「ヴァンパイア事件」
森岡雄真は、その事件の現場に行くたびに不愉快極まりなかった。
それに、殺人事件担当なので数々の死体を見てきているわけだが、明らかに“人間らしさ”を感じられない、イカレた人物が起こしたと思われる事件は未だに嫌悪感を抑えきれない。
「まただな、“ヴァンパイア事件”。これで3人目だぞ。2~3日おきに3人。よくもまぁ、こんなに次々と人を殺そうと思えるねぇ。」
同僚で先輩の多田刑事が、それとなく話しかけてきた。
「まったくですよ。」
雄真は不機嫌そうに答えた。
「毎回毎回、首に二つ穴を開けて、血も全く残さずに抜き取って。ご丁寧なこと。」
「ほんとに。」
「こりゃあ、本当に吸血鬼の仕業だったりして。」
それを聞いて、雄真は目線を死体から多田に移した。
「吸血鬼が実在するとでも?」
「いてもおかしくないだろ?世の中、知らないことの方が多いわけだし。俺たちが扱った事件の中でも、一般人が信じがたい事件なんていくらでもある。現実でそうなんだから、吸血鬼が実際にいたとしても、ただ俺が知らなかったってだけでしょ。」
「刑事がそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「だめだろうな。」
多田の冗談に二人で軽く笑いあったあと、多田は真面目な顔になって続けた。
「でもまぁ、なぜ吸血鬼の真似事をしたのかは今まで通り色々と予想するしかないな。それをもとに捜査するだけだ。」
そう言って雄真の肩を軽く叩くと、彼は鑑識と話をしている二人の刑事、高宮主任と上原の方に行った。
雄真はその場にしゃがみ、改めて目の前にある女性の死体を観察した。
「ヴァンパイア事件」
一般的にこの事件はそう呼ばれている。
短期間で連続して事件が発生しているうえに、手口や指紋などの残された証拠が全く同じであることから、単独の同一犯の犯行であることはほぼ間違いない。
また、被害者の血を抜かれていることから、捜査本部は血液売買の可能性から捜査しているが、今回の犯人にはまだ当たっていない。
なぜヴァンパイアが襲ったかのように偽装しているのか。
なぜわざわざ被害者を、失血死という回りくどい方法で殺しているのか。
なぜ血を抜いているのか。
何かの真実があって、それを隠そうとヴァンパイア事件を作り上げているとしか思えない。
世間でもさまざまな憶測が飛び交っている。
中には都市伝説のようなものもあるが、事件が事件なだけにそれも仕方ない。
病院や製薬会社やどこかの企業が何かしらのミスをして隠蔽行為をしているとしても、あんなに手の込んで不可解なことをするよりもっと確実な方法をとるだろう。
犯人がヴァンパイアでなくても、もしかしたら本当に抜き取った血液を飲んでいるのかもしれない。
血を浴びることで快感を得られる異常者が、大量の血液を欲してやったのかもしれない。
常識を考えなければ可能性はいくらでもある。
しかし、なぜ“ヴァンパイア”と言えば必ず首から血を吸うことになるのだろう。
イメージが定着しすぎだ。
ヴァンパイアが血を吸うのなら、べつに首からだけでなくても血は吸えるだろう。
相手の体毛が濃すぎて首くらいじゃないと咬みづらいというわけでもあるまいし。
それに被害者は全て女性だが、女性しか襲わないわけでもないだろう。
そもそも、血を求めて人を殺すと誰が決めた。
何も知らないくせにヴァンパイアに罪を着せようとするのが気に入らなかった。
そう。
雄真がこの“ヴァンパイア事件”を不愉快に思う一番の理由はそれだった。
彼は本物のヴァンパイアを知っている。