第八話 俺の×と君の髪
ご覧いただきありがとうございます。
よければ感想等を頂けると嬉しいです!
夜風に揺れる美しい長髪。そんな瑠惟佳と一緒に帰る俺。
「なんで今日は俺の家に泊まるんだ?」
「だって明日土曜日じゃん?」
確かに明日は休みで泊まりに来ても問題は無いが。
「理由になってねえよ…」
「はーくんに勉強教えてもらおうと思って」
「泊まりじゃなくてもいいだろ?」
「瑞羽ちゃんと約束したから。お泊まりするねって」
「そうだったのかよ」
そういうことだったとしても一言言って欲しい。瑞羽もなぜ教えてくれなかったのか。
「だから…今夜はお楽しみですね」
「何言ってんだよ」
「そのままの意味だよ?」
とびきり火力の高い笑顔を俺に向けてくる。これは命が何個あっても足りない。
家に着くと瑞羽がキッチンで忙しくしていた。
「いらっしゃい瑠惟佳ちゃん」
「瑞羽ちゃん先週ぶり」
「ご飯もうちょっとでできるから手洗ったらそこ座ってて!」
「分かったありがとー」
キッチンからはチキンライスのいい匂いがしていた。今日の夕飯はオムライスらしい。
手を洗い戻るとオムライスが一つ出来ていた。
「これ瑞羽ちゃんが作ったの?お店みたいに綺麗なオムライスだね」
「確かに。こんな上手かったっけ」
「昔お兄ちゃんに教えてもらった通りにやっただけだよ」
まだ俺が中一で瑞羽が小四の頃の話だ。瑞羽がリクエストしたものを誕生日の夕飯として出そうと考えた。それでリクエストされたのがオムライスだった。多分、昔家族で行ったレストランのオムライスが記憶に残ってたのだろう。その時に俺は猛練習をした。そんな訳で誕生日にオムライスというプレゼントを送ったのだが、それ以降も何回か作っていた。余程お気に召したのか去年あたりにレシピを乞うてきた。
「はーくんも作れるの?」
「もちろん」
「兄妹揃って料理上手なんだね」
「そりゃ毎日どっちかが作ってるから上手くなるだろ」
「褒めてあげたのに」
「謙遜するのが日本人ってやつだ」
「そうですか」
頬を膨らませてムスッとする瑠惟佳。そこにオムライスを持った瑞羽が割って入る。
「ほらほら、全員分できたから食べよ」
その言葉はとても懐かしいように感じた。言い方がお母さんに似ていたからだ。遺伝子はちゃんと仕事しているらしい。
「ケチャップは自由にかけていいよ」
「じゃあはーくんのにかけてあげるよ」
オムライスに赤いハートが描かれる。同時に瑞羽の冷たい視線が俺に注がれる。
「瑠惟佳ちゃん…」
「どーしたの?」
「お兄ちゃんにどんな弱み握られたの?」
「なんでだよ!」
堪らず突っ込んでしまった。それに、どっちかと言うと俺の方が弱みを握られている気がする。
「別に何も弱みなんて握られてないよ」
「そっか…。それより、オムライス食べてみて」
瑠惟佳はスプーン半分ほどのオムライスを口に運ぶ。その瞬間ニコッと笑い瑞羽に言う。
「おいしい!本当にお店のみたい」
「でしょでしょ」
俺も食べてみたがうん、やはり俺が作るのと同じ味だ。だが不思議と何か違うような感じがした。多分それは自分が作ったかそうでないかの差だろう。瑠惟佳の描いたハートは関係ない。
食後にリビングでくつろいだ後、瑠惟佳から順に風呂に入った。瑞羽、茜さんと続き、俺が最後だ。
瑠惟佳の寝巻姿も中々に破壊力があった。常人ならここで息絶えているだろう。妹と同じシャンプーの匂いがしたのは違和感であったが。
「はーくんどーしたの?」
「なんでもない」
「私のパジャマ姿に惚れちゃったかな?」
「妹と同じ匂いがしたから違和感だっただけだ」
「瑞羽ちゃんの使ったからね。明日ははーくんの使ってあげる」
…明日?
「え、明日も泊まるの?」
「当たり前じゃん。勉強するために来たんだから、一泊じゃ短いでしょ?」
「当たり前かは分からないけど…」
「それに、一泊って泊まった感じしないじゃん?家から出た次の日に帰ってくるから」
「まあそれは確かにそうだけど」
「だから、今日も明日も夜は長いよ」
「…勘弁してくれ」
夜は長いって何だよ。瑠惟佳のことだから何かしてくるんじゃないかと心配だ。どっちかっていうと自分に心配している。俺は俺であり続けなければならないから。
二人は瑞羽の部屋にいる。何をしているかは知らない。三人の風呂待ちをしていたらあっという間に遅い時間になった。数学Ⅱのワークを少し進めて英単語を覚えた。瑠惟佳はああ見えて真面目な部分もあるからちゃんと勉強する人だ。明日は一日中勉強とバイトだろうから早く寝ることにした。ベッドに入って寝っ転がると、愛菜からメッセージが来ていることに気づく。
『あした家行っていい?』
愛菜は俺の家に来るとき、普段と大した差異はないが少しだけ暗い顔をしている。そしてスマホ越しにそれが見えたように感じた。だから愛菜のためにもなるべく家に上げたい気持ちがある。だけど今回は瑠惟佳がいる。あの二人を同じ空間に置いたら俺と瑞羽の命を危険に晒すことになりかねない。どうすれば…
「はーくんどうしたの」
部屋の入口に瑠惟佳がいた。ドアが開いたことに気づかなかったのはイヤホンのせいだ。
「愛菜が明日家来たいって言ってんだけど、瑠惟佳もいるし___」
「いいじゃん呼ぼうよ」
「…ほんとにいいの?」
「だって愛菜ちゃん頭いいんでしょ。勉強教えてもらうには好都合」
愛菜のことを勉強教えるマシーンだと思ってんのか。
「まあ瑠惟佳がいいならいいよ。愛菜がいいって言うかは知らないけど」
少しの間、沈黙が広がる。その沈黙を先に破ったのは瑠惟佳だった。
「愛菜ちゃんのこと、好きなの?」
「は?」
「好きなのかなって気になっただけ」
それを俺が“俺のことが好きだと言った瑠惟佳”に言うか、という話だ。
「好きじゃないよ」
「そっか…。じゃあさ、私のことは?」
普通なら言うかどうかも含めて色々悩むところだろう。だけど不思議とその答えは瞬時に出た。
「好き…だよ」
すると瑠惟佳はベッドに座り込んでくる。そして俺に覆い被さるように両腕を俺の顔の左右に付く。瑠惟佳の髪は焦れったいほど俺の顔にかかり、俺はそれを手でどける。瑠惟佳の頬が少し赤らんでいるのは気のせいか。
「してもいいよね、キス」
俺は息を飲み、速い鼓動の心臓を鎮めようとしていた。瑠惟佳の顔が近づく。俺たちは目を瞑った。
そしてドアがカタ、と音を立てた。少し空いていたドアの向こうには、少し慌てている茜さんの姿があった。
「あかね…さん?」




