お城と攻防と強敵と.2
「どういうこと!?」
頂上へと続く扉を開けた瞬間に発した凛の言葉がそれだった。
どうやら、この城のリーダーへの質問らしい。玉座に座った男はゆっくりと立ち上がり、そして無言で机に立てかけてある長槍を手にした。
「長槍を扱うということは、防御に特化した聖騎士ですわ。高い防御と神聖魔法が特徴ですの」
空姫が凛にそう伝えると、コクリとだけ頷いた。凛はいつでも抜刀できるように、柄を握っていた。
「はあああああっ!」
自分に気合を入れ直すかのように凛は大声をだしながら、男のほうへと向かっていく。男との距離があと2m程度になった瞬間、凛の姿が掻き消え、何事もなかったかのように男の後ろに移動していた。これは光路流に伝わる、『縮距』という移動方法だ。元は縮地というものだったが、それを|光路流《ちかみちりゅうにアレンジし、魔力を上乗せして高速で移動する縮距というのを創り上げた。
「もらった!」
凛は得意の抜刀術で、相手に一撃を加えようとしたが、男はそれを槍の柄で容易く受け止めた。
「リヴィエラ!」
詠唱を終えた空姫が唱えた魔法は、指定した範囲を水辺へと変える魔法。今回指定した範囲は、男の足元だ。魔力を必要以上に加え、通常に比べて大分深くした。男の足は瞬く間に沈んでいく。鎧の重さもあり、本当にあっという間だった。
「冷気の渦よ フリーズ!」
空姫の手元から放たれた冷気の渦は、男の足元に巻きつくようにして水辺を凍らせた。
フリーズネイルと似たような魔法を、違う魔法同士を組み合わせて発動させた。敵も単体だけだし、なによりこっちのほうが魔力消費量が少ない。
「ナイス空姫!」
凛は縮距によって、相手の後頭部頭上に移動した。
「もらい!」
男は槍を動かすことはできるが、体制を変えることはできない。この勝負凛が取ったと、確信していた次の瞬間。
氷の鏡が男を包みこみ、それが凛の斬撃を受け止めた。
「なっ……!?」
刀が、氷の鏡から離れず、凛はパニックに落とずっていた。
「――万物を断つ刃となれ! エクスキューション!」
空姫の手には、青白く光る大剣のようなものが現れると、それを強く握りしめ、男のほうへとどんどん近づいていく。
「凛、どいてえええっ!」
今までからは想像できないような声を空姫が出し、バチバチとうなる雷剣を振るった。
雷剣は氷の鏡を真っ二つに裂いた。だが、その場に男はいない。
氷の鏡は三百六十度囲んでいたはずなのに、男はどこへ行ったのか。
疑問を抱いて考えているその時、周囲に魔力の異常な波を感じた。
空姫は咄嗟に振り返り、急いで辺りを見回した。その魔力はとても強大だ。こんなに強い魔力を消費するのは、おそらく極大魔法……。
それぞれの属性の頂点に立つ、とても強力な魔術。
防御魔法を唱えようと考えたが、さすがに極大魔法を防ぐほどの防御魔法は知らない。いや、そもそも存在しないのだ。防御する術がないなら、回避するしかない。だが、極大魔法の範囲も並のものではなく、ただ走って逃げ切れるものではない。
そう考えていたとき、突如空姫の頭にとある魔術名が浮かんだ。存在そのものを忘れていた、禁断の魔法。ジルニトラ。
魔力で魔方陣を描き、それに入った魔術を自在に操るという禁忌の魔法だ。理に背くという理由と、空間が乱れるという理由で、禁止されている。極大魔法を制御するのは難しいのが、そんなことを言ってる暇はない。
足に魔力を集中させ、それを一気に解き放つ。それは巨大な円を描き、その間を古代語が埋め尽くす。今回の場合、詠唱は必要ない。自分に接触している魔方陣が、詠唱の役割を果たしているのだ。
そしてジルニトラ展開後、三拍ほど置いて、極大魔法は襲いかかってきた。それは、空間をも裂く烈風の刃。
暴風に混じった魔力が刃となり、空間ごと切り裂くという恐ろしい魔術だ。ジルニトラでまず暴風に交じる魔力を消す。これで、殺傷能力を失った。
次に、暴風そのものを消し去った。これで極大魔法を消し去った。いや、正確にはそれを上回る強大すぎる魔力で押し殺したのだ。
さすがの空姫も表情に疲れを見せ、地面に座り込んだ。それと同時に魔方陣も消え、ジルニトラが解除された。
「逃げられましたわね」
空姫がため息混じりにそういうと、凛が空姫の前に座り込み、そして微笑んだ。
「大丈夫。次あった時はあたしがメッタメタにしてあげるから」
その笑顔は、まるで天使の産物のようだった――。