笑ったかと思うと、ナイフを取り出し、自分の腕に傷を付けた。

状況を把握できずにいる雄真に、そいつは別のナイフを渡して、同じように腕を切るよう言ってきた。

よく分からぬまま雄真が自分の腕にナイフをあてている間に、謎の人物は快斗の口を無理矢理開けさせている。

そして雄真の腕から血が筋になって流れているのを見計らって、同時に二人の血を快斗の口に注ぎ込んだ。

何をしているのか雄真には理解不能だったが、ただその様子を困惑しながら見ていることしか出来ない。

飲ませてからしばらくすると、突然、快斗の身体が痙攣しはじめた。

それから、AEDにでもかけられているかのように身体が何度か激しく跳ねたかと思うと、急に静かになった。

「快斗……?」

恐る恐る雄真が近づき、触れようとした時。

カッと快斗の目が見開いた。


こうして快斗はヴァンパイアになった。




快斗が血を吸い終わって、雄真の腕から離れた。

その時、快斗と目が合って、雄真は咄嗟に顔を反らしてしまった。

普段、快斗の瞳はホワイトゴールドの色をしている。

雄真はこの眼がいまだに慣れない。

不自然この上ないから、快斗が人間ではないことを否応なしに突きつけられている気がするからだ。

何事もなかったように袖を直していると、快斗が気付いて

「あ。ごめん。」

と言うと、瞳の色がかなり色素の薄い茶色に変わった。

どんな術なのかは知らないが、彼は自分の意思で瞳の色を変えられる。

ただし、継続した集中力が必要なので、長く変え続けるのは難しいらしい。

「今日もご馳走さまでした。」

快斗が雄真に向かって手を合わせる。

「お粗末様でした。」

雄真も言葉を返す。

それから快斗は夕食の準備の続きをしに、キッチンへ向かった。

よく、ヴァンパイアに血を吸われると快楽を感じるというが、あれは嘘だ。

牙が刺さっているんだから、痛いに決まっている。

ただ、ヴァンパイアである快斗からの影響なのか、血を吸われた後は痛みはすぐに消えるし、噛み傷も3日もすれば完全になくなる。

雄真が左袖を直し終わったころ、キッチンスペースにあるダイニングテーブルでも夕食のセッティングが完了した。

もちろん、並べられているのは一人前だけだ。

快斗が一声かけて雄真が席につくと、入れ替わりで快斗はリビングのソファに腰掛け、テレビを点けた。

丁度、ニュースでヴァンパイア事件を報道している。

食事しながら、雄真がふと口を開いた。

「なぁ。“ヴァンパイア事件”、どう思う?」

「どうって?」

「あいつの仕業だと思うか?それともあいつとお前以外にもヴァンパイアがいて、その仕業だと思うか?」

「考えられないよ。血のパートナーを失血死させたら自分も死ぬんだし。それにヴァンパイアが犯人なら複数の人の血を飲んでることになるんだよ?人間の仕業じゃない?」

「だよな。」

雄真は黙々と食事を続けた。


快斗は雄真の血液以外のものを一切口に出来ない。

以前、雄真が輸血用の血液を手に入れて飲ませてみたことがあったが、一口飲んだだけで尋常でないほどの激しいショック症状を起こし、このまま死んでしまうんじゃないかと思えるほど重体になったことがある。

幸い助かったが、擦り傷くらいなら瞬時に治るほど驚異的な回復力の快斗が、1週間も目を覚まさなかった。

もし一般的なヴァンパイアのイメージ通りに血を吸えば、確実に命を落とすだろう。

ということは、何らかの理由で雄真が死んでしまった場合、必然的に快斗は餓死せざるを得なくなるということだ。

だからヴァンパイアが犯人でないことは明白なのだが、ふと確認せずにはいられなかった。


「ご馳走さま。」

「お粗末様でした。」

なんとなく始まってお互い習慣になってしまった挨拶をして、雄真は仕事に戻った。

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