第六話 俺の×と君の海
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日向にいると少し汗ばむような季節。相も変わらずかわいらしいファッションセンスの愛菜。
ゴールデンウィーク初日は愛菜と藤沢の水族館に来ていた。世間一般に知られている名前で言うならば、江ノ島と言えばいいか。さすが大型連休、おかげで水族館は激混みである。
「想像の三倍くらい混んでるね」
「どんだけ想像が少なかったんだよ」
「わー、あれなんて魚だろう」
いつにも増して自由奔放のように感じる。俺は横にある掲示板を見て答えた。
「ハコフグじゃない?」
「よく分かるね」
「ここに書いてあったから」
「なーんだ。てかフグなら食べれるのかな。私フグ食べたことないけど」
「…水族館でする話かよ。なんかグロいな」
水族館で魚を食べたくなる人種ってこういうやつなんだな。俺にはさっぱり理解できない。
「あれ可愛くない?」
そう言って小さい水槽を指差す。大きい水槽にはあまり興味がないのか。それもそうか、アジやらイワシやらが泳いでいても可愛いと思わない。
「どれ?」
「あれ!」
「ああ、クリオネか。確かにちょっと可愛いな」
クリオネは水槽の中で自由に舞っていた。いや、水槽の中なのだから自由ではないのかもしれないが、俺にはそれがとても羨ましく思えた。当然この魚は自分を可愛く見せようとしているわけではない。ただ思うがままに泳いでいる。それだけで見世物として成り立つ歪さが俺の心に沈んだ。そんな俺とは対照的に、愛菜はいつものきれいな瞳でそれらを眺めていた。まるで絵葉書のような、美しい…
「はお?次行こ?」
「あ、ごめんぼーっとしてた」
次の展示に歩き出す。
「はおってたまに何考えてるか分かんないよね」
「何考えてるか分かるより良くね?」
「なんでよ」
「自分の心が見透かされてるってなんか嫌だろ?」
「それは羽緒自身の話ね?私からしたら少し怖いし」
「それはごめん」
「もっと分かりやすい顔してよ」
「どういう顔だよ」
愛菜がフッと笑う。それに釣られて俺も笑う。俺と愛菜の関係はこのままでいい。このままの愛菜が、俺は好きだった。
クラゲの展示コーナーに来た。クラゲとはいいものだ。あたかも水中で浮いているような泳ぎを見せてくれる。その一方で愛菜はというと、写真を撮るのに夢中である。
「見て!めっちゃ綺麗に撮れた」
「すご。ほんとにきれいだ」
「なんかクラゲってフワフワしてていいよねー。人間とかけ離れてて神秘的だからかな?」
妙に真剣な顔でクラゲを観賞している。
「急に考察始まったな」
「あ、これ小さくてかわいー」
話を聞いているのか分からないくらい本当に自由すぎる。でもそれが愛菜の魅力的なところでもある。
一通り展示を見終わったので水族館を離れて海に出た。湘南の海は夕日で朱く染められ、遠くの富士山と調和を生み出している。もちろん愛菜は写真を撮っている。
「きれー。やっぱ富士山と夕日はベストフレンドだね」
「なにいってんだか」
「ダイヤモンド富士的なことだよ」
「まあ、一理くらいはあるか」
「でしょー?」
こんな時間だがまだ人は多い。だが波の音が俺たちを二人きりの世界に誘い込む。俺たちは砂浜に座り込んだ。
「はお。水族館、楽しかった?」
「久しぶりだったし、結構楽しかったよ」
「それはよかった。もしかしたら水族館嫌いかなーって思ってた」
そんなやつ誘うな、と思ったが言わない。
「別に嫌いじゃねえし。なんでそう思ったんだよ」
「『魚みて何が楽しいの』とか思ってそうだったから」
少し俺の口調に寄せていたがあまり似ていない。
「俺を何だと思ってんだ」
「でも全然違った。意外と楽しそうだったし。展示に夢中になってる時もあったし」
「そうか?愛菜のほうがだろ」
「いーや、はおもだよ。キラキラした目で見てたよ。澄んだ目してた」
「俺がそんな目するわけないだろ」
その通りだ。俺が澄んだ目をするなんてこの先一生ないだろう。あの時、愛菜が見せた澄んだ瞳と俺の目が同じだったとしたら___なんてことは考えなかった。
「いや?いつも死んだ魚の目してるから」
「おい」
二人で失笑してしまった。そしてこの時、海風が少し弱まった気がした。
「またいつか来よ?」
「いいよ」
一瞬だけ愛菜が俯く。すぐに顔を俺のほうに向ける。
「…その時はさ___」
「あ、そういえばさ」
正面の海を見て俺は言う。ちょうど愛菜の言葉を遮ってしまった。敢えて言うなら、遮ったのかもしれない。そして俺は謝る。
「ん、ごめん」
「いや…大したことじゃないからいいよ。続けて」
俺のほうが何倍も大した話じゃないだろう。でもこれでいい。俺は自分の昔話をした。ただ、小さい頃に水族館に行ったどうでもいい話。話は適当なところで盛り上がりをみせ、そのまま収束していった。
辺りが少し暗くなってから海岸を離れ、藤沢駅周辺でご飯を食べて解散した。俺は陽が落ちて冷えた風に、俺たちの頭を冷やしてくれることを祈った。




