第一話 俺の×と君の涙
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高校二年生に進級して初めての学校。メッセージを伝えるスマホとそれを見る俺。
≪洗剤切れたから買ってきてほしいです≫
そして、俺の名前を連呼する男の声。
「羽緒!」
あまりに声が大きかったせいか、一瞬だけ耳が消えたように感じた。
「耳元で叫ぶバカがいるか!朔!」
椅子に座る俺の真横にいる男は綾瀬朔である。今日もサラサラマッシュで笑顔を浮かべていて、一見好青年に見える。だが、何を考えているのか分からないミステリアスキャラだ。
「いやぁ、ぼーっとしてる方が悪いでしょ」
ニコニコしているのは通常運転だが今は鼻につくからやめてほしい。朔が続ける。
「何回も呼んでるのに気づかないしねー」
「それは悪かったな」
一応謝っておく。無論謝る気などないが。
「で、何の用だ?」
どうせ遊びに誘ってくれるのだろう。
「今からカラオ…」
「ごめん無理」
「最後まで話聞こうよ?」
何を言い出すか分かっていたので早めに断っておいた。これも一種の優しさだ。
「家の用事がたまっててな?」
「初日から大変だねぇ。まだお昼なんだから多少遊んだって罰は当たらないと思うけど?」
「生憎、やるべきことは先に終わらせたい派なんだ」
そんな話をしていると、クラスメートが朔に呼びかける。
「朔ー!早く行こうぜ!」
「オッケー」
そして俺を横目にいつもの笑顔で言う。
「じゃあもう行かなきゃ。じゃあね」
「じゃあな」
帰る支度を済ませ教室を出ようとしたとき、ドアから一人の女子が立ちはだかる。
「あっれー?誰からも遊びに誘われなかった子がいるみたーい」
こういうやつには無視が一番いいが、俺はそこまで鬼じゃない。
「じゃあまた明日な愛菜」
「人の名前で韻を踏まないでよ」
去年も同じクラスだったこのキラキラJKは香焼愛菜である。いつも通りのツインテールがよく似合っている。軽音部所属でボーカルをやっていて、女子人気も男子人気も高い。偏見はよくないが、この容姿でかなり勉強ができる。そんな完璧美少女だが、運動は壊滅的だ。
「どうして俺の周りにはうるさくてSっ気があるやつばっかり来るんだ?」
「うるさくないしSっ気なんかもっとないし!」
そのまま愛菜が続ける。
「素直に私とクラス一緒で嬉しいって…」
やはりこういうことは無視が一番有効なので俺は廊下に出る。それに愛菜が気づく。
「っていないし!羽緒のほうがSっ気あるでしょ!」
何か愛菜の声が聞こえるが、足早に下駄箱に向かう。しかしもちろん愛菜は追いかけてくる。追いつかれたのち、背負っているリュックを掴み物凄い形相で俺を見てくる。今は『ゴゴゴゴゴ』という文字がお似合いな気がする。
「ちょっと待ってね?羽緒くん?」
「俺、死んだかも」
すると愛菜はさらに俺に近づく。そして耳元でこう言う。
「羽緒の家行ってもいい?」
なんだか面食らった気分だが、それと同時に冴えない気分にもなった。何を考えているか、何を感じているのかが分かればいいのに、とも思った。
「いいよ」
「やったー」
「色々大変だろうけど頑張れよ、なんてな」
いきなり変なことを言い出したと思われただろうが、俺なりの愛菜への気遣いだ。俺にはこれ以上のことは言えない。俺は他の人と比べて愛菜のことを知っているつもりだが、何かしてやれるほど深く関わってるつもりもない。もしかしたら関わってもいいのかもしれないが、本人から言い出さない限り俺は何もしないだろう。なにせ人は不変を望み、俺自身もその一人だと思っているから。生憎、愛菜もいつも通りの愛菜で言葉を返す。
「…なにそれ。この私が誰かに応援されるほど落ちぶれるわけないでしょ?」
いつも通りで何も不自然じゃない、そこそこ完璧な愛菜が俺の目の前にいた。
「そうかもな」
咄嗟に返したがこの言葉が正しいのかは分からない。俺と愛菜はそのまま一緒に家に帰ることにした。校門の周りに咲いている桜はすでに半分ほど散っていた。
駅から自宅に帰る道のりでは、やけに愛菜のテンションが高かったので聞いてみることにした。
「やけにご機嫌だな。そんなに俺の家に行くのが楽しみなのか?」
「それはね…まあ、久しぶりだから楽しみじゃなくもないかな」
「全く、素直に楽しみって言えばいいのに」
可愛げがないやつである。まあ、俺の家に行くことが楽しみなんて言ったら恥ずかしいよな。
「私は素直だよ?だって羽緒の妹ちゃんに会えるんだもん」
まあそうやって茶化すとは分かっていた。俺でも同じ類のことを言うだろう。
「つまんねーやつ」
「何がつまらないのか分かりませーん」
そんな会話をしている内にスーパーの目の前まで来た。洗剤を買ってくるよう頼まれていたし、お昼ご飯も買ったほうがいいだろうし、二人で買い物をすることにした。愛菜が勝手にドーナツを買い物かごに入れていたこと以外は何も問題なく買い物を終えた。本当にどうでもいいが愛菜の好物はドーナツだ。かなりの頻度で食べている…気がする。
かなり重い荷物だったが、なんとか家まで辿り着いた。愛菜が一緒にいるから多少気が紛れてよかった。
俺が住む家は叔母である茜さんの持ち家だ。妹の瑞羽と一緒に居候させてもらっている。なぜ叔母の家に居候しているかというと、俺が小学六年生の時____即ち五年前に両親を交通事故で亡くしたからだ。それからはなるべく妹優先で生活してきた。その妹は現在中学二年生。黒髪ロングで前髪がない髪型で、ぱっと見暗い印象を持つかもしれないがそこそこ可愛いと思う。本人には絶対に言わないけれど。
家に入ってリビングのドアを開ける。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
ソファにはくつろぐ瑞羽の姿が。
「おかえり」
一瞬俺を見てスマホに目を戻したかと思ったら再び俺に…いや、愛菜に目線を移す。
「愛菜ちゃんじゃん!久しぶりー!」
「久しぶりー!」
やはり愛菜がいると瑞羽のテンションが上がる。悲しいかな兄より姉が欲しかったのだろう。
そういえば、洗濯物が終わってなかった気がするので、瑞羽に問う。
「茜さんは二階?洗濯物が終わっ…」
「いや、私がやったからやらなくていいよ」
「そうか…ありがとう」
やってくれたのはとてもありがたいが、瑞羽はとても冷たい。愛菜と俺とではこんなにも対応に差があるのか。小さい頃の可愛い瑞羽はどこへ行ってしまったのか。昔の「お兄ちゃん♡」と呼ぶ妹を思い出す。
___そして、現在。
「お兄ちゃん、お昼ご飯持ってきて」
「…はいよ」
「ジュース持ってきて」
「何飲みたいの?」
「オレンジジュース」
「ゲーム貸して」
「ちょっと待ってて」
昔の可愛さは本当にどこかに行ってしまったのだと思う。この手の妹からの頼みには慣れているが、しまいには愛菜からも一言頼まれる。
「羽緒貸してー」
「いいよ。お兄ちゃんは使いホーダイだから」
いや別にいいのだが、それは瑞羽が決めることではない。
瑞羽がトイレに行ってゲームを中断しているので、飲み物を追加で入れることにした。
「愛菜、飲み物何がいい?」
「じゃあ、さっきと同じやつがいい」
「オレンジジュースな?」
「うん。お願ーい」
コップの八分目までジュースを注ぎ、愛菜に渡す。
「ありがと。やっぱ羽緒が入れたオレンジジュースは世界一おいしいね」
「誰が入れたって変わんないだろ」
「いやいや旦那ァ、それが変わるもんなんですよ」
「そうか。なら今度目隠しさせて俺が入れたか瑞羽が入れたか答えさせてやるよ」
「そんなの簡単だよ。すぐわかっちゃうと思うよ」
この時、偶然だが少し愛菜の目に違和感を覚えたので愛菜に顔を近づける。
「…今日、カラコン変えた?」
「え…うん…よ、よく分かったね」
愛菜の返事がたどたどしく聞こえたが気のせいだろうか。まあ、何となく察しはつくが。
「でもー、気づくの遅くない?女の子の変化にすぐ気づかないなんて、そんなんだからモテないんでしょ」
「別にモテなくてもいいだろ」
このセリフだけ聞いたらなんだか悲しい男に聞こえる気がするので、続ける。
「好きな人に好かれなきゃ、意味ないだろ?」
多分これは半分が本心で…本心だろう。
「は、羽緒ってさ…」
ガチャ。
「続きやろう」
瑞羽が戻ってきた。
そんなことより、愛菜はなんて言おうとしたのか。
「うんそうだね!早く再開しよう」
聞いても多分言ってはくれないだろうし、そもそも聞かないほうがいい気がして聞くのをやめた。
俺たちはゲームを再開したが、愛菜と瑞羽が小声で話している。ゲームが全く進んでいない。ほとんど一人でゲームをしている俺の身にもなってほしい。
「何の話してんの?」
「お兄ちゃんには関係ない」
「そうそう、羽緒には関係ないよ!」
「愛菜ちゃんと話してるから黙ってて」
「分かったよ」
あれ、なんか俺悪いことしました?実に妹という生き物は謎に包まれている。これは俺の妹に限った話なのだろうか。
そのままゲームを続けていたが、結局はゲームオーバーになって最初からやり直すことにした。
俺たちがゲームに飽きて別のことをやりだそうとしているときに、茜さんからメッセージが来る。
≪宅配届いてると思うから取ってきてほしいです≫
そのくらい自分で取りに行ってもいい気がするが、居候の身なので家主のお願いは絶対命令だ。
玄関から外に出て、置き配ではないことを確認する。そしてポストを開ける。そこには、包装紙に包まれた荷物と手紙を入れる真っ白な封筒があった。今の時代に手紙が来ることはそうそうない。物珍しさに引きずられて封筒に書いてある宛名を覗く。
_____はーくんへ
色々なことが頭の中を駆け巡る。その中で俺は一つの出来事を思い出した。
それは確か小学五年生の後期に起こった。その頃、俺は幼馴染の女の子にちょっかいを出していた。もしかしたら、いじめというやつにあたるかもしれない。真っ白な封筒にその子の名前を書き、虫のおもちゃを入れて机の中に忍ばせたしょうもない出来事。でも、それが頭の中に鮮明にこびりついている。多分、その時その子は泣いていた。そして何より、その子は俺のことを”はーくん”と呼んでいた。
この封筒にある“はーくん”が自分のことを指しているならば、これはその子からの仕返しか何かだろう。まあ、こうなったのは恐らく自分のせいで、自業自得なのだろうけど。
封筒を開けようとしたその時、どこからか女性の声が聞こえた。
「ねえ、はーくん」
その声はどこか懐かしさを感じるような、はたまたはっきりと俺の心に消えずに残るような、そんな声だった。
その声の方向を見ると、ひとりの女性の姿があった。すらっとした身体に金髪で長い髪。思わず見入ってしまう瞳は、じっと俺のほうを向いている。
幼馴染の___新戸瑠惟佳が俺の前に現れた。




